Citron -シトロン-
時々…DRP(ダリルシェイド復興拠点)では、不定期に大掛かりな清掃などの作業日が設定される。
基本、部屋の清掃などは各自にゆだねられるが、オベロン社総帥であったヒューゴの屋敷であるから、建材や調度品は高級品で素人が、しかも掃除好きではない人間が適当な扱いをしたら大変なことになるものが多い。
庭も広大で、誰も手入れをしないと荒れ果てるのでそういったことを防ぐための作業日ともいえる。
ヒューゴが住まっていた時は個人の邸宅であった故に、ガーデナーもいたし清掃はプロのメイドがやっていたことを考えると維持管理も定着させないと宝の持ち腐れになるだろう。
なので、そんな作業の日はよくマリアンも指導的な立場で手伝いに来てくれていた。
……今回は、その話は関係ない。
今日はただの、庭の手入れだった。
しばらく放っておいたら伸び放題になってしまった裏庭の草を刈ったり、花のある所は有志が手入れをしているのであまり手は必要としないが、ともかく除草・剪定・石拾いなどがメインの作業だった。
ちなみに、花は手入れした人間が、支障ない程度には持ち帰っていいという扱いを導入したところ割とまめに手入れされており、エントランスまでの道のりは復興前とあまり変わらない。
そんな不可思議な扱いを導入したのはもちろんである。
有志=ボランティアといっても、恒常的に続けるには釣るものがなければ釣れないのだ。
珍しい花もあるから、ガーデニング作業や花の好きな人間が見事に釣れた。
お互いの利害が一致しているのだから、まったく構わないだろう。
だが、花もあまりない場所はやはり管理する人間を決めておかないと、こうして作業が必要になるのだ。
・・・・・・
作業終了後。
季節は初秋に入ったところだ。
時々陽射しが強い日もまだあるが、雨が多くなってきて風も涼しくなってきた。
作業日和の心地よい風の中、リオンは解散していく面々をなんとなく見渡している。
彼は主に表側を取り仕切っていたが、別の場所にいたらしいが玄関に向かって横切った。
「」
珍しく呼び止めたのは、がその手に刈られたばかりの葉を手にしていたからだ。
その辺に生えると割と面倒なカヤのように見える。
根も強く、手袋をして触らないと手が切れるタイプの長細い厄介な雑草であるからして。
「リオン。そっちも終わり?」
「あぁ。今終わったところだ。……なんだ? それは」
視線が落ちる。
リオンと、のそれも。
「……」
なんだ、その間は。
「…………草?」
「見ればわかるだろう……」
呆れたようにリオン。どうみても、刈りたての生葉だ。
「草……って、こういうカヤっぽいのも草って言う?」
余計な疑問を投げかけてしまったらしい。
「まぁ、ふつう草と言ったらもっと小型で雑草らしいイメージはあるが」
「雑草……」
更に深みにはめてしまったらしい。
にとっても同じイメージなのだろう。
そもそも雑草とは何ぞや、あたりにたどり着いてしまったのではなかろうか。
埒が明かなくなりそうなので、自室に向かって先に歩き出す。
もついてきた。
「でも草刈りで刈られたものだから、草だし葉っぱだよね」
「少なくとも木ではない」
もうこの時点で、リオンはそれがなんなのかどうでもよくなっていた。
何に使うのかは全くわからないが、興味を引く何かがあったのであろう。
しかし、それが本当に何なのかわからない。
料理が好きな人間なら、食材か飾りに使うかもしれない。
花を飾るのが好きなら、その背景として用いるのかもしれない。
……の場合は、興味の対象が多すぎて本当に何のためにそれを持ってきたのかわからないところがポイントだ。
何かの材料にするのか、それ自体に何かがあるのか、それともそれを用いて何かをするつもりなのか。
考えても無駄だな(悟った)。
というわけで、二人は何事もなかったかのように部屋へ戻ってそれぞれ身支度を整え直す。
作業は午前中に終わったので午後は通常の仕事だ。
「……朝から作業の日は事務をする気にならない」
同感なので、今度はそのまま解散か午後にした方がいいと思うリオン。
そして、仕事が終わって帰ってくるといつもよりやはりなんとなく疲労感は否めない。
実際疲れたというより、の言う通り気力の問題であろう。
眠る前に。
いつものように温かい飲み物が出てきた。
大体、鎮静効果があるカモミールティーかホットミルクか……
いずれ、よく眠れるようにというの選択の結果だ。
時々は他の物も出るがノンカフェインはお約束である。
なんとなく見慣れたのと、アップルのようなかすかな香りがしたので今日はカモミールであろう。
リオンはふうと息をつきながらそれを口に運んだ。が。
「……?」
飲む前に、かすかにいつもと違う香りが鼻腔をついた。
シトロンだ。
慣れた香りにそのまま特に何も言わずに一口飲む。
確かに味もシトロンが入っているような清涼さかすかに足しこまれていた。
「……今日はレモンか何かを入れたか?」
「うん、けっこう香りがするね」
「……レモンには、安眠効果があったか?」
聞いたのは、がカモミールやホットミルクを出すのはリオンのためだけではなく、自身も眠りが浅い方だからだ。
レモンはどちらかというと覚醒しそうな香りであると思う。
別に効果だけで飲んでいるわけでないだろうから構わないのだが、効果を考えるのもらしいお茶の入れ方である。
「さぁ……すっきりする感じはするからないんじゃないの。でもリラックス効果はあったはずだよ」
嫌いな香りではないし、気にしないことにする。
その一杯が飲み終わるころ、は別のティーポットから他のものを少しだけカップへ注ぎ足した。
「これも飲んでみて?」
「?」
持ち上げてのぞく。先ほどのシトロン、だろう。
湯にほとんど色は付いていないが、ほんのりと香るそれは、先ほどより強い。
口に含むと確かにシトロンの味なのだが、どこか甘みもあった。
「どう?」
きちんと味わったのを見て、が聞いてきた。
「まずくはないが…これはレモンか? レモンにしては、それほど酸味はないし、むしろ甘い」
「さすが舌が肥えている」
「そういう問題じゃないだろう」
と、いうことはこれはレモンではない…か、レモン以外の何かがやはり入っている。
ふと、リオンは昼間が手にしていたあの「カヤ」をなぜか思い出してしまった。
「……あれは、なんだ?」
カップを手にしてうつむいたまま、ここではないどこかを見て呟いたリオンに、も気づいたらしい。
「『アレ』ね、ハーブ園のとこに生えてたやつ」
「……ということは、雑草ではなくハーブだったのか?」
ヒューゴ邸は料理に使うハーブくらいは庭でガーデナーが世話をしていたので何種類もあった。……はずだ。
しかし、その存在はも前から知っていて、時々ハーブを持ってきていれていたりした。
が、アレは……初めてである。
「レモングラスだよ。レモンと同じ香りだけど、渋みは全然ないでしょう?」
名前は聞いたことがある。
レモン系のハーブは割とくせがないので飲みやすい。
が店で買ってくるものにはそれが入っているものも多かったはずだ。
「私も初めて見たの。端の方にあったからずっと雑草だと思ってたし、もっと葉っぱっぽい何かだと思ってたから、驚いちゃって」
いや、あれも葉ではあるのだが。
あくまで、ミント的な葉脈が広がっていそうなものをイメージしていたのだろう。
「どう見てもカヤだよね」
「まぁ普通に端に生えていたら、刈り捨て対象の草だな」
リオンにしてもちょっと意外だった。
そこら辺に生えていたら、ハーブだなどと気づかないであろう。何気なく置かれたままのポットのふたをあけてみると、それだけで清涼な香りが漂った。
だが、中に入っているものはほぼ、見た目ニラである。
「……」
「だから今まで気が付かなかったんだって」
そう言いながらもはそれを気に入ったらしい。
リオンの放したポットを丁寧に持ち上げるとふたをあけ、香りを楽しんでいる。
「いい香り」
「本当に香りはレモンだな」
「うん、不思議だね」
そう言って、ようやくはリオンの「それはなんだ」という問いに答えをくれた。
「味はリオンの言うように甘みがあって、飲みやすいんだって。だからブレンドにはよく使われるんだね」
ブレンドと言わず、場所を覚えたからには気が向いたら葉を取ってきそうである。
ハーブ園は時々も手入れをしていて、ハーブティーとしてよく用いられるものを摘んでくることもあったので、リオンも生の葉の方が香りが豊かなことは知っていた。
そう、普通ハーブは「摘む」ものであって「刈る」ものではない。
リオンの抱いていた違和感の正体が明らかになった気がした瞬間。
「除菌抗菌効果があるから、風邪の予防にもいいらしいよ。あと、匂いの効果でクローゼットに入れると虫がつかないって」
「ずいぶん有能だな」
「見た目カヤなのにね」
確かにあの見た目では……ハーブ園が整ったとしても知らない人間からするとなんだかわからない代物だろう。
「ただ、本当にカヤに近いので手を切る。スパッと」
「洗うときに気を付けておけ」
にとっては、なかなかに収穫があったらしい初秋の作業日だった。
実りの秋、近し。
20190917筆(10.20UP)
レモングラスティーは生の葉をはさみで切って、熱湯を注いで蒸らすだけ。
こんなに手軽でおいしいハーブティーが身近にあったのが驚きです。
(今年植えてみた。草丈は1m以上、見た目普通にカヤです(イネ科だし)。
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