月を追う
風が強く、晴れていた。
「あ、月」
最初に気づいたのはだ。
下弦も朧な月が南東の空に、白く淡く、風に吹かれる雲間に雲よりも薄く見えていた。
「ホントだ! 昼間に月なんて珍しいね」
淡い溶けるような姿にカイルたちも振り仰いで見る。
そうだろうか。
おそらく、今日この時間に見えているのだから明日も晴れていたら同じ時刻に同じような場所に見えるだろう。
天動も天気も一定ではないので、みつかるとも限らないが。
……そんなことがあったのが、2時間ほど前。
夕刻になっていた。
陽は沈んだが、明るい。
季節に例えるならば夏に入る、一歩前。
空はまだ、うす水色だった。
小川のそばを今日の野営の場所に決め、早めの夕飯が終わる頃にはもうみんなそんなことなど忘れていた。
なのに、は一人でいつまでも空を見上げている。
「まだ見ているのか」
「あ、ジューダス」
ようやく顔をこちらへ向けた。
逆にジューダスは視線を空へ向ける。
月はいよいよ白く、存在感を増して、雲の消えたうす水色の空の真ん中に陣取っていた。
「何がそんなに面白いんだ?」
すぐに視線をに戻す。
確かに時間が進んで見え方も変わり、真っ白な月は一見には値する。
が、大抵が次の瞬間にはどうでもよくなっているものなのだろう。カイルたちのように。
そこに月がある。ただそれだけだ。
野営用のたき火を囲んでロニやリアラ、ナナリーとカイルはいつも通り談笑している。
「何が……」
自分でも深く考えたことはないのだろう。
は月を見上げてから、水平に戻した首を少し傾げた。
「んー……例えば、もうここは日陰なのに、あそこには陽があたってるんだな、って」
ずいぶん思考が飛んだ気もするが、それは事実だ。
今、まさにここから天頂に向けて起こっていることである。
「陽が傾いたから、少しだけ暗くなったでしょう? だからさっきよりずっと白くてはっきり見えるんだよね、でも空はまだ青いし」
問われて考え始めたことをそのままは口にする。
「まぁ向こうの山の上はまだ陽があたっているから、実際はそれほど陽も落ち切ってはいないんだろうな」
「そうだね。でね、そういうことを思うとすごく世界が広いんだなぁって感じるんだ」
『二次元に、じゃなくてそれってすごく三次元的な?』
カイルたちとは少し離れているためシャルティエが声をかけてきた。
ちらと見ただけでジューダスはそれを咎めはしなかった。
「そうそう。高さを感じるんだよね。あの月はとても高いところに見える。その分空も広く見えて、太陽の光はここには届かないのに、高度を上げるとまだ光がたくさん当たってるんだなって」
それは月に限ったことではない。
また少し流れてきた雲は微妙な朱と鈍色をまとわせているが、太陽が当たっている。影は昼間と違って雲の上。
つまり、太陽は下から雲を照らしていることになる。
この時間独特の、光の角度の入り方だ。
「それでね、あの月もまだ自身が光ってるだけだけど、その内見渡す限りを照らすんだなぁって」
『うーん、普通、そこまで考えないけど……』
「うん、私も今、ジューダスに言われたから考えてみた」
あっさりと今まで考えたことないとは真顔になった。
「たぶん、私は『ただ白い月がそこにある』んじゃなくてそういうことを感じるから、見てるのが好きなんだと思う」
こういうのを一を聞いて十を知る、というのだろうか。
白い月を見て、は世界のつながりを感じている。
おそらくは直感的に、なのだろうが。
陽が完全に落ちて暗くなった頃……月を見上げるのもそういうことなのだろう。
月の光は闇夜を満たす。世界を静かな光に沈める。
今はまだ、淡く白い光だが。
ルル、ピルルリーリー ルルル
がふいに左手の林を見る。
ジューダスもつられてみるが何が見えるというわけではない。
ただ、新緑が鮮やかに茂っていた。
「何の鳥だろう。きれいな声だね」
ピピピッルルー ピルルル
意識して聞くと確かに澄んで沁みるような美しい声だった。
ふと、振り返ってみたがカイルたちは気づいていない。
小さな声でもないのに、不思議なものだ。
は今度は月を見上げながら、鳥の声に耳を傾ける。
『……の目には、世界はどんなふうに見えてるんですかねぇ』
しみじみとシャルティエがつぶやいた。
そう、同じ世界であるはずなのに見えるものは人によって違うのだ。
に限って言えば……
おそらく人に見えないものが多く見えているのだろう。
空の青さから、世界の広さを知る。
月の光を浴びれば、それが世界に満ちる様を視る。
自分の与り知らないところでそれを感じることができるのはなぜだろう。
そして、ジューダスはと言えば
「お前があまりに余計なことに気づくから、僕も余計なことに気づくことが多くなったな」
そのため息はどういう意味なのか。
それから長い長い間、彼は再び名前を変えて、そんな日々を送るようになるとはつゆとも知らずに。
2017.6.4
ちょっと表現が難しいのですが、少しでも世界の広さが伝わってもらえたら嬉しいです。
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