ミニゲーム
リオンの執務室において「リオンがパストを慰める事件」が起こったその日(とある日のブログ参照)。
仕事が終わって、いつもどおり夕飯を済ませ、リオンは紅茶など飲んでいる。
「ねぇリオン」
自分のカップは放っておいて部屋でなにやらしていた シンが顔を覗かせた。
「?」
「……」
「なんだ」
「やっぱりいいや」
そう言って、何事もなかったかのようにリビングに戻ってきてソファに腰かけカップを持ち上げる。リオンも一口飲んだ、その時。
「しりとりしない?」
「……っ!!」
思いっきりむせこむリオン。昨日の今日の話題で、しかもタイミングを考えると「こいつ、わざと言っただろ」ということになるが真相は不明だ。
ともあれリオンにしてみると、今はしたくない遊びである。
「嫌だ」
大丈夫?とかけられた言葉もそっちのけでそっぽを向いて答える。
シンが品のない単語を臆面なく出すとは思えないが、やりたくないものはやりたくない。
「大体なんでしりとりなんだ」
「暇だから」
「……」
まぁ理由は単純明快だ。
「大体、しりとりなんて面白くもないだろう」
「リオンなら語彙が豊富だから同じ言葉ループさせても続くかなって」
「難易度を上げるな。それとゲームとはいえ先に手の内を明かすのは感心しない」
実は シンはやはり本日の出来事について知っていた。
パストが笑顔満面でわざわざ報告してくれたためである。彼からすると「励まされた」のは奇跡的な出来事なのである。真実は励ましの言葉ではなかったわけではないが。
ともあれ、そんなわけでリオンがどんな反応をするのか見たかっただけで、 シンとしてはもう満足だ。
大体、勤務終了後の貴重な夜の数時間を「ひまひまひま」と言いながら過ごすほど、無趣味でもない。
そんな シンの心中など知る由もないリオンに、 シンは提案をした。
「じゃあトランプしない?」
「ババ抜きか? 七並べか? 正直、おもしろくなさそうだぞ」
それはカイルたちと旅をした時、よくやっていた類のファミリー向けな簡単なものだ。
トランプゲームはそれなりに相手が必要なので、リオンはあまりトランプで遊んだことがない。
「2人でできるやつだと、リオンならポーカーとかブラックジャックとかもあるけど」
一気にレベルが跳ね上がった。その二つはよく賭け事で使われるが、頭脳戦となるためあのパーティでは無理だった。やったことはあるが無理だった(大事なことなので、二度言った)。
ちなみに大貧民(大富豪)は大人数であったこともあり、盛り上がった思い出がある。
「『スピード』がやりたいな」
「スピード?」
聞いたことがないゲームだった。もっともリオンは遊びに詳しいわけではないのでそれが一般的なものかどうかはわからない。
「ルールは割と簡単だからいますぐ始められるよ。待っててね」
そう言って、なぜかやったこともないのに シンは部屋にカードを常駐させていたらしく、トランプを1デッキ持って来た。
ところでご存知だろうか。人間というのは始めに大きなお願いをしてから本題の小さめのお願いをすると、聞いてもらいやすくなる。
……今のリオンがそこにはまったのかどうかは、追求しないことにする。
シンは適当にシャッフルを始めた。そしてそれを二つに分け、一方をリオンのほうに置く。
「これがリオンの手札ね。その中から4枚を表にして自分の前に置くの」
自分の前に4枚並べて見せて、残りは裏にしたまま シンは自分の右手側に置いた。
リオンも習う。
「で、この裏返っている自分のデッキから1,2,3で1枚真ん中に出す。それぞれ出した2枚が台札になる」
出ている札はハートの4とスペードの7だ。
「そしたら自分の4枚のカードから、これと前後に繋がる数字を重ねておいていく。出した分のカードは山から補充して、お互い出せるカードがなくなったらまた一緒に札を山から真ん中に出す」
つまり今の状況なら3か5、6か8のカードを出すということになる。
シンはハートの4の上にスペードの5を重ねた。種類は関係ないらしい。
そして裏返っている山から1枚補充して4枚。今、8が出たので7の上に重ねる。
「この繰り返しで早く持ち札がなくなったほうが勝ち。……シンプルでしょ?」
要するに数字を続けて乗せて早くなくなった方が勝ち。子どもでも十分理解できるレベルのルールだ。
「随分簡単だな」
「そうだね」
なぜか シンはふふふと意味深な笑みを浮かべている。
「ローカルルールだけど、KとAはつなげてもOK。ダイヤとかスペードとか種類も無視してOK。質問ある?」
「質問をするほど深いルールじゃないだろ。……というか、なんでお前は嬉しそうなんだ」
だんだん楽しそうな顔になっている シンに思わず聞くリオン。
「私、このゲーム好きなんだけどあんまりやってくれる人がいないんだよね」
まぁカードゲーム=大勢集まる時にやる=2人仕様のゲームはお呼び出ないのだろう。
「わかった。ちょっと遊んでやる」
「ありがとう。でもリオンが初心者だからって手加減しないよ」
「……」
珍しくやる気満々な シンを前にリオンは本当に「ちょっと遊んで」やる程度の気持ちでカードに向かう。
「むしろコツをつかまれる前に勝ってみせる」
「お前という奴は……」
とたんに真顔になった シンにため息をつきながらリオン。
が、ゲームが始まるとその意味をリオンは嫌というほど思い知ることになる。
「1,2,3」
台札が出される。9とQ。
つまり出すべきカードは8,10もしくはJ、Kということにな……
タスっ
軽い音がして シンが8を出した。出すべき数字がずれる。
すかさず シンは自分の山からカードをめくり…
タスタスタス
「……っ」
7、6、Jと連続で置いていく。
そこで シンの動きは止まった。
リオンは10、5と出したところで終わった。
これは……
「じゃ、次。1,2,3」
カードは3、A。
タスっ
「2」が出される、リオンが「3」で戻る。
補充したカードで シンが「K」を出し、更に続けて「Q、K」、2枚札を足し「4,5」……
本気にならないと殺られる------……!
考えなくても非常に単純なゲームなのだが、単純だからこその落とし穴が待ち構えていた。
そもそもが、カードを先に出した方が有利だ。
なにせ出すカードを決めた瞬間に次のカードを手札から探せるのだから。
なければすかさず補充する行動に出て、より迅速に次のカードへつなぐ。
後手に回ることは、敗北を意味していた。
タスタスタスタス
沈黙の空間にカードがすべる音だけが聞こえる。
「はい、ラスト1枚。あがり!」
リオンが割と本気になってきたところでゲームは終了した。
結果。リオン惨敗。
「…………」
なんだろうか、この久々に味わった屈辱感は。
たかがカードゲームごときなのにものすごく悔しい。
じりじりと怒りにも似た何かが浮かび上がってきそうになりながらリオンは瞳を細めると言った。
「まさか勝ち逃げするつもりじゃないだろうな?」
「そんなことして何が楽しいんだ……」
「コツを掴む前に勝つと言っただろう!」
「リオンを負かせる機会はあまりないから、それはそれで楽しいそうだなと思っただけで、真剣勝負も楽しいよ」
こいつは……#
しかし、自身の思惑とは裏腹にがっつりハマっているリオン。
否、このゲームは真剣にならざるを得ない仕組みなのだ。
シンは頭脳戦も得意だろうが、このゲームは集中力と名の通りスピードを要する。
ある意味、無心で「遊べる」という意味でてきめんに楽しいであろう。
そういう人間に対して、手を抜くことは連敗・惨敗を意味する。
それはさすがにプライドが許さない。
「次を配れ」
「やったー」
遊んでもらっていることが嬉しいらしい。説明時は平常心であったくせに無邪気にもほどがある。
そして……
リオンは2回ほど負け続けた。が、さすがにそれを越えるころにはコツを掴んでいい勝負になった。
無心で、しかも無言で二人はカードを眺め、手はそれとは別に動くようになっている。
5回戦ほどしただろうか。二人は一息つくことにする。
「久々にやったよ。これ、無心になれるから終わると清清しいんだよね」
禅の世界だろうか。なんでもいい。
それにこの感じはリオンも知らないでもなかった。
「ちょっと剣の訓練とかスポーツに似てない?」
「むしろある意味スポーツだろ」
やりたがらない人間がいるのがわかった。ダメな人間はこれは全くダメだろう。
『スピード』。これほど内容に合致したカードゲームがあるだろうか。
室内で、しかも卓上で繰り広げられるスポーツというのはある意味、希少だ。
それがどこの家にもありそうな、ご家庭用のトランプを使ってできるのだ。
それから時折、二人はこのゲームに興じるようになる。
「真剣勝負」。
そんな日は、日常ではなかなか味わうことが無くなったそれが、ひっそりと館の一角で繰り広げられることとなった。
2018.1.22筆(3.19UP)
誰かスピードで遊んでください。
(アプリは1つ制覇してしまった…)
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