24 .決戦
ブラックフェンリルは聖域まであと一日の距離に迫っていた。
それが テイト たちを追ってか、それとも別の任務で通過をするつもりなのかは定かではない。ただ、帝都と言う檻から出てきた今こそ、エンデを引きずり出すチャンスともいえる。
聖域を巻き添えには出来ない。そんなこともあって、 テイト たちは迎え撃つことに決めた。イーグルを駆って近づくその時。薄い雲を抜けるとそこには巨大な飛行艇の姿が眼前に現れた。
急襲に、警告音が鳴り響いている。その最上部のガラスの向こう。みつけた、エンデだ。
シンがイーグルの速度を上げるとぶつかるかと思われたその手前で機首をひらめかせ、攻撃に打って出た。万一の為に神の瞳の力は未だ健在だ。それは強化ガラスを木っ端みじんにして司令室へ風穴を開ける。エンデは無傷だったが、すかさず反撃に出てきた。手を挙げる。その力の起動速度は半端ではない。次の攻撃のモーションに移っていたシンの前に闇色のザイフォンが刃となって迫ったが、ヒューと ミカゲ がイーグルを滑り込ませエルブレスで障壁を作った。
その隙に テイト が割って入り、ラグエルの秘石を発動させる。ブラックフェンリルの司令室は半ばむき出しになり凄惨な姿をさらした。
司令室にはエンデの他には誰もいなかった。おそらく、一般兵は退避したのだろう。おおよそ、神の瞳になど叶うはずもない。叶いうる者たちの争いに巻き込まれないよう。
それぞれがブラックフェンリルの上に降り立った。
「揃った神の瞳を前に、よく現われる気になったな」
「それらは私がもらいうけるものだ。お前たちにとってチャンスかもしれないが、私にとってもチャンスであると、考えられはしなかったのか?」
エンデはあくまで態度を崩さない。悠然と笑むその自信の根拠は何なのか。 テイト が手のひらをエンデにつきつけた。
「お前に奪われた数々のもののために、お前を討たせてもらう」
「できるのか? テイト =クライン」
その背後に、二人になった人影が現われる。ハウルとグラスだった。
「わるいけど、もう遊びは終わりだよ」
「我が主の為に、糧となっていただきます」
テイト に向かって、二人は床を蹴った。ランバートが守るように前へ出る。繰り出された剣と拳とを辛うじて捌く、その横からヒューが加勢をかける。
「お前らじゃ役不足だ! 頭数も足りてないぜ」
「では、本気を出すまでですよ」
めきり。ふいに、ハウルの背に翼が生えた。骨格をかたどっただけの片翼。それは「 ミカゲ 」と同じものだった。
「お前……まさか!」
「そのあたりのソウルイーターと一緒にしてもらっては困りますよ。私の魂の半分は既にエンデ様の元に」
エンデを振り返る。エンデは口元だけで笑っていた。
「やっぱり、 ミカゲ をあんな姿にしたのはお前だったのか!」
「それでどうする。復讐でもしてみるか?」
「……っ」
その気持ちではエンデには届かない。それはミストにも言われていることだ。復讐などでなく、だが、今、目の前にある使命を全うすることが償いになるのなら。 テイト は手をかざして光弾をエンデに向かって放った。シンも併せて動いてくれる。
だが、効かない。
「わかるか? 私とお前たちの力の差。いくら神の瞳を持ったところで情を捨てなければ私にはかなわない。この第三大陸(トレース)ごと吹き飛ばすほどの力の行使を選ぶならば勝機もあろうが……できまいな」
「このっ」
かざす手。しかし、エンデがいつのまにかその背後を取っていた。ひゅっと風が薙いで間一髪 テイト はそれを避けた。つもりだった。
「ぐっ」
しかし左の脇腹を剣でえぐり取られた。よろめく テイト の前にシンと ミカゲ が出る。
接近戦は駄目だ。こいつはミカエルと同じ、いやそれ以上の力を持っている。捕まったら吹き飛ばされる。ルディアスのように刺し違えなければ難しいだろう。それを理解していても テイト が動けないのでシンと ミカゲ もその場を離れられない。
しかし、 ミカゲ が前衛に入りシンがアズラエルの秘石を用いることでエンデは後退した。隙をついて、 ミカゲ がエルブレスで傷を素早くふさいでくれる。
ヒューとランバートはハウルとグラスを一対一で相手をしていた。しかし、押されている。例えエウロスの力を持ってしてもグラスは半分は戦闘用の兵器だ。言いかえれば闇に対抗できるエルブレスの力も、ラファエルにとっては万能ではない。それにヒューは遠隔攻撃型だ。距離を詰めるグラスの相手は向いていなかった。それに加えて、エンデは テイト とシンを射程範囲から離そうとはしなかった。
「もうっ鬱陶しいなぁ。あんまり向いてないけど……一匹ずつ仕留めちゃおうか」
「いいですよ、どれからいきます?」
一度距離を取ったハウルとグラスがそんなふうに言いあっている。
「こいつからだ!」
初めて、彼らは協力してその一人に襲いかかった。狙われたのはランバートだった。
「ランバート!」
「助けたければ助ければいい。お前は、無力だ」
そばにいた テイト が割って入る。しかし、逆に テイト はランバートに突き飛ばされてしまう。ランバートは悟っていた。
グラスのザイフォンは弾いた。だが、ハウルの剣はその体に深々と埋め込まれる。いつになく、禍々しい闇を纏った剣だった。
ハウルがにやりと笑みを受かべる。闇はランバートの体を浸食するような勢いでその体に入り込んでいた。
しかし。次の瞬間、ハウルのその瞳が驚愕に見開かれた。
ランバートの拳が、いつか見た光景のようにハウルの胸に埋まっていた。
「……お前の魂は、神のもとには召されない」
ずっ、とその手を引き出す。その光は禍々しい暗紫色だった。
「ま、さか……私が、ボレアスごときに……とは、ね」
ぼろりと翼が崩れ落ちた。そしてその姿は煙のように消え失せる。だが、ランバートの体もまた、揺らいでいる。
「ランバート……ランバート!」
「すまない、 テイト 。俺はここまでのようだ」
鳥に生まれ変わりたいと願ったランバート。
その姿は空に、風に溶けて消えた。
また、一人自分をかばったせいで逝ってしまった。
「だからいったろう。お前は無力だと」
「うるせぇ! ……お前だけは許せない」
「それはこっちのセリフだよ。残り全員、ボクが殺してやるよ」
ラファエルが、エンデの前に立った。
エンデが動いた。次に狙ったのはシンだった。
ミカゲ の一閃を潜り抜け、その首筋を片手でとらえる。吊るしあげ、 テイト は再び足を止めた。
「殺しはしない。アズラエルの秘石は我が魂なのだから」
だが、その手には確実に力がこめられていた。
「いい加減に、しやがれ!」
ヒューの一撃もたやすく弾かれてしまう。ラグエルの秘石を今、使えば退くことは出来るだろう。けれど、シンがいるのにどうして使えよう。エンデはそれも見こしているのだ。だが、暴走させるわけにはいかない。 テイト は湧きあがってくる怒りと力を抑えた。ここで暴走したら、また、大事なものを壊してしまう。
しかし、無情にもエンデの手の内で、反発していたシンの腕が力なく落ちた。エンデが手を緩める。だがシンの体は崩れずに、膝をつき、それからふわりと浮かびあがった。隣にやって来ていたラファエルの肩に両手を乗せ、笑う。その瞳は緋色。黒い翼が広がっていた。
『心楽しきおとないをするものよ』
シンの声でそれは言った。
「あれー? これってアズラエル? ……僕たちの味方かな」
『傲慢なる行いを、我が前に悔い改めよ』
「!」
しかし、次の瞬間。ラファエルの体は背後から貫かれていた。シンの腕に、だ。エンデの表情がわずかに動く。シンは血に濡れた腕を引き抜き、ラファエルは倒れた。
「シン……じゃない?」
まさか、また。とも思ったが、そうとも違うようだった。ルシフェルに同調しているならばラファエルを殺しはしないだろう。だとしたらあれはなんなのか。
『残るは貴様か? 相手をしてやろう』
「『アズラエル』か……」
エンデがはじめて苦々しい顔を見せ、手をかざした。放った力は相殺。かと思われたが、シンの方が早い。次の攻撃は、すさまじい爆音とともにエンデを虚空に追いやることに成功していた。
しかし、エンデもただの人間ではない。いつのまにかラファエルを抱えると紅い半透明の羽を背に中空に留まり、銀の髪の下で赤い瞳がふっと笑みを浮かべた。ラファエルの姿が消え、光がルシフェルに流れ込む。吸収しているのだ。
それを見上げる テイト たちの後ろからシンが駆け、ブラックフェンリルを蹴った。中空で手をかざすと光が降る。制御を解いたかと思われるほどの光量が炸裂した。
「……っ!」
「ぼさっとしてる場合じゃないぜ、 テイト 、いけるか?」
「あぁ!」
ヒューと ミカゲ はイーグルを駆り、 テイト もまた中空へと身を投げ出す。ラグエルの秘石がその体を支えてくれた。
「くっ!」
容赦ない追撃を受けて、ルシフェルは地上へ下る。
「まずいぜ」
その先にはミストとエムスが待っていた。
そんなことなど知る由はなかったのだろう。だが、万一エクライザーであるエムスが殺されれば全ての決着はつかなくなる。だが、ルシフェルはミストを見つけ、壮絶な笑みを浮かべた。「ウリエル」の統合を狙っているのだ。
地上へつくかと思われたその時、 テイト とシンが先周りに成功し、彼らの間に立った。
その時には、ルシフェルの顔からは余裕が消えていて忌々しげにシンを見る。
「貴様は、私の半身。神の手に落ちたままだとはな」
『私は「アズラエル」。魔王ではない。全ては主の望むままに……』
アズラエルが瞳を閉じる。ゆっくりと次に開かれたその時、その瞳の色は深淵の黒だった。
「シン、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。必要だから任せた。アズラエルはルシフェルを自らの内に帰したがっているんだ。それが『彼』の本来の役割だから。私はもう、魔王のかけらには飲まれない」
シン、アズラエル、そしてシャイターン。混在する三つの意思。シンはそれを統合したようだった。
テイト が、再び手をかざした。大地に文様を穿つことももう辞すつもりはない。空に、光のかけらが集いだす。雲は渦巻き、誰もに神の光の訪れを予感させた。
「エンデ。いや、ルシフェル、これで終わりだ」
ヒューが、 ミカゲ が、ミストが、そしてエムスが見守る。光の裁きは下った。凄まじい轟音とともに大地が光に穿たれていく。ルシフェルの叫びは光の奔流の中に消えた。
だが、ルシフェルは滅しはしなかった。焦土の中で立ち上がると、六対の紅の羽を広げ、浮かび上がる。その顔に、覇気はなかったが、逆に静けさが不安をかきたてるようだった。
くつくつとその顔が笑いに歪む。
化け物だ。神の瞳の攻撃を、耐えきった。
「地獄巡りの片道切符は貴様等の命で買ってもらうとするぞ」
「まさか今から本領発揮ってわけか……?」
各々武器を構える。攻撃が、来る……!
「滅びの風をその身に受けるがいい!」
風が渦巻いて、強刃となりふりそそぐ。 ミカゲ とヒュー、ミストがエルブレスでシールドを張る。耐えられる。 テイト はその隙を縫って、ラグエルの秘石を用いて攻撃に切り替える。
「 テイト 君、エクライザーを使うんだ」
攻撃の準備をしていると、ミストがそう話しかけてきた。
「でも、今神の瞳を無力化したら……!」
「大丈夫、僕がなんとかするから」
「なんとかって……」
こんな時なのに、いつもと同じ頬笑みを向けてくるミスト。 テイト は少しだけ迷ったが、ミストを信じることにした。
「エムス、エクライザーを」
「あぁ」
容赦なく降り注ぐ風の中で、エムスが祝福の歌を唱え始める。ぼうっと地面に光の法陣がひかれ、その両サイドに テイト とシンは立った。神をたたえる言葉は短くはない。ルシフェルはその間も攻撃を繰り出したが、 ミカゲ とヒューがそれを果敢に防いでいる。そしてミストは見た。 テイト とシンから神の瞳が離れ、その手に収まるのを。それは淡い銀と黒曜となり静かな光を放っている。ふたつの神の瞳はやがて光を純白に変え、再び、主の身の内に沈んだ。
どうすればいいのかがわかる。シンと頷きあい、ルシフェルを振り仰ぐ。もうそこに大地に光を降り注ぐほどの力はない。けれど、祈りの力はこの戦いを終わらせるのに必要だった。ミストは微笑み、空へと手をかざす二人の背を見た。
静かに瞳を閉じるミスト。自分も、運命に抗う時が来たのだ。見上げる。その先には銀の髪の悪魔の姿がある。ルシフェルはすべてを破壊する序曲を奏でるように、嘲笑を繰り返した。
「その程度か? エウロスにゼフィロスよ。ボレアスのように死に行くがいい」
「そんなことはさせないよ」
「!?」
ルシフェルの動きが不意に止まった。その背後にミストの姿があった。
その手が、ルシフェルにゆるりと絡む。少しだけ寂しげな顔でミストはルシフェルに笑いかけた。
「君も僕と一緒に行こう。もう、何も壊さなくていいんだ」
ノトスの心を持つミスト。それともそれは元来彼にあったものなのだろうか。ミストは振りほどこうとするルシフェルを、だが、それをしのぐ力で押さえつけた。
その行動が何を意味するのかわかる。 テイト とシンは後ろ髪を引かれる思いで天に向けた手に意識を集中する。暖かな光が、生まれた。
「貴様……っ! 離せ!」
「僕たちは、人として長く生きすぎたんだよ。君だって本当は知ってるだろう? 何かを愛する気持ち」
ルシフェルの力が緩まる。怪訝な顔でルシフェルは刹那、ミストの顔を見た。
「そんなものなど……」
「僕はね、この世界を、人を、愛しているよ。今度こそ……」
光が満ちる。ふいに涙でにじんだ視界を覆っていく。ミストは消えてしまう。また、自分が消してしまう。大事にしてくれた人、大事なことを教えてくれた人。
「人として、生まれ変わるんだ──……」
神の瞳から生まれ出でた光は、遂に天頂まで白く染め上げ、そして、音もなく消えた。
鳥の去った後のように、白い羽が、淡い光が雪のように舞い落ちる。
もう何もいないその空に。
テイト はそれをいつまでも見上げていた。
いつまでも、いつまでも……
それが テイト たちを追ってか、それとも別の任務で通過をするつもりなのかは定かではない。ただ、帝都と言う檻から出てきた今こそ、エンデを引きずり出すチャンスともいえる。
聖域を巻き添えには出来ない。そんなこともあって、 テイト たちは迎え撃つことに決めた。イーグルを駆って近づくその時。薄い雲を抜けるとそこには巨大な飛行艇の姿が眼前に現れた。
急襲に、警告音が鳴り響いている。その最上部のガラスの向こう。みつけた、エンデだ。
シンがイーグルの速度を上げるとぶつかるかと思われたその手前で機首をひらめかせ、攻撃に打って出た。万一の為に神の瞳の力は未だ健在だ。それは強化ガラスを木っ端みじんにして司令室へ風穴を開ける。エンデは無傷だったが、すかさず反撃に出てきた。手を挙げる。その力の起動速度は半端ではない。次の攻撃のモーションに移っていたシンの前に闇色のザイフォンが刃となって迫ったが、ヒューと ミカゲ がイーグルを滑り込ませエルブレスで障壁を作った。
その隙に テイト が割って入り、ラグエルの秘石を発動させる。ブラックフェンリルの司令室は半ばむき出しになり凄惨な姿をさらした。
司令室にはエンデの他には誰もいなかった。おそらく、一般兵は退避したのだろう。おおよそ、神の瞳になど叶うはずもない。叶いうる者たちの争いに巻き込まれないよう。
それぞれがブラックフェンリルの上に降り立った。
「揃った神の瞳を前に、よく現われる気になったな」
「それらは私がもらいうけるものだ。お前たちにとってチャンスかもしれないが、私にとってもチャンスであると、考えられはしなかったのか?」
エンデはあくまで態度を崩さない。悠然と笑むその自信の根拠は何なのか。 テイト が手のひらをエンデにつきつけた。
「お前に奪われた数々のもののために、お前を討たせてもらう」
「できるのか? テイト =クライン」
その背後に、二人になった人影が現われる。ハウルとグラスだった。
「わるいけど、もう遊びは終わりだよ」
「我が主の為に、糧となっていただきます」
テイト に向かって、二人は床を蹴った。ランバートが守るように前へ出る。繰り出された剣と拳とを辛うじて捌く、その横からヒューが加勢をかける。
「お前らじゃ役不足だ! 頭数も足りてないぜ」
「では、本気を出すまでですよ」
めきり。ふいに、ハウルの背に翼が生えた。骨格をかたどっただけの片翼。それは「 ミカゲ 」と同じものだった。
「お前……まさか!」
「そのあたりのソウルイーターと一緒にしてもらっては困りますよ。私の魂の半分は既にエンデ様の元に」
エンデを振り返る。エンデは口元だけで笑っていた。
「やっぱり、 ミカゲ をあんな姿にしたのはお前だったのか!」
「それでどうする。復讐でもしてみるか?」
「……っ」
その気持ちではエンデには届かない。それはミストにも言われていることだ。復讐などでなく、だが、今、目の前にある使命を全うすることが償いになるのなら。 テイト は手をかざして光弾をエンデに向かって放った。シンも併せて動いてくれる。
だが、効かない。
「わかるか? 私とお前たちの力の差。いくら神の瞳を持ったところで情を捨てなければ私にはかなわない。この第三大陸(トレース)ごと吹き飛ばすほどの力の行使を選ぶならば勝機もあろうが……できまいな」
「このっ」
かざす手。しかし、エンデがいつのまにかその背後を取っていた。ひゅっと風が薙いで間一髪 テイト はそれを避けた。つもりだった。
「ぐっ」
しかし左の脇腹を剣でえぐり取られた。よろめく テイト の前にシンと ミカゲ が出る。
接近戦は駄目だ。こいつはミカエルと同じ、いやそれ以上の力を持っている。捕まったら吹き飛ばされる。ルディアスのように刺し違えなければ難しいだろう。それを理解していても テイト が動けないのでシンと ミカゲ もその場を離れられない。
しかし、 ミカゲ が前衛に入りシンがアズラエルの秘石を用いることでエンデは後退した。隙をついて、 ミカゲ がエルブレスで傷を素早くふさいでくれる。
ヒューとランバートはハウルとグラスを一対一で相手をしていた。しかし、押されている。例えエウロスの力を持ってしてもグラスは半分は戦闘用の兵器だ。言いかえれば闇に対抗できるエルブレスの力も、ラファエルにとっては万能ではない。それにヒューは遠隔攻撃型だ。距離を詰めるグラスの相手は向いていなかった。それに加えて、エンデは テイト とシンを射程範囲から離そうとはしなかった。
「もうっ鬱陶しいなぁ。あんまり向いてないけど……一匹ずつ仕留めちゃおうか」
「いいですよ、どれからいきます?」
一度距離を取ったハウルとグラスがそんなふうに言いあっている。
「こいつからだ!」
初めて、彼らは協力してその一人に襲いかかった。狙われたのはランバートだった。
「ランバート!」
「助けたければ助ければいい。お前は、無力だ」
そばにいた テイト が割って入る。しかし、逆に テイト はランバートに突き飛ばされてしまう。ランバートは悟っていた。
グラスのザイフォンは弾いた。だが、ハウルの剣はその体に深々と埋め込まれる。いつになく、禍々しい闇を纏った剣だった。
ハウルがにやりと笑みを受かべる。闇はランバートの体を浸食するような勢いでその体に入り込んでいた。
しかし。次の瞬間、ハウルのその瞳が驚愕に見開かれた。
ランバートの拳が、いつか見た光景のようにハウルの胸に埋まっていた。
「……お前の魂は、神のもとには召されない」
ずっ、とその手を引き出す。その光は禍々しい暗紫色だった。
「ま、さか……私が、ボレアスごときに……とは、ね」
ぼろりと翼が崩れ落ちた。そしてその姿は煙のように消え失せる。だが、ランバートの体もまた、揺らいでいる。
「ランバート……ランバート!」
「すまない、 テイト 。俺はここまでのようだ」
鳥に生まれ変わりたいと願ったランバート。
その姿は空に、風に溶けて消えた。
また、一人自分をかばったせいで逝ってしまった。
「だからいったろう。お前は無力だと」
「うるせぇ! ……お前だけは許せない」
「それはこっちのセリフだよ。残り全員、ボクが殺してやるよ」
ラファエルが、エンデの前に立った。
エンデが動いた。次に狙ったのはシンだった。
ミカゲ の一閃を潜り抜け、その首筋を片手でとらえる。吊るしあげ、 テイト は再び足を止めた。
「殺しはしない。アズラエルの秘石は我が魂なのだから」
だが、その手には確実に力がこめられていた。
「いい加減に、しやがれ!」
ヒューの一撃もたやすく弾かれてしまう。ラグエルの秘石を今、使えば退くことは出来るだろう。けれど、シンがいるのにどうして使えよう。エンデはそれも見こしているのだ。だが、暴走させるわけにはいかない。 テイト は湧きあがってくる怒りと力を抑えた。ここで暴走したら、また、大事なものを壊してしまう。
しかし、無情にもエンデの手の内で、反発していたシンの腕が力なく落ちた。エンデが手を緩める。だがシンの体は崩れずに、膝をつき、それからふわりと浮かびあがった。隣にやって来ていたラファエルの肩に両手を乗せ、笑う。その瞳は緋色。黒い翼が広がっていた。
『心楽しきおとないをするものよ』
シンの声でそれは言った。
「あれー? これってアズラエル? ……僕たちの味方かな」
『傲慢なる行いを、我が前に悔い改めよ』
「!」
しかし、次の瞬間。ラファエルの体は背後から貫かれていた。シンの腕に、だ。エンデの表情がわずかに動く。シンは血に濡れた腕を引き抜き、ラファエルは倒れた。
「シン……じゃない?」
まさか、また。とも思ったが、そうとも違うようだった。ルシフェルに同調しているならばラファエルを殺しはしないだろう。だとしたらあれはなんなのか。
『残るは貴様か? 相手をしてやろう』
「『アズラエル』か……」
エンデがはじめて苦々しい顔を見せ、手をかざした。放った力は相殺。かと思われたが、シンの方が早い。次の攻撃は、すさまじい爆音とともにエンデを虚空に追いやることに成功していた。
しかし、エンデもただの人間ではない。いつのまにかラファエルを抱えると紅い半透明の羽を背に中空に留まり、銀の髪の下で赤い瞳がふっと笑みを浮かべた。ラファエルの姿が消え、光がルシフェルに流れ込む。吸収しているのだ。
それを見上げる テイト たちの後ろからシンが駆け、ブラックフェンリルを蹴った。中空で手をかざすと光が降る。制御を解いたかと思われるほどの光量が炸裂した。
「……っ!」
「ぼさっとしてる場合じゃないぜ、 テイト 、いけるか?」
「あぁ!」
ヒューと ミカゲ はイーグルを駆り、 テイト もまた中空へと身を投げ出す。ラグエルの秘石がその体を支えてくれた。
「くっ!」
容赦ない追撃を受けて、ルシフェルは地上へ下る。
「まずいぜ」
その先にはミストとエムスが待っていた。
そんなことなど知る由はなかったのだろう。だが、万一エクライザーであるエムスが殺されれば全ての決着はつかなくなる。だが、ルシフェルはミストを見つけ、壮絶な笑みを浮かべた。「ウリエル」の統合を狙っているのだ。
地上へつくかと思われたその時、 テイト とシンが先周りに成功し、彼らの間に立った。
その時には、ルシフェルの顔からは余裕が消えていて忌々しげにシンを見る。
「貴様は、私の半身。神の手に落ちたままだとはな」
『私は「アズラエル」。魔王ではない。全ては主の望むままに……』
アズラエルが瞳を閉じる。ゆっくりと次に開かれたその時、その瞳の色は深淵の黒だった。
「シン、大丈夫か?」
「大丈夫だよ。必要だから任せた。アズラエルはルシフェルを自らの内に帰したがっているんだ。それが『彼』の本来の役割だから。私はもう、魔王のかけらには飲まれない」
シン、アズラエル、そしてシャイターン。混在する三つの意思。シンはそれを統合したようだった。
テイト が、再び手をかざした。大地に文様を穿つことももう辞すつもりはない。空に、光のかけらが集いだす。雲は渦巻き、誰もに神の光の訪れを予感させた。
「エンデ。いや、ルシフェル、これで終わりだ」
ヒューが、 ミカゲ が、ミストが、そしてエムスが見守る。光の裁きは下った。凄まじい轟音とともに大地が光に穿たれていく。ルシフェルの叫びは光の奔流の中に消えた。
だが、ルシフェルは滅しはしなかった。焦土の中で立ち上がると、六対の紅の羽を広げ、浮かび上がる。その顔に、覇気はなかったが、逆に静けさが不安をかきたてるようだった。
くつくつとその顔が笑いに歪む。
化け物だ。神の瞳の攻撃を、耐えきった。
「地獄巡りの片道切符は貴様等の命で買ってもらうとするぞ」
「まさか今から本領発揮ってわけか……?」
各々武器を構える。攻撃が、来る……!
「滅びの風をその身に受けるがいい!」
風が渦巻いて、強刃となりふりそそぐ。 ミカゲ とヒュー、ミストがエルブレスでシールドを張る。耐えられる。 テイト はその隙を縫って、ラグエルの秘石を用いて攻撃に切り替える。
「 テイト 君、エクライザーを使うんだ」
攻撃の準備をしていると、ミストがそう話しかけてきた。
「でも、今神の瞳を無力化したら……!」
「大丈夫、僕がなんとかするから」
「なんとかって……」
こんな時なのに、いつもと同じ頬笑みを向けてくるミスト。 テイト は少しだけ迷ったが、ミストを信じることにした。
「エムス、エクライザーを」
「あぁ」
容赦なく降り注ぐ風の中で、エムスが祝福の歌を唱え始める。ぼうっと地面に光の法陣がひかれ、その両サイドに テイト とシンは立った。神をたたえる言葉は短くはない。ルシフェルはその間も攻撃を繰り出したが、 ミカゲ とヒューがそれを果敢に防いでいる。そしてミストは見た。 テイト とシンから神の瞳が離れ、その手に収まるのを。それは淡い銀と黒曜となり静かな光を放っている。ふたつの神の瞳はやがて光を純白に変え、再び、主の身の内に沈んだ。
どうすればいいのかがわかる。シンと頷きあい、ルシフェルを振り仰ぐ。もうそこに大地に光を降り注ぐほどの力はない。けれど、祈りの力はこの戦いを終わらせるのに必要だった。ミストは微笑み、空へと手をかざす二人の背を見た。
静かに瞳を閉じるミスト。自分も、運命に抗う時が来たのだ。見上げる。その先には銀の髪の悪魔の姿がある。ルシフェルはすべてを破壊する序曲を奏でるように、嘲笑を繰り返した。
「その程度か? エウロスにゼフィロスよ。ボレアスのように死に行くがいい」
「そんなことはさせないよ」
「!?」
ルシフェルの動きが不意に止まった。その背後にミストの姿があった。
その手が、ルシフェルにゆるりと絡む。少しだけ寂しげな顔でミストはルシフェルに笑いかけた。
「君も僕と一緒に行こう。もう、何も壊さなくていいんだ」
ノトスの心を持つミスト。それともそれは元来彼にあったものなのだろうか。ミストは振りほどこうとするルシフェルを、だが、それをしのぐ力で押さえつけた。
その行動が何を意味するのかわかる。 テイト とシンは後ろ髪を引かれる思いで天に向けた手に意識を集中する。暖かな光が、生まれた。
「貴様……っ! 離せ!」
「僕たちは、人として長く生きすぎたんだよ。君だって本当は知ってるだろう? 何かを愛する気持ち」
ルシフェルの力が緩まる。怪訝な顔でルシフェルは刹那、ミストの顔を見た。
「そんなものなど……」
「僕はね、この世界を、人を、愛しているよ。今度こそ……」
光が満ちる。ふいに涙でにじんだ視界を覆っていく。ミストは消えてしまう。また、自分が消してしまう。大事にしてくれた人、大事なことを教えてくれた人。
「人として、生まれ変わるんだ──……」
神の瞳から生まれ出でた光は、遂に天頂まで白く染め上げ、そして、音もなく消えた。
鳥の去った後のように、白い羽が、淡い光が雪のように舞い落ちる。
もう何もいないその空に。
テイト はそれをいつまでも見上げていた。
いつまでも、いつまでも……