遥カニ眠ル、優シキ記憶ヘ-- |
1.出会い
ミカゲ がそいつを連れていたのは三ヶ月ほど前のことだった。鏡を見ているみたいにオレにそっくりなやつ。じっとみつめてくる瞳は吸い込まれるような深淵を思わせるブラック・アイ。 わずかな沈黙の後に、そいつは言った。
「あんまりそっくりだっていうから、見に来たんだよ。 テイト =クライン」
ただ、それだけの理由だった。それだけの理由で、そいつは陸軍士官候補学校までやってきた。正しくは学校と併設される男子寮の敷地内に。そいつは女だった。
「何考えてんだ ミカゲ ! 女なんか連れ込んだことがばれたら停学ものだぞ!」
「いや、オレも実はさっきそこでお前と間違えて……ほっとくわけに行かないだろ!」
こそこそと交わすその後ろで、同じ士官候補学校の制服に身を包んだそいつは後ろに手を組んで自分にはあるまじき表情で笑っていた。
「嫌だなぁ、君、今 ミカゲ が女だっていわなきゃ、私が女だってことに気づかなかったくせに」
「うるせぇ! とにかくとっとと出てけ!」
「これだけ似た顔なのにとんだ言い草だね」
似すぎていて驚いたと言うこともあるが、背格好も似ている。門はスルーでパスしたらしいことが容易に想像できた。
やれやれとそいつはため息をついて踵を返しかける。
「今日は見に来ただけだから。また会おうね」
「なっ」
軽く手を振ると去っていった。
それが、あいつ──シンとのはじめての出会い。
「なんだよ、今の……」
「驚いただろ、オレも驚いた」
「お前、知ってたんだろ!? なんで言わなかったんだよ!」
ミカゲ は少しだけうーんと考え込んで、言った。
「面白そうだったから?」
ゴキ。
正直なのは結構だが、手が出るには十分な理由だった。
痛ってーと殴られたところをさすりながら ミカゲ は弁解を開始する。
「オレも最初は外でお前と間違えて声かけたんだよ。いつ会わせて驚かしてやろうかと思ってたら、まさかあっちから来るとは……」
誤算だった。とばかりにこぶしを握る。あきれてものが言えない。
「シンは空軍士官学校に所属してんだよ。だから会う気なら寮の外なら会えるんだけどな」
「お前はさっきのやつと頻繁に会ってたのか?」
「頻繁ってほどじゃないけど、だから間違えんだよ、お前と」
なんとなく釈然としない言い分だ。
「いやぁ、世の中、そっくりな人間が三人いるって言うけどまさか女の子とそっくりなんてな!」
「笑い事じゃない」
屈託なく笑った友人に、ぶすりとしながら テイト は先ほどの出来事を反復する。あまり第一印象はよくなかった。
「なんだよ、親友。別に秘密にしようってわけじゃなかったんだぜ? ていうかそんなに機嫌悪くなることか?」
「別に機嫌悪くなんかない」
「不機嫌オーラ駄々漏れだぜ」
なぜか ミカゲ はバンバンと テイト の背をたたいて学食へと誘う。腹が減ってるとでも思っているのだろうか。
しかし、ちょうど昼前だったので断る理由もなく テイト と ミカゲ は食堂へとやってきた。
「おい、 テイト 坊ちゃんだぜ」
「あぁ、アビス元帥のお気に入りの……」
またか。いい加減、相手も慣れてほしいと思うが、千人単位で在籍しているこの学校では毎日が初めて会うものにすれ違うような者だ。ゆえに、 テイト にとってそれが日常でもあった。
「さすが優等生は違うぜ」
「でもあいつ、元奴隷だっていう話じゃん?」
ぴたり、スプーンを持つ手が思わず止まった。それだけは何度言われても慣れない。その度に不快感を覚える自分も何とかしたいと思いつつ、事実は曲げようもなかった。
「お前ら、いい加減にしろよ……!?」
「やめろ! ミカゲ !! ……放っておけばいい」
椅子を跳ね除けて、立ち上がった ミカゲ に視線は集ったが テイト はそれを制した。
「でも、 テイト ……」
「いいんだ、オレの言いたいことはお前が言ってくれるし、お前がいてくれるから……」
カチャリ。何事もなかったかのように再びスプーンを口へ運ぶ。
ミカゲ は テイト の無二の親友だ。自分が奴隷だったことを知っても受け入れてくれた。家族のいない テイト にとって、家族のような存在だと言っても過言ではない。たった一人だ。これだけ人のいる中で、たった一人自分を認めてくれている親友……
ミカゲ も再び椅子に落ち着くと食事を再開する。その口元はなぜか笑っていた。
「? なんだよ」
「やっとだよな、最初は取り付く暇もなかったのに」
「そんなこと……!」
今となってはいい思い出だ、とでも言いたいようだった。回りは敵ばかりだった。そんな自分に差し伸べられた手を素直に取れるようになるには時間がかかった。何度、拒否したかわからない。それでも ミカゲ は根気強く、手をさしのばし続け、今もここにいる。
「でも、オレたちももうすぐ卒業かぁ……卒業したら別の部署に配属されるんだろうな。連絡位しろよ?」
「そんな話、まだ早いだろ。卒業試験があるんだぜ。オレはともかくお前は気を抜くなよ」
「どういう意味だよ。オレはともかくってな」
卒業試験は死人が出ることもあるという。これから戦地に出る人間にとっては当たり前の試練かもしれないが、気を抜いていられなかった。
「そこまで言うなら明日の昼飯かけて勝負しようぜ。今日は午後は休講だしな」
戦闘訓練用の広場へ向かい、対峙する テイト と ミカゲ 。最初に攻撃を仕掛けたのは ミカゲ だった。地面を蹴ると猛スピードで接近し、拳をかざす。その手を中心に光が数重の弧を描く。ザイフォンだ。
ザイフォンは万物に宿るエネルギー……「エルブレス」が戦闘用に用いられるときの呼称である。扱えるかどうかは資質により、軍学校ではそれらを扱うものの多くが テイト や ミカゲ の所属する特殊過程へと進む。いわばエリートコースであるが、そこから更にこのガディード帝国の中枢、フォーマルハウト要塞へ入れるのは数十名だといわれるベグライターと呼ばれる幹部補佐になれるのは更にその一握りだ。
「もらったぁ!」
幾度かのザイフォンのぶつかりの後に、 テイト の隙を突いて ミカゲ が跳ぶ。しかしその手は空を切っていた。 ミカゲ の背後に跳んだ テイト の手が、次に瞬間、 ミカゲ の首筋につきつけられていた。
「……降参です、 テイト 君」
両手を挙げて、白旗を振る ミカゲ 。 テイト の明日の食事は確保できたようだった。
「お前、相変わらず強いのな」
「そうか?」
それは実戦を既に積んでいるせいだろう。奴隷といっても テイト は戦闘用の奴隷だった。気づけば幼い頃から戦っていた記憶しかない。安住の場所が得られたのは軍学校に入ってようやくだ。生き抜くにはどうすべきかを知っているつもりだった。
ふと。巨大な影が落ち、流れていく。要塞へと向かうガディードの旗艦だった。
「あれ、カーバンクルだぜ。かっけーな! オレたちも卒業したらあぁいうところに入るのかな」
「そうだな」
「オレ、絶対試験パスするぜ。帝国のために戦って、家族を守るんだ!」
ミカゲ はいつもまぶしい。 テイト には家族などいなかったが、そう言った親友の顔はとても誇らしく見えた。
誕生日を祝ってもらうのは初めてだった。
ミカゲ が誰もいない教室で恥ずかしげもなくクラッカーなど鳴らしたとき、 テイト は泣いていた。
「よし、今日はこれからでかけっぞ!」
「な、なんだよ。どこに行くんだ?」
「本当は休みなら映画とかいろいろ行けたんだろうけどな。……ま、祝ってくれるのは俺だけじゃないってこと」
「?」
涙を強引にぬぐって手を引かれるままついて行く。学校を出るとその前にある広場にやってきた。噴水の前で ミカゲ はきょろきょろと辺りを見回している。
「まだ来てねーのかな」
「なんだ? 誰か来るのか?」
すっと、背後に気配を感じた。両手で顔を覆われそうになり テイト はとっさに拳を後方へ突き出す。
「おわぁ!」
手の主は危うく上半身を逸らせる事でそれを逃れていた。……シンだった。
「お前……何してんだ……?」
「だーれだ、ってしようと思ったのに」
「……?」
聞いたことのない言葉に テイト の眉が寄る。
「だーれだっ!!」
「 ミカゲ ー!」
今度はそれを躊躇なく ミカゲ が実演して見せた。同じように殴られかけてそれをかわして笑う二人。
「なんなんだよ、お前らは」
それが何を指しているのかは今の行動でわかった。が、全く意味がわからない。 テイト は思わず額に手を当てた。
「 テイト 、今日誕生日なんだってね。おめでとう!」
「……!」
屈託なくシンが小さな包みをまっすぐ差し出した。胸元に突きつけられたそれを受け取る。シンはあれから何度か会っていた。いつもどこか飄々としていてどこか苦手なところも感じていたが……祝ってくれる人はどうやらシンに違いはないようだった。
「開けないのか?」
「……開けて、いいのか?」
ちらりと見るとシンは頷いた。 テイト を真ん中に三人で噴水のふちに腰をかけて包みを開く。
小さな箱に入ったのは、小さな宝石に刻印の入った細いブレスレットだった。
「おー、きれいだな」
「エウロスのアミュレットだよ。何にしようか迷ったんだけど…… テイト 、小さい頃の記憶がないんでしょ?」
「…… ミカゲ 」
ぎらん、とにらみつけると ミカゲ は上半身だけ退いてどうどうと手でジェスチャーした。話すとしたらこいつしかいない。
「だから、それが戻るといいかなーって」
「……そういうお守りなのか?」
「知らない? エウロスは記憶をつかさどる神様なんだよ。ちゃんとグラキエース家で聖別されてるやつだから、出所は確かだよ」
そう言ってシンは静かに笑った。
「グラキエース家って言ったら神々の家(セラフィム)……四大公主のひとつじゃないか! ……そんなのどこから手に入れたんだ?」
「秘密」
シンの笑みが少し質を変えた。
「グラキエース家って?」
テイト は多くのことを知らない。十四歳で軍学校に編入するまでは、ずっと「飼われて」いたからだ。 ミカゲ はそれに慣れていて、いつも当然のように教えてくれた。
「グラキエース家はエウロスの血を引く人たちの末裔だって言われてるんだ。まぁ帝国の中でも特別な一族だな。ちなみにオレもそれ以上のことは知らない」
「えらそうに言うなよ」
神の存在なんて、信じる信じない以前の問題だが、シンの気持ちは嬉しかった。その時はまだ素直に笑うことも出来ず、身に着けるには少し恥ずかしかったが、それから テイト はそれを持ち歩くようになった。それが半月前の話。
「あんまりそっくりだっていうから、見に来たんだよ。 テイト =クライン」
ただ、それだけの理由だった。それだけの理由で、そいつは陸軍士官候補学校までやってきた。正しくは学校と併設される男子寮の敷地内に。そいつは女だった。
「何考えてんだ ミカゲ ! 女なんか連れ込んだことがばれたら停学ものだぞ!」
「いや、オレも実はさっきそこでお前と間違えて……ほっとくわけに行かないだろ!」
こそこそと交わすその後ろで、同じ士官候補学校の制服に身を包んだそいつは後ろに手を組んで自分にはあるまじき表情で笑っていた。
「嫌だなぁ、君、今 ミカゲ が女だっていわなきゃ、私が女だってことに気づかなかったくせに」
「うるせぇ! とにかくとっとと出てけ!」
「これだけ似た顔なのにとんだ言い草だね」
似すぎていて驚いたと言うこともあるが、背格好も似ている。門はスルーでパスしたらしいことが容易に想像できた。
やれやれとそいつはため息をついて踵を返しかける。
「今日は見に来ただけだから。また会おうね」
「なっ」
軽く手を振ると去っていった。
それが、あいつ──シンとのはじめての出会い。
「なんだよ、今の……」
「驚いただろ、オレも驚いた」
「お前、知ってたんだろ!? なんで言わなかったんだよ!」
ミカゲ は少しだけうーんと考え込んで、言った。
「面白そうだったから?」
ゴキ。
正直なのは結構だが、手が出るには十分な理由だった。
痛ってーと殴られたところをさすりながら ミカゲ は弁解を開始する。
「オレも最初は外でお前と間違えて声かけたんだよ。いつ会わせて驚かしてやろうかと思ってたら、まさかあっちから来るとは……」
誤算だった。とばかりにこぶしを握る。あきれてものが言えない。
「シンは空軍士官学校に所属してんだよ。だから会う気なら寮の外なら会えるんだけどな」
「お前はさっきのやつと頻繁に会ってたのか?」
「頻繁ってほどじゃないけど、だから間違えんだよ、お前と」
なんとなく釈然としない言い分だ。
「いやぁ、世の中、そっくりな人間が三人いるって言うけどまさか女の子とそっくりなんてな!」
「笑い事じゃない」
屈託なく笑った友人に、ぶすりとしながら テイト は先ほどの出来事を反復する。あまり第一印象はよくなかった。
「なんだよ、親友。別に秘密にしようってわけじゃなかったんだぜ? ていうかそんなに機嫌悪くなることか?」
「別に機嫌悪くなんかない」
「不機嫌オーラ駄々漏れだぜ」
なぜか ミカゲ はバンバンと テイト の背をたたいて学食へと誘う。腹が減ってるとでも思っているのだろうか。
しかし、ちょうど昼前だったので断る理由もなく テイト と ミカゲ は食堂へとやってきた。
「おい、 テイト 坊ちゃんだぜ」
「あぁ、アビス元帥のお気に入りの……」
またか。いい加減、相手も慣れてほしいと思うが、千人単位で在籍しているこの学校では毎日が初めて会うものにすれ違うような者だ。ゆえに、 テイト にとってそれが日常でもあった。
「さすが優等生は違うぜ」
「でもあいつ、元奴隷だっていう話じゃん?」
ぴたり、スプーンを持つ手が思わず止まった。それだけは何度言われても慣れない。その度に不快感を覚える自分も何とかしたいと思いつつ、事実は曲げようもなかった。
「お前ら、いい加減にしろよ……!?」
「やめろ! ミカゲ !! ……放っておけばいい」
椅子を跳ね除けて、立ち上がった ミカゲ に視線は集ったが テイト はそれを制した。
「でも、 テイト ……」
「いいんだ、オレの言いたいことはお前が言ってくれるし、お前がいてくれるから……」
カチャリ。何事もなかったかのように再びスプーンを口へ運ぶ。
ミカゲ は テイト の無二の親友だ。自分が奴隷だったことを知っても受け入れてくれた。家族のいない テイト にとって、家族のような存在だと言っても過言ではない。たった一人だ。これだけ人のいる中で、たった一人自分を認めてくれている親友……
ミカゲ も再び椅子に落ち着くと食事を再開する。その口元はなぜか笑っていた。
「? なんだよ」
「やっとだよな、最初は取り付く暇もなかったのに」
「そんなこと……!」
今となってはいい思い出だ、とでも言いたいようだった。回りは敵ばかりだった。そんな自分に差し伸べられた手を素直に取れるようになるには時間がかかった。何度、拒否したかわからない。それでも ミカゲ は根気強く、手をさしのばし続け、今もここにいる。
「でも、オレたちももうすぐ卒業かぁ……卒業したら別の部署に配属されるんだろうな。連絡位しろよ?」
「そんな話、まだ早いだろ。卒業試験があるんだぜ。オレはともかくお前は気を抜くなよ」
「どういう意味だよ。オレはともかくってな」
卒業試験は死人が出ることもあるという。これから戦地に出る人間にとっては当たり前の試練かもしれないが、気を抜いていられなかった。
「そこまで言うなら明日の昼飯かけて勝負しようぜ。今日は午後は休講だしな」
戦闘訓練用の広場へ向かい、対峙する テイト と ミカゲ 。最初に攻撃を仕掛けたのは ミカゲ だった。地面を蹴ると猛スピードで接近し、拳をかざす。その手を中心に光が数重の弧を描く。ザイフォンだ。
ザイフォンは万物に宿るエネルギー……「エルブレス」が戦闘用に用いられるときの呼称である。扱えるかどうかは資質により、軍学校ではそれらを扱うものの多くが テイト や ミカゲ の所属する特殊過程へと進む。いわばエリートコースであるが、そこから更にこのガディード帝国の中枢、フォーマルハウト要塞へ入れるのは数十名だといわれるベグライターと呼ばれる幹部補佐になれるのは更にその一握りだ。
「もらったぁ!」
幾度かのザイフォンのぶつかりの後に、 テイト の隙を突いて ミカゲ が跳ぶ。しかしその手は空を切っていた。 ミカゲ の背後に跳んだ テイト の手が、次に瞬間、 ミカゲ の首筋につきつけられていた。
「……降参です、 テイト 君」
両手を挙げて、白旗を振る ミカゲ 。 テイト の明日の食事は確保できたようだった。
「お前、相変わらず強いのな」
「そうか?」
それは実戦を既に積んでいるせいだろう。奴隷といっても テイト は戦闘用の奴隷だった。気づけば幼い頃から戦っていた記憶しかない。安住の場所が得られたのは軍学校に入ってようやくだ。生き抜くにはどうすべきかを知っているつもりだった。
ふと。巨大な影が落ち、流れていく。要塞へと向かうガディードの旗艦だった。
「あれ、カーバンクルだぜ。かっけーな! オレたちも卒業したらあぁいうところに入るのかな」
「そうだな」
「オレ、絶対試験パスするぜ。帝国のために戦って、家族を守るんだ!」
ミカゲ はいつもまぶしい。 テイト には家族などいなかったが、そう言った親友の顔はとても誇らしく見えた。
誕生日を祝ってもらうのは初めてだった。
ミカゲ が誰もいない教室で恥ずかしげもなくクラッカーなど鳴らしたとき、 テイト は泣いていた。
「よし、今日はこれからでかけっぞ!」
「な、なんだよ。どこに行くんだ?」
「本当は休みなら映画とかいろいろ行けたんだろうけどな。……ま、祝ってくれるのは俺だけじゃないってこと」
「?」
涙を強引にぬぐって手を引かれるままついて行く。学校を出るとその前にある広場にやってきた。噴水の前で ミカゲ はきょろきょろと辺りを見回している。
「まだ来てねーのかな」
「なんだ? 誰か来るのか?」
すっと、背後に気配を感じた。両手で顔を覆われそうになり テイト はとっさに拳を後方へ突き出す。
「おわぁ!」
手の主は危うく上半身を逸らせる事でそれを逃れていた。……シンだった。
「お前……何してんだ……?」
「だーれだ、ってしようと思ったのに」
「……?」
聞いたことのない言葉に テイト の眉が寄る。
「だーれだっ!!」
「 ミカゲ ー!」
今度はそれを躊躇なく ミカゲ が実演して見せた。同じように殴られかけてそれをかわして笑う二人。
「なんなんだよ、お前らは」
それが何を指しているのかは今の行動でわかった。が、全く意味がわからない。 テイト は思わず額に手を当てた。
「 テイト 、今日誕生日なんだってね。おめでとう!」
「……!」
屈託なくシンが小さな包みをまっすぐ差し出した。胸元に突きつけられたそれを受け取る。シンはあれから何度か会っていた。いつもどこか飄々としていてどこか苦手なところも感じていたが……祝ってくれる人はどうやらシンに違いはないようだった。
「開けないのか?」
「……開けて、いいのか?」
ちらりと見るとシンは頷いた。 テイト を真ん中に三人で噴水のふちに腰をかけて包みを開く。
小さな箱に入ったのは、小さな宝石に刻印の入った細いブレスレットだった。
「おー、きれいだな」
「エウロスのアミュレットだよ。何にしようか迷ったんだけど…… テイト 、小さい頃の記憶がないんでしょ?」
「…… ミカゲ 」
ぎらん、とにらみつけると ミカゲ は上半身だけ退いてどうどうと手でジェスチャーした。話すとしたらこいつしかいない。
「だから、それが戻るといいかなーって」
「……そういうお守りなのか?」
「知らない? エウロスは記憶をつかさどる神様なんだよ。ちゃんとグラキエース家で聖別されてるやつだから、出所は確かだよ」
そう言ってシンは静かに笑った。
「グラキエース家って言ったら神々の家(セラフィム)……四大公主のひとつじゃないか! ……そんなのどこから手に入れたんだ?」
「秘密」
シンの笑みが少し質を変えた。
「グラキエース家って?」
テイト は多くのことを知らない。十四歳で軍学校に編入するまでは、ずっと「飼われて」いたからだ。 ミカゲ はそれに慣れていて、いつも当然のように教えてくれた。
「グラキエース家はエウロスの血を引く人たちの末裔だって言われてるんだ。まぁ帝国の中でも特別な一族だな。ちなみにオレもそれ以上のことは知らない」
「えらそうに言うなよ」
神の存在なんて、信じる信じない以前の問題だが、シンの気持ちは嬉しかった。その時はまだ素直に笑うことも出来ず、身に着けるには少し恥ずかしかったが、それから テイト はそれを持ち歩くようになった。それが半月前の話。
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