-十五夜-
「リオン、月がきれいだよ。少し外に出ない?」
「僕は今日、似たようなことをお前に言われた気がするが、気のせいか?」
が窓から外を見ている。
一度興味が外へ向くと、あちこち気づいてしまうのか、風流な気配に敏感だった。
今日は良い月夜らしい。
しかし、非常にデジャブな光景だ。
「今日は十五夜なんだよ、特別なの。こんなに晴れてるのにお月見しないともったいない」
「十五夜?」
セインガルドにそのような言葉はない。
名前からして、アクアヴェイル的な韻であると直感しつつ、聞いた。
「新月から満月になるまで約15日。基本的には満月のことを十五夜って言ってたみたいだけど、この時期は特に空が澄んで月が明るくてきれいに見えるから、一年で今日をさす言葉になったって聞いたことがある」
「誰から」
「さぁ?」
どうでもいいのか、出所は定かでないらしい。
「月を愛でるのは、高尚な趣味だと思う。街明かりも落ちてきたころ合いだし、ちょっと外に出たい」
治安は悪くないが、暗がりの一人歩きは感心しない。
リオンもつきあうことにする。
廊下に出ると窓からさす月光と壁の陰が交互に床に格子を描いている。
光と影を踏みながらちょっと行って中庭に出るガラスの戸口で二人は空を見上げた。
「名月、っていうのはこういう月のことを言うんだね」
庭は隅の方なので暗いと思われたが、月明かりが強く、全くそんなことはなかった。
むしろ、月光で空が明るくて星はほとんど見えない。
秋の夜風は、気持ちがいいが少し冷たい。
「私の知るところによると、中秋の名月と言ってすすきを飾りつつ、月光で金色に光るのを眺めるのがベスト」
「確かに風流だが…どこの風習なんだ」
「アクアヴェイルじゃない?」
適当な返答だ。
「確かにこの辺りにはすすきはないな」
街道まで行けばあると思うが、街中では見たことがない。
というか、あったらあったでダリルシェイドの街並みでは違和感がありそうだが。
「精霊や神様が依りつく稲穂の代わりとか魔除けとかなんとか…アクアヴェイルの方が米主食っぽいし多分、そっちでしょ」
「だからなんで多分なんだ…」
「そうそう、おだんごも山の形に積んで供えるから、セインガルドじゃないよね」
和の趣だ。
「着物でもきた方がいいんじゃないのか?」
「まぁ…リオンが月見を堪能したいというのであれば、今からイクシフォスラーでアクアヴェイルに行ってもいいと思う」
何事だと思われるであろう。
「お前がいうと本気だか冗談だかわからんな」
「どっちにとってくれてもいいってこと」
つきあうと付け加えるあたり、割と本気だろう。
はその場で段になっている足場に腰を下ろし、両の手で頬杖をついて口を閉ざした。
リーリー、リリリリ、と草葉の暗闇から透明な虫の音が聞こえる。
緑が豊富な屋敷の庭は、美しい音色を奏でる虫たちの格好の演奏上のようだった。
風に乗って数多の鈴のような音が近く、遠くに聞こえている。
「いい月だね」
「そうだな」
見上げる空は紺色で、とても広く高く見える。
その中にぽっかりと浮かぶ月の光は広く、空の端々まで届いて見えた。
「そろそろいいだろう。見たければあとは中から見ればいい」
少しだけ、体が冷えてきて
が腕をさするのを見てリオンは部屋へ戻るよう促す。
何も羽織るものは持ってこなかった。
少し名残惜しそうだが、
はおとなしく屋内へ戻る。
部屋は明かりを落として出たため暗かった。
は明かりもつけずに、なぜかすたすたと自室へ行ったので、リオンはリビングの明かりをつけた。明るくなった部屋に
はすぐに戻ってきて
「リオンの部屋入っていい?」
と言われた。
「? なんだ」
一応許可を出すと、
はリオンが注視したのを確認してドアノブを回す。ドアを開けて…だが、入口から一歩入っただけで振り返った。
何か訴えられたわけでもなかったが、リオンの足も自然、自室へ向かう。
の後ろから部屋の中を見ると、見事に月光がベッドに落ちていた。
「わー、お月見ー」
その確認で、改めて許可を得たがごとく
はリオンの部屋に足取り軽く踏み入ってベットにぼすりと飛び乗った。
「ちょっと待て。人のベッドに勝手に乗るな」
「だって、中から見ればいいって言ったじゃない。私の部屋より位置的にこっちの方が見やすい」
うつぶせになってベッドを半分占拠しながら、顔だけで振り返る。
「むしろくつろぎながら見られるとか、ベストスポット」
時間と月の高度がなせる業だが、中から見ろといった手前、強く追い出せない。
「ドア閉めて。明かりつけないでね」
風が流れ込んだが、外に出るほどには寒く感じない。
窓越しに見上げる月は確かに風流ではある。
わざわざ部屋を暗くして月を見上げる人間が今、この街にどれほどいるのだろうと疑問に思いつつ。
「明日もここで見ていい?」
「今日は特別な日なんだろう? 今日だけ特別だ」
ため息をついて腕を組みながらリオンは無造作に半分空いている自分のベッドに腰を掛けた。
「じゃあ、明日も特別だから、明日も晴れたらお月見しよう」
「は?」
「明日はスーパームーンです」
それは月が最接近する日。もっとも大きく満月が見えるといわれている。
「しかも皆既月食も来るの。スーパーブラッドムーンって言って33年ぶりの天体現象なんだって」
「待て、名前が不吉だ」
なぜブラッド(血)なのか。
レッドでもクリムゾンでもいいだろうが。
血のような赤い月とはよく表現されるが、大体吸血鬼とかと一緒に用いられるパターンなのであまりいいイメージがない。
「十五夜とスーパームーンが連続とか、明日も晴れそうだし月見日和だね」
一輪挿しの金木犀の香る部屋で、
の機嫌は、すこぶる良かった。
20150928 UP
「秋晴れの頃」とセットでどうぞ。
次のスーパーブラッドムーンは2033年だそうです。