本棚
がリオンの部屋に来た時に、ふと、本棚を眺めて言った。
「リオン……仕事病かな?」
「どういう意味だ」
本人がいるのに、その自己疑問系はなんだ。
問うと答えはすぐに返ってくる。
「だって、本棚のラインナップが仕事がらみ多いんだもん」
「……」
リオンもも本をよく読む。
共用のスペースにも本棚があるが、そこは邸宅内にある資料室や書庫などから不定期に本が入れ替わって気まぐれに手に取るのに適したものが置かれている。
(もちろんそんなことをするのはである)
他にそれぞれの部屋に本棚があって、こちらは各自の趣味で保存版のような本が並んでいた。
「都市計画とかはもう大分役立ったから、資料室に移してもいいのでは?」
「確かにそれは私物ではないから、それでもかまわんが……」
整理を始めると他にもいろいろ回転がかかりそうである。
「あっ、この帝王学ってちょっと見ていい?」
それは一番下の隅に置かれた本だ。幼い頃に叩き込まれた類の教本の名残である。
単に、私物でありどうしたものかという類なので無理のないスペースに収まっている。
「見てどうする」
「普段お目にかかれない類だから気になる」
「やめておけ」
そもそもダリルシェイドは復興後、王政が消滅したので民主主義に移行したのだ。
それもヒューゴの姿をとり続けていたミクトラン選書だけあって、なかなかえげつないことも書かれている(というか今思えば、そいつが書いた可能性も高いのでは)。
リオンは受けた教育を素直に鵜呑みにするタイプではないので、自立した思考を持っているがそんな教育に洗脳された人間が人の上に立つと思うとぞっとする。
教育というのは、疑問を持てる人間でないと大人になっても固定観念から抜け出せなくなる危うい一面も持つ。
「なんで? ただ興味があるだけじゃない」
よく考えなくても、はそんなものに影響されるはずがないので、ただの読み物として貸してやることにする。
「スタンやカイルが見たら卒倒しそうな本ばっかだね。……たまには絵本でも読んだ方がいいよ」
「お前、僕のことを馬鹿にしてるのか?」
「してない。絵本は大人こそ読むべきだ」
リオンには全く理解の出来ない発言を残しては部屋を出て行った。
そういえば、リビングの本棚にもたまにそういうものが置いてある。
敢えて読んではいないが…そこにあるということはは読んでいるのだろう。
リオンの部屋の本棚が理論書や専門書などで埋め尽くされているのは、共有の本棚に気晴らしの本があるからで、そう考えるとが時々書架を回転させているのは割と自分の役に立っているのかもしれない。
今更、思った。
さて、その後。
リオンがの部屋を訪れる機会があった。
の部屋は、いたって様々なものがシンプルだ。
元々あった高価な家具や絵画は趣味でなかったのか部屋から出されて、必要なものだけが残っている。
壁は穴を開けるのを嫌がって、絵画はもちろんポスター一枚貼られていない。
代わりに観葉植物などはよく置いてある。
飼いたいと言いつつ、動物を飼わないのが不思議だが、出かける時に面倒が見られないからであろう。
野良猫と野鳥と、ガードドッグ(発案・導入済み)で癒されているらしい。
そういえば屋敷内のエントランスにも水槽が設置されている。
考えてみれば敷地内の生き物にはことごとくが絡んでいるので、室内に連れ込まないだけで割と好きなようにやっているのかもしれない。
そんな可能性に呆れかけたところで、リオンはの本棚を見た。
本棚の手前には大きめのテーブルがあって、その上には現在、薬品ボトルや精油の類が置かれていた。アロマの材料であろう。
家具と言うより作業机である。
が何かをはじめると、ここが散らかるのはリオンも知っている。
だが、人の本棚をまじまじと眺めるのははじめてだ。
「世界の幻獣・モンスター図鑑」「万象学入門」「アドラー心理学」「鉱物事典」「聖剣伝説」「アロマ図鑑」「紅茶ハンドブック」「カクテル事典」「世界の猫カタログ」「ハーブの薬箱」「ネーミング事典」…
ジャンルが混沌としているが、ビジュアル系の事典が多いのは気のせいではあるまい。
特に、幻獣・モンスター系の事典や図鑑がいくつかかぶっているのが気になるところ。
(それからネーミング事典の意味がまったくわからない)
「…………」
リオンが無言なことをどう思ったのか、がやってきた。
「これだけ本が並んでいるのに、文芸書の類がないのが不思議なくらいだな」
「読まないことはないけど、残して何度も見たいものを残すとこうなる」
なるほど、と思う反面、割とつっこみどころが多いラインナップである。
「多彩すぎる」
「雑食だから」
本に対して雑食と言う言葉を用いる。
普通、それはそこに用いないし、から自身に対してその言葉が出ると不思議だ。
語彙が豊富なのは、読書量と思考量に比例していそうだが、それで本当に「文芸」としての本は一冊も見当たらないのが一層謎である。
読んでいる本で趣味がわかりそうなものだが、この本棚は何が趣味なのかと言われると、返答に窮する感じだ。
「世の中には『雑学』という分野があると思う」
「ないな」
納得してしまいそうだが、ここで納得しては負けだと思うリオン。
その一番手に取りやすいところに、リオンは見慣れないものをみつけた。
他の本に比べると薄い部類だろう。背表紙を見るに、だがフルカラーで図鑑か教本か……
明らかに、NEW!というPOPがつきそうな新しさだった。
「……ハーバリウム? 聞いたことがないな」
「直訳すると『植物標本』だって。最近はやり始めたみたいでちらほらみかけるようになってね」
そういってが手に取ってぱらぱらと本をめくって見せた。
確かにリオンもそれは雑貨屋や花屋の店先で見た記憶があった。
それはビン詰めの植物だ。標本と言うだけあって、何かの液体に浸かっていて、けれどインテリアとして洒落た感じだ。
いかにもの好きそうな透明感とみずみずしさがある。
「で、今度はこれを作るのか?」
「ハマる要素しか感じない」
カタログに近い教本だったので作るつもりなのだろう。のことだから、材料集めから始めるのは目に見えていた。
リオンはそれとは別に、幻獣事典を手に取った。
「モンスターなんてさんざん旅をしてた時に見ただろ」
実物を。
「モンスター図鑑は完成しないどころか手もつけられなかった」
「そんな暇あるか」
そして、そういう問題ではない。
「その本はイラストもきれいで見やすいから、さくさく読めるよ。伝承とかも知らなかったことも多くて面白い」
その時にはリオンも字を追っていた。
本としては大きくて、図鑑と言うよりイラスト集だ。
左のページは丸1ページ使ってイラストが描かれている。右側に大きな見出しと、大きさなどの一般的な情報。
それからそれにまつわる伝承が載っていた。
「……」
「……」
「…………」
「……」
「………………」
はた。
「……」
ふと我に返っての方を目だけで見ると、彼女は黙ってリオンがそれを読んでいるのを眺めている。
…というか、読みふけっているリオンの邪魔にならないように黙っていると言うべきか。
そして目を合わせるとどこか嬉しそうに言った。
「ね。意外と面白いでしょ」
「……まぁ、つまらなくはない」
リオンの返答としては好感触だ。なのではいくつか見繕うようにあれはこれはと指差して、説明をする。
「リオンも何か読んでみる?」
専門書もあったが、なんとなく眺めるのが良い本が多い。嫌いではない。
そして、なんとはなしに再び全体を眺めてみる。
目に付いた本があった。
『空の名前』。
その本は、彼が「ジューダス」であるときに、シャルティエと別れてからがみつけて、オリジナルのシャルティエにも見せたかったと言った本だ。もちろん、ソーディアンである彼にも。
そして、その時にはいなくなってしまった彼の代わりに自分も読んだ本。
「たまには事典系も面白いよ。ここにあるのはイラストがあるものが多いし、息抜きになると思う」
「そうか」
そして、リオンはその本を手に取った。
『色の名前』『水の名前』。
シリーズなのか隣には同じ装丁の、色の違う本が並んでいたが躊躇はなかった。
「あ、その本……」
「お勧めなんだろう?」
「そうだね。実は私もまだ読破してない」
そこはしろ。と言いたくもなったが、美しいが割と字の細かい活字本であったため本気で読むには時間がかかるだろう。
「気が向いたら他の本も借りる。適当にな」
「どうぞ」
自分の持っている本に興味を向けたことが嬉しかったのか、はいつでもと笑顔になった。
冷たくなってきた風に秋の空は、高く澄んでいる。
こんな日の空はなんというのだろう。
リオンはまずそれを見てみようと思った。
2020.9.19UP(2018.10.19筆)
行方不明だったファイルがふいに出てきたので更新です。
2年前だからハーバリウムはもう古くなっている(苦笑)
でも季節的には同じくらいなので、いいかなと思いました。
内容は、カオス過ぎる自分のディスプレイラックの中を見てたらできた話でした。
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