静かの春
春の日差しが肩を温めてくれるような日が、徐々に増えている。
冬場はそれが差し込んで日向になっていた場所は大分、窓際に引いていたが、これから暑くなる事を考えれば、合理的な動きだろう。
風も穏やかで、とても静かな休日だった。
「静かだね」
風もなく暖かな日、窓を少しあけてあるが時折頬をなでるそれは、ほんのりと柔らかさを運んでくる。
「そうだな」
そんな会話を交わして、静か~に休日を過ごすリオンと 。
うってつけの読書日和だ。
花々はまだ爛漫と言うほどではないが、木々はつぼみを持ちはじめ、冬特有の鋭利な枝の影が柔らかくなっている。
無論、そんな些細な変化をリオンが見ているわけもなく、それは が教えてくれたことだ。
はっきりいってリオンは見上げてみても違いが分からないような状態だが。
グラデーションに染まった紺色の空に細い枝が細かいシルエットを描く。
はその冴えるような空気の中にあるシャープな風景を好んでいた。
そして、春を迎えつつある今日この頃。
「今年はじめて思ったんだけど」
がぽつ、と呟いた。
「なんか春が来るって寂しい」
「? ……普通は『春が来ると花も咲いてにぎやか』ではないのか?」
枯れ木も山の賑わい、という言葉もある。
枯れ木すらも賑わいになるほど山々も寂しくなると言うことだ。
の言っていることはそれとは真逆だった。
「私もそう思ってた。春が来ると、いろんな色があふれて花も咲いて、心なし街の人たちも浮き足立つような、高じて変態までもが現れるような」
それはいらない。
「でも、本当に静かでしょう? 今日は特別風もないせいもあるかもだし、雪や雨が降る音もおろか、鳥の声もしない」
「……」
そういわれてリオンは外の音に感覚を向けてみた。
広い屋敷の敷地の向こうからは「聞こえる」というほど雑踏の音などは入ってこない。風の音がしないと言うことはそれだけ穏やかな日であるということであるが、確かに鳥の声は一声もしていないことに気づいた。
「今冬は、野鳥が多いルートを散歩してたんだけどある日、一斉にいつもみかける群れがいなくなっていてね。どこへ行ったのかなと思ったんだけど、小さな子たちものきなみいなくなっていることに気づいたの」
『子』という言葉を使うあたり、 にとって愛玩動物ではないが、存在を愛でていることは伝わった。
「渡り鳥か里に下りてくるタイプの鳥が、春になって去っていったと言うわけか」
「静かなのはこれはこれで落ち着くんだけど、ずっとたくさんいた子たちがみんないなくなったことに気づいたら寂しいなって……」
珍しい。その感想を素直にリオンは口にした。
「お前が寂しいなんて珍しいな」
「いつもいた鳥たちが去ったと思うと寂しい。人間はいなくても寂しくないんだけど」
暗に群れるのは嫌いだと告げている。
とりあえずそこには触れずに、続ける。
「すぐに花も咲くだろうし、賑やかになるだろ。春や夏になったらやってくるヤツもいるんじゃないのか」
今は春の気配は確かにしてきたが、まだ春というほど春でもない。
冬の者が去り、春の者が訪れるにはちょうど合間の季節に当たるのだろう。
「桜が咲いたら、メジロが来るかな」
「なんだ、そのメジロというのは」
リオンの指摘に は思い当たる節があるのか少ししゅんとして見えた顔を一転して明るくした。
リオンは鳥の種類など詳しくない。というか、たいていの人間はそうだろう。
「メジロは名前の通り、アイリング……目の周りが白いうぐいす色の小鳥だよ。花の蜜が好きだから桜が咲くとよくみかけるかな」
「……」
ダリルシェイドに済んで、二十年近く。見た覚えがないのは無興味の賜物か。
「他にも不自然に花が落ちてきた時は大体鳥が上にいるし、普通にヒヨドリも桜が好き」
「初夏になればツバメも来るだろ」
とりあえず、知っている鳥の名前を言ってみる。
「そうだねーきっと今はちょうど境目なんだね。海鳥はあんまりよく見てなかったし、今年はそっちも見てみよう」
どうやら今年の散歩コースが の脳内に出来上がりそうだ。
「そう考えると、この静けさも貴重だぞ。もうすぐ賑やかになると考えればな」
全くその通りだと は落ち着いた表情で、手元で開きっぱなしだった本を閉じた。
カーテンが音もなく揺れる。
春の気配をはらんだ風は無音のまま、頬をなでる。
「街には桜色のアレコレがふえる時期だね」
「なんだあれこれとは」
「お茶もそうだし、スイーツも」
今日は天気がいいから、久しぶりに目的もなく街を歩いてみようかと言う 。
読書ばかりしていては体がなまる。
陽気に誘われるように、まだ春と冬のコートが混在するポールハンガーから薄い方を手にして、ふたりは部屋を出ることにした。
なんでもない一日。
しかし、春へと向かうとても穏やかな一日だった。
2018.3.22筆(6.26UP)
32年ぶりに東京はこの時期に雪。
冬の小鳥の声はたまーにまだします。
逆に、置いていかれてない?大丈夫?と思ってしまう今日この頃…
追記:ていうか、UPしたの6月26日だよ!もう夏だよ!!
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