いつか、還ろう。あの、空へ
-秋桜-コスモス
アイグレッテに来るのは3度目だ。
けれどもう何度も来ているような気もする。そして、これが最後になるはずだった。
エルレインを追って未来のアイグレッテにたどり着いたカイルたちは、更にカルバレイスへ向かうことになる。
急速に、終わりへ向かって動き出した刻の中だった。
「この時代の今は秋なんだね」
港へ辿る草原を歩きながら
。春のそれにも似た、けれどもっと涼やかな風が髪を舞い上げるように揺らす。
これから世界の行く手を決する場に赴くなど考えられないくらいの穏やかな世界だった。
海までの短い街道脇に咲き誇るのはコスモス。
背丈ほどもありそうな白や淡いピンクの花々も今はリアラたちにもあまり振り向いてもらえない。
どこにでもみかける花だが、ありったけを花束にしたらさぞかし抱え甲斐があるだろう。
見事に咲き誇るコスモスの花先だけを摘み取って
はくるくると回すように指先で弄んでいる。
「こんなにきれいな世界なのに…好き勝手に変えちまうなんて許せねぇよな」
どんな話題もそんな話に結びついてしまうこの頃だった。
港へは程なく到着し、ロニとナナリーがチケットを手配に行ってい間、
は波止場に腰をかけ振り仰ぐ。
こんなふうに腰を落ち着けて空を見上げるのも久々な気もする。
天地戦争時代から帰ってきたのが雪降るファンダリアだったせいもあるだろう。
空も風も、あまりにも穏やかだった。
「何を見ている」
軽やかに漆黒のマントをなびかせながらやってきたのはジューダスだった。
「ツバメ」
「ツバメ?」
見上げるジューダス。
座っている
からは仮面の下の素顔が覗いて見えた。
意識しなければそれらは鳴き声も飛び交う姿も風景の一部でしかない。
けれどそうして見ると改めて、空の高さ、広さが、そして鳥の舞う自由奔放さが実感できる。
秋の空は高く、広く、そのせいかどこか寂寥も帯びて見えた。
「きれいだねぇ、ここからだとツバメはどこに帰るのかな?」
「ダリルシェイドのツバメはノイシュタットの方だったと思うが…季候が合えばカルバレイスの方へ向かうものもいるかもな」
遠目に見るツバメという鳥そのものがとくに美しいというわけでもない。
けれど、鋭くシュプールを描き高く、低く、あるいは翼を翻し飛び交う様は確かに芸術的ではあった。
ジューダスもまた見上げたままその見事な滑空をしばし眺めていた。
「もう、最後の群れだろう。ここは冬へ向かう」
「ツバメって渡りの時は群れになるって聞いたことがあるよ。たしかに旅立ち前っていう感じはするよね」
見事だと思うのは、一羽二羽といわず数十羽の群れが滑空を見せているからだ。
統制されているわけではないのにまるで編隊がアクロバット飛行をお披露目しているようである。
「帰る場所、か」
ジューダスがぽつりと呟く。
それをもはや失って久しいリオン。
「僕たちは、どこに還るんだろうな」
まるで遠くをみつめる彼のつぶやきは空に吸い込まれるようにして消えた。
他でもない彼自身への呟きなのだ。答えは期待していない。
は代わりにずっと手にしていたコスモスを彼に手渡した。
「?」
「こうやって花びらを一枚おきにとって…」
なんとはなしに受け取ったその手から
は4枚花びらを抜き取る。
「投げる」
と言ってもその実、落とすようにしてジューダスの手を手繰って放るとコスモスはゆるゆると廻りながら海に落ちた。
「…いまいちキレが悪いな。いじりすぎた?…それともやっぱり高さが足りないか…」
僕に聞くなといいたそうなジューダスを差し置き、 は顎に手をあててぶつぶつと考えるとひょいと腰を上げスタスタと道端に生えているコスモスの前に行った。
「…」
後ろから見ていると妙な光景だ。
花を愛でている、というより実験に使う道具を選定しているかのような顔で…
「はい」
戻ってきた彼女の手の内には格別きれいな花びらの、見事なコスモスが選りすぐられて抱えられている。
それもやはり花の部分だけだ。
「……………僕にどうしろと」
「今みたいに花びらをとって落として?」
「なぜ僕が」
「じゃあ自分でやるからいい」
あっさり気味に退かれてジューダスはなぜか複雑そうな顔をする。
再び腰をかけて作業に勤しみだす
。手に受けそこねた花びらがはらはらと足元に散る。
そこへナナリーたちが戻ってきた。
「すぐに船が出るってさー…って
?」
「なにしてるの?」
「あ、これ?これはね~…内緒」
なぜか披露することをやめ
は一端コスモスを花びらごとそっと手持ちの袋の中に入れた。
乗船すると、出航はすぐだった。
むしろギリギリセーフだったということだ。
その事実にほっとしながらもカイルたちは部屋に行く前に離れる港を後部の甲板から眺めていた。
なんとなく、今は目に見えるものはすべて焼き付けておかなければならない。
そんな気もしているからなのかもしれない。
そんな仲間たちを横目に
はしまったばかりの花を取り出す。
「?どうするんだい?」
自分で抱えて潰してしまう前にリアラとナナリーにそれを渡す。押し付けられるように受け取ったナナリーが首を傾げる。ナナリーも意外にかわいらしい花が似合うなどとお門違いなことを思いつつ
「ハロルドもやる?」
「私は見てるわ」
と言われたので
は自分の手の中に残っていた2つしかないコスモスの内ひとつを投げた。
「こうするんだよ」
コスモスは甲板からくるくると廻りながら遥か下方の海に向かって落ちていった。
「わぁ…!」
「きれい!!」
疑問符を浮かべていたリアラたちもそれで喜んでかかえた花を散らすように放る。
あらかじめ抜いていた花びらもひらひらと散りながら風に流れて廻る、廻る。
「これだけ高い場所だとやり甲斐があるなぁ」
「オレもたくさんとって来ればよかった!!」
「ちょっとした暇つぶしにいいな」
各々感想を述べながら和気藹々。
少しだけ、これからのことを忘れた瞬間だった。
これがやりたかったのか…ジューダスは小さな溜息と共に思わず呟く。
「どういう遊びだ」
「さぁ?でもきれいでしょう?」
秋の空と、海。
そして、風に散るコスモス。
笑顔をもたらす
大きな旅の中の、ほんの小さな遊び。
2006.9.23の出来事。
