約束と紫陽花
「謎が解けた」
顔を見るなり、そういわれたリオン。当然、何のことやらわからない。
唐突さにもだが、目的語のない一言に疑問符が顔に浮かんでいたのだろう。
は自分から先を続ける。
「あじさいだよ。リオン、庭にあるあじさい、あんなに白かったか?って言ったじゃない」
「……そんなことを言ったか?」
「言った」
外は細かい雨が降っていた。
初夏のある日。梅雨とはいえ、今年は雨が少ないので、涼しくて過ごしやすい、くらいの天気だ。
リオンはここ最近の記憶を掘り起こしてみる。…思い出せない。
自分が疑問に思っていて、そんな簡単に忘れるものだろうか。
というか、自分が花にそんなふうに関心を示すだろうか。
考えていると謎が増えそうなので、とりあえず聞いてみる。
「あじさいはあちこちにあるだろう。どこの話だ」
「正門に近い方」
気持ち悪いほど思い出せない。
「いつそんなこと、いつ言った」
「7年位前」
思い出せるわけがないだろう。
「お前は、記憶力が異常だ!」
「違うよ、覚えてたら今頃言わない。忘れてたことに今になって気づいたの」
7年越しに思い出すのもある意味、普通ではないと思うのだが。
「……それで? 当時の僕の疑問は解消されたのか?」
というかその時の会話も思い出せないのだが。
「うん、私も咲き始めるときれいだなーとは思ってみてたんだけど…どうやら、毎年微妙に色が変わってるっぽいよ」
「……毎年?」
「きれいな白に見えるのは、青みがかる咲き方をする時なんだ。あのあじさい、今年は赤紫も青も花ごとに少しずつ違う色になってる」
……。
大体一株からみられる色は同じような色だと思うせいで、想像がつかない。
「見に行こうよ」
「雨なのにか」
「外、涼しいよ。それに約束だったから」
そういって
は少しだけ笑う。
嬉しそうに。けれどそれは、次の瞬間、悩ましげなため息に変わった。
「7年近くも忘れてたんだよねー…ホント、不覚。次の年に一緒に見ようって約束だったのに」
「……」
記憶をたどる。
「まだ復興なんて全然進んでない頃だったよ。だから、毎日忙しくしてるうちに忘れちゃったのかもね」
他意はないのだろう。自分に向けた言葉だったのかもしれない。
が、そういわれると、なんとなくリオンも不覚を取った気がして、意地で思い出したくなる。
そんな不穏な気分のまま、外へ出た。
「涼しいね」
雨は雨というより、ミストシャワーだ。
空も暗いわけではないので、散歩をする気分としては悪くない。
ふたりは傘を持つ。が、
はそれをさそうともせずに歩いていく。
門まで、近くもないが、遠いというわけでもないので黙っておく。
「ほら、このアジサイ」
そうして門柱のところまで来て見上げる。
どれもうっすらと色づいているので、白、というより薄水、薄紫、というようにしか見えない。
「これをねー、リオンがある日見上げてたの。珍しいなって思ってたらそういう疑問を持ってたみたいだよ」
「白…くはないようだが」
「だから、去年はこんな色だったかと思ってって言ってた気がする」
ひっかかるような感覚はある。
「もうだいぶ咲いちゃってるから、色が出てきてるんだよね」
は少し高い位置に植えられたそれを、覗き込むように背伸びをして、それからひとところを指差した。
「ほら、ここ」
リオンはそれを見る。
すでにしおれかけてきた花もある中で、まだ若い花だ。
真っ白だった。
「……こうなる前がこうなのか?」
会話だけ聞くと意味が分からないが、色がついているものを指差せば、当然通じた。
「みたいだよ。同時に色がつくわけじゃないから、本当に全体が白く見えることがあるかは年にもよるし、花によって赤っぽくなるのもあるから…このあじさい、確かに毎年見え方が違うんだ」
よく見ると、白といっても本当に色がついていないわけではなく、ほんのりと水色かかっていることに気付く。
青みがかっている方がなお白く見えることは割と知っている人間は知っていることだ。
「でも咲き始めた本当に最初のころは、みんな白く見えるから、不思議な感じなんだよね…」
品種改良された白とは違う、自然の色だからこそ美しく見えるのだろう。
それに、
の言うことが正しいなら本当に数日しか見られない光景だったのだ。あの「白いアジサイ」は。
「思い出した?」
「……あぁ」
そのほんの数日、目を向けなければもう違う色になっている。
だから、忘れてしまっていたのかもしれない。
それによく通る場所だからこそ違和感がなければ気が付かない。
「でも『あの時』お前とみたあじさいは、こんな感じだったぞ。白じゃなかった」
「リオンが言ってたのは、さらに前の話だったもんね。じゃあ…」
雨が少し、大降りになってきた気がする。
の髪がぬれ始めている。
なぜ傘をささないのだろう。…愚問だ。その方が、気持ちがいいからだろうが。
「来年、どうなるのか見てみようよ」
「……また忘れるんじゃないのか」
「思い出しもしなかった人には言われたくありませんー」
リオンはため息だけで返して、再びあじさいを見上げる。
『あの時』は、そうだ。
は「それより前」を知らなくて…この館に来てまだ1年にも満たないのだという事実に驚いたのだ。
それが随分と長い付き合いになったものだ。
それでもこうして、目を向けなければ気が付かないことも周りにはまだ、たくさんある。
「今度は、忘れない。リベンジする」
7年もたてば、ふつう、時効だ。思い出しただけでも褒められるものだろうが、本人的にはご不満らしい。
それでも、約束を果たそうとするあたり、相変わらず妙に律儀だ。
「今度はリオンも覚えておいてね」
「まぁ、忘れなかったらな」
「先に気付いた方が、勝ちだからね」
「……」
負けるのは癪なので、覚えている羽目になるだろう。
来年の今頃、先に声をかけるのはどちらなのか。
「雨が強くなってきたな。戻るか」
そして、いい加減傘をさせ、とリオンは
に言う。
赤や紫、それに青。
色とりどりのあじさいに彩られて久しい道を歩きながら、ふたりは邸内へ戻ることにした。

2016.7.12
「12.紫陽花」の続きです。これ、思いついたの去年。
な、なにぃ!?1年後にその後の話が更新されてない!とか気づいてできました。
だって約束はちゃんと果たさないと(別に続編あげる予定なかったと思いますが(笑)。
結果として、いろんな意味でこの話ができてよかったと思います。
「白」としての品種ではない白いアジサイは、きれいです。
