ここは何戦場ですか?
その戦争への参列は、ジョニー=シデンの招待状に端を発した。
「アクアヴェイルに新しいお店ができました。えび・かに食べ放題。そのほかにも海産物やB級グルメ、スイーツなんでもありの漁師直営店 『四季の海鮮 魚々味』。すべて俺のおごりだから、ぜひみんなできて、アクアヴェイル自慢の海鮮料理を味わって欲しい。待ってるぜ♪」
この招待状のたちの悪いところは、ルーティとスタンに宛てられたことだ。
「タダで海産物食い放題」。
食いつかないわけがない。
行く気は満々であろう。エルロン夫妻が二人そろって招待状とともにダリルシェイドに現れたのは、すっかり街が冬模様になったころだった。
「食べ放題…バイキングってやつ?」
「そうよー。メニュー見たけどすっごいの! いろんな料理があるみたいで…スイーツももちろんあるわよ♪」
「それで? 招待状が送られたのはお前たちのところだろう。こちらには来てないし、行きたいなら止めはしないぞ」
リオンはあまり興味がない様子。
まぁ食べ放題だから、時間の許す限りひたすら食べ続けるリオンというのは確かに想像できない。
「みんなで来て、って書いてあるしさ!」
スタンのぱーっと擬音と後光が差しそうな笑顔がまぶしい。
「孤児院は?」
「ロニに任せてあるわ。一日くらいだし問題ないでしょ。土産用のタッパーも用意してきたの♪」
つっこみどころがたくさんあるが、バイキングでお持ち帰りは普通に考えてアウトではないだろうか。
リオンからも別の指摘がなされた。
「アクアヴェイルまで一日で行けるわけがないだろうが」
「だからここにきたんじゃない」
「リオン、イクシなんとかで一緒に行こうよ!」
なるほど、ジョニーがスタンたちに手紙を出した思惑は、この辺りにあるらしい。
孤児院経営者は個人じゃ行けない=リオンに声がかかる= も強制連行。
全員来て欲しいという気持ちがよくわかる事態である。
「結局、連れて行くのは僕か#」
「まぁまぁ、アクアヴェイルの海産物ってホント、新鮮でうまいし。カニ食べ放題なんだよ!!!」
「あたしは高級ズワイにターゲットを絞るわ」
……戦場になる予感。
リオンはちらと を見る。
「うーん、せっかくのお誘いだし…私も久しぶりにアクアヴェイルには行ってみたいかな」
バイキングに対して興味は薄そうだが、その一言でリオンも折れる。
二連休の初日であったので、その日のうちに出発することにした。
現在、各所の復興に利用されているイクシフォスラーならあっというまだ。移動の情緒はほとんどないが、文句は言うまい。
「いよう! 早速来てくれたな!」
ジョニーが出迎えてくれた。
「ジョニー、カニが食べ放題ってホントなの!? 無論、海産物といえばカニだけじゃないわよね?」
「もっちろん。たこ焼きから寿司、揚げ物はもちろん、エビも各種取り揃えているから、好きほど食ってくれ!」
そして、店に案内される。漁港近くの大きな建物だ。セインガルドと和平も締結され、近年は異文化に興味を持った人間が観光に訪れることも増えたので、こういうものを作ってみたらしい。
「意外と地元民にも人気でな。すごいんだわ、人が」
事前にチケットを取ってくれていたので、入り口付近の行列から優先的に抜け出す。名前を言われて、ぞろぞろとついていき…驚いた。
「なんだ、この人数は」
「すごいだろ。200人収容できるんだ」
「すっごいわー! 屋台みたいに料理のブースが並んでる!!」
「酒もあるぞ」
長いテーブルの配置が見渡す限り続き、脇には座敷もある。
酒場とはまた違った騒ぎっぷりだ。酒はともかく、ひたすらみんな食べ続けている。
「…………ごめん、言っていい?」
はその光景に違和感を抱いたらしい。
「…………なんか、収容所の囚人の食堂みたい…」
全体に漂う精神的ゆとりのなさを感じだったようだ。
それを聞いていたのか聞こえてないのか、ジョニー。
「制限時間あるからな。90分。それまでは好きなものを好きなだけどうぞ」
「やったー!」
幸い、大広間の向こうにある広間より狭い(でも30人くらい入れる)部屋に通され、喧騒は遠くてすこしは落ち着けそうだ。
「今日はやっぱりカニがメインなの?」
「みんなそれ目当てで来てるな」
そしておのおの皿を持って解散。
数分後、集合。
「 …お前まで、カニが山盛りか…」
「え、だって、ルーティとスタンが猛プッシュしてくるし、そういうものなのかと…」
本人的にはあまり好みではない取り方だったらしい。
そして、妙なところでつきあいがいい。
スタンとルーティ、そしてジョニーの皿は甲殻類の赤で山になっていることは言わずもがな。
リオンは適当に見繕ったので、割と普通のメニューが並んでいる。
「ちょっと」
しかしルーティは不服だったらしい。
「何よそれは、あんた何しに来たの!? 今日はカニがメインなのよ! 食って食って食いまくらないと!」
「俺もこんなの初めてだから、限界に挑戦してみる!」
そして彼らはバリバリと備え付けのはさみでもって、容赦なくカニの殻を割り裂いていく。
……………なんだ、この野生味あふれた戦場は。
実はリオンもこういう食べ方をする料理にほとんど合ったことがない。まぁ様子を見ながらと思っていた程度だ。その結果。
はさみを入れるだけでは当然、カニの身は取れない。
はさみで殻を破壊して、スタンとルーティは力技で中身を出しているように見える。
割る際に、身が飛び散る。かまわず食べ進めるエルロン夫妻だが、トレイの上は凄惨なことになっていた。備え付けのお手拭1枚ではとうてい、手をぬぐいきれないので大変なことになっている。
リオンは、カニに手をつけるのをやめようと思った。
はといえば、少し悩んでからはさみをカニの足にあてがう。がっしりした足なのでタラバだろう。そして、力を入れて、だが次の瞬間、その形のまま静止していた。
「…………………」
「どうした?」
「硬すぎて割れないんですけど…」
非力ではないはずだが、思い切りはなかったらしい。
「どれどれ、俺に貸してみ?」
隣にいたジョニーが割ってくれた。
はちまちまと箸で中身をかきだし皿にためていく。
細身のズワイは手で割れるようで、でもやはりうまくとれないのかそんなことを繰り返し…
スタンとルーティがおかわりに行ってそれを食べ終わったころに、 は手元のカニの中身をすべて出すことに成功した。
殻を片付け、トレイをきれいにする。そして、ようやく箸をカニに運ぶ。
こうして見ると、量はさほどないように思う。
そこに至るまでの労力に見合っているのか謎な料理だ。
ルーティなど、食いついているが、一体どちらが正しい食べ方なのだろうかと眺めやっていると
「 、それじゃ時間がかかるだろ? 90分じゃろくに食べられないぞ」
「うーん。カニはね、剥くのに時間かかるし自分が不器用だと思い知らされるから、あんまり好きじゃない」
「もっと豪快に行くのよ! 細かいところまできれいにしなくていいの! 食べ放題なんだから!」
「味は嫌いじゃないんだけどね。殻ごと出されると難易度が高くていつも途中であきらめるレベル」
食べ方というより性格分析でもしたほうがよさそうだ。
そのあたりの違いはトレイの汚れ方で安易に推察できるが。
スタンはもう無言でひたすら食べ続けている。
「あんた! 何グラタンとか食べてんのよ! そんなもんダリルシェイドでも食べられるでしょ!」
容赦ないつっこみだ。
「私もグラタン食べたい」
「コーンも入っていてこれはまぁ、いける」
「ボタンエビは簡単にむけるから、エビもらってこようかな」
結局、カニは最初の一皿目だけにして、 の次の皿にはエビと寿司が乗っていた。
まぁ、妥当だ。この時点であと30分というところ。
ひたすらカニを食べ続けるスタンとルーティ。
なるほど、こういう人間がたくさんいたから大広間は異常な光景になっていたのかと妙なところで納得する。
「さすがに疲れたわね」
ルーティが先に挫折した。かと思いきや。
「やるねぇ、4皿目かい?」
「殻が大きいから多く見えるだけよ! 実際そんなに入ってないし、まだいけるわ」
「「…………………………」」
のほうからは、もう無理。という空気が返ってきている。
「でもエビはそんなに手も汚れないしおいしいよ。リオンも食べる?」
「あぁ」
がつがつという擬音と、もくもくという擬音がそのテーブルに入り混じっていた。
そして、スタンとルーティが席を立ち…
「またカニか!!!」
ここまでくるとあきれるも通り越して、疑問しか湧いてこない。
同じものを食べ続けて飽きないのかとか、胃のほうは大丈夫なのかとか。
は今食べたボタンエビのひげをひっぱって観察している。
「…これってこんなに長くてどんな意味があるんだろうか」
ざっと20cmはあろう。そう言われると確かに今見る限りでは邪魔でしかない。
皿からはみでまくっているではないか。
「あのね、さっき取りに行ったときに座席数数えてみたの。一列8人でそれが反対側にもあって、16人のグループテーブルが15列くらいあった。これだけでも240席ってすごいよね」
もはや食事外のことに関心を移して久しいらしい。
「240人の人間がこういうものを貪り食っていると思うと、ちょっとぞっとするな」
「時間制限もあるからだろうね。こういうとこ、初めてだけど、ちょっと怖かった」
それがきっと収容所のイメージにつながったに違いない。
「でもうまいだろ?」
「ズワイ、おいしいね。殻が固すぎて私には無理だけど」
「ははっ意外と女性らしいところがあるねぇ」
「おい、目の前のやつをもう一度見てみろ。そいつに同じことが言えるかもな」
「何か言った!?」
残り時間15分となりラストスパートに入っているらしい。
「リオン、あっちにチョコレートタワーがあった。私、はじめて見たからあれで遊んで来たい」
「遊び道具じゃないだろう」
いい加減、食べるものは食べたのでリオンはデザートを調達しに行くという についていく。チョコレートタワーは一番手前にあってマシュマロとバナナが用意されていた。
は通り過ぎて一番奥のケーキとフルーツの皿を手に取った。
「ブルーベリーのケーキがきれいだね」
おいしそうじゃなくて見た目から入るのか。
まぁ食事は視覚でも楽しむ、というのには賛成する。
「リオン、何がいい?」
「そこの小さいタルトとパイをひとつずつ取ってくれ」
それをリオンに持たせて、隣のフルーツを取る。パイナップルとメロンと…正直アクアヴェイルにはないはずの果物だが、どういうラインナップなのか。
それから はさきほどスルーしたチョコレートタワーの前に立った。
「ホワイトチョコはなんで小さいんだろう」
よく見ると、大きなブラックチョコのタワーの影にちんまりとホワイトチョコがあるのを は見逃さない。
据え置きのバナナだけでなく、奥で調達したほかの果物にもチョコをくぐらせながらちょっと楽しそうだ。
しかし、周りはがっついている雑多とした空気が流れているので、異世界感がないでもない。
そして二人してデザートを持っていくと…
「あんたたち、ほんとに何しに来たのよ。カニを食べなさいカニを!」
どれだけカニ押しするつもりなのか。
制限時間も終わりに近づき、そのぎりぎりまでスタンがバッキバキ、カニの殻を割りまくっていたことも驚きだが、そのころにはさすがにルーティは満たされたらしい。
「ふぅ…私の胃の中はズワイで満たされているわ」
想像するとちょっと気持ちが悪い。
「楽しんでくれたかい?」
ジョニーが見事なたべっぷりを披露してくれた二人を楽しそうに見ている。それから にそう聞いた。
「あんなにエビを食べたのは初めてだよ。色々初体験だった」
「 、気を使わないではっきり言ってやれ。『食べ放題は元が取れるはずがない』と」
「私はとったわよ」
「俺もー」
もともと、元すら出していない二人は極上に幸せそうだ。
「…………………良かったな……」
諦めていうと、ジョニーが声を立てて笑った。
一泊だけして明日はセインガルドに帰る。
宿はジョニーが手配してくれた。
至れり尽くせりだ。が、4人とも同じ部屋だった。
男女で分けるとか、お決まりの面子で分けるとか、いろいろ選択肢はあったと思うが、全員、畳の部屋に放り込まれる。
「ひゃっほー!」
「お前は子供か」
すでに敷かれている布団にダイブしたスタンを文字通り見下ろしているリオン。
「あー、食べたわー! もう食べられなーい!」
ルーティの前にはカニの殻だけで3皿分はあったように思う。スタンに至ってはトレイの上がカニだらけだった。90分間食べ続けたのだから、驚嘆に値する。しかもまだ行けそうなのが信じがたい。
「なんか、すごいものを見た気はするよ」
も食べ過ぎたといい布団の上にすぐにうつぶせになって枕を抱えている。
その後は風呂に入ってすぐ就寝。
みんな食べ疲れたのか、すぐにいびきが聞こえてきた。
夜半。
「…眠れないのか」
まったく眠気がないので外に出た の後から、リオンも出てきた。
「うん…なんか寝苦しくて。リオンはどうしたの」
「スタンのいびきがうるさくて寝られない」
単なる食いすぎで胃が落ち着かないということもあるのだが。
抑えたつもりだったが、二人はそんな状態なのに、倍は食べているであろうルーティとスタンは高いびきとはどういうことなのか。
は苦笑すると竹でできたベンチの隣を空ける。
リオンは、頭を抱えるようにしてそこへ腰をかけた。
「みんなで来たから楽しかったけど…正直、個人的にもう一度体験したいかというともういいかな」
苦笑して は本日の本音を漏らす。
途中で興味が食事以外に移っていたから、純粋に食事を楽しめるような雰囲気ではなかったのだろう。
「いろいろ、びっくりした」
「そうだな」
空を見上げた。月は細いが寒空にひそやかな金色に輝いていた。
それから…
顔を見合わせる二人。しばらくみつめあったまま、沈黙が流れた。
「リオン…………」
呼ぶ声は闇夜に静かに解けて消える。
「気持ち悪い」
「………………………………………………そうか、僕もだ」
「今どきの人間の体って、食べられるときに溜め込んどけ、って仕組みじゃない気がする。…食べ過ぎるとこうなるのか、初めてでよくわからなかったけど、たぶん、そのせいだよね、これ」
思わず口元に丸めた手をやって、はじめて食に関する不摂生を体感している模様。
リオンがため息をついていると肩にふと、こつりと が頭を預けてきた。
自重を支えるのが苦しいから寄りかかっているだけだろう。
それはリオンも同じことだったので、結果、互いに体重を預けることになる。
「ごめんね、こういうことしか言えなくて」
空気は読んでいたらしい。
「いや、僕も、こんなに気持ちが悪いのはあの時以来だ」
認めてしまうとことさら気分が悪くなってしまうのはなぜだろう。
「あの時?」
が少し顔を上げた。
「ファンダリアから神の眼を運ぶ飛行竜の」
「あぁ、あの時ね」
懐かしいことのようにふふっと は笑う。
笑うが、そのときと同じくらい具合が悪いということは割と、重症だ。
「リオンはあんまり体調崩さないもんね。ひいても風邪くらいで」
「仮にも元客員剣士が不摂生で、肝心なときに使い物にならなかったらしゃれにならないだろうが」
「それもそうか」
が体を自立させえるとほんのりとあたたかくなっていたぬくもりが離れた。
「……寝よっか」
「まぁ、寝られる気がしないがな」
リオンのため息。
しばらく、胃の中に違和感が残りそうだ。
「理想は腹八分目だね」
「帰ったらリゾットが食べたい」
そんなことを話しながら部屋へ戻るが…結局二人とも、苦しくて朝までほとんど眠れなかったという話。
胃の強健なエルロン夫妻をクレスタに送り届けたその日、二人はずっと白湯を飲んでいたという。
庶民の食欲を満たすための90分のバトルロイヤルには、敗北したといってよいだろう。
もう、勘弁願いたいと思いつつ。
2015.12.20UP(12.14筆)
食べ過ぎ危険。
タラバガニはヤドカリです。
- 戦場における心得 -
その戦争への参列は、ジョニー=シデンの招待状に端を発した。
「アクアヴェイルに新しいお店ができました。えび・かに食べ放題。そのほかにも海産物やB級グルメ、スイーツなんでもありの漁師直営店 『四季の海鮮 魚々味』。すべて俺のおごりだから、ぜひみんなできて、アクアヴェイル自慢の海鮮料理を味わって欲しい。待ってるぜ♪」
この招待状のたちの悪いところは、ルーティとスタンに宛てられたことだ。
「タダで海産物食い放題」。
食いつかないわけがない。
行く気は満々であろう。エルロン夫妻が二人そろって招待状とともにダリルシェイドに現れたのは、すっかり街が冬模様になったころだった。
「食べ放題…バイキングってやつ?」
「そうよー。メニュー見たけどすっごいの! いろんな料理があるみたいで…スイーツももちろんあるわよ♪」
「それで? 招待状が送られたのはお前たちのところだろう。こちらには来てないし、行きたいなら止めはしないぞ」
リオンはあまり興味がない様子。
まぁ食べ放題だから、時間の許す限りひたすら食べ続けるリオンというのは確かに想像できない。
「みんなで来て、って書いてあるしさ!」
スタンのぱーっと擬音と後光が差しそうな笑顔がまぶしい。
「孤児院は?」
「ロニに任せてあるわ。一日くらいだし問題ないでしょ。土産用のタッパーも用意してきたの♪」
つっこみどころがたくさんあるが、バイキングでお持ち帰りは普通に考えてアウトではないだろうか。
リオンからも別の指摘がなされた。
「アクアヴェイルまで一日で行けるわけがないだろうが」
「だからここにきたんじゃない」
「リオン、イクシなんとかで一緒に行こうよ!」
なるほど、ジョニーがスタンたちに手紙を出した思惑は、この辺りにあるらしい。
孤児院経営者は個人じゃ行けない=リオンに声がかかる= も強制連行。
全員来て欲しいという気持ちがよくわかる事態である。
「結局、連れて行くのは僕か#」
「まぁまぁ、アクアヴェイルの海産物ってホント、新鮮でうまいし。カニ食べ放題なんだよ!!!」
「あたしは高級ズワイにターゲットを絞るわ」
……戦場になる予感。
リオンはちらと を見る。
「うーん、せっかくのお誘いだし…私も久しぶりにアクアヴェイルには行ってみたいかな」
バイキングに対して興味は薄そうだが、その一言でリオンも折れる。
二連休の初日であったので、その日のうちに出発することにした。
現在、各所の復興に利用されているイクシフォスラーならあっというまだ。移動の情緒はほとんどないが、文句は言うまい。
「いよう! 早速来てくれたな!」
ジョニーが出迎えてくれた。
「ジョニー、カニが食べ放題ってホントなの!? 無論、海産物といえばカニだけじゃないわよね?」
「もっちろん。たこ焼きから寿司、揚げ物はもちろん、エビも各種取り揃えているから、好きほど食ってくれ!」
そして、店に案内される。漁港近くの大きな建物だ。セインガルドと和平も締結され、近年は異文化に興味を持った人間が観光に訪れることも増えたので、こういうものを作ってみたらしい。
「意外と地元民にも人気でな。すごいんだわ、人が」
事前にチケットを取ってくれていたので、入り口付近の行列から優先的に抜け出す。名前を言われて、ぞろぞろとついていき…驚いた。
「なんだ、この人数は」
「すごいだろ。200人収容できるんだ」
「すっごいわー! 屋台みたいに料理のブースが並んでる!!」
「酒もあるぞ」
長いテーブルの配置が見渡す限り続き、脇には座敷もある。
酒場とはまた違った騒ぎっぷりだ。酒はともかく、ひたすらみんな食べ続けている。
「…………ごめん、言っていい?」
はその光景に違和感を抱いたらしい。
「…………なんか、収容所の囚人の食堂みたい…」
全体に漂う精神的ゆとりのなさを感じだったようだ。
それを聞いていたのか聞こえてないのか、ジョニー。
「制限時間あるからな。90分。それまでは好きなものを好きなだけどうぞ」
「やったー!」
幸い、大広間の向こうにある広間より狭い(でも30人くらい入れる)部屋に通され、喧騒は遠くてすこしは落ち着けそうだ。
「今日はやっぱりカニがメインなの?」
「みんなそれ目当てで来てるな」
そしておのおの皿を持って解散。
数分後、集合。
「 …お前まで、カニが山盛りか…」
「え、だって、ルーティとスタンが猛プッシュしてくるし、そういうものなのかと…」
本人的にはあまり好みではない取り方だったらしい。
そして、妙なところでつきあいがいい。
スタンとルーティ、そしてジョニーの皿は甲殻類の赤で山になっていることは言わずもがな。
リオンは適当に見繕ったので、割と普通のメニューが並んでいる。
「ちょっと」
しかしルーティは不服だったらしい。
「何よそれは、あんた何しに来たの!? 今日はカニがメインなのよ! 食って食って食いまくらないと!」
「俺もこんなの初めてだから、限界に挑戦してみる!」
そして彼らはバリバリと備え付けのはさみでもって、容赦なくカニの殻を割り裂いていく。
……………なんだ、この野生味あふれた戦場は。
実はリオンもこういう食べ方をする料理にほとんど合ったことがない。まぁ様子を見ながらと思っていた程度だ。その結果。
はさみを入れるだけでは当然、カニの身は取れない。
はさみで殻を破壊して、スタンとルーティは力技で中身を出しているように見える。
割る際に、身が飛び散る。かまわず食べ進めるエルロン夫妻だが、トレイの上は凄惨なことになっていた。備え付けのお手拭1枚ではとうてい、手をぬぐいきれないので大変なことになっている。
リオンは、カニに手をつけるのをやめようと思った。
はといえば、少し悩んでからはさみをカニの足にあてがう。がっしりした足なのでタラバだろう。そして、力を入れて、だが次の瞬間、その形のまま静止していた。
「…………………」
「どうした?」
「硬すぎて割れないんですけど…」
非力ではないはずだが、思い切りはなかったらしい。
「どれどれ、俺に貸してみ?」
隣にいたジョニーが割ってくれた。
はちまちまと箸で中身をかきだし皿にためていく。
細身のズワイは手で割れるようで、でもやはりうまくとれないのかそんなことを繰り返し…
スタンとルーティがおかわりに行ってそれを食べ終わったころに、 は手元のカニの中身をすべて出すことに成功した。
殻を片付け、トレイをきれいにする。そして、ようやく箸をカニに運ぶ。
こうして見ると、量はさほどないように思う。
そこに至るまでの労力に見合っているのか謎な料理だ。
ルーティなど、食いついているが、一体どちらが正しい食べ方なのだろうかと眺めやっていると
「 、それじゃ時間がかかるだろ? 90分じゃろくに食べられないぞ」
「うーん。カニはね、剥くのに時間かかるし自分が不器用だと思い知らされるから、あんまり好きじゃない」
「もっと豪快に行くのよ! 細かいところまできれいにしなくていいの! 食べ放題なんだから!」
「味は嫌いじゃないんだけどね。殻ごと出されると難易度が高くていつも途中であきらめるレベル」
食べ方というより性格分析でもしたほうがよさそうだ。
そのあたりの違いはトレイの汚れ方で安易に推察できるが。
スタンはもう無言でひたすら食べ続けている。
「あんた! 何グラタンとか食べてんのよ! そんなもんダリルシェイドでも食べられるでしょ!」
容赦ないつっこみだ。
「私もグラタン食べたい」
「コーンも入っていてこれはまぁ、いける」
「ボタンエビは簡単にむけるから、エビもらってこようかな」
結局、カニは最初の一皿目だけにして、 の次の皿にはエビと寿司が乗っていた。
まぁ、妥当だ。この時点であと30分というところ。
ひたすらカニを食べ続けるスタンとルーティ。
なるほど、こういう人間がたくさんいたから大広間は異常な光景になっていたのかと妙なところで納得する。
「さすがに疲れたわね」
ルーティが先に挫折した。かと思いきや。
「やるねぇ、4皿目かい?」
「殻が大きいから多く見えるだけよ! 実際そんなに入ってないし、まだいけるわ」
「「…………………………」」
のほうからは、もう無理。という空気が返ってきている。
「でもエビはそんなに手も汚れないしおいしいよ。リオンも食べる?」
「あぁ」
がつがつという擬音と、もくもくという擬音がそのテーブルに入り混じっていた。
そして、スタンとルーティが席を立ち…
「またカニか!!!」
ここまでくるとあきれるも通り越して、疑問しか湧いてこない。
同じものを食べ続けて飽きないのかとか、胃のほうは大丈夫なのかとか。
は今食べたボタンエビのひげをひっぱって観察している。
「…これってこんなに長くてどんな意味があるんだろうか」
ざっと20cmはあろう。そう言われると確かに今見る限りでは邪魔でしかない。
皿からはみでまくっているではないか。
「あのね、さっき取りに行ったときに座席数数えてみたの。一列8人でそれが反対側にもあって、16人のグループテーブルが15列くらいあった。これだけでも240席ってすごいよね」
もはや食事外のことに関心を移して久しいらしい。
「240人の人間がこういうものを貪り食っていると思うと、ちょっとぞっとするな」
「時間制限もあるからだろうね。こういうとこ、初めてだけど、ちょっと怖かった」
それがきっと収容所のイメージにつながったに違いない。
「でもうまいだろ?」
「ズワイ、おいしいね。殻が固すぎて私には無理だけど」
「ははっ意外と女性らしいところがあるねぇ」
「おい、目の前のやつをもう一度見てみろ。そいつに同じことが言えるかもな」
「何か言った!?」
残り時間15分となりラストスパートに入っているらしい。
「リオン、あっちにチョコレートタワーがあった。私、はじめて見たからあれで遊んで来たい」
「遊び道具じゃないだろう」
いい加減、食べるものは食べたのでリオンはデザートを調達しに行くという についていく。チョコレートタワーは一番手前にあってマシュマロとバナナが用意されていた。
は通り過ぎて一番奥のケーキとフルーツの皿を手に取った。
「ブルーベリーのケーキがきれいだね」
おいしそうじゃなくて見た目から入るのか。
まぁ食事は視覚でも楽しむ、というのには賛成する。
「リオン、何がいい?」
「そこの小さいタルトとパイをひとつずつ取ってくれ」
それをリオンに持たせて、隣のフルーツを取る。パイナップルとメロンと…正直アクアヴェイルにはないはずの果物だが、どういうラインナップなのか。
それから はさきほどスルーしたチョコレートタワーの前に立った。
「ホワイトチョコはなんで小さいんだろう」
よく見ると、大きなブラックチョコのタワーの影にちんまりとホワイトチョコがあるのを は見逃さない。
据え置きのバナナだけでなく、奥で調達したほかの果物にもチョコをくぐらせながらちょっと楽しそうだ。
しかし、周りはがっついている雑多とした空気が流れているので、異世界感がないでもない。
そして二人してデザートを持っていくと…
「あんたたち、ほんとに何しに来たのよ。カニを食べなさいカニを!」
どれだけカニ押しするつもりなのか。
制限時間も終わりに近づき、そのぎりぎりまでスタンがバッキバキ、カニの殻を割りまくっていたことも驚きだが、そのころにはさすがにルーティは満たされたらしい。
「ふぅ…私の胃の中はズワイで満たされているわ」
想像するとちょっと気持ちが悪い。
「楽しんでくれたかい?」
ジョニーが見事なたべっぷりを披露してくれた二人を楽しそうに見ている。それから にそう聞いた。
「あんなにエビを食べたのは初めてだよ。色々初体験だった」
「 、気を使わないではっきり言ってやれ。『食べ放題は元が取れるはずがない』と」
「私はとったわよ」
「俺もー」
もともと、元すら出していない二人は極上に幸せそうだ。
「…………………良かったな……」
諦めていうと、ジョニーが声を立てて笑った。
一泊だけして明日はセインガルドに帰る。
宿はジョニーが手配してくれた。
至れり尽くせりだ。が、4人とも同じ部屋だった。
男女で分けるとか、お決まりの面子で分けるとか、いろいろ選択肢はあったと思うが、全員、畳の部屋に放り込まれる。
「ひゃっほー!」
「お前は子供か」
すでに敷かれている布団にダイブしたスタンを文字通り見下ろしているリオン。
「あー、食べたわー! もう食べられなーい!」
ルーティの前にはカニの殻だけで3皿分はあったように思う。スタンに至ってはトレイの上がカニだらけだった。90分間食べ続けたのだから、驚嘆に値する。しかもまだ行けそうなのが信じがたい。
「なんか、すごいものを見た気はするよ」
も食べ過ぎたといい布団の上にすぐにうつぶせになって枕を抱えている。
その後は風呂に入ってすぐ就寝。
みんな食べ疲れたのか、すぐにいびきが聞こえてきた。
夜半。
「…眠れないのか」
まったく眠気がないので外に出た の後から、リオンも出てきた。
「うん…なんか寝苦しくて。リオンはどうしたの」
「スタンのいびきがうるさくて寝られない」
単なる食いすぎで胃が落ち着かないということもあるのだが。
抑えたつもりだったが、二人はそんな状態なのに、倍は食べているであろうルーティとスタンは高いびきとはどういうことなのか。
は苦笑すると竹でできたベンチの隣を空ける。
リオンは、頭を抱えるようにしてそこへ腰をかけた。
「みんなで来たから楽しかったけど…正直、個人的にもう一度体験したいかというともういいかな」
苦笑して は本日の本音を漏らす。
途中で興味が食事以外に移っていたから、純粋に食事を楽しめるような雰囲気ではなかったのだろう。
「いろいろ、びっくりした」
「そうだな」
空を見上げた。月は細いが寒空にひそやかな金色に輝いていた。
それから…
顔を見合わせる二人。しばらくみつめあったまま、沈黙が流れた。
「リオン…………」
呼ぶ声は闇夜に静かに解けて消える。
「気持ち悪い」
「………………………………………………そうか、僕もだ」
「今どきの人間の体って、食べられるときに溜め込んどけ、って仕組みじゃない気がする。…食べ過ぎるとこうなるのか、初めてでよくわからなかったけど、たぶん、そのせいだよね、これ」
思わず口元に丸めた手をやって、はじめて食に関する不摂生を体感している模様。
リオンがため息をついていると肩にふと、こつりと が頭を預けてきた。
自重を支えるのが苦しいから寄りかかっているだけだろう。
それはリオンも同じことだったので、結果、互いに体重を預けることになる。
「ごめんね、こういうことしか言えなくて」
空気は読んでいたらしい。
「いや、僕も、こんなに気持ちが悪いのはあの時以来だ」
認めてしまうとことさら気分が悪くなってしまうのはなぜだろう。
「あの時?」
が少し顔を上げた。
「ファンダリアから神の眼を運ぶ飛行竜の」
「あぁ、あの時ね」
懐かしいことのようにふふっと は笑う。
笑うが、そのときと同じくらい具合が悪いということは割と、重症だ。
「リオンはあんまり体調崩さないもんね。ひいても風邪くらいで」
「仮にも元客員剣士が不摂生で、肝心なときに使い物にならなかったらしゃれにならないだろうが」
「それもそうか」
が体を自立させえるとほんのりとあたたかくなっていたぬくもりが離れた。
「……寝よっか」
「まぁ、寝られる気がしないがな」
リオンのため息。
しばらく、胃の中に違和感が残りそうだ。
「理想は腹八分目だね」
「帰ったらリゾットが食べたい」
そんなことを話しながら部屋へ戻るが…結局二人とも、苦しくて朝までほとんど眠れなかったという話。
胃の強健なエルロン夫妻をクレスタに送り届けたその日、二人はずっと白湯を飲んでいたという。
庶民の食欲を満たすための90分のバトルロイヤルには、敗北したといってよいだろう。
もう、勘弁願いたいと思いつつ。
2015.12.20UP(12.14筆)
食べ過ぎ危険。
タラバガニはヤドカリです。