エピローグ
別れのときは突然だった。
覚悟はしておかなければならないことだったのだろう。それでも、突然だった。
雪のように降り注ぐ最後のその光が溶けて消えたその時。
テイト は振り返り、それが訪れるのだと言うことを知った。
「ヒュー、お前の体……」
「随分早いお迎えだな」
透けている。手を伸ばす。だが、触れることは出来た。けれど、もうそこに温かさはなかった。
「なんでだよっ! やっとみんな終わったのに……またオレは失くすのかよ!」
「何もなくならねーよ」
笑顔で見送ってるべきなのだろう。けれど、心の痛みには逆らえない。いつも願うほどに失っていくのはなぜだろう。俯くと涙はとめどなく落ち地面をぬらした。
「お前のここにあるさ。ずっと、残ってる」
ヒューが テイト の胸を拳で小突いてくる。
ずっと……残ってる……?
「『汝の中に我がいる限り、常に我の心は汝と共にある』。……たまには聖典でもめくってみろ」
「ヒュー……」
「……またな」
その視線が笑顔と共にシンを巡り、それから手は テイト の頭に伸びる。いつもの感触。けれどそれがふいに軽くなり……ヒューの姿は光と共に消え、その欠片はふわりと空へと溶けた。
ミカゲ はそれを見送り、だが自らにも訪れている変化を知る。光となって乖離する。人としての、存在が消える。
テイト は行く手を享受したその顔をどこかもどかしい思いでみつめた。二度も同じ名前の人間に消えて欲しくない。だが、それを言うことはできなかった。
「 ミカゲ ……?」
シンがその名を呼んだ。遥かを見上げていた視線が戻ってくる。何も言わない青年をシンはみつめていたが、言葉もなくシンは ミカゲ に抱きついた。
「……きっとまた会える」
「うん、約束だよ」
ミカゲ も優しく抱きしめ返す。その顔が微笑んだ。今まで見たことがない、本当の、心からの笑顔。幸せそうな顔だった。シンの腕の中で ミカゲ は姿を消した。そして、 ミカゲ がそうしていたようにシンもまた ミカゲ が消えた後に残る光が消えていく空を見上げていた。
ひどく切なそうな微笑みで。
教会は静かだった。
ミカゲ もランバートも、ヒューもミストももういない。
残されたティアスはルディアスと聖域で再会を果たした。笑顔を交わしあう兄妹の姿。それだけが救いだった。
それから一ヵ月後、王国の復興が宣言される。
その数年の後には、ルディアスはエムスの手を借りてエディフィス再興に乗り出していることだろう。
シンと テイト は教会に留まっていた。互いに離れるには思い出がありすぎる。 テイト はルディアスが動けるようになり次第、共にエディフィスへ向かうことを決めていたが、それまではここへ留まるつもりだった。
シンはグラキエース家と教会を行き来する日々を送っている。軍からは離れ、やはり王国復興のために神々の家(セラフィム)の人間として、尽力することを決めていた。数日後には テイト と共にアルブム家を訪れることにもなっている。
そんなある日、シンが黒い獣を拾ってきた。
「……ほら、将来有望だよ。絶対かっこよくなるって」
「それ、魔獣だろ。いいから返して来い!」
「えー、でも親とはぐれてたみたいだし……」
全くどこから拾ってきたのか。魔獣の子供は妙に人懐こく、シンに撫でられて気持ちよさそうな顔をしている。
「はい、パス」
「パスじゃないって!」
やわらかい。動物に触れるのはあまり経験がないことだ。腕の中に放り入れられてだが、 テイト はその感触に言いながらも安らぎを覚えた。
そこにルディアスを支えたティアスが現れる。
「なんだ? 魔獣? ……どうしたんだ」
「シンが拾ってきたんだ。早く返して来いって言うんだけど……」
「でも」
ティアスがその小さな獣を覗き込んだ。
「この子、……同じ色」
「色?」
「 ミカゲ 君と同じ」
この子は人の魂の色が時々見えるんですよ。
微笑みとともにミストの声がふいに聞こえた気がした。
あなたの魂は何色なんでしょうね?
「 ミカゲ と、同じ……?」
ティアスは微笑んで頷く。腕の中にいる小さな獣を テイト はまじまじとみつめた。
同じ色の魂、それはつまり。
「 ミカゲ ……なのか?」
小さな獣は答えるように鳴いた。はじかれたように テイト は強くそれを抱きしめる。
だとしたら、どれほど救われることだろう。 ミカゲ 、オレは、またお前に会うことが出来たのだろうか。
ささやかな笑顔に囲まれ、風が渡っていく。穏やかな時間、青い空、それは不変のように聖域に満ち溢れている。
『親友。未来でまた、会おう』
よぎるのは ミカゲ の最期の笑顔。
その声が、聞こえた気がした。
記憶の歌 -MEMORY OF LIFE- 完
覚悟はしておかなければならないことだったのだろう。それでも、突然だった。
雪のように降り注ぐ最後のその光が溶けて消えたその時。
テイト は振り返り、それが訪れるのだと言うことを知った。
「ヒュー、お前の体……」
「随分早いお迎えだな」
透けている。手を伸ばす。だが、触れることは出来た。けれど、もうそこに温かさはなかった。
「なんでだよっ! やっとみんな終わったのに……またオレは失くすのかよ!」
「何もなくならねーよ」
笑顔で見送ってるべきなのだろう。けれど、心の痛みには逆らえない。いつも願うほどに失っていくのはなぜだろう。俯くと涙はとめどなく落ち地面をぬらした。
「お前のここにあるさ。ずっと、残ってる」
ヒューが テイト の胸を拳で小突いてくる。
ずっと……残ってる……?
「『汝の中に我がいる限り、常に我の心は汝と共にある』。……たまには聖典でもめくってみろ」
「ヒュー……」
「……またな」
その視線が笑顔と共にシンを巡り、それから手は テイト の頭に伸びる。いつもの感触。けれどそれがふいに軽くなり……ヒューの姿は光と共に消え、その欠片はふわりと空へと溶けた。
ミカゲ はそれを見送り、だが自らにも訪れている変化を知る。光となって乖離する。人としての、存在が消える。
テイト は行く手を享受したその顔をどこかもどかしい思いでみつめた。二度も同じ名前の人間に消えて欲しくない。だが、それを言うことはできなかった。
「 ミカゲ ……?」
シンがその名を呼んだ。遥かを見上げていた視線が戻ってくる。何も言わない青年をシンはみつめていたが、言葉もなくシンは ミカゲ に抱きついた。
「……きっとまた会える」
「うん、約束だよ」
ミカゲ も優しく抱きしめ返す。その顔が微笑んだ。今まで見たことがない、本当の、心からの笑顔。幸せそうな顔だった。シンの腕の中で ミカゲ は姿を消した。そして、 ミカゲ がそうしていたようにシンもまた ミカゲ が消えた後に残る光が消えていく空を見上げていた。
ひどく切なそうな微笑みで。
教会は静かだった。
ミカゲ もランバートも、ヒューもミストももういない。
残されたティアスはルディアスと聖域で再会を果たした。笑顔を交わしあう兄妹の姿。それだけが救いだった。
それから一ヵ月後、王国の復興が宣言される。
その数年の後には、ルディアスはエムスの手を借りてエディフィス再興に乗り出していることだろう。
シンと テイト は教会に留まっていた。互いに離れるには思い出がありすぎる。 テイト はルディアスが動けるようになり次第、共にエディフィスへ向かうことを決めていたが、それまではここへ留まるつもりだった。
シンはグラキエース家と教会を行き来する日々を送っている。軍からは離れ、やはり王国復興のために神々の家(セラフィム)の人間として、尽力することを決めていた。数日後には テイト と共にアルブム家を訪れることにもなっている。
そんなある日、シンが黒い獣を拾ってきた。
「……ほら、将来有望だよ。絶対かっこよくなるって」
「それ、魔獣だろ。いいから返して来い!」
「えー、でも親とはぐれてたみたいだし……」
全くどこから拾ってきたのか。魔獣の子供は妙に人懐こく、シンに撫でられて気持ちよさそうな顔をしている。
「はい、パス」
「パスじゃないって!」
やわらかい。動物に触れるのはあまり経験がないことだ。腕の中に放り入れられてだが、 テイト はその感触に言いながらも安らぎを覚えた。
そこにルディアスを支えたティアスが現れる。
「なんだ? 魔獣? ……どうしたんだ」
「シンが拾ってきたんだ。早く返して来いって言うんだけど……」
「でも」
ティアスがその小さな獣を覗き込んだ。
「この子、……同じ色」
「色?」
「 ミカゲ 君と同じ」
この子は人の魂の色が時々見えるんですよ。
微笑みとともにミストの声がふいに聞こえた気がした。
あなたの魂は何色なんでしょうね?
「 ミカゲ と、同じ……?」
ティアスは微笑んで頷く。腕の中にいる小さな獣を テイト はまじまじとみつめた。
同じ色の魂、それはつまり。
「 ミカゲ ……なのか?」
小さな獣は答えるように鳴いた。はじかれたように テイト は強くそれを抱きしめる。
だとしたら、どれほど救われることだろう。 ミカゲ 、オレは、またお前に会うことが出来たのだろうか。
ささやかな笑顔に囲まれ、風が渡っていく。穏やかな時間、青い空、それは不変のように聖域に満ち溢れている。
『親友。未来でまた、会おう』
よぎるのは ミカゲ の最期の笑顔。
その声が、聞こえた気がした。
記憶の歌 -MEMORY OF LIFE- 完