雪見風呂
雪が降ってきた。
今年の初雪は早い。それは舞うほどで積もるほどではなかったが、とある季節がやってきたことを物語っていた。
「知っているか? スノーフリアに日帰りの温泉施設が出来たらしいぞ」
「そうなの!?」
その季節をリオンが意識していたというわけではない。
そもそもダリルシェイドが冬だからといって、他国が冬であるというわけでもないし、なんとなくの雑談のはずだった。
しかし、 は見事に食いついてきた。
「寒くなると露天風呂とかいいよね。雪見温泉か~……行きたい」
寒いところは苦手であるが、真夏の木陰が心地いいように、冬の温泉は にとって魅力的であるらしい。
「でも行くならアクアヴェイルの方がいいな。スノーフリアは年中冬って感じだし」
しかし、いつ行っても同じような気候であることが魅力を半減させているらしく、一瞬にしてテンションは元に戻った。
温泉といえば四季情緒豊かなアクアヴェイルというのが彼らの定番。宿が「旅館」という特殊な環境も はお気に入りだった。
「……リオン、誘ってくれてるの?」
「なんでそうなるんだ」
こだわりの思考に沈みかけた を黙って観察していると、黙っている自分に気づいて会話に戻ってくる 。見方にもよるだろうが戻り方には若干、問題が見え隠れしている。
「スノーフリアなら船でも近いもんね……」
「すでに行く気満々じゃないか」
「そう見えるの?……じゃ、行こうか」
違ったらしい。やぶ蛇だった。
「お前さっき、年中冬だからいつでもいいようなこと言ってなかったか?」
「リオンが職権乱用でダリルシェイドに日帰り温泉施設作ってくれたら、おとなしくそっちに行くことにする」
「………………作るわけないだろ」
と、いうことで が本気で市民の憩いの施設として掘削を提案する前に、リオンはスノーフリアに連れて行くことにする。
一人で行かせてもいいが、いつ帰ってくるのかわからなくなりそうなのが厄介だ。その点、いつものごとくイクシフォスラーか高速船に便乗すれば日帰りも夢ではない。
が、温泉といえばゆっくりしたいらしく、結局一泊することになった。
午前の内に宿だけ取って、温泉に向かう。
スノーフリアはいつ来ても冬だった。
いや、短いながらに春も夏もあるが、その時期にわざわざ来る用事もないというだけだ。
温泉に入れば、男女は別なのでそのまま自由解散ということにしている。時間を決めてはお互いゆっくり入れないだろう。
そんなわけで、そこそこのんびりしてリオンが宿に戻ったのがちょうど昼ごろ。 は戻ってこないので食事を適当に一人で済ませた。
部屋へ戻って1時間。……2時間。
リオンが「温泉に入って」から3時間半が経過しようとしている。
「……」
まさか、長湯して倒れてるんじゃないだろうな。
さすがにそんなことが脳裏をよぎるに値する時間だ。
のことだから、温泉から出たら一人で町をふらふらはしないだろう。まず戻って合流するはずだ。
そんなことを考え始めたその時……
コンコンコン。ノックの音がした。
「ただいま~」
ガチャリ。
一応お断りの意味なのか律儀にノックしてから扉を開けて帰ってきたのは だった。
はそのままベッドの方へ歩いていくと、ボサリとベッドに倒れこむ。
どこかふらふらとした足取りだった。倒れこんだまま動こうともしない 。何事だ。
「つーかーれーた~」
「……まさか今の今まで風呂に浸かってたのか?」
返事を待つまでもない事態だ。
「出たり入ったりだけど……死にそう」
馬鹿か。
「4時間近くも入っていれば相当に疲れるだろうな」
「……これだけ疲れればよく眠れるかと思ったんだけど」
一体、何のために温泉に入ったのか。
「なんか、寒気するし、頭痛いし、目の奥も痛いような……これは何?」
相変わらずうつぶせに倒れたまま、それは珍しく独り言であろう。
彼女は自らに起こっている異変の観察をつぶさに始めたらしい。
「お前、脱水症状に陥ってるんじゃないのか? 湯冷めにも気をつけろ」
部屋はすでに暖まっているが、ここに来るまでは雪景色の中であるため、結構寒い。
「脱水は気をつけてたからちょこちょこ水飲んでたよ……ミネラル不足?」
こちらへの返答に自問が続いている。
「でもさっき下で塩もらって補給したし……」
本当に何をしているんだ、お前は。
汗をかけば水だけでは確かにミネラルは不足になる。
それと悪寒が繋がらないのだろう。
はまだ考え続けている。
「湯あたりじゃないのか」
「湯あたり……当たったことないから良くわからない」
「そうか、僕もだ」
リオンは水差しから水を注ぐと、自分で飲む。とりあえず、 には必要なさそうだ。
「そもそも湯あたりって気持ち悪くなるイメージがあるけど、気持ち悪くはない……」
「そうか」
リオンはどこか平坦な声音で を眺めやっている。
しかしここで はっとしたように、上体を起こす 。
「もしかして私、お湯に浸かりすぎた!?」
「本当に馬鹿だろ、お前」
「違う。そうじゃない」
「何が違うのか言ってみろ」
聞いてやる、とばかりにリオンは の視線を受ける。
だが、辛いのかコテっと上体を横に倒した。顔はこちらを向いている。
「温まりすぎた、という意味。目の奥が痛いってことは神経が圧迫されてるんだと思う。温まった血管が拡張しすぎている可能性がある」
「見事な推論だが、あくまで推論だな」
「頭痛はそれで起こるって聞いたことがある。寝すぎると頭痛になるのも同じ原因」
は頭痛持ちではないので、今この状況が珍しい事態なのだろう。
いずれにしても
「温泉に浸かりすぎたのは間違いないな」
「その通りです」
諦めたように はまたうつぶせになる。
あまり痛いだの苦しいだの言わない人間なので、割と深刻な事態かもしれない。そうは見えないシチュエーションだが。
うめき声が聞こえてきそうだ。
夜までにはまだ時間がある。
リオンは自分のベッドにかかった毛布を無造作に の上に放ってやる。
「痛み入ります……」
思いやりと解釈されたらしい。
はそこではじめて動きらしい動きを見せて、もぞもぞと毛布に包まった。
とりあえず、自分のベッドにもぐり直したほうが良いのではと思いつつ、リオンは部屋を出て行く。
しばらく。
の頭の上にひたりと冷たい水の入った袋を乗せた。
顔を上げる 。
氷のごつごつした感触はないので氷嚢ではない。
「これで冷やしておけ。ダメならお前の推測ははずれだから温めるなり別の方法を考えろ」
水だけだとぬるいので雪をつっこんできた。雪なら窓の外からいくらでも確保できるので、冷やすにはちょうど良いだろう。
「ありがと」
受け取って、目にあてがっている。
「ちなみに」
リオンはその傍ら、ベッドに腰掛けると腕を組んで を見下ろす。
「湯あたりするやつがたまにいるらしいな。お前の症状に似ているが、そもそも湯あたりは湯治で何日か続けて入った奴が起こすもので、1日で出るのは『湯疲れ』というらしいぞ」
「そうなんだ」
素直にへぇ~と感嘆する 。いつもと逆の立場でリオンはうんちくを続けた。
「のぼせとも違うが、いずれ横になってほてりを冷ますのがいいらしい。悪寒が出ていてもほてっているなら冷やせということだ」
「寒そうだね」
そういって は身体の向きを変える。自分で水袋を頭の横に吊るすようにしてあてがっている。
「温泉に入るのは一日に3回までにしておけということだぞ」
「そっか、さすがに出たり入ったりでも多かったか。ちなみに体重は1kg減ってた」
水分補給をしていたにもかかわらず、1kgも減るというのは異常事態ではないだろうか。
「どうせ水分だからすぐ戻るだろうけど」
「そう思うなら水分を取れ! ……全く本当にお前は」
ここぞとばかりに説教をはじめるリオン。
せっかく温泉に来たというのに、何をやっているのだろう(お互い様)。
「あー少し痛いの引いてきたかな」
抵抗は少なく、どちらかといえばおとなしく聞いていたであろう がそう顔を上げる頃。
リオンも言いたいことを言い切って違う意味でやや清清しい。
外を見ると陽は落ちていた。大分空が暗くなってきている。
「今日はゆっくり寝られるかなぁ」
「そのために己を酷使するのは本末転倒だ」
「わかったってば……正しい入浴法は知ってたつもりだったけど、もうちょっと工夫しないとね」
「工夫するほど長湯をするな」
正しい 温泉の入り方。
1.入浴前後に水分補給をしましょう。
2.かけ湯をしましょう
3.いきなり露天に出ないで、内湯でまずは足先から少しずつ
4.1回あたりの入浴時間は、ぬる湯で長くても30分!
5.上がり湯は簡単に。入浴後は30分以上の休憩を。
注意.入浴回数は1日2~3回を限度とします。 ←超大事。
ダリルシェイドに戻って改めて調べた が、工夫の余地はないと気づく重要な案件だった。
2017.12.15筆(2018.1.17UP)
久々にお気に入りの遠方の温泉施設に行って、4時間岩盤浴と各種風呂に出たり入ったりした結果。
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