文明開化
工兵隊は、変なときに忙しい。
ハロルドの部下となった理由から自由が保障されているかと思いきや、隊長の気まぐれでどーでもいい仕事が舞い込んだりするので、そんな時はみんな一丸となって動くのだ。
何が一丸だって「えー」という気持ちが大体一丸だ。
「イクティノスさん、ハロルドから書類預かってきましたー!」
この時代に来てから、周りの状況が緊迫していることもあって、こんな仕事ですら全員で動いたりする。
「あぁ、ありがとう……」
非合理的な動きなのでイクティノスは訝しそうな顔をするが、事情を知らないので仕方あるまい。
イクティノスは情報将校だ。なので、特に彼のセクションは一般兵にとっても珍しいものが並んでいる。
見慣れないものが並んでいるのか少年たちもまた、用が済んでも物珍しげに部屋を見回していた。
そんなことにつきあうほど暇ではないのだが。
「イクティノスさん、何か手伝うことありますか?」
という名の彼女だけが空気を読んで話しかけてくる。
単独行動でよく手伝いに来たりするので、彼女はすでにここの兵士にも顔が通っている。
「いえ、今のところは……」
「少将、データベースの入力作業が少し手間取っていますが」
「あぁ、そのマ、スペック低いからなー」
部下がそう嘆くが、物資不足の地上軍ではその端末も貴重な一台だ。スペックの低さを一番わかっているのはイクティノスだった。が。
「スペックって何?」
「……」
そこからか。
カイルと言ったいつも彼らの中心にいる金髪の少年が無邪気に聞いてくるので、思わずため息が漏れそうなイクティノス。
部下が答えている。
「スペックって言うのは、マの全体的な性能のこと……だよな?」
慢性的に使う言葉なので、改めて言われると自信がなくなるようだ。
「性能?」
「記憶領域とかメモリとかCPUとか全部ひっくるめて言うことが多いかなぁ」
「メモリって何」
「…………………」
その問いに即答できるものはいない。
イクティノスは淡々と自分の仕事を進めている。
「メモリっていうのは、例えば同時にタスクを進めるときに使われる……」
たどたどしく説明を繰り出している。
確かにメモリはメモリであり、自分たちにとってそれ以上のものでも以下のものでもない。
が、造詣に浅い、あるいは無興味な人間にはそれはやぶへびであろう。
「タスクって」
案の定だった。
しかしもう一人が気を利かせて応用力のある返答を試みている。
「人間に例えると、CPUは脳みそでメモリは記憶する場所って言ったらいいかな」
「「…………………………………」」
自分以外の場所から同意の沈黙が帰ってきたことをイクティノスは敏感に感じ取って、顔を上げた。
今のは情報将校として、彼らの上司として、そしてなにより一個人として聞き捨てならない。
手を止め、だがしかし、イクティノスは返答の修正をその沈黙の主に委ねることにする。
「、貴女はいまの発言に何か思うところがありましたね?」
突然の指名にえっ、と視線が集まる。
「えっと……」
当の本人は言い辛そうだ。
「遠慮はしなくて構いません。発言を訂正してください」
仮にも軍人の前で、それをするのは憚られたのだろう。だが、説明した本人がわかっていないのでイクティノスは容赦なかった。
まるで教室で教師に指されて回答を促された生徒のようには口を開いた。
「身体に例えると、メモリが記憶ならハードディスクはどこへ行くかという話になります。だからCPUは脳、ハードディスクが記憶容量、メモリは考えるときに使われる領域……でしょうか」
考えながらのため、自信はなさそうだ。そのせいか補足する。
「CPUのスペックが高い、というのは頭の回転が速い、に相当し、でも頭の中でいくつもものを考えられない場合はメモリ不足という感じになると思います。メモリが足りないと計算力や記憶する場所が十分あってもあたまがいっぱいになる感じ」
メモリが「記憶する場所」というのも必ずしも間違いではない。が、あくまで一時的な記憶でありどちらかというと作業台に相当することをイクティノスは知っている。
今のは、自分たち用の説明だ。なので、及第点とする。
しかし。
「うー」
「まさしく今のカイルの状態が、メモリ不足で情報が処理できていない……脳みそバーンな状態」
「わかりやすい!」
おぉっ!と銀髪の青年が拳を握っている。
フリーズしている状態というとまさにしっくり来る。
「カイルの場合はCPUも足りてるのか疑問だろ」
謎の仮面をかぶった少年も理解力があるのか、それともはじめからそれなりにこういったことへの知識があるのか呆れたようにそういった。
「酷いよ、ジューダス!」
「それはわかるんだね」
はそう言うが、わかってないのは一緒にいるほかの女性たちも同じようだった。
なぜかこういう分野には女性の方が疎い傾向にあるように思う。
「でも外付けできるという意味ではハードディスクを身体に例えるのは難しい気がする」
「そうですね、資料室と作業机、それから作業をする人間の能力と例えるほうがわかりやすいかもしれません」
今度は部下たちと、からおぉっと得心の反応が返ってきた。
部屋の空気が二分されている。
「まぁそれがわかったところであたしたちが使うわけじゃないからねぇ」
「ハロルドに任せましょう」
苦笑する女性陣の言葉に、カイルとロニのふたりは頷いている。
せっかく説明したのにと部下の一人は若干しょんぼりしている。やはりこの手の分野で好きこそ物の何とやらは否定できない。
仕事に戻ることにする。
「ところで」
手を動かし始めながら背中で聞いてみた。
「、貴女は随分とこういった機器に詳しいようですが、どこから来たのですか」
「………」
なぜか全員に走る緊張。別にプライバシーに触れたかったわけではない。
ので、質問を取り消すのは容易だ。
しかしその前に彼女が答えた。
「ヴァンジェロです」
まぁ、嘘だろう。
ヴァンジェロはこの地上軍拠点からは最も遠いかつての大都市。もはや嘘として確認する術はない。一番近くにあったレアルタなどと答えるより、利口だ。
が、そんな遠方からの移動手段がないに等しい故に、嘘だということも容易に推測できた。
つまり、聞くなということだろう。
「へぇ~随分遠いところから来たんだなぁ」
「紆余曲折ありまして」
「そ、そうなんです! スペランツァとかも経由して!!」
少年がフォローしようと何か言っているので信憑性が逆に出てしまったのが困るところだ。
確かにヴァンジェロからであればスペランツァは避けて通れない場所にある。
しかし、黒髪の少年と銀髪の青年が押さえ込むように彼の口をふさいだのでこの話はここまでだった。
「じゃあ俺たちはここで!」
「お邪魔しました~」
慌しく少年たちは去っていった。
「お前にしては珍しくあっさり嘘をついたな」
ジューダスが部屋を出たところでに言う。
基本的には嘘をつかない。
黙っていることも多いが、それは全員が知っていた。
「嘘じゃないよ。実際ヴァンジェロ通ったじゃない。最初を省いて途中か経過を述べてみた」
「……そういうのをへ理屈というんだぞ」
本当のことも言わない。つまりこういうことは、割と多い。
「でもってイクティノスさん手伝うでしょ? また聞かれたりしないかしら」
「大丈夫だよ。あの人、頭がすごくいいからあれで伝わったはず」
「?」
何かしらのやりとりが、いつあったろうかと首を捻る仲間たちをよそにが先に歩き出す。
ジューダスだけがそれに気づいて、ひそかに小さくため息をついたのだった。
2017.12.28筆(1.25UP)
例によって実話が元。スペックって何?には面喰いました。
昨日はBluetoothもアドミニストレータ(管理者)という言葉も通じなくて、まぁ私もスマホ購入時はBluetoothってなんだろうと思ったから、その後それが何か知るのは興味とか有用性とかの問題なのだろうなと思います。
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