春を渡る
今年の冬は、寒い日が多かった。
春の訪れが遅い。
かと思えば、訪れた春は急に勢力を増し、満開で花粉を散らし始める木々たち。
そんな自然現象にくしゃみをする人間が増え始めた季節。
「散歩に行ってくるね」
天気は曇天。
時刻は夕方。
気温はほどほどだが、気分的に散歩と言うには微妙な違和感を覚えてリオンは
を見た。
珍しく黒く薄いオーバーコートを着て、手袋を装着しようとしている。
そして、小さなバックパックも持っていた。
「どこまで行く気だ」
「街の外の小川」
「1人でか?」
「1人でだけど?」
街を出れば、モンスターが出る。
今の
にとっては水月さえ持っていれば危険はそれほどないだろうが……
「何をするつもりだ」
明らかにウォーキングと言う意図を超えての格好にリオンは半眼になった。
「ネコヤナギが咲いてたんだって。ほら、去年も飾ったでしょ?」
「?」
「白くてぽわぽわの……なんだろ、花っぽくなくて、むしろ猫がじゃれそうな感じの……」
説明に窮している。
ジャスチェーで大きさや形はわかった。
そう言われると確かに花っぽくないものが春一番くらいに飾られていた気がする。
「名前の由来は猫のしっぽって言われてるけど、あの短さはしっぽではない」
おかしなところできっぱり言ったので、思い出した。
去年も
は同じことを言っていた。
「採りに行くのか」
「うん、あとは剪定用のはさみとロープもってけば完璧! ……だと思うんだけど……」
どういう意味なのか計りかねる。
ので、聞いた。
「なぜロープが必要なんだ?」
「傾斜のすごい場所だから」
「珍しい恰好をしているがそれも関係あるのか」
「去年ハサミだけ持って行ったら、痛い目にあったから今年はロープで体を固定して汚れるだろうと踏んで」
「どれだけ危険な場所に生えてるんだ、その花は」
「花っていうか、木だよね」
どーでもいい。
「そんなに珍しい木なのか? あれは」
そこまでして欲しいのか、という意味ではない。
確かに街中にはない花だが……
珍しいというだけの理由で、
が花を取ってこようなどと言うことはすまい。
「湿気が好きみたいで水辺に生えるんだよ。なんとなく好きだし、ちょっと危ない場所に生えてるから……」
あぁ、つまり手が届きそうで届かないその場所を踏破したいわけだな、お前は。
採ることに楽しみを覚えているのだろうことが伺える。
「リオンも行ってみる?」
お誘いがかかる。
は、別に見てるだけでも構わないからと付け足して、剪定ばさみをキッチンに取りに行った。
その間、少し考えて……結局、行ってみることにする。リオンも黒いコートを羽織った。こちらはある意味、デフォルト装備だ。
その小川は街を出てすぐのところにあった。心配するほどモンスターの出るようなところでもない。
ネコヤナギが咲いていると言っていたから、ほかの誰かも見られる程度の場所にあるのは当然だったろう。
しかし、それは。
「ほら、あそこ」
「お前、あそこから去年採ってきたのか」
確かに言われていた通り、小川に向かって落ちる急斜面にあった。
斜面と言うか、街に近い川なので護岸が平らに埋められているので、足場はほぼ、ないに等しい。
「左側は未整備でしょ? 根っこがその下の方に生えててなぜか護岸の方に向かって木が伸びてるんだよ。わからないでもないけど」
確かにわからないでもない。未整備部分は雑木や雑草が生えた跡があり、今は誰かが手入れしたのか軒並み刈られていた。つまり、刈られない方が伸びるのは当たり前のことだ。
そして、何年ものなのか伸びに伸びた枝の先の方にだけ、花芽がついている。
今いる場所から2、3mほど下方だろうか。
「今年はきれいになってるー♪ 入りやすいや」
は持ってきた麻のロープをバックパックから取り出した。
「去年は違ったのか?」
「まず、ネコヤナギの木の根付近に行くまでに幾多の試練があってだね……」
リオンが推察できない事態が彼女の中で起こっている。
「とりあえず、ここらへんは全く手入れされてなくてとげのある木やら草やら蔦やらがすごくて、たどり着くまでがむしろ大変だったんだよ」
わかりやすく言い直してくれた。
そして、取り出したロープを刈られた木の根元に括り付けようとしている。
「それくらいなら僕が持っていてやるぞ」
「一緒に落ちたら怖いから、固定した方がいいかな、って」
失礼な。
だが、確かに人の手では少なからず支点がぶれるので怖いだろう。
「でもロープワークはリオンの方がうまいから、固定してくれる?」
言われるままに受け取って、固定するリオン。
は斜面を少し降りたところでもう一方を体に一周させるようにまわして、余った一本となにやら奮闘している。結局、輪にするように軽くねじって長さを調節できるようにしたようだ。
両手がふさがっていると回収作業ができないのでなんとかあけておこうとしたのだろう。
そして、一方はリオンの手に、もう一方の固定も終わると躊躇なく護岸の方へ足を踏み出した。
「ちょっとちょうだいねー」
ネコヤナギに声をかける女の図。
「あ、意外。ネコヤナギ自体が足場になってくれるからそんなに危なくないや」
そうか?
大男なら、落ちているだろう太さしかないその上に足をかけて、
は左手を伸ばして枝を引き寄せた。
左手で枝を支えながら右手で切るので、ロープの方は見ないが、調整用の方は少し緩んだままだ。足場はきっちり機能しているらしい。
はそれから何本か束になるくらい枝を取ってから、戻ってきた。
「リオン、ありがとう。ロープ持っててくれたから両手使えたよ。来年はもっと手際よくできるようにする」
お前何しに来た。
いかに手際よく回収するかに課題を見出した模様。
服は雑木がなかったおかげでロープを回したところが汚れたくらいで済んだ。手袋もなくても大丈夫そうだったので、昨年よりは上出来と言うところなのだろう。自分で及第点と言っている。
「ここのネコヤナギは手入れしないから徒長しちゃって、花付のいいのはむこうの先っぽなんだけどね……」
「あそこは危ないから本気でやめておけ」
の目線の先にある枝花は川の方へ向かって伸びているため、足場もない。
むしろないどころか、花が咲いているのは川の真上だ。
「一回、手入れに来た方がいいかなぁ」
「どうやってだ」
「よくわからないけど、剪定するんでしょ? 帰ったら調べてみようかな」
花束であるはずの木の束は、不思議と花の束を持っているときのような華やかさや目立つようなものはなかったが、あるのとないのではだいぶ違うなとリオンは思う。
「野生で生えているのだから、お前が面倒を見ることはないんじゃないのか?」
「でも何気に毎年もらう気がするから、お礼に手入れをしてもいいと思うんだ」
そんなことを話しながら、収穫物をもって帰ってきた二人はその日、なんとなく早い春の気配を、部屋の片隅に眺めるのだった。

2017.3.13筆(3.16UP)
母「ネコヤナギ?咲いてたよ。いつもの取れないとこに」
私「そっかー(取ってきたらお母さん喜ぶかな)私も散歩行ってくるわ」
母「危ないとこいっちゃだめだよー」
私「うん」
死亡フラグを乗り越えるために手袋とロープをもって行った。 完。
