降り注ぐ外殻。
巻き上げられてしまった世界を覆い尽くすほどの土砂は、それでもその多くを宇宙空間へと放逐していた。
まるで、卵の殻が割れるように、
荒れ果てた大地に走る青い光の亀裂は 星に産声を上げさせるようにして広がっていった。
それは、たった6本のソーディアンがもたらした
この星への 最後の恩恵。
———空にいる君へ
空が戻ってから1年。
世界中が復興へ向け全力疾走を始めた真っ只中だった。
たくさんの外殻が降り注いだがそれらも本来、搾取された大地の広さにくらべれば僅かなものに過ぎない。
そんな僅かなものでもたくさんのものが破壊され、たくさんのものが消えてしまった。
喜ぶべきか哀しむべきか‥
全てを知る者たちは、口数が多くない。
「オレ、思うんだけどさ」
一度は故郷に帰っていたスタン。
今は被災を免れたクレスタにいてルーティの育った孤児院を手伝っていた。
久々の再会にふと、彼は思い付いたように遠い目をする。
「ディムロスの墓とか作ってやった方がいいのかなぁ」
被害のほどは小さなクレスタよりダリルシェイドの方が遥かに酷い。
けれど、やはり人の波があるだけに復興が始まると再び交易品も集まりはじめ、彼は時々こうしてクレスタから買い物にやってくる。
今日も今日とて「おつかい」に使われているスタンはその帰りに旧ヒューゴ邸…今は、ダリルシェイドの復興拠点として使われている───に住まう戦友を
尋ねてきた次第だ。
「「…」」
久々の再会に、まだまだ復興の最中にあっては贅沢品なお茶と茶菓子を振る舞ってひとときのティータイムを堪能していたリオンと
は突然の発言に思わずカップを持つ手を止めた。
「なんだ…いきなり」
「…斬新な話題ではあるけどね…」
本当にいきなりだったのである。
さきほどまでクレスタの話だとか、それぞれの街へ戻っていった仲間の近況などを交換したりして、ちょっと静かになったと思えばこれだ。
その数瞬の合間に彼の脳内で何があったのか、定かではない。
「いや、だってほら…この間ダリルシェイドでも亡くなった人を合同慰霊しただろ?それ見たらなんとなく思っちゃってさ」
どうしたものかと二人は顔を見あわせる。
彼らにとって、ソーディアンは確かに人間にも等しい。
けれど剣に墓というのはどうなのだ。
剣だから、ではなくなんとはなしにその発言自体に違和感を覚えてリオンは眉を寄せ、口元に握った指先をあてがった。
瞳を伏せ…深刻さとしての水深は浅くとも、意外に本気で悩んでいる様子。
それもそのはず馬鹿馬鹿しい、と言いたくても言えない理由が彼らにはあった。
にもリオンにも。
言うまでもなく彼らの脳裏に浮かんだのはソーディアンシャルティエのことである。
「…必要性は感じないな」
カップを下ろして、リオンがひねり出した答えはそんな言葉だった。
その言葉にどれほどの意味が込められているのかは想像に難い。
それでも察するにおそらく彼の中にあるいくつかの理屈がそう言わしめただけだ。
だがスタンは相変わらずその答えを自分なりの直球で受け取り、少々不満のようだった。
「なんでだよ、確かに誰に知らせたいわけじゃないけど…世界を救った功労者じゃないか。
なんていうか、何かしてやらないといけない気がするんだよ」
ソーディアンマスターとして大切な友人、あるいはパートナー。
だから気持ちはわからないでもない。
軽い気持ちではじまった発言は何か重い意味を伴い始めてしまったようだった。
それはスタンの「気持ち一本」という単純な問題ではあったのだけれど。
だが、それについておそらくリオンはあまり深く触れられることを嫌っている。
時折、会話にシャルティエの名前が挙がることはあってもスタンのように明確な…破壊だとか消失だとかいう意味を伴って話されるようなことはない。
同じ「大切なもの」でもリオンの中でそれは静かに納められて、そっとしておきたいものであるのかもしれない。
少なくとも
にとってはそういうものだ。
リオンは眉をしかめて少しだけ重い溜め息をついた。
その隣で
。
「それならオリジナルのディムロスの墓でもみつけて花でも手向けてみたらどう?」
「オリジナルの?」
「ディムロスの」
「無理だろ」
きっぱりとリオンが容赦ないまでの切り捨て発言を繰り出す。
気まぐれな風がさわりと窓際のカーテンを揺らし、空気の重さは元に戻った。
「私は…このままでいいかな、と思う」
「どうして」
一度「なにかしなくちゃ」と思うとひたすらしたいと思うスタン。
でもそれをどうしていいのかわからず二人して否定されて少しすねた顔をする。
二十歳の男がそんな顔をするな。
とつっこみたい気持ちは抑えて
。
正直、そんなものを作ってしまえば認めてしまうことになる。
あまり口にはしたくないその言葉。
一年経った今でもある日ひょっこりと彼の声が聞えそうだと思っていることは否めない。
認めていない、わけでもないのだが…
「お墓ってさ、どういう意味があると思う?」
少し悩んだ後、そうして問い返した。
もちろん、スタンは真面目に考える。
左下に視線が落ちたが、彼は別の場所を見ているようだった。
「…死んだ人を慰めるとか」
「私は生きている人の為にあると思う」
ただの持論だ。
だからどちらが間違っていると言うものでもない。
そう思っても死者を蔑ろにするようなことはしたくないと言うのも本音であるのだから。
スタンの青い瞳が大きく見開かれ、一瞬珍しいものでもみたような顔になった。
リオンの視線を隣に感じながら続ける。
「スタンがそうしてあげたいならそうすればいい。人間のお墓もそうだと思うよ。
ちゃんとそこにいることを確かめて、生きている人がけじめをつけるためにあると思うから……
ま、世間一般的に生きてる人も自分が死んだ後に入る墓があると安心するものみたいだけど」
「…ま、まぁそうかな?」
生者の立場としてしか考えないのだからスタンはそういう他はない。
だからといって、それこそ世間一般的に死者の立場など立ってみようもないわけであるが。
(その時は自分が墓に入っている時です)
黙って聞いていたリオンが疑問というよりは確認という声で続けた。
「あいつらが、そういうことを望んでいたと思うか?」
「…………思わない」
宿命を全うしたソーディアン。
神の眼につきささる彼らの誇らしい姿が、今でも脳裏に鮮やかだった。
スタンは、ソーディアンの抱いていた気持ちを思い出したようにすこしだけしょんぼりとした。
「だから、スタンがそうしたいならそうすればいいんだって」
「ディムロスには呆れられると思うがな」
「私も暗い墓に閉じ込められるより、そこらへんの山にでも放置してもらった方がいい気がするな」
「めったなことを言うな」
ただ箱に入れられて「納められる」よりも自然に環る。
いわゆる樹木葬に近いものだと思われるが言い方を変えると殺人事件になりそうなのはなぜだろう。
リオンはむこうとこっちと器用に対象を変えながらつっこみを繰り出している。
そして事態をの収拾にむけて口火を切った。
「墓といっても一口ではないだろう。僕も縛られるのはまっぴらだが、そこに見守りたい人間がいるならば別かもしれない。
結局、この世を去った人間の気持ちなど生きている人間には確かめようもないんだ。
だったら
の言う通り、好きにすればいいだろう」
この話はこれで終りだ、とばかりにリオンが腕を組んでソファの背もたれに深く体重を預ける。
スタンはちょっとだけ何かがわかったような顔をして、それでもまだ迷っているようだった。
「優柔不断なやつだな」
「大切なことだろ?」
ソーディアンのことを素直にそう持ち出せるスタン。
言われてしまうとそれ以上、憎まれ口も叩かずリオンは代わりに溜め息を吐いた。
「最後にもう一つだけ」
渋い顔をしたリオンになぜか大袈裟に手を合わせてスタン。
そこまでされて嫌とは言えない。
「本当に最後なんだろうな」
呆れた顔でリオンはなぜか腰を低くしたそんな彼を見下ろした。
「シャルティエにだったら、どう考えるんだ?」
「!」
真摯な表情のスタン。
だから触れて欲しくないのだ。
一度たりとも二人はあの最期について「死」という言葉を用いることはなかった。
痛いほどに、よくわかっていたつもりだから。
奥底に大事に仕舞い込んでいたものにいきなり手を出されて、この話題になって何度目か、彼は眉を寄せた。
毎回意味は違えどどれも歓迎ムードでないことは明らかだった。
そうして心の中に納めることはできるものでも言葉という「形」にするのは難しいものだ。
特に彼のような人にとっては。
痛烈なくらいはっきりいうのはむしろ、簡単なのであるが…
「別にどうもしない。少なくともシャルはお前のようにマスターが自分の墓をつくろうなどという馬鹿げたことを言
い出す人間ではないということは理解しているはずだ」
結局、彼なりにアレンジした答えになっていた。
しかし、これ以上はないというくらいに上手かった。
ふん、とふんぞりかえっているリオンと思わず黙りこくっているスタン。
見事なまでに時という永遠の法則を止めてしまった沈黙に、笑ってしまうより先。
スタンの視線がちらりと助けを求めるように
に向いた。
「…あー…」
咳払いがしたくなる気分でなんとか持ち直して今度は
が答える番だった。
「ソーディアンのみんなって、神の眼の前で散ったでしょ?」
「うん」
「だったら…それでいいじゃない。空が彼らが最後にいた場所だよ。
どこに縛り付けなくても、いつも見ていられる」
「あ…」
の視線が開け放たれた窓から外へと注がれ、つられるようにスタンとリオンも見上げる。
柔らかな動きではためくカーテンの向こう。
そこには、美しいグラデーションを描く
果てしない蒼空が広がっていた。
* * *
「実は、前から思ってたんだよな。ルーティには話せないし…なんかすっきりしたよ!」
「自分だけ解決してさっぱりか…」
いいご身分だな。
とわずかに怒りを燻らせて、クレスタへ帰るスタンを見送るリオンは小さく唸る。
何の憂いもなさそうなスタンの顔は正に彼らの言う通り…
すっきりさっぱりな表情だった。
見ている方が呆れるくらいに。
「リオンと
も、たまには遊びに来てくれよな!」
そしてサンタのような大きな荷物を背中に、彼は大きく手を振って帰っていった。
「…無駄に騒がしかったな」
「クレスタに行ったらその気分が10倍くらい味わえるかもよ」
「当分行かん」
溢れかえる子供たちと、喧騒を思って思わず渋い顔をするリオン。
静かな生活に慣れている二人にとって、それはなかなかの頭痛の種である。
記憶に馴染んだ姿が消えると、二人は踵を返した。
無二の来客に手を止め、集っていたがそれぞれがまだ仕事中だ。
「…」
「リオン?」
ふと、足を止めて正面の高い邸を見上げるようにリオン。
なんでもない、と言いかけて…
「空が青いと思っただけだ」
かつて傍らにあった者のことを思い出した。
空を見上げるたびに思い出すのだろう。
そして、失われない絆を刻み込んでいく。
昨日まで当たり前だった世界が、なぜかこの日…改めて鮮やかに見えた。
**あとがき**
外殻の壊れる瞬間は、いつかどこかで表現したいと思いつつ意外なところで繋げられました。
ゆっくり休んでいるソーディアン達が喜んでくれるといいと思いつつ。
本当は、タイトルは「空にいる君たちへ」ですね。
