秋の散歩
秋は寂しい。
温度が下がってきて、木々は葉を落とし草葉は褪せた枯れ色になっていくからだろう。
割と多くの人間がそんな印象を持っている。
にしてみると、変化に富む一年の彩の一節というだけで寂しいなどとは毛ほども思わないようだが、嫌いとは言わないまでも寒い冬に向かうばかりの今時期は、敢えてこの季節が大好きと言う言葉も聞いたことがなかった。……それを言ったら春も夏も冬も等しくそうなのかもしれないが。
「なんか仕事終わると真っ暗だね……」
日没時間は17時を回った頃だろうか。
日が落ちるのが早くなった。
いかに執務室まで徒歩一分の居住環境だろうが、部屋に戻る頃には暗くなっている。
秋の日はつるべ落としとはよく言ったものだ。
「昼休みに外に出てるのか?」
リオンは大体同じ時刻にが敷地外に向かっていくのを何度も目撃するようになっていた。
「身体を動かす時間がなかなかないから…昼休みは貴重な散歩時間なんだ」
室内で身体を動かすこともできるだろうが、外のほうが変化があるので気晴らしになるのだろう。
天気がいいと確かに昼ほどは散歩にはちょうどいい温度だった。
はほぼホワイトカラー(頭脳労働)のセクションに所属しているため、デスクワークばかりだと時折嘆く。頭を使うことが好きでも、それだけを使っているのは好きではないらしい。
リオンは基本的に事務をこなしているが、大型のモンスターが出たり、町のそばで魔獣が群れを作ったりなんて情報があった場合は、討伐に参加したり場合によっては指揮側に回ることもあるため、間を見て外回り組の訓練に参加したりする。…ので、それなりの運動量は確保している。
曰く。
「ずるい」。
必要だからそうしているのだ。いや、仮にも天才の名を冠していた人間が、事務一辺倒で剣技がくもったらお笑い種であるし、おそらく請われなくても参加はするだろう。自分のために。
「仕事に訓練が組み込まれてるとか効率的だよね。事務組は時間外に運動しなきゃデブデブになっていくというのに」
実際、太った奴がどれほどいるのか知らないが、動かなければ肉質は変わるであろう。
「私も討伐隊に出向希望出そうかなー」
「やめておけ」
ため息ながらに言うので、それこそ心底ため息をつきたくなる気分でリオン。
運動不足だからちょっとモンスター退治に行ってきます。
なんて発想は普通に考えておかしい。
「一人で行くわけじゃないし、後方支援なら問題なくない?」
「……」
考える。
多分、この周辺のモンスターであればそれほど無理はせずに済むだろう。何よりには水月という強力な晶術の媒体がある。
が、後方援助の自身はともかくとして、前衛に不慣れな奴がいたら絶対前衛に干渉することになる。=(イコール)遊撃隊状態に収まるだろう仮想の未来は想像に易い。
「お前はそもそも一般人だっただろう。原点に返れ」
「そんなこといわれても」
いつだったか逆に「一般人の域を超えている」と言った気もするが、もうのような人間が剣を振るう必要はない時代になったのだ。
わざわざ危険に飛び込むまねをする必要はない。
「運動不足なんだよ」
「ふつうにウォーキングでもランニングでもしてろ!」
発想が未だに良くわからない。
おそらく勤務時間中にできたら一石二鳥とか思っているのだろうが。
「ランニングは疲れるし、飽きるから嫌だ」
「……」
多分、すでにトライして飽きたクチだろう。では散歩は飽きないのか。
おそらく周りを眺めながら、必要であれば足を止めるのでランニングほどは飽きないはずだ。
「大体こんなに暗くなってきたらやっぱり出ずらいし、朝は朝でどんどん寒くなっていくし」
気温の低下はの活動領域を大幅に狭めていく(大げさ)。
「帰ってきたら暗いでしょ?……いつ外に出ればいいわけ」
「運動は必ず外でやる必要はないんだからな?」
そんなことをいいながらも、確かにフルタイムで邸内にいると意識的に外へ出ないと風に当たる間すらないだろう。
そんなわけで、次の休日。一緒に散歩に出ることになった。
リオンも用がないと敷地内からはあまり出ない。仕事上出ているので必要性の問題であって、ひきこもりではない。
今日は用があったので、出た。大体、週に一回は必要品…主に食料の買出しに出るのだ。
買出しと散歩は別なので、そちらは夕方…四時半を回った頃になった。
「今日は一日晴れていたな」
「久々にいい天気だったよね。……しかし、夕方は風が冷たい」
さっさか歩きながら。
散歩といってもぶらぶらとしているわけではない。
むしろ「目的地まで何分何千歩か」みたいな意識があるらしく歩数計はの標準装備と化している。
日は西の空に大きく傾き、淡い金の光を足元に落としていた。
「この時間は好きだなぁ…光の色が全然違う」
散歩から帰る頃には、太陽は町並みの向こうに落ちていることだろう。雲ひとつない空は明るいが。
斜めに入る光を視界に納めながらは天頂付近のまだ細い月をみつけ、指を差す。
太陽と白い月。夕暮れ時とはいえ、同時に見られるのはあまりないことだ。
こういうのが見られるのがは好きなのだろう。
「枝にも葉にも下から光が当たると昼間と全然雰囲気が違うよね」
斜めから光が入るのが好き、とは言った。
普通の人間はあまりそんなことは見ていないのだろうが、ささいな変化の発見を少し楽しそうに瞳を細めている。
「しかし、草は枯れてきたな」
「葉っぱも落ちてきた」
そんなことを言いながら、は足元に視線を移している。
なかなかそこから上がらないのでリオンも見るとこの時期には珍しい「新緑色」がわさわさと生えていた。
ハコベだろうか。他の草よりのびのび活き活きとして──
「……おいしそうな色だな」
「待て」
食い意地の張った発言などそうそうは聞かないので止めつつも内心必要以上に困惑するリオン。
が顔を上げるのを見計らって釘をさす。
「食卓に上げようなどとは思うなよ」
「自分が食べるんじゃなくて、鳥のおやつとしての話だよ」
「……」
紛らわしい。
たまにスタッフの飼育する小鳥など預かるようになってしまったので、あげたいなどと思っているのだろう。
雑草だが、リオンもがそんなときによく摘んでくるのでそれが何なのかを覚えた。
「冬になるとさすがにこういうのも生えなくなるからねぇ…寒くなってきた」
すっかり店の並ぶ中路地は日陰になっている。
いくら歩くとはいえ、薄着だったかとは白い息でもつきそうな顔で大きく吐息すると歩き出す。
かといって、ダウンジャケットなど着込む月でもない。
寒いときは着ている者も出始めているが、今日は晴れだから油断した。
リオンも少し肌寒さを感じながら復路を辿る。
通りを抜けるとすっかり日が落ちていた。
「何かあったかい物が食べたいね」
街のあちこちから夕げの気配が漂ってくる時間が近く、が言う。今ではなく夕飯の話だろう。
「シチューの時期だな」
「食べたいの?」
「食べたいとは言ってない」
リオンが言うと、は今日のメニューについて悩みはじめたようだった。別にシチューでも一向に構わないのだが、自身がいいアイデアと思ったところでそう言われてしまったため微妙な判断をしたのかもしれない。
「つぼ焼きが食べたい」
ひとつ思考が上の段階に行ったらしい。
つぼ焼きとは、パイ生地で蓋をされた器にシチューなどの入ったものである。
嗜好の問題か、ダリルシェイドの中でもそうそう扱っている店はない。寒い国向けのメニューなのだろう。
「が、私の料理の腕では無理な予感」
は料理に関しては、手の込んだものはチャレンジする前に諦める傾向がある。不得意というわけでもないが、脳内でのハードルが高いらしく正直そのあたりの判断基準は良くわからない。
最も、実際菓子類は「作るより買った方が手間がかからずおいしい」という思考回路なので「気が向いたら作る」程度の話なのかもしれない。
「食べに行くか?」
「本日の食材の鮮度が落ちる。……あれってそもそもシチュー作ってパイ生地でふたして焼けばそれっぽいのが出来るのかなぁ…」
脳内で工程表が出来かけている模様。
「ていうか、なんであれは『つぼ焼き』って言われるの?もっとかっこいい名前はないの?」
唐突であるが、確かにつぼ焼きというとなんとなくアクアヴェイルあたりでサザエなどが焼かれているような、ちょっと用いる調味料も違う気がするネーミングだ。
しかし、数少ない専門店もほぼ「つぼ焼き」で浸透している。
「かっこいい名前ってお前…」
「……もっとこう……」
は何故か悩んだ。挙句、言った。
「横文字」
「? 別名ならポットパイあたりじゃないのか? グリヴィーとも言うな」
「! それそれ。さすがリオン」
何が。
「長年の疑問が解決したよ」
つっかえたものがなくなったようなせいせいしたような顔をしている。そんなにずっと疑問だったのか。
「よし、パイ生地を買って帰ろう」
作る気になったらしい。が、パイ生地から作りこむ気はないようだ。
「今日の食材がどうとか言ってなかったか」
「魚だから、シチューに入れるよ。サーモンはそれなりに合うはず」
あとはきのことじゃがいもとー、とは組み込む食材を数えながら歩いていく。
「たまねぎ…は入るかな。あとにんじん必須」
「おい」
「にんじんが入っていないシチューなどシチューではない」
「……彩の問題ならサーモンでクリアしているだろう……?」
そんなことを言ってみても、の脳内の出来上がりバランスは崩せなかった。
それは、リオンのにんじん嫌いも大分、克服されてきた頃のお話。
2017.10.30筆(11.7UP)
ピーマン嫌いは妥協して無理に料理に組み込まないため、克服できてない模様。
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