12.選ぶべき道
「久しいな。……グラキエース家が連れ出していって以来だ。まさかテイト=クラインとともに行動をするとは思わなかったが」
「テイト=クラインも確かアビス元帥が飼ってらっしゃいましたね。彼が神の瞳を持っているとご存じだったのではないですか」
「さてな」
フォーマルハウト要塞の中枢、元帥の部屋でエンデは後ろ手を組み、まっすぐにアビス元帥の前に立っていた。
「この子を飼い始めたのは単なるコレクションでもある。見たか? 見事な黒髪にブラックアイだ。幼いころから今も変わらぬ。加えて高い身体能力。私の身辺警護につけようと思っていたんだがね……」
「今となっては、無理でしょう。しかし、今回の真相は機密事項。グラキエース家の手前もありますし、表だって処分するわけにも参りますまい」
「何が言いたいのだ?」
「私に、譲っては頂けないでしょうか」
エンデが答える。無論、テイトをおびき出すための駒として利用するためだった。元帥も考えあらば断わりはしないだろう。しかし、思っていたよりもアビスは狡猾だった。
「駄目だ。お前の扱いでは醜く殺しかねん。そうなってはグラキエース家との関係に亀裂が入る。グラキエース家は、この帝国にとってまだ利用できる存在だ」
「ならば元帥はどのようにこの者を処分すると?」
「ふふ、この子は優秀な軍人だ。……候補生になってもらおう」
「……」
テイトの拘束に重きを置くか、グラキエース家との関係に重きを置くかの問題だ。元帥にとっては国益を考え、後者の方が今は重要事項らしかった。無理もないだろう。軍はテイトの拘束は時間の問題だと考えている。
そしてシンの処遇。候補生と言えば聞こえがいいが、それはいわば実験体だった。その役割はアズラエルの秘石の使い手として、秘石とリンクすること。
未だに使い手の現われないアズラエルの「実験」は多くの候補生の屍の山を作り上げてきたという現実がある。
「グラキエース家に敬意を表し、名誉ある死を、与えよう」
「はっ」
元帥の命令は絶対。エンデは深々と頭を下げ、部屋を去った。
投獄、というにはきれいな部屋だった。幽閉、と言う方が正しいのだろうか。鉄格子のついた入り口を見ながら考える。監禁、これも違う気がうする。
すっかりエンデかハウル辺りが来るかと思っていたが、そこに来たのはアビス元帥その人だった。
「三日後に君は、候補生として役立ってもらうことになる」
そう言っていた。何か貴重な人材とみなされたらしい。
エンデのやり方らしくはなく、自分はどうやら正当な帝国軍のやり方で、処罰されるようだ。
おそらく、シンの表向きの罪は反逆罪だからだろう。裏を知っているなら囮としても使われていいわけで。むしろ自分ならそうする。それを考えると軍のやり方とは別に、エンデが単独で動いているようにも思われた。
憶測ばかりが脳裏を通りすがって行く。ふと、シンは近づいてくる足音で顔を上げた。
「シン……無事か!」
「ウィス? ……どうしてここに」
鉄格子ごしに現われたのは、グラキエース家の子息のウィスだった。シンが守りたいと思って軍を志望した理由の一つ、彼女の「家族」だ。
「それはこっちのセリフだ。一体、何をしたんだ」
話せば長くなる。シンは考えたが話さないことにした。
「ウィスのことは巻き込みたくない。だから話せない」
「何言ってるんだ。……もう少しだけ待ってろ。オレが必ず出してやるから」
「待って」
鉄格子を握る手にシンは自分の手を添えた。
「私なら大丈夫だから。ウィスは、余計なことはしないで」
「余計なことって!」
「ウィスにはちゃんと軍人として、グラキエース家の人間としてやるべきことがあるでしょう? ……みんなを守ってあげて」
「馬鹿か……!」
小声でもウィスは語気を強く手を引いた。
「オレはお前を守るために軍人になったんだ。これじゃあ意味がない」
「じゃあ尚更ここにいて。私はもう、ここにいることは出来ないと思う。だから、ウィスにはここで出来ることをして欲しい」
「……オレがここにいることで、お前の力になれるのか」
「なれるよ」
打算などしていない。けれど、強い心の支えにはなるだろう。シンは微笑う。まだ重なったままの右手を、ウィスは静かにほどいた。そして今度はシンの手に自分の手を重ねる。
「わかった。でも、お前が困っている時には駆けつけるから」
「ありがとう。……さ、行って。どうせ無断で侵入してきたんでしょ? あんまり心配させないでよ」
「それはオレのセリフだ」
溜息とともにウィスは手を離した。一度だけ振り返って、彼は駆けて行った。
やっと得られた大事な家族。失う訳にはいかない。例え、自分の道が、この先途切れてしまっても。
敗走せざるを得なかった。大した包囲網もなく戦線から離脱できたのは幸いだったろう。テイトたちは聖域まで退いていた。聖域外ではいつまた帝国軍に遭遇するかわからない。といってもここにテイトがいることを知られたら、また帝国の手は及ぶだろうが。
「仕切り直しだな」
白い部屋の壁に背をもたれかけてランバートが言った。
「…………」
「どうしました? テイト君。まだどこか痛みますか」
テイトの負った傷はミストが癒してくれた。けれど胸の痛みは引くことはなかった。シンが連れて行かれた。またミカゲのようになるのではないか、ラグエルの秘石が使えれば今すぐ帝都に乗り込みたい。けれど、これは自分のものではない。返さなければならない。何を優先すべきかは全くわからなかった。
「ルディアス王子にはいつ会える? 場所は変えた方がいいな」
そんな心情などお構いなしに、話を進めるヒュー。テイトはヒューを見たが、怒りをぶつけるほどの気力はなかった。
「なんて顔してんだよ」
「だって……シンが連れて行かれたんだ。オレをかばったから、オレの代わりに……!」
「それでお前は何がしたいんだ」
「それは……」
口ごもる。助け出すには足りないものだらけだ。
「シンなら、ミカゲみたいにはされねーよ」
「なんでそう言い切れんだよ!」
「今のお前には選択権があるからだ」
「選択……権?」
ヒューの表情は至極真剣だった。
「理由はふたつ。今のお前は危険だ。またいつラグエルの秘石を暴走させるかわからない。それはあいつらにとっても大きなデメリットだ。もうひとつは俺たちの存在。エウロスとボレアスがいるから奴らはうかつに手を出してこられない。特に闇の者を使っても無意味だと理解しているはずだ。……力押しがリスキーな以上、取引をするには、シンをソウルイーターに変える理由はないってことだ。奴らも二の舞を演じるようなことはしてこないだろう」
本当に? シンは無事なのか。テイトはヒューをただ見上げる。
「人質は生きていてこそ価値がある。でもな、取引にせよ罠にせよ、仕掛けられる時は来る。それだけは覚悟しておけ。その時、お前はどうするか。その答えはお前の中にしかないんだ」
今度こそ、守りたい。その時はチャンスだと思った。そう思える自分がいる。その方法は、まだわからなかったけれど。
「絶対に取り戻す」
「そうか」
くしゃ、と髪をかきまわされる。
「じゃあ、リンドブルムに行かないとだな」
力が必要な時なのに、それは手離さなければならないという矛盾。それだけは少し心許ない。けれど、それもまた自分が選んだ選択には違いなかった。