職人気質
ある休日。
シンが朝食後に部屋に入ったきり出てこない。
既に昼過ぎ。
出てくる様子もなく、こういう時は何かに没頭しているケースもあるが、自分がいるときは珍しい。
リオンは食事を適当にあるもので済ませ、放っておいた。
そして、日没。さらに夕食の時間。
……。
あまりにも出てこないので、覗きに行くことにする。
大体、ドアが閉まりっぱなしなのもよくない。
着替えなど急に入られると困るとき以外はシンは大抵自室のドアを開け放している。
だから籠ったまま倒れられているのではないかなどという余計な可能性がよぎることになるのだ。
リオンはノックをして、返事を待ってドアを開けた。
「……………シン」
はい、という短い返事でドアが開いてもそちらを見ない彼女は、一心に何かを磨いていた。
「揮発性の化学物質の匂いがする」
「あぁ、樹脂液使ってるから」
「窓を開けろ!」
それでドアを閉めていたのか。リビングに流れないように。
しかし、換気もしないとは一体どういうことなのか。
危険を感じてリオンは開けろと言いつつ自分が開けた。思いっきり。
「さっむい!!!!」
冬である。
確かに窓が全開では寒かろう。
しかし、明らかにこの空気は体に悪い。
「これで午前中から籠ってたのか? よくこんな空気の中にいられるな」
割と空気の変化には敏感であったはずだが。
「たまに換気はしてたよ。あと、今研摩中だからこの粉塵も危険らしい」
「じゃあなおさら窓を開けろ!」
「……粉塵用のマスク使った方がいいって本にあったから、窓の外で削ってたんだけどね…」
マスクをつけろ。
根本的に何かが違っている。
「大体、それは材料を集めて満足してしまった代物だろう」
「よく知ってるね」
「今になって何をそんなに没頭しているんだ」
シンの一言はスルーして続けた。
「手紙をもらったから……一度しかあったことがない人なんだけど、御礼に何かと思って」
「? ダリルシェイドの奴じゃなくてか?」
「ジェノスだよ」
なるほど。遠い。
それで気持ちに気持ちで返そうというわけか。
「しかし、バリ取りがなかなかうまくいかなくて」
サイドテーブルには紙やすりが数種類あった。荒い目から細かくしていくらしい。
作品はといえば、暗い藍色をバックに金粉、蝶、サクラ?のような細かいパーツが透明な樹脂の中に入っている。
もうデザインとしては形にはなっているが、周りの研磨に時間がかかっているらしい。
「アクアヴェイルの文化が好きそうな人でねー 他の好みがわからないから着物でも合いそうなものをと思ったんだけど…」
「だけど?」
「難易度が高すぎた」
いつものことだ。
しかし、一度始めると食事もとらず、休憩もとらずに没頭するというのは……
「デザインは割といいんだけど…なんだか納得できない」
「お前は職人か」
出来を見て、リオンは言う。
ちょっとしたチャームなのでバックに付けるくらいなら十分な出来栄えだ。…とリオンの目には映る。
「ここの厚みが……指で触ると少し違和感があって……」
指で触らないとわからない程度の違和感にこだわるのは間違いなく職人気質だ。
しかし。
「無理だな。だって、初心者だもん」
さすがに夕飯の時間を過ぎていることに気づいてシンは折れた。
「十分だと思うぞ。大体、ジェノスなら、こちらの菓子か何か送ってやればいいだろう」
「チョコが好きなんだ。だから、冬季限定の人気店のチョコラスクはもう買ってある」
「……」
その他に手作りで何か入れようというのが、まず、無謀だ。
いつも手掛けている得意なものがあるならばともかく、シンの場合、一過性のお楽しみであることが多くたまにやるとこういうことになる。
「それで十分だろう」
「せっかくだからサプライズに何かと思って」
「むしろ、一度しか会ったことない奴からいきなり贈り物が届いたらそれだけでサプライズじゃないのか」
この「あと一品」のせいで2週間ほど送れないでいるらしい。
送ってしまえ。
「その前はちりめん細工もちょっとやってみたんだけど、材料が足りなくて……」
だからなぜ、初挑戦のものを作りたがるのか。
「そんなことをしているといつまでも送れないぞ」
「うん、さすがにこれはもう二度と勘弁だな……」
ため息をつくシン。
根付のストラップまで用意してあるのだが。
凝り性ゆえに、窓の外で同じ姿勢で研摩し続けて体も冷えたらしい。
「お前は一休みという言葉を覚えろ」
「諦めという言葉を覚えた」
そして、その日は窓全開の部屋をそのままに、夕食をとって、換気が終わったところで部屋を暖めなおす。
もうすぐ2月。大分陽も伸びてきたが、日陰や室内はまだまだ寒い。
「リオン、お気に入りのお茶を仕入れたから入れるけど飲む?」
「?」
茶葉ではなくパックだ。オレンジの紙の箱に入っている。
「『オレンジジンガー』か」
「ダリルシェイドでもなかなか売ってないんだよね。ハーブティーなのに、さっぱりしててちょっと甘いところが好き」
「香りが好きなんだろう」
そうそう、とシンはリオンの前で熱湯を注ぐ。
オレンジと、他にもいろいろブレンドされているのだろう。
蒸気と一緒に、なんともいえない甘くさわやかな香りが流れてくる。
考えてみれば香りで「甘い」というのも不思議なものだ。
熱湯がオレンジというより、ピンクの混じったような色に染まるのを見ながらリオンは思った。
「あのチャームも駄目となると……何ならいいかなぁ」
シンの「1回チャレンジしたら満足したマイブーム」ネタのストックは大量にある。
しかもどれも、無意識に本人がアートレベルを希求するため一度始めると大変なことになるのは目に見えている。
そして、一度で本人的にはうまくいくはずもない。今回のように。
「プラバンもちょっとやってみたいんだけど、まだ材料の段階で……」
プラバン?
「どうしてそう手作りにこだわるんだ。しかもマニアックなものばかり」
「どうして? ……どうしてだろうね、そういえば」
地雷を踏んだらしい。
「多分、その人もモノづくり好きなタイプだからじゃないかな。だから何か一品添えてって…」
「その一品に数週間かかっているようでは割に合わないぞ」
確かに。
と、納得している。己の技量のなさをわきまえているらしい。
かといって、その一品が子どもの作る程度の折り紙などだともうら側も困る…というか困惑だろうが、下手に口を出すと折り紙アートみたいなことを始めそうで怖い。
「サプライズしたいがために返事しないまま、っていうのもいい加減まずいとは思う。そろそろなんとかしないと」
そう言ってシンはその日はおとなしく寝た。
その日は……
翌日。
「刺激臭がする」
「知ってる? 樹脂液ってアレルギー起こす人もいるんだって。だから素手で触るなとも言われてて……」
「だから窓は開けろ!」
「寒い!」
何を思ったのか、リベンジをしていた。
材料は化学薬品に近いのか、指はひりつくと言っていたし長時間同じ姿勢をしてしまうので体もいたいとかなんとか…
二度とやらないんじゃなかったのか。
見かねたリオンがオベロン社の技師が使っていた小型のルーターを持ってきてやったが、それでも研摩すること1時間…
「昨日の方が、出来がよかった」
「まぁ、そんなものだろう」
資材が尽きたらしいので、これでもうこの危険物質を素手で扱うようなアバウトさは発動されないであろう。
しかし、その後、ルーターを用いてガラスに装飾を施していたとか、新たな挑戦に取り組んでいたとか、結局何が贈られたか、リオンには知る由もない。
2020.1.26(2.9UP)
サイトの常連の永華さんから年賀状が届きました。ハガキ!!!
毎年、メールでご挨拶いただいているのですが、まさかのネットの壁を越えたご挨拶に驚いた私は、倍返しじゃ。(驚きを)
というわけで、色々考えていた次第です。
この話は、荷物が永華さんの手元に届いたかと思われますのでUP。
結局、最初に作っていたものは削りすぎたり、盛りすぎたりで贈れる代物ではないものに変化。
ハンドメイドなめてました、ごめんなさい。
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