リオンはクレスタに行くことを嫌がっている。
行けば雑用にこき使われるからである。
シン
は子供が苦手。
故に二人は自然と孤児院からは足が遠くなっている。
けれど、気まぐれに行こうかということは たまにある。
−日向の記憶
「だから僕は嫌だと言ったんだ」
ぶちぶちいいながらもやっぱりリオンは孤児院の庭先で腕を組んで主張している。
新緑の芽吹く、すがすがしい季節。
そもそも行ってみようかくらいのノリだったのだから嫌だなんて今回は前もって一言も言ってないわけで、
けれど実際来てみると前回の想いが鮮烈に思い起こされ文句のひとつも言ってみたくなるものなのだろう。
平穏な時間と言うのは人間の油断を招く。
「大体僕らは客だぞ?なんで客が雑用なんてしなければならないんだ」
「立っているものは猫でも使えとか何とか言うやつじゃないかなぁ」
シン
は木陰で黙々と草むしりに勤しんでいたが、リオンの口調は独り言とは程遠いものだったので応じることにした。
手と視線は仕事に没頭しながらも。
対してリオンは先ほどルーティから押し付けられた竹箒を肘掛にするように、頬杖をついてその背中を見下ろしている。
確かに到着早々、結構な仕打ちである。
今日は悪しくもお天気上々、孤児院上げての突発イベント=家事満載の日にぶちあたっていたらしい。
お茶を一杯出してくれたがルーティは、新しい手伝いが来たとばかりの喜びようだった。
とはいえ、訪問当初はそうでもなかったのである。
騒乱終結からさすがに10年以上も経って訪れる回数が重なるほど彼らの扱いは客からファミリーのそれに取り変わっていた。
ファミリーと言うと聞こえはいいが、やらされていることを考えると微妙だ。
「掃除が嫌ならいっしょに草むしる?」
「……………」
10年も経っているのに性格も外見もさして変わらない(化け物じゃないだろうか)
シン
はそうして美貌の青年をようやく振り返る。
そういう問題ではない。
そもそもなんなのだ、そのお誘いは。
そんなことを思いつつも、リオンはとりあえず日光の強い日向から木漏れ日のさざめく花壇のほうへと踏み入れた。
言っておくが日陰に移動しただけで参加するつもりは毛頭ない。
ここは裏口に程近い孤児院西の小さな庭。
子供たちは表と家に散っていて喧騒は少々遠く、それだけは幸いなことだった。
「…よく飽きないな」
「草むしりって嫌いじゃないんだよね。破壊的で面白くない?」
「どこが破壊的なんだ」
「まず雑草を殲滅させる。さすがに雑草ともなると根絶やしっていうのは難しいけど、必要
なものだけ残して抜き去れば後から成果も目に見えてすっきりするし。妙な達成感がある。
ところで綺麗な花だけ残すって結構、選民主義だよね」
「…………どこの戦争哲学だ?」
除草ごときに殲滅などという言葉を使われると確かに純然たる破壊的ポリシーを感じないでもない。
そう言われると途端に奥の深い雑事に見えるから不思議だ。
が、どんなに格調高い論点を見出したところで
草むしりは草むしり。
「人は差別するなと言いながらもこんな小さなところで我知らずに選別している」
「楽しいか?」
「まぁそこそこは」
遠い目をして言葉遊びを始めようとしたので一応つっこんでみた。
シン
も自覚があるのですぐに真顔に戻って、少しだけ止めた手をまた動かし始める。
「おーい、リオーン!」
「騒がしいのが来たぞ」
先ほどからきゃあきゃあと家の中やら表の方でしていた声がふいに近くなって子供たちが裏口から顔を覗かせる。
呼んだのはその中心にいるスタンである。
その腕には子供たちがぶらさがったり背中に張付いていたりの盛況ぶりだ。
こちらとあちらを隔てていた扉が開かれたせいでいきなり騒がしくなってしまった。
「騒がしいとはお言葉ね!こっちにも助っ人をまわしてあげようってのに」
「どちらかというと僕らが助っ人なのだが」
「リオンさん、俺、手伝います」
年少組みの騒ぎを掻き分けてやってきたのは褐色の肌の少年だった。
のきなみ幼少者の多いこの孤児院で彼は年長者にあたる。
それでも敬語の使い分けが出来て社会に出るか出られるかくらいの年齢ではある。
「あ、オレも!」
「あらカイル。珍しいわね。草むしりは嫌いなんじゃなかったの?」
運んでいた野菜かごを置いてスタンの肩越しに手を挙げた金髪の少年は、にまにましながらルーティに言われて口先を少しだけ尖らせる。
それでも今しがたの表情はどこへやら。
たたっと駆けてきて花壇の柵を乗り越えハーブの脇に腰をかがめてブチブチと早くも草をむしり始めた。
短く刈り込んだ銀の髪の青年も柵の中へ高い背を曲げるようにして入ってきた。
「…ロニ、そんなに近付いてむしる必要はない」
「あ、ははは。いやぁ、つい」
何がついなのか。
立ち上がったら自分より華奢であろう年長者に柵の外から妙な高圧感を帯びた一瞥を食らって、
シン
のすぐ隣に腰を下ろしたロニはすぐに離れることになる。
「懐かれてるなぁ」
「おかげで家事が捗るわぁ♪」
後ろになんだか謀りごとを抱えたようなルーティの声を聞かなかったことにしてリオンは小さく溜息をついた。
「カイル、ちゃんと根っこから抜かないとすぐにまた生えるよ」
「これ抜きづらいんだよなぁ。こっちのはすぐに抜けるのに」
「それはアカザだね。もうちょっと大きくなるとお浸しにして食べられるらしいよ」
「食べられるの!!?」
家庭菜園も趣味というより実益目当てで有する孤児院である。
食べられると聞くと邪魔な雑草から途端にカイルの中で価値が変わったらしい。
「じゃあこのままにしておけばいいんじゃん!あ、こっちのは?」
「それは確か…トウダイグサ。
灯明の台に似てるとかなんとか…食べたら死ぬよ。」
うっ、と黄色い小さな花の背丈の高い草に伸ばしかけていたカイルの手が止まる。
シン
は進路にあったタンポポを抜き取って放る前にしげしげとそれをみつめた。
「タンポポの根っこってコーヒーになるってホントかなぁ」
「ここで教えることは妨げんが、帰ってから間違っても試すなよ?」
「うん。紅茶派だからしない」
…僕がコーヒーを飲みたいといったらどうなのか。
しばらくそういう気分になることがあっても黙っておこうと思った瞬間。
「他には?他には!?」
「ナズナ…ペンペン草とかスミレとかオオバコとか…そこに生えてるハルジオンもそうだね。実際食べたこと無いけど結構あったはずだよ」
「すごいや!」
お子様カイル、大興奮。
オオバコなど薬効が高い分、実際食べても苦いだろう。
カイルが周りは食料宝庫とばかりにはしゃぎはじめるとロニがわざわざ除草対象外の花壇の外に手を伸ばして草を抜いた。
「それならこれも食べられんだよな」
「どれどれ?」
興味津々。
ロニが手にしたのはそれなりに大きくなっていたヨモギだ。
「あ、知ってる!だんごにしたりするんだよね」
「てんぷらにして食べれば苦くないし、薬効があるから入浴剤にすることもできる。そのまま使えば殺菌作用もあったかな?」
へぇ〜とアホ面下げながら二人。
いつのまにか食べられる野草探索の会になってしまった。
そうして彼らのたどりついた結末は
「「なーんだ、草むしりする必要ないんじゃん」
というなかなかご都合主義で楽天主義な方針だった。
「ちょっと シン …」
低い声に呼ばれて振り返る。
カイルとロニが思わずびくりと反応するほどのオーラをまとったルーティが仁王立ちになって立ちはだかっていた。
彼らの様子を眺めていたリオンにしても関わりたくないのか一歩横に退く始末。
ヅゴゴゴゴ、という音がバックに流れそうだ。
「余計なことは教えなくていいの!…さ、今度は中を手伝って!」
「でもいつか旅に出たときに役に立つかもよ?」
「出る必要ありません!」
その時は向こう4,5年内に迫っているであろう。
そういう意味ではないのだが、リオンの大げさな溜息が初夏の風にのって届いた。
今度は中の仕事を手伝えとはげんなりである。
「あ、じゃあ俺たちも…」
「あんたたちはむしってなさい!いつも通りにね」」
今晩のディナミス孤児院の食卓に、雑草が上がることはなさそうだった。
* * *
「中の仕事と言われても…」
「お前、少しは文句のひとつでも言ったらどうだ」
「あんたは全然やってなかったわね。見てたわよ」
「…」
彼女にしてみれば声をかけたのは見兼ねての話で「もうそっちはいいから」くらいの意味でしかない。
だから本当は少し休んでもらおうかとお茶の準備でもしていたところだが、そんな流れになってしまったら仕事はしばし続行しそうだった。
「あらかた終わったんだろう?他に何をしろというんだ」
リオンがそうとは知らずに余計なことを訊いてしまったのがまた悪い。
「そうねぇ…何してもらおうかしら」
「無理に仕事を作り出さなくてもいいぞ」
「…布団でも干してこようか」
こき使いそうな言葉とは裏腹に、かちゃかちゃとマグカップをトレイに乗せるルーティの背に
シン
の提案。
働き者ね、助かるけど。と少し呆れながら振り返るとそういうことでもないらしい。
彼女はにこにこと笑っていた。
そんな時は、他に意図することがあってのことである。
「…………そうね、お願いしよっかしら」
どうしてだか、ルーティはひっかかりながらもそう答えた。
何か思い出したような気がしたのだが。…気のせいだろう。
気を取り直してとびきりの笑顔で運びかけていたトレイをテーブルの上に戻してひとつ、提案しなおす。
「あと40分もあればちょうどクッキーが焼けるわ。それまでもうひと働きしてもらおうかしら」
鬼め、というリオンの声は既にルンルン気分の彼女には届いていなかった。
* * *
「で、僕も働かされるわけか」
さんざんだな、と言いながらもちゃっかり子供に自分の布団の搬出を命じて、ウッドデッキの上に集めた布団を運べばものの10分足らずで仕事は終わっ てしまった。
屋根に並んだ布団。
どこかで見た光景だ。
「はいはい、じゃああとはお茶の時間まで休もうか」
ウッドデッキの柵ごしにそれを眺めていると
シン
が背中を押してくる。
軽いデジャヴ。
こんなことが前にあったか、と思う。
それはリオン=マグナスの歩んできた歴史にはなかったことで、夢のようにも思える事実。
しかし、確かに在ったこと。
振り返るとやはりご機嫌麗しく微笑っている
シン
。
あれは「いつ」のことだったろう。
彼は、そういう意味かと大人しく彼女の「やりたいこと」に一口乗ることにした。
ベランダの手すりを乗り越えて再び屋根に上がる。
そのまま靴を脱いで一番手前にある布団に足を乗せ…リオンは振り返る。
シン
は待っていたように同じように上がって来て、借りていたサンダルを脱いで揃えた。
それを見てからリオンは並び干された布団の上を一番端まで渡っていった。
膝を折って撫でた場所。
それは一番初めに干した布団。
既にこの天気でそこは暖かくなっていた。
「いい天気だね」
「少し日差しが強いな」
それは日向ぼっこに興じる前触れ。
広い屋根の上は、この天気では少々暑くなりそうだった。
布団にしみる太陽の匂いは夜になっても十分なほどに残っていることだろう。
けれど眼下の緑を揺らしながら渡る風は爽やかで、調和の名の下に居心地の良い時間を提供してくれそうだった。
遠くまで見渡せる孤児院の屋根の上で、腰を下ろして見晴るかす。
いつか見たはずの光景が、記憶のそれと同じなのかはわからなかった。
見えるのは初夏の日に降り注ぐ日差しとあでやかな緑と風に染まった街。
時たま空を行き交う小鳥のさえずり、遠く聞こえる子供たちの喧騒。
世界はあまりにも平和で、穏やかだった。
隣で猫のように布団に伏して日光浴を興じはじめた
シン
を見ればそれこそ、呆けてしまいそうなほど。
ひそかに小さく微笑うリオン。
「この仕事の特権、だな」
「だよ」
くすくすと笑う
シン
の背後からひょこひょこと近づく影。
珍しく寛容な気分で彼はそれを見過ごすことにした。
眼下にはロニが一人、半ば投げやりそうに草をむしり続ける姿がある。
「わーーー!オレもーーー!!!」
「わぁ!!?」
グキッ。
妙にハイテンションにそう
シン
とリオンの間に割り込んできたのはカイルだった。
今、何か変な音がしたが…?
「い、いてて…」
勢いあまって変な角度で頭からつっこんだカイルは てへへ、と照れ笑いをしながら起き上がる。
うつ伏せになっていた
シン
は体をひねって見上げる形で何が起こったのかを理解した。
目が合うと改めてカイルはぼすりと横になる。
そして、もうすっかり暖かくなった布団の感触に顔を埋めるようにして楽しんでいる。
カイル=デュナミス。
趣味・特技:子供の頃から既に昼寝。
スタンにそっくり。
「気持ちいい〜」
ごろごろと二人の間に挟まって布団に頬ずりしているカイルを真ん中に、リオンと
シン
は顔を見合わせ微苦笑を交わす。
風はそよそよ、爽やかでカイルの眠気を誘うにも時間はかかりそうもなかった。
ひとしきり布団の感触を堪能してからカイルは気持ちよさそうに仰向けになって、時折風が運ぶ薄桃色の花びらの舞う青空を大きな瞳に映した。
「オレ、布団干しって好きだな!」
思うに干し終わってから来るのが好きなのだろう。
もしくは干している最中にこういう状態になってルーティに叱られている姿が目に浮かぶ。
リオンがそう指摘するとカイルはへへへ〜とまだ幼い顔に上機嫌な笑みを浮かべた。
「なんだか不思議だな」
気持ちよさそうにまた布団に顔を埋めるカイル。
「何が?」
「だって
シン
とリオンさんってさ、父さんや母さんと同じくらいの年なんだよね?
なのに全然そういう感じがしないんだ」
「「…」」
二人はそういったカイルの中に、もう少しだけ大人びたその面影を重ねた。
絡むはずのない時の糸。
それが今、どこでどう繋がっているのか知る術は無い。
「でも、そう考えると父さんと母さんと川の字になって寝てるって感じ?」
「「………………………………………」」
何?その前振り無視した かっ飛ばし具合。
それがカイルらしいといえばカイルらしいのかもしれないが…
「カイル…お前はもう少し考えて物を言え」
「えっ?オレ何か変なこと言った?」
「うん。いろんな意味で」
リオンと
シン
はそれぞれ明後日な方向を向いて頭を抱えている。
全く先行き不安なお子様である。
カイルは本気でわからないと言った顔で二人の間に視線を何度も往復させていた。
まぁもっと手痛いものをくらわすにはまだ数年、執行猶予があるだろう。
今の彼はまだまだ子供だからして。
「ねぇ
シン
。さっき旅に出たら、って言ったよね」
答えはもらえないらしいことにさっさと見切りをつけてカイルはころりと表情を変えて布団に両肘をついた。
少年、というよりは子供らしいただただあどけない夢を語る表情で。
「あぁ、雑草の話してた時?」
「うん。二人とも父さんたちと旅したんだよね」
「お前が思っているようなのんきなものじゃなかったがな」
子供でも相変わらずなリオン。
カイルは全然めげなかった。
「オレも旅に出たいな。まだまだ無理かもしれないけど…
その時はさ、二人とも 一緒に行こうよ!」
風が ざ、と音を立てて吹き抜ける。
いつか嗅いだ匂い、新しい風の匂い。
どこかそれは懐かしかった。
「…そうだな」
「あれ?いいの?」
「どういう意味だ」
気まぐれな返事に、
シン
がカイルの背中越しに聞くと少々不満そうな視線が返ってくる。
シン
は首を振って改めて紫闇の深い瞳を見返した。
「じゃあ3年計画で今から準備しないとね」
「?なんで3年??」
「うーん、なんとなく?」
首をひねるカイルにはそんな答えでも十分だ。
ちょっと考えてから「よっ」と起き上がってカイルは街を、その向こうに広がる草原を見渡した。
更に遥かにはラグナ遺跡の空を貫く巨木の姿が霞んでいた。
「カイルー!何やってんだーー!!」
腰を伸ばしながらようやく屋根の上の彼らの姿に気づいたロニが、さぼりよろしく清清しい高みに見ゆる弟分に叫びを上げる。
ひさしの下に居たのか、スタンも出てきてのんきに片手をかざしながら見上げた。
その後に出てきたルーティは、やはりサボりを一喝しようと口を開きかけたがそこにリオンと
シン
の姿もみつけ、少々呆れ顔だ。
小さく「何やってんだか」と口先が動いたが屋根の上までは聞こえない。
カイルはリオンと
シン
が居ることで心強く思っているのか笑顔で手まで振り返してから二人の顔を交互に見た。
「この話、ロニにもまだしてないんだ。
だから内緒だよ!」
それは、新しい約束。
まだ見ぬ世界を、いつか見た世界を辿るための
小さな、はじまりの約束。
あとがき**
本来、季節の「お題」に入れる予定の話でした。
そのせいか前半はごくごく日常の1シーンです。
後半はお題「ひなた」の続編。これはD2連載の時から書くぞと思っていた話です。
元は同じシチュエーションでカイルがちょこっと思い出してみたりという話でした。
当初D2と同じカイル15歳の時間軸で書く予定だったので「いつかこういうことがなかった?」という台詞があったのですが前半からの繋ぎでカッ
ト。
これはおそらく10、1才くらいでまだそこまでいきません。
でもその代わりに新しい約束が出来たからいいか。
旅に出るとききっとリオンは保護者役ですね。(ジューダスとどこが違うのか(笑)
ちなみにこの時点でロニは18歳前後。既に女好きのタレント開花済み。
一部「ひなた」と対になっていますので比べてみると面白いかもしれません。
GWは(自主的に)草むしり。桃の花を散らした風も空の色もこの季節ならではでした。