手品とタネ
スノーフリアの町は、いつ来ても白い。
特に観光資源があるわけでもなく、ハイデルベルグへの経路として立ち寄るか、商人のようにこの街自体に用があるか、大体この二択だ。
そして前者であれば、大体が宿で身体を温めることになる。
天気の悪い日であればなおさら外を出歩く理由もなく、暇をもてあます。
カイルたちは旅の途中なので、まさしくそのテンプレ的状況に陥っていた。
が、今日は遥かにマシだ。
旅の手品師とやらが気まぐれに宿のロビーでそれを披露してくれていたのだから。
マシというか、逆にお得な日であったろう。
「すごい! すごいよ、ロニ!!」
アイグレッテ辺りに行けばそういう人はいるのかもしれないが、15になるまでクレスタを出なかったカイルや、未来の整理整頓された世界から来たリアラはそんなものはじめてだったらしい。
さきほどまでジャグリング、そして今は大きな銀のリングを使ったマジックに大興奮で釘付けになっている。
「あのリング、なんで穴開いてないのに繋がるの!?」
「そんなこと俺が知るかよ! だから凄ぇんだろ」
といいながらもロニも笑顔だ。
リアラはひたすら口元に手をあてたまま、本当にわからないというようにそれを見ていた。
手品というのは人を驚きと好奇の極みに誘ってくれる。
さすがにジューダスは静観していたが。
そして、 も静観している。
「なんだ。お前はあぁいうのが好きそうじゃないか」
意外と盛り上がってないな、とジューダスは に声をかける。
の答えは意外だった。
「うん。あれ、ジューダスにも出来るでしょ」
「な……僕はあんなことはしない!」
手品で人を楽しませるエンターテナーなジューダス……確かに想像できないので、そういう意味で言ったわけではない。
「そうじゃなくて。あれはちゃんとタネがあるから、ジューダスは気づいたでしょ?」
そういわれてジューダスは視線を から手品師へ向けた。
一見完全な一本の輪に見えるあのリングには、一箇所切れ目が入っている。
手品師は必ずそこを握って観衆には見せないようにして、他のリングとつなげる時だけそこを通すのだ。
ある意味、ジャグリングもリングマジックも早業であるから、そこは凄いと は素直に思う。
「常に握っている場所があるな。そこに仕掛けがあるんだろ」
『さすが坊ちゃん。いい観察眼ですね』
わずかな違和感にも気づいたのだろう。さすがに剣士だけあって動体視力も良いものを持っている。
ジューダスはシャルティエが声を上げてもたしなめなかった。
カイルたちは最前列で食い入っているが、ジューダスと は控えめに後ろのほうにいるので多少の会話は手品に夢中な観衆には全く聞こえていないのだ。
『でも、 も気づいたんだ。……というか元から知ってた?』
「うん、知ってた」
「お前は本当に知らなくていいことまで知っているな」
知らなくていいことまでというより知らなくていいことほど、という感じがしないでもないと は自分で思う。
「あれと同じものを見たことがあるんだよ。スカーフの色を一瞬で変えるマジックとか、カップに入れたダイスの位置を変えるのもちゃんとタネがあるの知ってるし、手品はまぁ、大体タネも仕掛けもあるよね」
そう言ってしまうと実も蓋もない。
だが、かといって、さめている風でもなかった。
次のマジックが始まると もそちらに注目する。
「あれはわからないなぁ。半分くらい」
『半分はわかるんだ』
コインの瞬間移動だ。おそらく最初から2枚仕込んであるのだろうが、どういう経路で出現させているのかわからないという。
のマジックの見方は驚嘆ではなく「どうやって」を理解するために観察するような感じだとジューダスはその横顔を眺めた。
そして、短い余興は終わる。
それでも暇をもてあましてロビーに集った客たちは満足そうな笑顔を見せていた。
カイルたちも例外ではない。
「面白かった~!」
「凄いわね。どうしたらあんなことができるのかしら」
興奮冷めやらぬ顔で、のどが渇いたらしくそのままロビーの隣にある食堂のような場所で飲み物をもらって、席に落ち着く一行。
「大体タネも仕掛けもあると思うけど、それを悟らせないように平然と振舞う、っていうのが私は凄いと思うな」
「あ~確かに、ばれたらどうしよう、って思ってちゃできねーよな」
「っていうか、あれ仕掛けがあるの!?」
さすがに大人のロニは の発言を理解したようだが、カイルは仕掛け自体を疑おうとしていなかったようだ。まぁそれは正しいマジックの楽しみ方だろう。
疑ってかかっては興ざめする( の楽しみ方はまた別だが)。
と、 がポケットからコインを一枚取り出した。
そして、右手のひらに乗せて見せ、握る。
「?」
左手も握り、両方の拳を下に向ける形で揃えると、一度だけ軽く両手を打ちつけた。
「さて、どっちにコインがあるでしょうか」
「えぇっ! もできるの!?」
「いいから」
そういわれて考え込むカイル。ジューダスには見えていたはずだが、何故か警戒してかすぐに答えはしなかった。
「えっと、こっち?」
リアラは素直に の右手を指差す。すぐに開いて見せる。コインは右にあった。
「変わってねぇ!」
「できるわけないじゃない」
よくあるマジックだが、瞬間移動はわからないのでできない。一般人なら当たり前である。
それを聞いてなんだ~とカイルたちは苦笑する。
「思わせぶりなことをするな」
「できたら楽しいだろうね」
そういいながら はコインを両手で包んだり、指先で転がしてみたりしている。
あはは、と笑いながらジュースを飲むカイルたち。
「でね」
が言った。
「コインはどこへ行ったでしょうか」
が、全員に向かって手のひらを向けた。
「!?」
完全に手放しの状態である。
つい今しがたまで手にしていたのは全員が見ていたし、テーブルの下に手を入れたそぶりもなかった。
コインはなくなっていた。
「何何? どういうこと!!?」
目の前で起こった怪奇現象にカイルが身を乗り出している。
あまりにもナチュラルすぎて全員が驚いていた。
ジューダスですらも。
それはそうだろう。 は手品師ではない。そんなことができるなどとは微塵も思ったことは無かった。
「こういうこと」
しかし、 はあっさりタネを明かした。
右手だけ裏返す。
手の甲側、親指と人差し指の付け根にコインは縦に挟まれていた。
「えぇーーー!!!」
そのシンプルな「手品」にいろんな意味で驚く一同。
「すげぇ……そんな単純なのか……」
「うーん、私も初めて人前でやったけど、ポイントはいかに自然に手を開いて見せるかだね」
カイルとリアラがぽかーんとしてしまっている。
「この場所以外だと不自然に指が閉じるからダメなんだ。かつ親指にもできるだけ力を入れないっていうのが難しかった」
過去形になっているあたり、脳内でリプレイをしているのだろう。
「本当に お前は どうして余計なことばかり」
無駄にというべきかなぜかというべきかジューダスが若干お怒りだ。
「でも も十分平然としてたと思うけど……」
先ほど自分には無理のようなことを言っていたはずなので、リアラが感心したように言っている。
「いや? 手遊びしててできなそうならやらなかったけど、何かうまく挟めたから」
つまり、余裕に見えてそうでもなく、一人で試行錯誤をしてみた結果らしい。
「あぁ、確かにお前はそういうところがあるな」
納得のジューダス。
「他には!? どんなタネがあるの!!?」
カイルが好奇心の塊になっている。確かにこの手の手品にこどもは素直に食いつきやすい。
「後は知らないよ。これだって、見ていて私が勝手に解釈したことでいろいろ方法はあるだろうし……あ、でも二度目に見せる必要がないなら袖口とかポケットに落とすのはよくあるみたいだよ」
「へぇ~」
「しかし、一度では看破できないだろう。お前はコインマジックのタネがわかるまで大道芸人を見ていたのか」
それは素朴な疑問だが、ロニたちも気になったようだった。
「違うよ。私の……よく知ってる人が客人の子どもによくやってみせてたから。でも私にはやってくれなかったから、自分で観察してみた」
「え、なんでやってくれなかったの?」
「さぁ? 近しい人だから客人とじゃ対応が違うんじゃないの」
さして気にも留めていないように 。
プライバシーにかかわることを話すのはとても珍しいことだ。必然的に疑問を口にするリアラ。
「近しい人って…ひょっとして家族、とか」
「 のお父さんとかお母さん!?」
「……」
微妙な間があった。
「カイル、家族って血が繋がっている人だけを言うの? ロニはカイルと血が繋がってないから家族じゃないの?」
「え、そ、そんなことないよ!」
「カイルは俺にとっても大事な家族だぜ!」
煙に巻いている。
「ちなみにトランプがあれば別ルートで仕入れたマジックをお試しで披露できるよ」
「何それ、見たい!」
その瞬間、話は直角に逸れた。
別ルートで、ということは 自身が手品に興味を持って調べでもしたのだろう。ジューダスはなんとなく理解する。
そして、冒頭で述べたように娯楽施設や観光資源のないこの街の宿には、暇つぶし用にボードゲームなどが置いてあった。もちろんトランプも標準装備だ。
「持って来たぜ」
ロニが嬉々としてそれを手渡す。
がシャッフルを始めた。特に手馴れているという風でもない。まぁ普通の手つきだ。
が、それを左腕の上に一列にスライドさせ、手のひらを返すと一気に裏返……らなかった。
「……難しいな」
「お前、それができたら本当にカードマジシャンになれるぞ」
滑りのいいカードで慣れると、ドミノ倒しのように裏返るので芸術的な技だ。
残念ながら半分裏返らずにばらばらになったカードを、テーブルの上に広げてシャッフルする。
「カイルたちも混ぜていいよ」
事前に仕込がないことを確認させるように切らせ、最後はリアラにまとめてもらった。
「じゃあ一番上のカードを覚えておいてね。私は見ないから」
そして はカードをめくって見せる。ダイヤのクイーンだ。
ジューダス以外の3人は身を乗り出すようにしてそれを確認する。そんなに真剣に見たところで絵柄が変わるわけではないのだが。
はそれを一旦デッキに戻して整え、一番上のカードを裏にしたまま適当な場所に入れた。
場所は真ん中より少し下くらいだろうか。
そして、デッキをトントントンと3回指先でたたく。
「いいかな」
「うん……!」
なんだかわからないけど、緊張の一瞬。
が一番上のカードを取り出し、確認して
「ダイヤのクイーン」
4人にその面を見せた。
「えーーー!!!?」
「どうして!?」
確かにデッキの間に入れたのに、一番上に瞬間移動した。ギャラリーからはそう見える。
そして はクイーンを戻すと再びデッキを切り出した。
その間も、場はちょっとした混乱に陥っている。どういう仕掛けなのかをあぁでもないこうでもないと言っている間に はデッキをトントンと整える。
「じゃ、今度はみんなで一枚選んで?」
なぜかドキドキしながら軽く広げられた中から代表して1枚引くカイル。
3人はカイルを中心に肩を寄せ合うようにしてそれを凝視している。ジューダスはちょっとどうでもよくなってきたのか、そこには加わらない。
そして は今度はカイルに自分でカードをデッキの中に入れさせた。
「あんまり見られてるとやりづらいんですけど……」
まぁプロなら動じないプレッシャーだろうが、 はものすごくやりづらそうな顔をした。
「だって……」
「ねぇ?」
顔を見合わせたところで は再びシャッフルを始めた。それから、テーブルに半円状にスライドして広げようとして、一瞬止まる。デッキのどちらを表に広げるのか考えたらしかった。
結果。
「……1枚だけ裏返ってるけど……」
並ぶ数字。絵柄のランダムなカード。その中に一枚だけ、何もしていないのに裏返っているカードがある。
まさか、という顔をするロニにそのカードを引かせた。裏返す。
「……っ!!!」
「なんで!!?」
当たったらしい。
「私、マジックとかするのはじめてなんだけど、これ面白いね」
もともとサプライズ好きな には、相手がはまってさえくれればそれはとても楽しい余興であろう。カイルたちには看破する力がないことがわかったのでちょっと自信が出たようだ。
余計な自信である。
ちなみに今回、ジューダスはギャラリーに加わらず の手元を見ていたのでタネがわかっていた。
は3人がカードを凝視している間に一番下のカードを裏返し、デッキを逆さにした。あたかも正位置のデッキにカードを戻したようだが、その時点ですでに2枚だけ裏返っていることになる。一番上で裏返っている1枚と、カイルが差し込んだ1枚だ。
あとは、最後に自分で裏返した1枚を戻し、広げるだけでこうなる。
見られてるとやりづらい、というのは最後の作業をそこでしなければならないからだ。が、そういうことで見事にカイルたちの気はカードから逸れた。
ある意味、手さばきだけでなく心理的な誘導も必要なのだな、などとジューダスは内心感心してしまった。
しかし、そうすると1回目のタネはなんなのか。
ジューダスは考える。……おそらく、 がコインマジックについて自分で観察してタネを発見した時のように。
「もう一回!もう一回やって!」
「……あとは知らないよ。数字を当てるのがあったけど、計算方法忘れたし」
「計算方法!!?」
カードマジックとは縁がなさそうな言葉が出てきたので思わず復唱しているカイルたち。
もうさっぱり訳がわからないだろう。
「 、最初のタネを教えろ」
ジューダスが言うと が楽しそうな顔をした。
悔しいが、こうやって翻弄される人間を見るのが楽しいのであろう。……マジシャンとはそういう職業であったろうか。(趣味であるならそうかもしれない)
「教えないって言ったら?」
「気になるよー!」
「最初のタネ……ってことは、今のはわかったのか? ジューダス」
ロニが聞いた。
「あぁ。僕はお前らと違って、何度も騙される馬鹿じゃないからな」
「酷っ!」
簡単なマジックなら裏側に回って手元を見ていれば、大体タネはわかるであろうことをジューダスは理解した。
「ジューダス、2回目参加してなかったもんね。手品って片っぽで注目させておいて、もう片手で操作するパターンが多いから、注目させたがらないところ見てるとわかることもあるよ」
「俺にはさっぱりわからん!」
「もう一回!もう一回!」
ものすごい暇つぶしになっているなと思いつつ。
「嫌だよ。凝視されながらやるとか無理」
あくまで不意打ちのゲームに近い感覚らしい。
「じゃあネタをばらせ」
この異様な盛り上がりを収束させるのはそれが一番だと思ったのか、 は1度目の瞬間移動の方法を教えてくれた。
「簡単だよ。デッキの2枚目を見せたの。で、1枚目を適当なところに挟めば、当然……」
「見た2枚目のが一番上に来る!!」
単純すぎる。
知ってしまうと、理解することにはまりそうになったジューダスは膝を折りたくなった。
「それなら私にも出来そう!」
「出来ると思うよ」
というか聖女の力使えばタネも仕掛けもないマジックは簡単に出来ると思う。と、 は思ったが言わなかった。
「よっし、孤児院に戻ったらやってみようぜ!」
「まぁ、うまくいけばウケるだろうね」
たくさんの子どもに囲まれ、一度目は成功するが調子に乗って2回やって、裏に回った子どもに見破られる未来が見えた。こういうのは引き際が肝心なのだ。多分。
思いのほか充実した時間を送って、その後は解散。暖炉の前や、部屋に戻ってそれぞれがくつろいでいる。
「コインマジックをしていたその人は、言っていた」
ジューダスと二人になると手品の奥深さ(?)について語っていた がおもむろにそういった。
「子どもを相手にすると見せかけて、その実、大人の方がくいついてくる様が面白いんだって」
「……………」
お前、それ血縁者だろ。
深入りはしないまでも、なんとなく関係性について確信を持ってしまったジューダスであった。
2018.1.17筆(2.14UP)
テレビで、昔うちで見かけた道具(リング)を使ったマジックショーをやっていて、ゲスト様方が驚きまくっていたのがきっかけでできた話。
父は器用な人でした(でも道具一式使ってるの見たことなかった)。ちなみに私は精神的に不器用なので理屈はわかっても実践は多分無理です。
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