さりげなく、クレスタに行くの初めてです。
─ 騒乱の後に
穏やかな日差しが差し込んでいた。
騒乱が収束し、早数ヶ月…
物的被害の少ないクレスタはダリルシェイドとは別世界のように平穏だった。
復興が始まったばかりで一日が三日のボリュームよろしく日々を過ごしていたリオン。
文字どおり休む暇などない。
が、実際そんなことで倒れてしまっては元も子もないのでわずかながらにまとまった休みを周りから半ば強引に充てがわれた彼は
といっしょにクレスタを訪れていた。
クレスタはダリルシェイドの内海を挟んで目と鼻の先。
徒歩では南にある海と山脈を迂回しなければならないため数日かかるところも、オベロン社が所有していた小型クルーザを使えばちょっと忙しくて日帰り圏 内といったところである。
そんなわけで特権を活かして二人は三日の休みで田舎町風情を味わっていた。
「…休みに来たのだか、騒がされに来たのだかわからんな」
ルーティのいる孤児院を訪れてみたはいいものの、子供のあふれる孤児院において何が待っているのかは想像に易い。
ヤギに子供にまとわりつかれてうんざりしながらリオンは噴水脇に備え付けられたベンチに腰をかけてため息を吐いた。
「…たしかにもっと落ち着いて、覚悟ができてから来たほうがよかったかもね」
なんの覚悟だ。
背もたれのないベンチから振り返る形で噴水の水に手を遊ばせながら
。
「ルーティに会いに行こう」ということに関してはリオンはあまり乗り気ではないようだった。
この時点でスタンはリーネに帰っていて、まだルーティが孤児院の経営者として全てを取り仕切っているわけではない。
シスターたちもいるのだから人の家にお邪魔した挙げ句に騒がれるのことを思えば当然といえば当然だった。
ここへは手近な田舎町にゆっくりしに来た、くらいが正しいだろう。
なのに、到着早々無駄に心労を蓄積されてしまった。
もそこが孤児院(=子供たっぷり)なだけに気が進まない一面もあったのだが、まぁ顔を見るくらいなら大丈夫だろうと思っていたらとんでもない。客が 「ルーティといっしょに世界を救った英雄」と知れるやいなや、子供津波をくらった次第である。
「まぁ、この町は平和そのものだから今日は宿でも取ってゆっくり休もう」
リオンに至ってはあの子供津波がトラウマになってしまうくらいげんなりした顔をしていたので気休めに言ってみた。
緑豊かなこの町は確かに二人をくつろがせてくれるはずだった。
でもその前になけなしの目的がもうひとつ。
「ヒューゴさんのところ、行ってみようか」
あの騒乱の後、体調の思わしくない彼は静養のためにこのクレスタに来ていた。
なんだかんだいってオベロン社が復興に寄与するべく存続しているので元総帥としてあまりダリルシェイドから離れるわけにもいかないのと、そうでなくて もルーティがいるのだからここでゆっくりすればいいということになったのだ。
そんなわけで見舞おうとしていたリオンと
。
「誰のところに行くのかな?」
「!」
本人の突然の登場で、足労がひとつ省けてしまった。
挨拶を交わして体調を伺う。
「いつもそれほど悪いというわけじゃない。散歩くらいはするさ」
とそれでもどこか鋭さは抜けたただ優しい微笑が帰ってきただけだった。
その場で立ち話が始まるような気配がしたので
はヒューゴにベンチを勧めて自分はそこからは不自然に離れたベンチの反対側の、一段高くなった噴水の淵に腰をかけた。
必然的に真ん中の開いた場所にはリオンが座ることになる。
…忙しいのでろくに触れ合わなかった父子二人。
正直、未だに会話はどこかぎこちない。
とヒューゴは学者肌な性格が合うのか意外に話はしやすいのだがリオンは自分からはあまり多くを語ろうとしなかった。
…こういう時は無理やりにでも二人きりにした方がいいのだろうか。
とも思ったのだが事前に提案したところ「駄目だ、お前もいろ」宣言を受けてしまったのでむしろできなくなっていまった。
妙なところで律儀に
。
それでも、ヒューゴが話しかけている内に話は自然な流れになっていた。
なので会話は任せて今度はひとりで広場を散策すべくベンチを離れた。
リオンはそれを横目に見たが、そのままその挙動を眺めることにする。
そんなふうにいつのまにか会話の輪から姿が消えているのは今に始まったことではない。
視界の端に収めながらもベンチから動こうとはしないリオンの様子にヒューゴは何事か思いついたようにふとポケットを漁った。
取り出したのはセインガルド刻印が記された硬貨だった。
「ほら、エミリオ」
「?」
なぜか彼に手渡す。
わけもわからず手のひらにのせられた硬貨に視線を落とすリオン。
彼の中でどういう基準があるのかダリルシェイドでは子息を「リオン」と呼びこういった時は「エミリオ」と呼ぶ。
そのことには慣れたのかリオンのひたすらの疑問はその硬貨を手渡された意味だった。
ただの硬貨だ。さしあたって何がどうというわけではない。
「立ち上がって、目を瞑って噴水に投げ入れてごらん」
「…」
なんだかわからないまま言われたとおりにするリオン。
数歩離れた位置から投げられたコインはぽちゃん、と音を立てて噴水の底に沈んでいった。
「リオンーー!!?」
離れた場所で目撃していたらしい
が珍しく声を大にして駆け戻ってくる。
なぜか楽しそうな笑顔で。
「?」
その笑顔に嬉しいとか微笑ましいとか言うよりも純然たる「面白さ」といった微妙なニュアンスを見出してリオンは思わず訝しげに眉を寄せた。
それが彼女にとっては余計可笑しかったらしい。
「入れたの?凄いね!」
妙にテンションが高かった。
「…何の話だ」
「この噴水はクレスタの名物でな、目を瞑って後ろ向きにコインを投げ入れられると恋が叶うという謂れがあるんだよ」
「!!!!!!!」
一瞬にして固まったそのリアクションに
が声を上げて笑い出す。
何がおかしいのか腹まで抱えられそうなハマりっぷりだ。
「お前、知ってたな!!?」
「知ってた…知ってたけど…、リオンは絶対やらないだろうなーって…… …っ!」
口の前に拳を握って耐えてみても酸欠寸前。
いっぱい食わされたとヒューゴを見ても彼はにっこりと大人の微笑みを浮かべただけだった。
「…良かったね。リオン」
「うるさい!お前もやれ」
「絶対やらない」
「…#」
「入ったの」はなく「入れたの?凄いね!」と彼女に言わしめた真なる意味をひしひしと感じながらリオン。
少なくとも、彼ら二人は自らそれをしようとするような人間ではない。
果たして祈りのこもっていなかったチャレンジがどんなふうに功を奏すのか…
それも一体誰に対して通じるというのか。
そんなことをおかまいなしにヒューゴ=ジルクリストはそれなりに幸せそうだった。
「良かったな、エミリオ」
「良くない!!」
そこまで否定しなくてもいいじゃないかと思いつつも。
あとがき**
40万HIT記念 キリ番フィーバー企画、一番乗り(401000)のぴょろさんによるリクエスト。
「連載終了後、ヒューゴさんの出るほのぼの系の話」
最初は見舞っているところからはじまってそのままひたすら会話、という構想だったのですがその後のクレスタの様子やらも書きたいなーと思ったら…
このまま連載番外として使えそうな話が誕生しました。
TOD2(とリメイク版)ではクレスタの噴水ネタはどこ行ったー!という感じでしたが、クレスタの シンボル的な場所だったので出せることができて良かったと思います。
よりにもよって、トライしたのはリオンでしたが(笑)…いつかロニネタになるかと思って たよ…
ピョロさん、リクエストありがとうございました!
