生憎の曇天で、みえない。けれど空は明るい気がする。
十五夜、というものがこの世界にあるのならば
おそらくはその翌日。
-MOONBOW-
最近、天気はお世辞にも良いとはいえない。
今日も夕刻からは時雨。
風も止んだかと思えばいきなり強く木々をざわめかせたりと不安定な様を繰り返している。
夜になってますます雨と風は強くなっているようだった。
「おやすみ」
一番早く寝室に戻ったのは
だった。
10時と20分をまわったところで秋の夜長を堪能するなら眠るにはまだ早い。
この街には見所が多いから少し気楽に観光気分でつきない話を楽しむには時間は足りないほどだ。
とはいえ、意外に規則正しい彼女は寝所に戻る順番としてはそれが常套でもあった。
ただ、寝たと言っても部屋に入ればたいてい彼女は目を覚ましている。
実際、リアラやナナリーから言わせると起こしてしまったのか起きていたのかはわからないほどの反応を見せるらしい。
それからしばらく、そんななんでもない話を交わして各自部屋へと解散したその後。
「ジューダス、いる?」
リアラが男性陣の部屋を訪れた。
彼女がジューダスをご指名とは珍しいことだ。
戸口でカイルは軽い疑問符を浮かべながら部屋の中を振り返る。
「うんいるけど…」
「じゃあ
は来てる?」
どういう法則を作っているのか、彼女はジューダスが部屋に居ることを知ると今度は
の居所を聞いてきた。
カイルが「来てない」と応えるとリアラは困ったような顔をする。
「どうしたんだ?」
「
がいないのよ」
時計に目をやるともう11時を回ろうとしていた。
ロニがひねり出すようにして可能性を挙げてみる。
「散歩にでもいったんじゃねぇ?」
「こんな時間に?」
「でもよ、嫌いじゃないだろ?そういうのも」
確かにそれは間違っていない。
けれど
は野営でもない限り事実、これほどの時間にでかけるようなことはほとんどない。
時間については意外に…といっていいのか、そのままと言っていいのか規則正しい。
それを知れば誰もそのとおりだとは言えなかった。
「雨も降ってるのよ?」
「雨、か…」
この季節の雨は…特に夜のそれは冷たい。
なんとなくジューダスは外を見やってひっかかりを感じてみる。けれど。
「風呂にも入っただろう。
はすぐに冷えると言ってその後はでかけないはずだ」
「…そうだよね、おやすみっていってたし…あったまって寝るのが一番だし」
眠りに関してこだわりがあるのかカイルが妙な方向性で唸っている。
だからおかしいのだ。
ようやくリアラの言わんとしていることに気付いた男性陣。
顔色をやや変えた。
「…心配するほどのことではないと思うが…僕が見てくる。お前たちは先に休んでいろ」
ジューダスは黒衣を闇に紛れるようにして明かりの落とされた宿の廊下の奥に消えていった。
彼女の姿は意外にもすぐにみつかった。
は、誰もいない夜の通りで空を見上げていた。
雨がまばらに落ちている。
まばらといっても小雨ではなくけっこうな振り方だ。
髪もぬれて頬を打つ雨粒はまもなくひたりと流れておちる、それくらいの強さだ。
宿の入り口からそれを見たジューダスは立ち尽くす彼女の姿に不覚にも足を止める。
それが妙に遠いものに見えてしまったからだ。
けれど思い直し通りへ踏み出して…
妙に、足元に明るい影が落ちていることに気がついた。
ついぞ同じようにして振り仰ぐと雲の向こうに見事な月の姿をみつける。
そう、「雲の向こう」だ。
つまりはおせじにも天気は良いとはいえないのにそれほどに明るい晩だった。
急速に流れる雲は彼方の風の速さを示している。
月の向こうと、こちら側。
まるでそんなふうにわかれる空の層が天球を淡く包む光の中でめまぐるしく変化をみせている。
風の穏やかな地上とは相反し天空は静けさを通り越した台風でも来る前のような気配に満ちていて。
しかし、それがなんともいえない景観を作り出していた。
淡すぎる雲に月の姿も見え、隠れ、時に時雨れのための光輪を描き覗く。
それは、めまぐるしいが、決して忙しくはない変化をみせている。
そしてふと、グラデーションの薄明かりの中、自分の方を見やる
の姿に気付く。
月が霞んでほんのすこし、暗くなった。
それもすぐに通り過ぎてしまうのだろうが。
「こんな時間に何をしている」
先に声をかけたのはジューダスだった。
この旅の中で何度か似たようなことを聞いたことがある気もする。
「月を見てた」
「そんなことは見ればわかる」
聞いておいてそういうジューダスはつまり、説教をしたいのだと
はすぐに気が付いた。
まぁ雨に濡れてまで空を見上げる人間はそういないのは事実なのだろう。
苦笑を返す。
濡れた白い頬は闇にあいまって少し凍えて見えた。
「きれいでしょう?今日は十六夜だよ」
それなのに、あえて知らぬふりで続ける。
「昨日、十五夜だって知ってたんだけど見えなかったんだよね。空は明るかったからどこかに月は出てるのかと思ったけど」
「昨日は見事に曇っていたからな」
昨晩は野営だったため、それはジューダスもよく覚えていた。
星も見えない夜なのになぜだか明るいのはそれだけ雲の上の月が見事であったからだろう。
そういえば
は昨日もそんなことを言っていたかもしれない。
「で、今日も雨なんだけどこの明るさだとひょっとして出てるかなと思って」
「寝るんじゃなかったのか」
「寝室に行ってベッドに入ろうと思ったら空が明るいのが見えたから」
「そのままここでそうして無駄に身体を冷やしていたという訳か」
核心に触れないとジューダスの方が次第に皮肉になってくる。
はっきりと言わないが、間接的に互いの意思疎通は見事に成し得るのが不思議だ。
しかし、それについては無論
も承知の事実なので大抵怒りで返されることはない。
「そうだね。もう一回シャワーは使わせてもらおう。…でも、遠くまで行かなかっただけ良心的でしょう」
「何が良心的だ。誰かに一言かけていけばいいだろうが」
「今日は思いつきだから」
ではいつもは計画的かといいたくなるところだが、時間的、順番的に見てもそうなのだろう。
計画的というには大げさにせよジューダスが言ったとおり
は身体が冷えるようなことは風呂より前に済ます主義だった。
「特別だよ今日は。雨と月を一緒に見られることなんてそうそうないでしょうが」
ジューダスは小さく溜息をつく。
いちいちもっともだ。
それも霞んだ月ではなく、雨の中でも雲が大半を占める空にすらあって煌々と天上を照らす月などそうは見られない。
僅かにある意味特別だ。
時折光は厚い雲をくぐり、弱まることはあっても必ず影は過ぎ去り次にはもっと白い光を連れてくる。
また、影が落ち、光が通り過ぎた。
「だったら中から見たらどうだ?」
それは彼なりの歩み寄り発言でもある。
「中からだと見えない角度」
「…」
天頂78度付近を指差されて閉口するジューダス。
確かに、屋根の下からでは見難い角度ではある。
「それにやっぱり見るなら生がいいし」
「生とか言うな。僕は中に入るぞ。お前もリアラたちが心配しているからそろそろ入れ」
「それでわざわざ来てくれたわけ?」
「…だからこんな時間にうろつくなと言っているんだ」
「うろつくほど遠くじゃないし、いつもはしないって言ってるじゃないか…」
それなりのポリシーを理解して欲しいのか小さく反論している
。
それでもジューダスより先に、足を宿に向かって動かした。
それも、入り口の屋根の下で止まったが。
月の見えない位置でもう一度だけ空を振り仰いだ。
「空なら中からでも見えるだろう。早く入れ」
そのままにしておくとまた月明かりの中に踏み出してしまいそうでジューダスは促す。
それでもなぜか彼女は渋っているように見えた。
「…大体…どうして今日に限ってそんなにこだわる?それもこんな時間に」
「虹が出てないかな、と」
「…虹?」
信じられない発想だ。
光と雨さえあれば確かに可能性としてはないわけではないだろう。
だが、夜の虹を見ようと外に出る人間は…すくなくともジューダスは知らない。
月の晩に集まる光量は、昼間のそれにくらべれば微々たる物なのだから。
確かに、満月の夜ならありえないことではないのかもしれない。
満月と、雨の日がうまく重なる日がどれほどあるのかは知らないが。
「一度見てみたいな、夜に虹」
「……案外、みつからなかっただけで出ていたかもな」
もう一度ジューダスは仄明るい夜にしとやかに響く雨の音を聞きながら、空を見上げた。
そもそも、虹と言うのは光源とは反対の位置に出来るもの。
だとしたら今、天頂から見れば真下にかかっているのかもしれない。
たとえばいまこの街に。
…大概、らしくないことを考えている。
馬鹿馬鹿しいと思いつつジューダスはやれやれとかぶりを振って中へ戻る。
紺碧の空に、淡い藍白色の雲、月と星。
降りそそぐ天水。
それだけでも、かなりの希少な光景だと思い直しつつ。
その後**
ロニ「なぁ、おとといの晩、虹が出てたんだってよ?
カイル「えぇ!!?ロニ、夜に虹が出るわけないじゃん!!
リアラ「あの日って雨…だったわよね?
ロニ「ホントだって!なんでも超珍しい現象でな、この近くの天文台じゃ、観測されたのはじめてとか言ってニュースになってたぜ
ジューダス・
「…
「んあーーーーーー!!見逃したーーー!!!
一同「(びくぅ)なっ、何!!?
ジューダス「そっとしといてやれ…
あとがき**
ムーンボウMoonbowというのは高度の低い夕方や朝方に見られることもあるそうです。
でも、見たいのはそういう「明るい時刻」じゃなくて真っ暗な夜。
…実は暗闇の向こうに見えているのではないかと思いつつ
リアルタイムに月明かりを見ながらこれ書いててうっかり0時まわったら、そのまま朝まで眠れませんでした。
徹夜したの何年ぶり…?
ていうかこれ、ルナティック・ハイ…?
10/07の出来事でした。
2日後の新聞によると、スクチャの部分までもが実話に…(がくり)
【豆知識】
中秋の名月とは秋の十五夜を指し、本来十五夜も十六夜も新月から数えた日数を示したものです。
…日付から行くと「十三夜」だったのだと思われます。
2006.12.13UP
