禁止令
いつになく蒸し暑い日々が続いている。
度を超えてくると、苛立つものダレるもの様々だが、その二つが一緒になるとなかなか凄惨なことになる。
大体、精神的に被害を受けるのは、我慢している側だ。
「暑い……暑いです。夏ってこんなに暑かったんでしたっけ!?」
ミーティングテーブルでつっぷしてダレているのはリオンと同じセクションに配属されているパスト。今日は資料の整理でリオンのセクションと、有志の人間で仕事をしている。
資料整理が好きな
は、暇に任せて参加。
しかし、暑さに影響を受けないのか誰よりも休まず手際も良い。凝り性というか「終わるまでやめられない」性格が如実に出ている仕事っぷりだ。
とはいえ、誰かが話を切り出せば手は止めた。
「外殻が落ちたあとの夏が一番暑かったよね。残骸からの照り返しと涼む場所がなくて」
「あぁ地獄の作業でしたね」
パストの先輩に当たるエクセルは拠点開設当初からのメンバーだ。当時は外仕事の方が多かったのでその苦労を知っている。
「それに比べたら部屋の中で仕事ができるなんて、マシ以外の何者でもないだろう」
リオンは手を止めずに嘆息する。
対してパストはすでに駄々っ子のようになっていた。
「繊細なオレにはこの暑さはきついです。なんですかこの蒸し暑さは!」
「今からルールをひとつ追加するぞ。今日は暑いという言葉は禁止だ」
「えー!」
同じことを思っているのに口に出さない派の人々は、ただただため息をつくばかりだ。
「じゃあついでによっこいしょ禁止」
「えっ」
訳のわからないルールが
から提案される。
「意外と多い感じするんだよね、よっこいしょとかどっこいしょって言う人」
「言わないですよ」
大方の人が同意して、まぁいいやとそれもなげやりに採用される。
「はぁ~……」
ダルそうに立ち上がった男性スタッフ。書類を棚から取ってきて机に置く。座った。
「よっこいしょ…」
「言った!」
ビシリと
に指摘されて「えっ」となる。無意識だったらしい。
「言ってました!?」
「はっきりと」
周りもあまり気にしなかったので、何事かと注目が集まった。
「知らないうちに言うものなんですね……」
言われた本人は若干ショック気味だ。
話題が収まるとまた黙々と作業が始まる。
机の真ん中くらいに追いやられている書類に、腰を浮かして手を伸ばすエクセル。
「よいしょ」
「言った」
「……」
呟きを聞き逃さない。さっきの件もあって、今度は他の面子も気づいた。
「ははは、なんだかお年寄りみたいですね」
リオンを除けば「若手」に当たる20代のパストがおかしそうに笑っている。
彼は、立ち上がるとまとまった書類を棚に戻しに行く。
帰ってきて
「よっこいしょ…」
「パスト、20代なのに言うの!?」
墓穴を掘っている。
が心底驚いている。
ちなみにリオンは
がよっこいしょなどといっているところは聞いたことが無い。たぶん、自分も言わないであろう。
が、みんな無自覚に発していることがわかったのである意味、怖いルールが設けられてしまった。
「俺、言ってました!?」
「無意識だな。お前、普段もけっこう言ってるぞ」
「えぇーー」
さすが同室者。リオンの本来なら指摘するほどでもないだろうその指摘にパストは大きなショックを受けている。
「20代でも言うんですよ、きっと疲れてるんです!」
そして逆切れした。
その間も作業は続き
「よっこいしょ……あ」
「言いましたね!?」
ついに全員がその言葉に過剰に反応するようになり、言ってしまうと全員の視線が集まり、なおかつ自分でも気づくようになってしまった。
悪いことに、その「あ」という言葉が自分で言いましたと告白していることになって、注目を集めてしまうということにも気づかずに。
「みんな結構言うんだねぇ」
「驚いた。言いすぎだろう」
「
さんは言わないですね」
エクセルが感心したように視線を向ける。作業も終盤に差し掛かる頃、指摘されていないのはリオンと
だけになっていた。
「言うよ。ただ、みんなと言うタイミングが違うってことに気づいた」
「タイミング?」
「みんな主に座るときによっこいしょっていうんだよ。面白いね。ものを持ち上げるときとかじゃなくてなぜか座るとき」
観察眼は相変わらずだ。どーでもいいことすぎるが。
「私は遠くのものに手を伸ばすときによいしょって言いがち。今日気がついたんだけど」
「全然言ってなかったじゃないですか」
「言ってた。小さい声で。私以外気づかなかっただけで」
自分で気づいていたあたり……
「言ってたんですか? なんか悔しい!」
指摘できなかったことがだろう。パストは指摘率がけっこう高かった。ダレているせいもあるだろう。
「ほら、でももう作業も終わりだし。みんな『暑い』からよっこいしょに気が行って、暑いって誰も言わなかったじゃない」
「そういえば!?」
それは、全く発想がわからないところから生まれたルールの副産物だ。
これが最初から計算尽くならすごいがおそらく違うだろう。
「なんか楽しかった。みんなよっこいしょ率高すぎて笑った」
そういって、なぜか全員笑顔で片づけを始める。
なんだろうか、この晴れ晴れしい感じは。
暑い暑いとダレるより、ダウトに近い遊びだった感があるので、途中から割とみんなゲーム感覚を味わったのだろう。
「まぁ書類の整理ですしねー 笑いながらできるくらいでいいんじゃないですか?」
誰かがそう締めくくってくれた。
そしてその後、気になったリオンにより彼のセクションに限って「暑い」と「よっこいしょ」の禁止令は出し続けられ……
「個人攻撃じゃないですか!」
パストを黙らすためのものだということに当の本人が気づくまで、しばらくかかったという。
2017.8.7(8.16UP)**
今の部署(個室)のルール。
よっこいしょ発生率が半端じゃない(20代含む)
