心のこもった贈り物(?)
大きなつづらと小さなつづら
その日、クレスタ孤児院に荷物が届いた。
梱包用の箱の中には、さらに2つ箱が入っていて「開封指定日」が記されていた。
ひとつは、リオン=マグナス宛て。もうひとつが、孤児院宛てだ。
「物自体が日付指定便で届くことも珍しいけど、開封指定日があるのは聞いたことないなぁ」
その通りに開封をするかどうかは、貰い手次第だから制度としてはないだろう。
短気な孤児院の面子がそれを律儀に開けなかったのは、どちらがリオン宛てでどちらが孤児院宛てかわからなかったからだ。
正しく言うと入っていたメモには「それぞれ選んで開ける」ように書かれていた。
「意味深なのよね。ってことで、呼んだのよ」
「適当に選んで残りを送ればいいだろう。なぜわざわざ呼び出されなければならないんだ#」
開封日までにさほど時間がなかったためか、クレスタと往復していた復興拠点のクルーザーに乗っていた人間から電報のごとく「すぐに来い」と伝言が入ったので来てみたらこれだ。
伝言を依頼する暇があったら、荷を送ればいいではないか。
リオンは選ぶことについてはどちらでも良さそうだった。
「ふざけないでよ。送り賃はだれが払うと思ってるのよ!?」
「着払いでもいいが、拠点の人間に伝言するならそいつに持たせればいいだろう」
お金が絡んだので割と本気で怒っているルーティに対して、返答するリオンは毎度同じような安定の流しっぷりだ。
そして、言い分はもっともだった。
「それもそうなんだけど、送り主も書いてないしさぁ……やっぱり、選んでない方が何かも気になるじゃん?」
スタンが本当の本音の部分をさらりと言ってのけた。
「送り主が書いてない?」
しかし、リオンがひっかかったのは別の場所だ。
「送り主のわからないものをよく平気で開けられたな」
「えっ、どういうこと?」
「耳を当ててカチカチと音がしていたら鳩時計か爆弾のどっちかかな」
今まで並べられたふたつの箱を眺めていたシンが、軽やかな笑顔で言った。
「……どういうこと?」
「真面目に聞きなおさなくていい」
オベロン社総帥の元ではそういう危険もあったのかもしれない。リオンには通じた。
もっとも時限爆弾を作れる人間なんてオベロン社の人間くらいだから、そんなものが送られてくる可能性自体低かったわけだが。
危機管理としては、教わっていたことだ。
「でも、やっぱり気になって開けちゃうよね」
「お前は、悩んだ挙句に進んで罠にはまりかねないタイプだな」
警戒心は多分にあるが、好奇心に負けるタイプだ。
スタンが最後のところだけ拾い上げて、話が進んだ。
「そうなんだよ。ひとつはリオンに、ってあるから勝手に選ぶのもなんだし……」
「そうか?」
ルーティはその時点でひたすらにこにこしながら、向かって右側の箱を指さしている。
明らかにもう選ぶ方が決まっているようだった。
だから、残りを送ればいいと言ったのだ。
「ルーティはそっちがいいの?」
箱が乗っているテーブルの反対側に座ったシンが言う。
こちらから見ると左手になる。
箱は、明らかに右より大きい。というか、残りの箱は片手に乗る程度の大きさしかなかった。
「決まってるじゃない。大は小を兼ねるって言うし!」
どんな言葉にも、対義語が大抵あるが、今のシンには舌切り雀の話しか思い浮かばなかった。
いずれにしてももうひとつはリオン宛てであるし、おまけでついて来たシンに選択権はない。
なので、ただ、思う。
帰ったら辞書で調べよう。
「僕はどちらでもいいから、さっさと開けてみろ」
などとシンが考えていることなど知らずにリオンは話を進める。
「それがさぁ……」
困ったように、スタンががさがさと足元を漁る。
ふたつの箱が入っていた箱が、そこにはあった。
「開封時間まで指定されてるんだよ」
そして、メモを見せた。
だからといってそれ以上のことが書いてあるわけでもない。
「いよいよ怪しいじゃないか……」
爆発物だった場合、同時に開けたら元ソーディアンマスターが3人死傷するかもしれない。
全世界的にトップニュースに値する事件だ。
先ほどシンが余計な冗談を言ったせいで、余計な想像をしてしまった。
有り得ないので、考えなかったことにして時計を見る。
「あと30分だね」
「誤差の範囲だ。すぐ開けろ」
「そうねー」
こんな時は、息があうリオンとルーティ。
ルーティは自分の選んだ薄い段ボールの箱を開けた。
きれいな包み紙に丁寧に梱包された箱がさらに出てきた。
「何かしら……」
「なんだか見たことがない感じだなぁ」
少しだけ普通のプレゼントと違う醸し出す雰囲気にルーティとスタンの期待が高まった。
「あっ、きれいな箱だな!」
包装を取って更に型崩れを防ぐ厚紙からそれを取り出す。
落ち着いた色合いの紙に金一色で描かれた模様と、彩の鮮やかな鳥。それらが見慣れない模様のようにたくさん描かれた箱が出てきた。
手作り感があるが、高級そうな装丁だ。
わくわくしながら開ける。
しかし。
「何よ、これ」
……。
「何も入ってない!?」
スタンとルーティが驚愕している。
中身は空だった。
「どういうことなの!?」
「悪戯じゃないのか」
差出人がない時点で怪しいのだから、それくらいはあり得るだろう。
冷めた反応のリオンの隣では、シンが包装紙を手に取って見ている。
「違うよ。多分、その箱自体が『プレゼント』なんだよ」
「へ?」
「ほら、ここに書いてあるじゃない」
そういって包装紙を見せた。そこには店名や品名などは書いてないが包装紙のデザインに紛れて「工芸品」と書いてあった。
「箱がプレゼントぉ? そんなのありなの!?」
確かに空振り感は半端ではないだろうが、先に包装紙を見て置けば中に菓子などないことは容易に想像できる。
「じゃ、じゃあリオンの方は?」
スタンに続いてルーティの視線も残った小さな箱とリオンに順に向かった。
仕方ないというようにリオンはそれを手に取る。
中で小さなものが転がる音がする。
そのまま、シンに渡した。
「お前が開けろ」
シンが手に取る。開ける前に箱を回してみた。
ラベルが付いていたことに気づき、それを見る。
「飴かな」
「なんでわかるの!?」
「いや、わからないよ。でもお菓子類だと思う。砂糖類使ってるみたい」
そして、初めて包装を開ける。
こちらも丁寧に包まれていたが、思わせぶりではなかった。
すぐに出てきた小箱のふたを開けると、入っていたのは金平糖だ。
「かわいいね」
色はもちろん、大きさも大小混じっていろいろだ。
ビーンズと同じでなんだか、見ているだけで楽しくなる類のお菓子だと思う。
「金平糖かぁ……」
なんとなくスタンが嬉しそうだった。
しかし、ルーティは不満顔で両頬に頬杖をついた。
「あーそっちにしておくんだったわ。箱なんてもらってもねぇ」
「僕は金平糖などいらないから、別にトレードしてもいいぞ」
「本当!?」
子どもたちはさぞ、喜ぶだろう。
スタンがまず喜んでいるが。
「箱もいらんが」
「それはもったいないよ。せっかく丁寧に作ってくれた人がいるんだし」
実用性は乏しいので、互いに気持ちはわからないでもない。
しかし、ここで言うべきは一つだろう。
「大体、誰なんだ。こんなふざけたことをするやつは」
「誰って、リオン。大体わかってるんじゃない?」
「?」
誰なのかと言いつつ別に考えたわけではないのでシンの言葉に思わず首を回す。
「こういう金の使い方をするのはアクアヴェイルでしょう? 模様もそうだけど。あと、金平糖もどっちかっていうとあちらのお家芸な感じがする」
「さすがシン! 正解だぜぇ♪」
カツカツと靴音を立てながら、派手な格好の男が現れた。
「「ジョニー!!?」」
放蕩していてもアクアヴェイルからはあまり出ない旧友が現れたので、驚いて立ち上がるスタンとルーティ。
「いぇーい!」
あいさつ代わりにそう手にしていた楽器を派手に鳴らして、そのまま手をその手を挙げた。
「久しぶりだな!」
「どういう登場の仕方だ」
シンに言われたその瞬間に思い浮かべていた人物だったので、リオンはエルロン夫妻ほど驚いてはいない。
「ジョニー……あんた、なんでこんなことしたのよ」
空箱を手にする羽目になったルーティは半眼になって言った。
「純粋なプレゼントだぜ? まぁ俺が一緒に来てるから土産って言ってもいいかな」
「お土産のわりに、がっかりしたわ」
本当にその気持ちがわかるのか、スタンがあははと乾いた笑いを返している。
「先に選んだのはルーティだろ、行先はどっちでもいいって書いたじゃないか」
ジョニーは楽しそうだ。
「日付と時間を指定したのはどういうことだ」
「さぁ、シンキングタイム!」
また下らない事を言い出す。
ウィンクしてひとさし指を立てたその姿にため息が漏れた。
「単に一堂に会すればジョニーの移動の手間も省けるし、時間を指定しておけば開ける様子が見物できるから」
「またまた当たりだぜ!」
むしろ手間がかかっていないか。
「つまりあんた……一部始終を見てたってわけね」
「割といいものなのに、がっかりされたこっちががっかりだぜ…」
そうして大げさに眉の端を下げて、ため息をつく。
たぶん、そんなにがっかりしていない。
ルーティたちが空箱を選べば、想定内の反応だっただろう。むしろそれも面白がって見ていた可能性が高い。
「でもシンは、俺の登場にもあんまり驚いてないみたいだな」
それは期待外れだったのか普通の顔に戻った。
「だって、開封日時だけ確実にしたかったら届く時間で調節すればいいだけだもん。わざわざリオンをクレスタに呼んで、時間で選ばせて……って状況に持っていくってことは、送った人はその辺にいるんだろうなって」
事件は現場で起きている。
「シン。よく考えられるなぁ……そういうの」
「私だったらそうする、っていうだけだよ」
スタンが感心するが、シンの答えはわかりやすかった。
「お前ら思考回路が一部よく似通っているからな」
「それは光栄だねぇ」
ははーん。と放っておくと楽器を鳴らしだすので子供たちが集まってきた。
そして目ざとく金平糖を見つけて騒ぎ出す。
「わぁっ! きれいなお菓子ー!」
「俺、知ってる。金平糖って言うんだよ。砂糖菓子で甘いんだよな!」
「持って行っていいから向こうで食べろ」
「「「やったーーー!!!」」」
リオンがさっさと子供払いをした。
見ようによっては、自分がもらったものを何の迷いもなく子供たちにあげる、いい人だ。
「箱はどうするんだ?」
「トレードなんでしょう? リオンがいらないなら、私もらっていい?」
「あぁ」
使い道が思い浮かばないので、特に支障はない。
それに手元で見れば和紙でできているので、孤児院に置いておいたらあっというまに破壊されるだろう。
それは確かに少しもったいないかもしれない。
「シンは空箱でもがっかりしないのかい?」
「開けた時、空なのはちょっと意外だったけどそれで箱が本体ってわかったし……それに、粋だよね。これ、鶏でしょう?」
そういってシンが指し示したのは、和紙に描かれた色とりどりの鳥たちだ。
確かに、よく見るとすべてが同じではないにせよ鶏だった。
「お、よく気づいたな」
「ほんとだ! 鶏も描き方によってきれいになるんだなぁ」
「でもあたしはやっぱり中身がある方がいいわ。リオン、ありがとね」
珍しく正面から礼を言われて思わず顔をそらすリオン。
「別に、大したことじゃない。それに……」
子どもたちが2階できゃあきゃあと騒いでいる。
よほどうれしかったのだろう。ルーティの礼も、その声を聴いてご機嫌になったから素直に出ているのに違いない。
「どちらにしてもこうなることを見越して、お前、落差のある土産を持って来たんだろう」
「お前さんも勘がいいなぁ」
腹の底が見えないのは変わらない。
それは悪い方向ではないが、言い当てられて苦笑いするジョニー。
「で、鶏というのは何か意味があるのか?」
リオンが聞いた。さきほどシンは粋だといった。
そういうからには「鶏」である意味があるのだろう。
「トウケイの城で、十二支を相手にしたのを覚えてるかい?」
「あぁ、古いアクアヴェイルの年の数え方でしたよね」
割とインパクトのある罠だったので、スタンも覚えていた。
「その『干支』で行くと、来年は酉年なんだよ。その箱は来年の十二支の干支文庫箱なのさ」
知ってしまうと奥が深い。
和紙もアクアヴェイルでは特別に染色した友禅というものらしいので、それなりに品格のある品なのだ。
なおかつもう数日で訪れる翌年の縁起物。
……知らない人間に送っても何の意味もない「ただの空箱」になるだろう。おそらく、送った人間の奥深さも理解されはすまい。
それはそのまま、送られた人間がどんな人間かにつながることでもある。
「もしこれが友禅じゃなくて、俺が手作りした和紙だけど、やっぱりただの箱だったらどうした?」
その質問は戯れで、シンに向けられたものだった。
少し考えてシン。
「箱の中にある気持ちをもらっておくよ」
そう答えた。
それは友禅の箱でも同じこと。
人の価値は様々だ。だから、そのたいそうな箱に、菓子でも入っていれば多くの人間は喜ぶだろう。
だが、何もなければ「中身がない」とがっかりする。
シンにはただ見えないだけの、その中身が見えているようだった。
「お前さんのそういうとこ、俺は好きだな」
「ありがとう。私もジョニーの遊び心あふれるところが好きだよ」
「お、そうか? じゃあ今度二人で何か計画して誰かをあっと言わ……」
「やめろ。そんなことをしている暇があるなら早くアクアヴェイルへ帰れ」
そりゃないぜ~♪
そうして、久々に集まる面子が一人増え、その日は終始、にぎやかだった。
友禅和紙の文庫箱。
その名前の通り、文庫でも入れておくのだろうか。
粋であることはわかったが、使い道は要と知れず。

2016.12.23筆(12.24UP)
本日も近日の実話から。
箱をくれた人は、いつもそういう細やかな心遣いの方なので、模様が来年の干支であること気づいたら、粋だなぁとしか思わなかったです。人柄がよく伺えて、素敵ですね。
でも、もらった人は、ルーティと同じこと言ってた(苦笑)
プレゼントは贈る相手に合わせるところが難しいのかもですね。
他にもストックあったけど、今日はせっかく12月24日なので、贈り物がらみの話をUPすることにしました。
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