世界中に例外なく類稀なる震撼が訪れ、そして一年後…
─ 田舎暮らし万歳
「誰だ、こんなド田舎に集まろうなどと言ったヤツは」
「酷いこと言うなよ。いいところだろ?世間の惨状すら忘れさせてくれる、っていうか、心の垢を落としてくれるというか」
「…僕らはその惨状をなんとかしようと奮闘しているというのに一年間もお前は世俗と隔離された場所に隠居とは…いいご身分だな」
「う…」
リーネに到着するなり旅の疲労からかリオンの辛辣な物言いは止まらなかった。
リリスに注いでもらった紅茶のカップを傾けてようやく一時的に沈静化し、だがむしろその沈黙によってスタンはしゅんとうなだれる。
世界を救った英雄様はあれからすぐにリーネに帰り、羊飼いとしての生活に戻っていた。
それが彼の本来の生活であるのは確かなのだが、惨状を知りながらも穏やかな日々に浸ってしまえば二の句もないのだろう。
実際のところ。
相も変らぬ平和な田舎生活に、暗いニュースは遠いのだ。
世界は遥か、遠くになりにけり。
「まぁまぁ、スタンにだってスタンの生活があるんだから…それより他の皆は来られそう?」
「あ、うん。フィリアとウッドロウさんも出発したって手紙が来たし。ルーティは連絡ないんだけど…」
「あいつなら野暮用を済ませてから来ると言っていた。一応近いから誘いはかけたんだがな」
リオンの言葉にスタンはぱっと顔を明るくした。
一年後、またみんなで会おう。
それは騒乱が終わった時の約束だった。
それが今、果たされようとしているのだ。
これほどうれしいことは無い。
「しかし、なぜリーネなんだ」
だが、リオンの論点はまた元の場所に戻ってしまった。
そう、集合場所はこのリーネの村。
リーネといえば言わずと知れた「ド田舎」「フィッツガルド大陸最果て」、加えて今は騒乱の際に出来てしまった「白雲の尾根」で秘境に磨きをかけてし まっている村だった。
英雄の生まれた村として知名度は上がったものの、たった一年ではできたばかりの白雲の尾根の行路も整備されておらずここまで来るにはひどく骨を折っ た。
まるでダンジョン探索のようだった。その苦労は17年後の比ではない。
リオンの不機嫌の原因はそれである。
スタンにしてみれば「オレの故郷にもいっぺん来てくれよ」くらいの気持ちだったわけだが…
「…いいじゃない。「リオン」はリーネに来るの初めてなんでしょ?」
「「僕」はな#」
一息ついて喉元を過ぎたのか
はいたずらじみた声音で言って、隣に座るリオンを見る。
何を言われているのかはわかっているのでリオンも深くあたらず流しただけだった。
言わずと知れた、その意味するところは…ジューダスとしては来たことがあるという意味である。
もっともその時は旅の途中でありこんな牧歌的体験ができそうな空気に浸ることもなかった。
「そんなに怒らなくても…」
「はいは〜い!お待たせしました!リリスちゃん特性リーネ産無添加ナチュラル食材を用いたプリンが完成しましたー!」
「「……」」
絶妙のタイミングで台所からできたてのデザートを持ってリリスが現れる。
別に狙ったわけではないのだが、リオンと
はそれで意味深な沈黙を繰り出すこととなった。
「…リーネ産の砂糖は、ダリルシェイドでも高級食材だったんでしょ?」
「え?卵と牛乳は?砂糖よりもお手軽だけどおいしいんだよ」
「ダリルシェイドまで運んでいるうちに腐るだろうが」
「…ばっかねー、お兄ちゃん」
幸いなことに話が逸れて傾いていたリオンの機嫌はやや取り直したようだった。
田舎と言うのは空気と食べ物がおいしいというのが取り柄でもある。
もっともこの世界のように大気汚染が進んでいない世界では、ダリルシェイド近郊でも空気は綺麗だと思うが。
「リオンさん、本当に田舎で驚いたでしょう?」
「あぁ、まさか茅葺の屋根があるとはな」
「……それは私も驚いた」
確か
の記憶の中ではそこまで田舎ではなかった気もしたし、少なくとも18年後は普通の田舎の街(村)並みだったはず。
忌憚なき物言いにあはは、とリリスは笑うと腕に抱いていた丸いトレイを下ろしてからキッチンへ戻っていった。
「そして本当に羊飼いだったとは」
「な、何だよ!馬鹿にするなよ?羊飼いだって立派な職業なんだからな!」
「「セインガルドの兵士になりたくて田舎脱出した人間がよく言う」」
「うぅ…」
どうやら田舎をネタにされると反論の余地も無いらしい。
立派な職業だとは思うがそれをスタンがやっていると思うから可笑しいのだ。きっと。
「リオン、スタンいじりはこの辺にしよう。羊、後で見せてよ」
気が済んだのかデザートに手をつけ始めたリオンに言ってから
は改めてスタンに向き直った。
それから1時間ほどした頃…「東の浜辺に船が着いた」と村人が騒ぎ始めていた。
やってきたのはウッドロウとフィリアだった。
「フィリア!久しぶり!!」
「はい、スタンさんも。お元気そうで何よりですわ」
さすが王様はわけが違う。
彼は自国の船で乗り付けたらしい。
まぁ白雲の尾根を越える苦労を考えたら正しい選択なのかもしれない。
の提案通り旅を楽しもうと定期船を使ってノイシュタット経由でここへきたこと…というよりは
「なんと!!リオン君たちは徒歩で来たのか!!…これはまた原始的な方法で…」
わざわざリーネくんだりまで来てウッドロウと会わなければならないことをリオンはやや後悔した。
「ふん、各地の状況を自分の目で見て回るのも復興を担うものの役割だろう」
「それでまた帰りは徒歩で…?リオン君はともかく女性には辛いだろうに…
君、帰りは一足先に一緒に船で戻るかい?」
「帰りはオベロン社のクルーザーが手配してある。アナログな帆船ごときに一足先には無理だろう」
「…」
ほぼ一年ぶりとなるのに全くお変わりなき二人を
は遠い目で眺めやった。
変わりないのは彼女自身を含めた他のメンバーも同じなのだろうが…
「ちょっと!!なんなのよあの道は!!整備もされて無いわけ!!?」
一番遅れて現れたのはルーティだった。
無論、彼女には船を手配する伝手など無いのだから歩いてくるしかない。
たったひとりで霧にまかれたあの尾根を越えてきたのはむしろ驚嘆に値する。
これで屋根の上からお茶目に飛び降りるだとかどこかのゲームのようなことをされたら、それはそれで脅威のタフさだと思っていた
はいつもどおりの登場に秘かに胸をなでおろした。
「それにしてもみんなほんっとに変わらないわねぇ」
「お前が一番進歩無い」
「ぁんですって?」
ルーティも家に入って全員が一息ついたところで改めて顔合わせとなった。
一番会っているからなのかもしれないが確かにルーティに限っては何が変わったということはなさそうだ。
なんて思ってたらフィリアが
「一番お変わりになられたのはリオンさんでしょうか…」
とおっとり口火を切った。
「「「身長が?」」」
「……###」
誰がどこまで悪意を持っていたかは定かではない。が、それは彼のプライドに抵触するには十分な言動だったらしい。
結果、総員でケンカを売ってしまったことになる。
「さすがに17であの身長だったらまずいのではないか?」
「ウ、ウッドロウさん」
あぁそんな病気があったっけ。
などと口にしたら大変なことになるので黙っておくことにする。
代わりに
「なんだか寂しいよねぇ、今まで同じ目線だったのに一人で大きくなっちゃってさ」
しみじみと
。
他意はないのだがスタンとルーティがぶっと同時に噴いた。
「お前まで言うな#」
「だって、去年まで同じくらいだっ…」
「だから言うなと言っているだろうが#」
シャルティエがいたら「まぁいいじゃないですか。それは成長したってことなんですから」などとなだめてくれただろうに、そんな大人はここには誰一人い なかった。
むしろ問題は拡大する傾向にあるのだろう。
「
さんは、リオンさんの身長が高くなると寂しいんですか?」
天然がひとり。
「そういわれるとオレも寂しいかなぁ」
天然がふたり。
「うむ。小柄だからこそリオン君という感じがするな」
天然(?)が三人。
「…寂しいというか、あんまり大きい男(ひと)は好きじゃないし」
「…!!!!」
「ふっ」
ウッドロウが不意打ちに打ちひしがれたことでリオンの怒りは嘲笑へと変わっていた。
「そんなことより羊。スタン、羊見せて」
「うん、丁度そろそろ柵に入れる頃だから…行ってみる?」
「羊追い?だっさいことしてるわねぇ」
「酷っ!」
私は行かないとばかりにルーティにふんぞりかえられてスタン。
それでも結局、笑えるネタととらえたのか全員で行くことになった。
そもそもそれほど田舎に住んでいるわけではない他のメンバーにとっても珍しい田舎体験だ。
にわとりがうろついている家の前を通って裏山の方へ行く途中に羊たちは放牧されていた。
「…これ、…これから集めるんですか?」
「…………………牧羊犬とかは?」
「なにそれ」
の常識は通用しない。
羊飼いと言っても牧場のオーナーというレベルでは無いので村人の何人かが当番制で管理をしているらしい。犬も遠くで吼えていることは吼えているが、牧 羊犬と言うより番犬だろう。
そんなのんきな田舎時間の中で彼らは自ら羊を追うことを生業としているようだった。
ものすごい広大な村と草原との境界すらも曖昧な敷地の中で。
「手伝ってくれよ」
「なんで僕が…」
「これ、晶術で脅かしたりしたら生育悪くなって良くないんだろうなぁ」
「ははは、これは素晴しい田舎体験だな」
その通りだと思ってだだっぴろい草原を駆け巡ってなんとか羊をあつめることに成功した英雄たち。
…意外に疲れる。
「あんたの馬鹿強い体力って…こうやって培われたわけね」
「馬鹿強いってなんだよ。これくらいならここの人はみんな普通だぞ?」
「…だからその分脳が筋肉なのか?」
「それじゃコングマンだろ」
ぜいはぁと呼吸を乱しながら皮肉って見ても意味はない。
フィリアなど声もなくもう昏倒しそうだ。
しかし集まった羊たちはなかなかに可愛かった。
「…やっぱり顔は黒いほうがかわいいかなぁ」
「やはりそう思うか!」
「あ、羊の話です」
「…おーいふたりとも〜」
眼前に群れる羊たちを寸評しているとスタンが遠くから声をかけてきた。
殺気を感じてさっと横に退くと隣にいたウッドロウは背中からメリノー種の羊にどつかれて前のめりに草原に倒れ伏した。
羊と言うのは背中を見せるとなかなか危険なのだ。
はそれを知っていた。
そこに輪を狭めていた羊たちがわらわらとやってきてあっというまにウッドロウは羊の合間に沈んでしまう。
「…………………羊が」
「きゃあ〜」
緊張感の無い間延びした悲鳴は、もまれるようにしてフィリアが羊の波に飲まれたことを告げていた。
気付けば見晴るかす羊の海がまわりにできあがっていた。
それはじわじわと夜の満潮のように打ち寄せいつのまにか足元を没してしまっている。
ぎゅうぎゅう波に揉まれるに任せているとその向こうでルーティとリオンが無理やり掻き分けて何事かを怒鳴り散らしているのが見えた。
「スターーーン!#なんとかしなさいよ!!」
「なんとかって…これが普通だしさ…」
「…」
いっそ乗ってみればいいんじゃなかろうか。
などと思う
は別段困って無いので手近にいた羊の感触に注意を向けてみる。
意外にごわごわして手触りはいいとはいえない。
これがウール100%の上物になると思うと不思議だ。細く紡いでまた再構成するんだろうか。
あまり考えたことの無い行程だ。
ぎゅううううううぅぅぅ
「…羊津波?」
流れは粗くは無いが逆らう労力は要りそうなのでそのまま流されていると、自然、柵の外に押し出されていた。
抵抗しているほかの誰よりも早い脱出だったらしい。
その向こうでは誰のものかも付かない悲鳴が
メェメェメェメェメェメェメェメェメ…
という無数の鳴き声にかき消されて聞こえる。
「あ、
。良かったら羊の毛を刈る作業もしてみる?」
「みんなが羊津波から助かったらね」
スタンがぼろぼろに乱れた髪も気にせず、にこやかに誘ってくれた。
多分、それどころではないだろう(特にリオンとルーティ)。
蛇蝎のごとく田舎者と責められているスタンの姿が目に浮かぶようだった。
そうして…
世界を救った英雄たちは、かつてない田舎生活を終日堪能したのだった。
あとがき**
キリリク412214HIT、透綾さんによるリクエスト「D3その後でギャグまたはほのぼの」。
1年後のリーネでの再会はいつか書いてみたいと思っていたので、ここで書かせていただきました。
かつてないほど田舎風景になりました。
スタンはリーネに戻って何をしていたかを考えたら羊飼いなんだよなぁと激しく違和感を覚えながらも
公式設定に基づき書かねば、と勇気と知恵を振り絞った一作です(どこが)。
さりげなくギャグなのにサイドストーリーネタも満載。
普通に考えたら集合場所に(最果ての)リーネと言うのは
「はぁ?何言ってんのよ。そんな遠くまで行けるわけないでしょ!あんたが出てきなさいよ」の一言でダリルシェイドあたりになりそうだと思ったり思わな かったり。そんな疑問も織り込んでみました(笑)
透綾さん、お待たせしました。改めましてこのお話を捧げます。
リクエスト、ありがとうございました!
おまけ+++
その後。
まだまだ復興や国事に忙しいリオン、ウッドロウたちはそのまま海路で戻ります。
そんな便利な復路があるとは知らないルーティは、疲れたからゆっくりしてくとなげやり気味に残りますが後で知って激怒。
「一人であの霧の中、歩けっての!!!?」とかなんとか逆切れしてスタンに送ってもらって…
もしかしたらそのままスタンもクレスタ行きかもしれないですね、時期的に(笑)
