パンの日
その日、DRP(ダリルシェイド復興拠点)にはパン屋がやってきていた。
ただのパン屋ではない。
孤児だとか障害を持つ人が作業として作ったもので、数ヶ月に一度だけ社会交流の一環としてやってくる。
それができたてのものを持ってくるので、妙に好評だった。
もともと広間だったその場所は、食堂とミーティングゾーンに分かれていてリオンは準備が始まったそれを視界の端で眺めている。
細いテーブルを挟んで、立ち話をする者や打ち合わせをする者。その向こうに即売目当てで財布片手に現れる人間は、女性の方が多い。
パンの即席ブースにはあっという間に行列ができた。
5分ほど経った頃、がやってきた。自分に気づいて寄ってくる。
「リオンも何か買っとく?」
「適当でいい」
一任されては列に並んだ。
それからふいに、こちらを振り返り……なぜか手招きをした。相手は自分ではない。リオンの横、数メートルに立っていた若いスタッフだった。
呼びかけは無かったが、自分が呼ばれていることがわかって機敏とはいえない動作で「彼」はの方へ行った。
のこのこと帰ってきた時にはカップケーキサイズのパラフィン紙に乗った白いパンを手にしていた。
「買ってもらっちゃいました~」
口調もどこかスローな感じだ。
リオンが知らないスタッフではないが、とはそんなに仲がよかっただろうか?
疑問に思いつつ、その顔を見る。
心底嬉しそうな、その顔を。
なので、つい帰ってそれを出されたときに聞いてしまった。
「お前、パンを後輩に買ってやってただろう。そんなに仲がいいやつがいたのか?」
確かにの所属するセクション直属ではないが、ちょこちょこやりとりがある部署が配属ではあったから面識は自分よりあるだろう。が、なんとなく深い関わりをしないにしては意外な行動に見えた。
「仲は別にいいってわけじゃないよ。ただ、なんかあの顔見ると買ってあげたくなるんだよね」
普通の顔を思い出したら別にそうでもないが、続いてうれしそうにしていた顔を思い出してそちらのことだろうと思う。
「彼は食べるのが大好きで、食べ物をあげるとすっごく嬉しそうにするからそれ見ると私も嬉しい……というか」
自分の発言に違和感を覚えたのだろう。
は「違うな」と言いなおした。
「なんだろう、『面白い』?」
「……」
面白いから食べ物をあげる。それはそれでの方としては、らしい理由だ。
至極まじめには考えたようだった。が。
「他の人は、食べるの大好きな人でも別に買ってあげようとまでは思わないんだよね。でもあの……リアクション薄いのに、食べ物を与えるとぱぁぁって周りに何かがいっぱい浮かぶような感じがウケる」
「お前には一体何が見えていると言うんだ」
「花みたいな何か」
見えてないだろ。
「そっか、彼は食べ物を与えると面白いんだ。だからついエサをあげてしまう」
自分でつきつめたことは無かったらしい。
「それはつまり餌付けと言うんだぞ」
「餌付けにはなってないと思うよ。ただ、面白いから…」
カピバラあたりにエサをやっている感覚だろうか。
あの後輩(リオンよりは年上)は、お世辞にもキビキビしていないし、しゃべり方ももったりしていて「こいつバカなのか?」と最初は思ったものだ。が、それなりにつきあってみるとむしろ頭は悪くはないし、言語分野が特に得意なのだともわかってきた。しかし相変わらず見た目はのたりのたりとしているわけで。
「あの静かにものすごく喜ぶ感じがね~……うまく表現できない」
「いや、十分伝わった」
確かにリオンが見たときも満面でものすごく喜んでいたわけでないのに、地味にものすごく喜んでいるのがわかった。
そのギャップが笑えるということだろう。
「彼の喜び方を見ていると、人は言葉や大げさな態度じゃないんだなって思う。人には空気を伝えたり読んだりする力があるんだって」
「それ今考えただろ」
しかも空気を読んでるのはお前の方だと思うが。
リオンは、無意味にため息をついてから、パンを袋から取り出した。
から反論はない。
「さりげにふかふかでおいしいんだけど、行ったときは目ぼしいものがもう無くなっててね」
甘いのが欲しかったと言いつつ、はくるみの入った柔らかいパンを一口大にちぎった。
「売り出してからお前が来るまで5分とかかってなかったぞ。……主に女性スタッフがすごい勢いで到来していたな」
「また乗り遅れたのか~」
前回もそれで、ただ買わないのは気が引けるのかあまりものを手にしていたようだ。
「今度はリオンが行ってみてよ」
「なぜ僕が」
「素早いから」
「……。あの状況で女どもと渡り合える素早さは持ち合わせていない」
言うとが笑う。セールス会場じゃないんだから。とよくわからないことを言う。
今日のお茶請けは、素人手作りのパン。
たまには悪くない、素朴な味だった。
2017.8.30筆(10.27UP)
いつも乗り遅れて くるみパンが売れ残っている件について。
バーゲンセールへリオンに突撃してほしくなりました。
