スノトレ
ダリルシェイドは内湾に面しており、比較的温暖だ。
同じ湾を挟んで南にあるクレスタも同じような気候で、雪もさほど降ることはない。
なので、年に数回降ったりすると、こどもたちはむしろ喜ぶ。
例年にない寒波が、その夜、訪れていた。
幸か不幸か、……どちらかというと不の方だろう。その日、リオンと はクレスタに泊まっていた。
「珍しいね、こんなに積もるなんて」
久々の小旅行で惰眠を貪っていた二人はそうして、翌朝早々にこどもたちのはしゃぐ声で叩き起こされることになる。
「……」
仕事を離れてゆっくり眠れると思っていたリオンは若干不機嫌そうな目覚めだ。
宿のベッドの上で上半身だけ起こして、片手を顔にあてがっている。
がカーテンを開けたので急にひんやりとした寒気が窓の方から流れてきた。
きゃあきゃあと騒ぐ声はちょうど宿の前あたりにたむろっている。
仕方なしに起きて外を見ると、一晩で意外なほど積もっていた。
「ブーツでないと歩けないくらい積もったかな」
よく晴れているので、雪の白と空の青のコントラストがまぶしい。
今日もデュナミス孤児院へ顔を出す予定だったので、朝食を終えて太陽が少し高くなるのを待って、ゆっくり二人は宿を出た。
孤児院に居っぱなしになると逆に疲労が溜まってくるので(理由はお察しください)、こうして泊まる時はふらふらと自由行動をしていることが多い。
広い街ではないが、ダリルシェイドにはないのどかさという趣はあるので気分転換くらいにはなるのだ。
大体泊まりの時はヒューゴの墓参りをしたり、ラグナ遺跡へ行ってみるのが の定番のコースだ。
意外かも知れないが、こどもたちと遊ぶこともある。
こどもを遊ばせるのではなく、自分の暇つぶしに自分が遊んでいるという感じだ。
「リオンさん、 さんおはようございます!」
「はよーございます!」
庭先で遊んでいたロニがまっさきに二人を見つけて言うと、小さな子どもたちが習って挨拶をする。
ロニだけ飛び抜けて年上なので、もうすでに他の子どもの面倒を見てやっているというのが正しいかもしれない。
「おはよう、ふたりとも!」
「おはよう、スタン」
日が昇ってもう結構立っているせいか、朝のあいさつが元気なスタン。
孤児院の庭も雪で覆われていて、こどもたちは犬は喜び…の状態になっていた。
「顔を出しては見たものの……特にすることがないなら僕は宿に戻るぞ」
「えっ何で!?」
「このままここにいたら雪害に遭うことがわかりきっているからだ」
すでに雪の玉が飛び交っているのでわからないでもない。
「猫はコタツで丸くなる……?」
「何の話だ」
はなんといったらよいかわからない顔でリオンを見上げて呟いている。
「それに、ここでこれだとダリルシェイドも雪だな。交通網がやられていることを考えると頭が痛い」
「職業病」
さらりといわれて一瞬だけむっとした顔をするリオン。
確かに休みに来ているのだから、そんなことは考えない方がいいとは思う。
「すぐに溶けるよ。凍るかもしれないけど」
それはそれで転倒してけが人が続出しそうな事態である。
「リオン、せっかくだから雪景色を楽しんで来ない?」
「どうやって」
「散歩に行こうよ」
の提案は至極、まともで単純だった。
「あぁ、これだけ積もるのは珍しいもんな。歩いてみるのも楽しいかも!」
スタンは飛び乗られた子どもを肩車しながら笑顔で右手を他の子どもにひっぱられている。
……体力勝負な経営だな。
一緒に行くのはないと思いながら、 はどうも二人で、という意味のようなので気を取り直して乗ることにした。
「あっ! 俺も行きたいです」
まだ小さなカイルと手をつないだロニが手を挙げている。
「オレも~」
その一人称はロニの真似なのか、それとももう確立されているものなのか、カイルがほにゃららとした顔で笑った。
「じゃあ俺……」
「お前はここでその他大勢の子どもの面倒を見ていろ」
これ以上、増えると大変なのでリオンはその前にぴしゃりと線引きをする。
二人にとってもカイルとロニは特別だ。
他の子どもほど他人と言う気もしないし、連れて行くことにする。
「じゃ、行って来るね」
残りはスタンに任せて が歩き出し、並ぶリオンの後ろにロニが駆け寄るようについてくる。
「散歩って、どこまで行くの?」
カイルが聞いてきた。カイルは今年で五歳だったか。まだ色々がたどたどしい。
「どこまでというか、スノートレッキングでもしてみようか」
「……それは『散歩』ではないだろう!」
その意味するところを悟り、リオンが止めようとする。
街中では限度がある。下手をするとラグナ遺跡まで行きそうな予感がする。
「ラグナ遺跡に行ったらきっと、いろんな動物とかモンスターの足跡がたくさんあるんだろうなー」
「……」
早速予感が当たった。
「足跡!?」
「ダメだ。カイルはまだこれだけ小さいんだぞ。万一があっては困る」
ロニも13歳くらいなので、まだ「俺が守ります!」とは言えない年だ。
万一と聞いてちょっとだけ不安そうな顔をしたが、カイルは純粋に嬉しそうだった。
「じゃあ東の林の方ね。あそこなら街中だし、いいでしょ?」
そちらは海に面した崖になっているため、まぁ魔物はほとんど入ってこられない。
人も行くことはないので、スノートレッキングと散歩、両方の範疇に入るであろう。
それならとぱっと表情を明るくしたロニに は言った。
「ロニ、足跡がなかったらつまらないだろうから、その時はリオンが雪合戦の相手してくれるよ」
「ホントですか!?」
「もし雪球が飛んできたらその時僕は躊躇なくお前を盾にしてやるからな」
ロニが更に喜んでなにやらやる気になっているらしいが、それは純粋に「リオンが遊んでくれる」ということに対してであろう。
決して、「ジューダスに当ててやりたい」的なものではないと思いたい。
そんなことを話しながら林へ到達。
その頃、散歩の範疇と思っていたリオンは自分の認識が甘かったことを知った。
二十センチほど積もった新雪は、歩くにはけっこう体力がいる。
今はずぼずぼと音が聞こえそうな勢いで、カイルとロニはその感触を楽しんでいる。
もだ。
めったにここまで降らないからまぁ、いいだろう。
いいのだが、自分がそれを強行には意味がわからなくなっていた。
「あっ! 足跡」
カイルが茂みの向こうから現れているそれに気づいて指差した。
「ほんとだ。なんだろ、犬っぽい……?」
比較的はっきりついたそれを見ながら、首を捻る。こんなところに犬は来ない。
だが、肉球に爪の跡までしっかりと。
猫ではないそれは確かにそれは犬のものに似ていた。
「たぶん、キツネかな」
「なぜわかるんだ?」
純粋なリオンの疑問。
「キツネとタヌキの足跡は犬に似てるんだけど、キツネはまっすぐ一列に跡がつくんだって」
「……」
いつ仕入れた知識だろう。
今更だが、それは普通、然るべきところへ行ってみないと覚えられないことではないだろうか。
そんなふうに思っていると、ロニがそれを聞いた。
「 さんはそういうの、どこで覚えてくるんですか?」
「これはねーファンダリアを旅した時に、ティルソの森でみかけて気になってたからあとで調べたの」
それはいつの話だ。
「へぇ~じゃあスタンさんたちと旅をした時ですか」
「父さんと?」
「ファンダリアはどこ行っても雪だらけだからね」
そんな余裕はなかったと思うが。
『18年後』かもしれないと思い至ってリオンはその疑問を打ち切った。
「タヌキは違うんだ」
「キツネは足が長いから前足の跡を後ろ足で踏むんだけど、タヌキは足が短いから届かないんだって」
「泣ける!」
笑える、じゃないのか。
ロニの立ち位置はこの頃には形成され始めていたらしいとどうでもいいことを思うリオン。
カイルは足の短いタヌキと言う言葉がツボに入ったらしくなぜか笑いが止まらない。
「これは? これは!?」
「今の話だとタヌキっぽいな~」
「タヌキだね」
たどっていくと、他の足跡が現れる。
三点ワンセットだ。一歩二歩ジャンプ。と言う感じで足跡が続いている。
これはなんとなくリオンにもわかった。
「? ?」
点々と続くのが普通なので、不思議と言えば不思議でちびカイルたちは首を捻っている。
「うさぎだろ」
「あっ!」
わかってしまうと想像に易い。
あとは鳥の足跡がちらほらと。大きいのや小さいの、それだけなら孤児院の周りでも見られるだろうが、おそらく気をつけて見ていないと気づかないものなのだろう。
二人は大興奮でどちらが先に新しい足跡を見つけるか競い合っている。
「……」
ふっと立ち止まって、顔を上げる 。
「どうした」
「春の気配がした」
何気に言われたが、それをこの真っ白な空間で言われるとどこら辺がと問いたくなる。
頬に当たる風は、はっきりいって冷たい。
「過去形なのか」
「今は感じない」
「……その言い方はまるで何かいるような感じだが」
何かファンタジーな感覚のようだが、無論、 はそこで終わるわけがない。
「陽がすごく柔らかいし、それで濡れた幹の水分が蒸発して香ったのかな。ふわってあったかい感じがした」
確かに揮発すれば、精油のように香ることもあるだろう。
風の流れと陽のあたり方もあって、スポット的に感じる場所があったということか。
「なになに?」
「いや、春も近いねって話」
今が厳冬期ということは、次に訪れるのは当然春だ。
小春日和も心地よいが、まぁたまには冬らしい冬の一日も良いだろう。
リオンは、黒々とした細い枝の向こうに、大きな鳥が舞うのを見上げながら久々に大きく息をついた。
2018.1.31筆(3.22UP)
執筆当時、都内は連日氷点下。ダリルシェイドはきっとこの時、そんな感じ。
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