分解の心得
困ったことがあると、すぐに独り言を言う奴もいれば、直に助けを求める人間もいる。
かと思えばまったく助けを求めない奴もいるしいろいろだ。
「 さーーーーーん!」
すぐに助けを求める奴がやってきた。
「何用ですか」
リオンも も復興拠点の一角に住んでいるため、逆に部屋に踏み入る人間は少ない。
そんなことしなくても大体館内のどこかしらで会えるからだ。
だが、今日は休日。
静かな午後のひと時を邪魔されてリオンの眉間にしわが寄った。
来たのは二人。事務部門の奴らだ。
一人は抱えるくらいの大きな印刷機を持っていた。
オベロン社が半端な感じで存在している現在は、割と希少になりつつある。
「プリンターの調子が悪いんです! ちょっと見てもらえませんか」
「私、技術屋じゃないんですけど…」
それでもこの世界でいう「考古学」という名の「科学」に が興味を持ち、それなりの知識ががあることを知っているのだろう。
自分たちより遥かにまし、という見解の様だった。
「そうだ、明日になれば技術部が出てくるだろう。そいつに見てもらえ」
「それが! 今日中に資料作っちゃわないといけないやつで!」
仕事してたのか……
最初はリオンと同じように、にぎやかな訪問に渋い顔をしていた の表情が同情に変わったのをリオンは見た。
「これ、ちょっと前から印刷すると四角い抜けの部分が出るんですよ。前にちょこっと技術部の奴に話したらもう寿命かもって言われてて」
「じゃああきらめろ」
しかし、リオンには同情の余地もなかった。
「四角い抜け……?」
「こういうのです!」
しっかり事例は持参していたらしい。見せられる。確かに長辺の長さは異なるが長方形の模様が、逆にスタンプでも押されたかのように見事に抜けて出ている。
「なんだろ…高さは同じ…他に何か言ってた?」
興味が出たらしい。
「え…と」
「パッドがダメなら代えの部品がないともう終わり、みたいなことを」
「ん~」
が悩んでいる。
「インク式だよね。パッド……廃インクのパッド?」
「わかるんですか!」
「いや、見てみないと何とも」
それを聞いて、ぜひ!ぜひ!と押し付けられそうになる。
だが はそれを受取ろうとしなかった。
「ダメ、分解したら確実に元に戻せない自信がある」
「分解するのは好きなんだがな」
リオンが珍しくフッと笑いながらニュースペーパーに目線を落とした。もう関わる気がないらしい。
「てことは、経験ありで!?」
「壊れたものを分解するのは嫌いじゃないけど、直す前提でやって壊れたら困るし、人のものは完璧に戻せない自信があるからちょっと……」
自信があるのかないのかはっきりした方がいいぞ。
(ある意味、元には戻らないという点でははっきりしている)
「壊す前提で分解して、直るかもしれないという目的でならやってみてもいいけど……」
「普通逆だろうが」
「だから、絶対ネジが余るとか別の場所に不具合を生じるとかそういうことになると思うんだ」
リオンは知っている。
それは本気で元に戻す気がないからだ。
の目的は大体「分解して仕組みを見たら満足」「壊れてた箇所が直って動くようになればそれでよし」なのであり、目的が達成されたそのあとや目的外については割とアバウトな感じなのである。
本質的には神経質で几帳面なはずだが、変なところで気にしないというかこだわりが薄い人間である。
「それでもかまいません! とにかく今日中に印刷ができるようになれば!」
「壊れても文句言いません、って念書書いてもらおうかな」
「そこから!?」
「だって、絶対どこかしら壊す自信あるもん」
だから自信を持つ場所が間違っている。
「自分のものは壊れてもいいやって適当に扱うけど人のものはねぇ……壊したらまずいでしょ?」
「話がリピートしてるぞ」
とはいえ、もう壊れている見込みのものだから、壊しても仕方がないだろうとは思う。
というか、あまり部屋で泣きつかれて騒がれ続けるようなら、プリンタごと外に放り出そうと思い始めたリオン。
貴重な休みを割かれたくない。
「もう壊れてるようなものですから壊れても構いません。その時は今日の仕事をあきらめます!」
どれほど大事な仕事だったのか、片腕で両目を覆うようにして泣き始めた。
「じゃあ分解してみようか」
直してみようかの間違いだろう。
そして、一応リオン含めた3人の目の前で はドライバーをもってきて、しげしげとプリンタを眺めた。
ひっくり返してみたり、開けてインクの補充できる場所を見てみたり。
「大体、仕組みは同じかな…」
「何と」
「前に見たことがあるものと」
リオンが短く聞くとあいまいだが確実な返事が戻ってきた。
「ここがインクヘッド。だからここをはずして、ここもはずすと…とりあえず、これ、洗ってみてくれる?」
「あ、はい」
そして部品をもっていった洗面所の方から「汚いですー!」という情けない声が聞こえてくる。
「まぁ…ずっとクリーニングしてなかっただろうから…」
はそういいながら自分の部屋へ行って、白いボトルを持ってきた。
「これで洗ってください」
「なんです?」
「無水エタノール」
薬品と書かれたボトルを渡されて言いたそうだが、言った。
「 さん、なんでこんなもの持ってるんです……?」
「それ、アロマスプレー作るのに買ったやつだよ。普通に物の消毒にも使えるみたいだけど」
むしろ消毒薬としての方が、使い方としては有名だ。
「インクが溶けるから早く洗える。じゃあ私、向こう続けるから」
そういって今度は、精密機器を扱う用の先端のカーブしたピンセットを持ってきた。
「 さん、それって普通のピンセットと違うような」
「最近はまりかけてる樹脂作品を作るために買ったの! 決して分解用じゃないです!」
一応弁解しているが、事実であることをリオンは知っている。
「備えあれば憂いなしだな……」
本来の目的とは違う使われ方をしている工具を前に、リオンは思わずつぶやいてため息をついた。
「ここにヘッドがあるからたぶん、このヘッドの動く先か元にあると思うんだ」
「じゃあヘッドはすぐ見えてるし、割と簡単に出てきますかね」
「いや」
はコンコンと精密ドライバー(もらいもので普段使いではない)でヘッド周辺の上部を覆う薄い黒いカバーをたたいた。
「これはずさなきゃでしょ? サイドが側面カバーの下に潜ってるから側面もはずす。側面を見ると背面に絡んでるからそっちもはずす、背面の上には給紙部とカバーがあるからそれを全開であげられるようにして…」
「うわー、それってほとんどじゃないですか!」
結局そうなるのである。
最初は構造がよくわからなくて分解をしていく内にわかってくる。
だが、理解の過程で分解するがために、元に戻す手順が怪しくなる、というパターンが の中ではあるらしい。
「ものによるんだろうけどねー」
はそういって、底面部分のねじをはずしはじめた。
そこからか。
「でね、時々ヒントとかあるんだよ」
覗き込む。そこには▽マークがあってその先はくぼんでいた。
「あぁ、ここにつまみみたいなのありますね」
「押しながらもう一方をひっぱるとはずれる。でもはずれないね」
▽マークは3か所ほどあったがほかの場所が引っ掛かっていてはずれない。
なんとなくあたりを付けて はまた機材を裏返す。
しばし、観察。
「ここに爪があるぞ」
「なんでこっちにはヒントがあって、こっちにはそれがないのか」
は四角いくぼみにマイナスドライバーを差し込んで、そこに食い込んでいるパーツを思い切り押した。
「しかもこれ、力業で外すタイプみたいだけど、こういうことしてるとどこかの遺跡でお宝を探すためにトラップ解除をしている気分だね」
「その気持ちは全く理解できない」
「ほら、ヒントを見つけてボタンを押したり、引いたり、ヒントがなければ観察して怪しいところをひとつずつつぶしていく……試行錯誤の末に、お宝」
今のお宝と言ったのはパッドのことであろう。そういわれると手順は確かにおおむね同じである。
その時、バキィ!と音がした。
「壊れた!?」
「いや、側面カバーが外れた音」
「なんか……こういうの、思い切りも必要なんですね」
だから、壊すことを前提としないと踏破できないという見解なのであろう。 としては。
(ほかに専用の工具などがあればもっと楽なのかもしれないが)
「この、壊れたのかうまくいったのかわからないところが何とも言えない」
「どういう意味でだ」
嬉しそうではなかったが、スリリングという感じではあるかもしれない。
作業続行。
「ほら、側面と底面外したら、上が開いたよ。……パッドはこれかな」
が初めに言った通り、真っ黒なパッドがヘッドの初期位置あたりに2枚はめ込まれていた。
ピンセットでつまんで取る。
トレイに載せて、エタノールをかけた。
「わ! 液が真っ黒に!」
「廃インクが溶け出てるとこだね」
汚れていたならば当然と言えば当然だ。が。
それを洗面所で洗い流すと
「真っ白だったのか、これ……」
全員が青くなるくらいの変貌ぶりを目の当たりにすることになった。
黒いパッドと思われていたそれは、真っ白なパッドだった。
たった数秒で色が真逆に反転したので、手品でも見ているような微妙な気分である。
も驚いたようだった。
「あぁ、でもこれで戻せば使えるようになるんですね!」
「それは使ってみるまで分からないけど……その前に問題の組み立てが」
やる?
と全員に匙を投げようとしたが、誰もそれを受け取らなかったため結局 がそれをやることになった。
「……ネジもそろってるし、ちょっとゆがんだ気がするけど使えればいいか」
なんとか組みあがった。
その場で稼働させてテスト印刷をする。
問題はない。
「やったー!」
二人はまた泣くほど喜びあっている。
「じゃあ仕事に戻りますけど、お礼はあとでしますので!」
「いらないよ。割と面白かったし」
プリンタを抱えて出てこうとあいさつをする二人。
「それに組み終わった後に謎の部品が転がり落ちてきたから。予想通りの展開だ」
「え」と二人が笑顔が固まった。
「問題の場所は大体直るだけど、なぜか別の場所で何かが起こるんだよねー。でもこれ、特に重要なパーツじゃないみたいだから、たぶん大丈夫だよ」
涼しい笑顔。
確かに出てきたのはカバーのような小さな灰色のパーツだ。
先ほども動作に支障はなかった。
「気になるなら今日はとりあえずで、明日技術部に見てもらえばいいよ。その時、どこか壊れてても報告してこなくていいからね」
「そ、それは構いませんが」
念書は書かされなかったが、 が一番心配していた部分なので、お互いのためにそれでよいだろう。
問題があったら、 は気にかけて一生同じ頼みは受けないだろうし、そこまで言われていれば頼みづらくもなってしまう。
「正常に動いているなら見てもらう必要もないだろ。ほうっておけ」
用が済んだのですでに興味なさそうなリオン。
二人はもう一度礼を言って帰って行った。
「新しい発見でもあったか?」
「あったよ、ルーティがお宝を探すときの気持ちがいろんな意味でちょっとわかった」
わけのわからないものを分解するときは、ヒントを探して構造をよく見極め、ただしい手順で解除していく……
リオンは「意味がわからない」と言いかけたが、わかってしまったので閉口するほかはなかった。
「それにしても驚きの白さだったね」
「どう見ても元から黒くみえるようなパッドだったからな」
ある意味、リオンにとっても新鮮な現象を見た、数時間だった。

2017.3.2筆(3.3UP)
作業時間は試行錯誤で2時間くらい。
写真と一連の作業が見たい方はこちらからどうぞ。
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