空の青い日
朝から良く晴れていた。
風は強いがそのせいか、空は抜けるように青く雲ひとつない。
とはいえ、一日室内で仕事をしている人間には、あまり詮無きことだ。
そんなわけで、本日外回りのないリオンは朝から屋敷内を回っている。
午後、1時15分。
「おい。 はどこに行ったんだ」
何度も言うが、あまりリオンと のセクションは関わりがない。
なので、リオンが の方の執務室を訪れるのは珍しいことだ。
逆に は用事を作っては差し入れを持ってきたり自分の息抜きに訪れたりはする。
……ただ、用事が済むと割とすぐに帰ることも多いので、本当に息抜きになっているのか疑問な時もある(おそらく長居すると迷惑だと思うのだろう)。
さて、そんなわけでリオンが息抜きに のセクションを訪れるわけもなく、今日はきちんとした用件での訪問だ。
……が、朝、早いうちから来たにもかかわらず、その後も一向に行き会わない。
朝は作業をするといって、そのまま周辺にはいたらしい。
らしいというのは、作業しているはずの場所へ行ってもすでに作業済みだったようなので、目撃情報を辿っているうちに、外に出てしまったり割と周辺一周させられてしまったからだ。
そして、11時。
敷地外に出たという情報を最後に、午前中は諦めた。
昼に戻っているかと思えば、自室にもいなかった。
「どこ……?」
「外門の警らに用があるって、出ましたけど」
と、教えてもらった。
執務室には昼前に戻ったらしいので、ニアミスといっていいのか微妙である。
さて、行ってみるべきか、今日はもう諦めるべきか。
リオンは何気なく外を見て、後者の選択が正しい気がした。
まだ昼下がりで午後が始まったばかりにもかかわらず、諦める。
なぜだろう。今日は捕まらない予感しかしない。
青い空をバックに、庭の木々の枝が揺れている。
色付いた葉が風にはらはらと散るさまを見て、そう思った。
だが、一応外へ出た。
目的の警ら室へ寄る。
は用を済まして、敷地外に出たらしい。
やはり。
諦めようと思っていたが、その予想が当たったことでリオンもまた、門から先に出る。
本当に、天気がいい。
秋晴れな上に、落葉は美しく風も心地よかった。
散歩日和である。
そして、リオンは昨年 がみつけたお気に入りの散歩コースである小道にさしかかる。
ひと気は遠くなっていた。
去年の秋のことを如実に思い出せるくらい、特徴的な場所である。
こちらからいくと下りの細いカーブ。
手入れはされておらず、落ち葉は積もり放題、しかし常に陽だまりで風も強く吹き込む場所ではないので暖かい。
そして は確か去年、そこで……
「何を拾っているんだ」
「!」
かさかさと積もり積もった木の葉の前でしゃがみこんでいる。デジャブだ。
「拾っているというか、今まで見たことがない実のついた葉っぱがあったから見てたんだよ」
という の手には、落ち葉というより枝ごと落ちたのか小さな枯葉がつままれていた。
「 、今何時か知ってるか?」
「多分、1時半くらいかな」
自分が部屋を出た時間と油を売っている時間はきちんと把握しているらしい。
そして、聞かれた。
「どうしたのリオン、こんなところで」
それはこちらのセリフだ。
そう思いすぎて、むしろ声にはならなかった。
「珍しいね」
「そうだろう。お前が珍しい場所に来ればいる気がしたから、ここに来たんだ」
そう、リオンにはどこかで確信があった。
こんなふうにひと気のない場所のどこかに絶対 がいそうだと。
諦めから一転、そう思ったのは外の空気が爽やか過ぎることこの上ないからに他ならない。
「……そういえば、朝も探してたって……ひょっとして急用だった?」
「そうではないが……」
そういえばなぜそこまで探したのだろう。おそらく次はあそこ、次はここ、と情報が入ればオリエンテーリング的な何かだったのだろう。
深く考えまい。
「というか、お前の方が珍しいな。僕が探していたと知ったらいつもならお前の方から来るだろう」
今更気づく。昼は休憩時間だからないとしても午後一で来る様な仕事はする。
それがこんなところでふらふらするとは一体どういうことなのか。
「うーん……今日は天気がいいから、外の方がいいなって」
仕事にはなっていないようだが。
そのまま言葉にする前に、 は空を見上げる。
木立の向こうに、蒼穹という言葉がよく合う空が広がっていた。
風がゆるく吹き込むとからからと音を立てて積もった枯葉が動き出す。どこから飛んでくるのか、ここからは見えない小さな葉がはらはらと降ってきた。
「……サボり日和だ」
「珍しい言葉が出たな」
せめて息抜きと言えと返すととんでもない言葉が返ってくる。
「だって今日は息抜きするほど仕事してないもん」
「…………」
念のため、聞く。
「それはどれくらいだ?」
「仕事は実質30分くらいしかしてない。朝の作業」
どうりでみつからないわけだ。
本当に珍しいことだが、 は今日は一日外をふらふらしているらしい。
そのせいかとても清々した顔をして調子はよさそうだった。
「その後、空白の2時間があったようだが何をしていたんだ?」
「え……あっちに行ったり、こっちに行ったり、内緒の場所で作業」
何の。
聞かないことにする。
「今日はね、仕事をしないって決めたんだ。……いい天気だから」
「その理屈で行ったら、一年のうちのけっこうな日数お前はこうやって過ごしていると思うが」「特別なんだよ。ほら、こんなに風が気持ちよくて空もきれいで……もったいないでしょう?」
特別?
確かに、 にしてみれば極上の散歩日よりであろう。
花が散るのも、雨が降るのも、葉が落ちるのも は見ているのが好きだ。動きがあるのが面白いらしい。
そういう意味では、今日はどこを歩いても様々な色の葉が降ってくるので、ある意味エンターテイメントである。…………普通はそうは思わないが。
は少し歩いて、枯れかけた芝のような草地に座ってそこに立つイチョウを見上げる。
リオンは黙ってそれについていったが、特別という言葉に引っかかりを感じて聞いた。
「確かにそうして見上げれば絶景だろうが、……特別というほどのことか?」
「リオン……」
の視線が自分に戻る。ちょっと間があった。
「今日はヒューゴさんの命日だよ。忘れてた?」
「…………」
忘れてはいなかった。昨日そんな話しをしたばかりだ。が、それで今日が特別になったということはない。
ここ数年来、そんな感じだ。
「忘れてない。昨日話したばかりだろう」
「うん、でもほら」
そう言って は再び空を見上げた。
「今日はすごくいい日だから」
風が吹くと舞い散る彩。
真っ青な空。
ただ、そこにいるだけで気分がよくなりそうな、そんな空気だった。
「……そうか」
リオンはただそれだけ言って、しばし。
の隣に腰を下ろす。
静かにただ、刻は過ぎていく。
かさかさと風が木々に残っている葉を合わせる音も、そうして周りに意識を向ければ聞こえる小さな鳥の声も、まったくうるさいとは思わない。
「確かに、いい日だな」
あれから4年だ。何も思わないには短く、何かを思うには長い気もする月日。
陽だまりの中で少しだけリオンもそうして、空を見上げていることにした。
2018.11.14筆(11.20UP)
いい命日なのです。
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