夢ヲ見ルヨウニ、生キテイコウ―――――

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空を見ていたら。
 ふいに太陽がまぶしくて、そのまま頭の中もホワイトアウトしていた──

FIRST STEP 邂逅


 意識を失う、というのはこういうことか。
 生まれてこの方、昏倒などしたことの無い彼女はぼんやりとそんなことを考えていた。
 白い光に呑まれて消える。目を覚ますと、どうといったこともなくどうして伏しているのだろう、とそんな程度だ。
 緑の気配がする。頬に当たる柔らかな感触。草の匂い。
 草?
 確か、屋上にいたはずだけど。
「あ、目がさめたみたいだよ」
 今度は躊躇なく上半身を起こすと背後から人懐こい声がかかった。
 金髪碧眼。黒髪紫眼、赤髪長身の女性。
 ――――こんなイロモノ集団は日本ではなかなかお目にかかれません。
 彼らがそこにいることを認めてとたんに心臓が早鐘を打ち出すのが感じられた。
 この状況は一体。
 というかめちゃくちゃ見覚えがある人たちなんですけど……?
「良かった~オレ、このまま目を覚まさなかったらどうしようかと……」
「何不吉なこと口走ってんのよ! ……ねぇ、大丈夫?」
 心底ほっとしたような人の良い青年のセリフに本気でつっこんでから黒髪の少女が向き直ってきた。
 あいまいに頷く彼女は、彼らを知っている。
 大分前にクリアしたゲームソフト『テイルズオブデスティニー』の登場人物だ。
 それどころか彼らが当然のごとく、振舞っていると言うことはここはその世界なのかもしれない。
 なのかも、でなくて実際そのとおりなのだが普通、有り得ないので信じてません。
 そういった彼女に決定付けるように『リオン』が訝しげな顔を向けて言った。
「お前、僕たちが通りかからなければとっくにモンスターにやられていたぞ。何者だ、なぜこんなところに一人でいる」
「まぁまぁ……昼の支度ができたから食べながら話をしないか?」
 正になじみの反応がことごとく返って来る。
 鋭い視線を飛ばしてくるリオンの後ろで赤髪の女性……マリーがマイペースに微笑んでいた。
「あんたはひっこんでなさい! 女の子の扱いがなってないのよ」
「っな……」
 そして無理やり黙らせるルーティ。
「名前は?」
 女の子。
 その言葉に自覚の乏しい彼女は苦笑しつつ、返答にやや口ごもる。
 名前? 私の?
「…
 彼女はそう名乗った。
、ね。私はルーティ。あっちにいるのがマリーで……スタンに、リオン」
 うん、知ってる。
 ルーティが指差しながら一人一人を雑ぱくに紹介する。
 紹介がそこで終わったということはここはセインガルドからストレイライズ神殿までのどこかだろう。ストレイライズ神殿の神官であるフィリアの姿がないから。
 異世界トリップしたことに驚くのはやめて は現状を理解しようと努めはじめた。
「私は……ストレイライズ神殿に行く途中だったんだけど」
「えっ、じゃあオレたちと一緒だね!」
 なぜそんなに嬉しそうなのだ、スタン。
 思わず彼の息子であるカイルという少年髣髴してしまう。まさしく遺伝だ。
 スタンの能天気ぶりにリオンが眉を寄せた。
「お前、まさか一緒に行こうなどというつもりじゃないだろうな?」
「え? だって……ここからひきかえしても危ないだけだろ。神殿はもうすぐそこだし」
 そうか、ここはストレイライズの森な訳か。
 だったら確かに一人で引き返せと言われても困る。
「この先はもっと危険になる。ただでさえこんなところで足止めを食っているわけにはいかないというのに……」
「ごめん。私、戦えないしね」
 後ろから声を掛けると一瞬毒気を抜かれたような顔で振り返るリオン。
 戦えない。当たり前だ。
 運動神経の良し悪しはともかく、モンスターなど の世界にはいなかったし、剣なんてもちろん、生まれてこの方振るったことは無い。
「じゃあどうしてこんな危ないところまで一人で来たんだ?」
 あぁ、その質問は最もだ。最もだよマリーさん!
 聞くな、と思いつつも答えないとリオンが不審がるではないか。これ以上、疑惑のまなざしで見られるのは勘弁してほしい。
「それが……よく……」
「わからないのか」
「気を失う前の記憶があやふやというか……」
「記憶喪失!?」
 まぁ、いいや、この際そういうことで。
「まぁ神殿にでも行ったら思い出すでしょう」
「意外とあっさり系ね」
 あえて黙殺して、 はこうして、しばしの間、ソーディアンマスターと呼ばれる彼らに同行することになった。
 ソーディアンというのは物言う剣。そのコアは「レンズ」というものでできていて、マスターと同調することで魔法に相当する「晶術」というものを使うことができる。と言ってもこの時代ではソーディアンの声を聴くことができるのは、マスターくらいなものだし、だからこそ、彼らの存在は貴重であった。
 神殿にたどり着くまでの間、 はこの先どのように彼らに関わっていくかを考える。他の人間など知らないし、 がこの世界を生き抜くには彼らと一緒に行くのがいいだろう。
 戦う力は無い。が、とりあえず知識はある。
 それはもう、ソーディアンの情報からこの世界ではるか昔に起こった天地戦争から、あるいは未来まで。
 だったらそれを活かしていくしか、ない。
「どうしたの? 何か思い出した?」
 神殿に入り、行く手をふさぐ結界の前までやってきてもひたすら考え事を続ける にスタンが心配そうに声をかけてくる。
「あぁ、……強いて言えばこの結界の解き方とか神殿の内部構造とか?」
「!?」
 お門違いな記憶の取り戻し方にリオンが目を見開いた。
「役に立つでしょ」
 にっこり笑ってみせると、じゃあさっさと案内しろとばかりに冷めた視線で訴えられる。
 ……。
 正直、リオンというキャラは好きだったが目の前でそういう態度をとられるとちょっとムッとする。
 と、同時に胸に針を打ち込まれたような小さな痛みを覚えた。
 あぁ、私、けっこう繊細なんだね、はは……
 などと自分で痛みを誤魔化しておいて気をとりなおす。
 神殿内をめぐり結界を解くとそこには、アイルツという司祭がいた。予想通りの展開だ。
 セインガルドの兵士になるために飛行竜に密航したスタン、ディムロスやルーティと出会い国賊として捕らえられ、調査のためにここへやってきたのだ。そして、異変の訪れたストレイライズ神殿へリオンとともに派遣され、ここへ繋がる。この先は「神の眼」と呼ばれる巨大なレンズ……はるか昔にこの星に衝突した星のかけらの最大級のものが安置されていたはずの場所だった。
 しかし、予想外の展開はその次にやってきた。
「じゃあお前も彼らと一緒にここで待っていろ」
「ぅえええええ!」
「なんだ、その驚きようは」
「だって……」
 是非見たい。神の眼の盗難現場。そう、神の眼はすでにないはずだ。
 しかし、大事なイベントじゃないですか。
 単なる好奇心以外に他ならず、だからこそそれ以上言いようもなくただ、不満げに顔をしかめる を呆れたようにリオンが見返す。
「そうね、この先はホント危ないかもしれないし。ここだったらとりあえず安心よ?」
今回ばかりは味方はいなかった。
 皆に言われてあえなくただ、待つ羽目に陥る
 さすがに「フィリアの知り合いで心配なんです~!」というウソをついてまで一緒には行けなかった。
 物分りの良い大人になるってつまらないことだね…。

「結局まだ何も思い出せないのか~」
 神の眼はシナリオ通り盗難されていた。そして、その現場にいたフィリアを連れてダリルシェイドへと帰る道すがら。
 野宿をすることになり、焚き火を囲んで彼らは夕食をとっていた。
「う……ん、あのさぁ。ものすごくおかしなこと言っていい?」
「どうしました?」
 さすがに丸三日も一緒だと大分お互いに慣れてくる。
 和やかな雰囲気…人懐こい面々に囲まれすっかり良いお友達状態だ。約一名を除いて。
「実は私が……記憶喪失じゃなくて異世界から来たヤツだ、とか言ったらどうするよ?」
「……」
 沈黙は幾重にも重なった。
「急に何言い出すのよ~!」
「いや、それはそれでおもしろいかもしれない」
「いくらなんでもそれはないだろ」
 無責任に笑い出すルーティたち。反応は三者三様だ。
 まぁ、前置きしたからね……急に言ったら──
『頭、大丈夫?』
 そうそう、そんなふうに言われちゃうよ。
 って、は?
 リオンの方を見る。
 彼は相変わらず興味がないと言ったように感心すら示さずため息などついている。
 しかし今確かに聞こえた声は……
 シャルティエ…?
 間違いない。
 それは物言う剣ソーディアンの声。今は聞くものも少なく意思疎通できるのはマスターがマスターたる由縁でもある。
 そのソーディアンの声が、聞こえる。
 それは にとってなによりうれしいことだった。
 何せ彼らと話をできるかできないかで先行、展開の見通しが違うわけだから。
『資質がある』
 その事実に思わず顔がにやけそうなのを抑えながら、このことはもう少し出し惜しみしておこう、などと思う であった。
 人を驚かすのが好きなのである。告白はもう少しタイミングを計ってからということで。しばらくは聞いて聞かないフリをするのも楽しいかもしれない。
「まぁ、何者だろうが私は私だしね」
「そうだな、私も私だ」
 真正の記憶喪失であるマリーとなぜか意気投合している。
 へぇ、と感心したようなルーティの声が聞こえた。
 だから、言う必要もない。
 私がどこから来た、どんな人間かなんて。
 それがなくても受け入れられる。
 それは の世界では、有難いことだったのだから。
 だから、それがなによりも、確かにうれしくもあった。

 ストレイライズに着いても記憶を取り戻す気配が無い(当たり前) をそのままにしておくわけにもいかず、ダリルシェイドまで を送り届けてくれたスタンたち。
 しかし、王都に到着すればしたらで一緒にいる理由はなく……
 王へ報告のため登城する彼らに「一時保護」された がついていくことはできなかった。
 一人、ダリルシェイドの街をぶらついて、日が暮れたら宿に入る。
 この先どうなるのか不安だった。
 彼らとの別れ際にできる限り今後役立ちそうなことは伝えておいたが、明日、その件で迎えに来ることは正直期待できない。
 この世界での通貨はガルド。だが換金性のあるレンズを分けてもらっていたので、当面の宿代は確保できた。
 しかし、それが尽きたらどうする? 彼らに同行できなかったら。
 前向きに考えようとするほど同時に反する不安もよぎる。
  にとってそれは紛れもない現実だったから。
 この世界では、モンスターさえ倒せれば、レンズが手に入る。戦う力があるならばレンズハンターという手もあるだろう。
 何も知らなくても、誰を知らなくてもおそらく生きていくにはそれが一番手っ取り早い。
 が、ないのだ。
 そんな力は。
 ダリルシェイドまでの間、 はスタン達に守られていた。
 しかし、手をこまねくことが嫌いな には無力さが手にとるように感じられるだけで、何も出来ないことが苦痛だった。
 もちろん、力というのは単に物理的なものだけでいうものではわかっているけれど。
 この世界を渡っていくならおそらくそれは必須に近い。
 一人になって、いきなり考える時間が与えられた。
 今の状況ではあまり歓迎できないな、と は思う。
 深みにはまって足をとられる。
 何も考えられないほどにまっすぐに走っている方がまだマシだ。
「はぁああ~」
 盛大なため息と共に、ベットに倒れこむ。
 考え事をはじめるとむやみやたらと深みにはまり、とりとめもなくなるので は意識的に頭を切り替えた。
 そういえば、ずっと剣が使えるようになりたいと思っていたっけ。
 運動神経は良い方だったからまじめにやれば結構ものになるんじゃないかとも思うけれど……
 はっきりいってモンスターと言えど殺せる自信だって今は、無い。
 もちろん元の世界ではそんなものを手にすることすらなく……
 こんな時、カミサマでも現れてトクベツな力を与えてくれたら。
 でも。
 と は思う。
 昨日まで戦うすべすらなかった人間が急に特別な力を得て、特別な地位に躍り上がること。
 ……やっぱり嫌だな、それ。
 第一与えられるだけの根拠がわからなければそんなもの受け取る気にはならない。
 釈然としない思いを拒否する自分は、はっきりいってひねている。
 けれど、確かに自分というものを感じる瞬間でもある。
 そう、今は
 自分の力で、
 なんとかしないと。
 考えてみれば、スタンやルーティだって はじめから『特別』だったわけではないのだ。
確かにソーディアンはあるけれど、剣の腕の良し悪しはそれで決まるわけではない。
実際スタンなんて突撃状態だし。リオンだってその才能を活かすために訓練はしているだろう。
昨晩、そこまで思い至った の足取りは重くはない。
港へ行けば、彼らはやってくる。
はそれを知っていたのでそれまでに、手持ちのガルドをつぎ込んで改めて旅の支度を済ませた。
さて、あとはどう接触するか──
「あら……?  さんでは?」
 港の箱荷の上に座って考えていると声がかかる。フィリアだった。
「おはよう、フィリア」
「昨日とは格好が違うからわかりませんでしたわ」
 それはそうだろう。
 昨日まではパーカーにジーンズと言う軽装だったが(その格好が変わっていると思わなかったのだろうか?)、今は長袖ハイネックのインナーに袖のないロングブリオー。
 スニーカーからブーツに履き替えて、薄いマントを手にしている。
 ファンタジー世界の住人として完璧な装いだ、と思いつつなぜか驚いたようなフィリアの反応に満足そうな笑みを返す
「フィリア、一人?」
「えぇ、今船を手配するためにリオンさんはお城の方に。スタンさんたちもその辺りにいるはずですわ」
「そっか。……私も行きたいっていったら連れてってくれるかな」
「え……?」
 唐突な申し出に一瞬呆けフィリアだったが次の瞬間彼女は笑顔を返していた。
「一緒にきて頂けるんですか?」
「うん。できればそういしたい。といっても問題はリオンだと思うんだけどね~」
 ははは……と乾いた笑いが漏れる。
 指揮権はリオンにあるのだから彼に首を縦に振らせない事には。他はどうにでもなろうが、はっきりいって、難関だった。
 お互いの人間性には大分慣れたけどちっとも心を開いてくれるようには見えないし。
 おそらく、ここらのモンスターを一体差し違えで倒すより難しい。
 思わずため息が漏れた。
「あれ?  ?」
「こんなところでどうしたの?」
「あ、スタン、ルーティ」
さんは私たちと行きたいそうなんですが……リオンさんをどう説得しようかとお話していたところです」
 珍しくみなまで言わずともフィリアにも意図が伝わったのか、一緒に「説得」してくれるようだった。
「なんだ、そんなこと」
「へ?」
「一緒に行きたいなら行こう! って言えば済むことだろ?」
 済むか、スカタン。
 一瞬口をつきそうになったが、あまりにも能天気にニコニコしていたので、やめておいた。
 ついでに彼は考え込んでいるのがバカバカしくもしてくれる。
「じゃあさ、頼むよスタン。リオンが来たら説得手伝って。ルーティも。いいかな?」
「えぇ、私は構わないわよ」
 後押し確保。
 ただし、セインガルド王国の遺跡を荒らした「罪人」扱いである故、額に遠隔操作で電撃をお見舞いできるサークレットがついていることをすっかり忘れている彼らの決定打は期待は出来ないことを は知っている(ちなみに操作盤はリオンが持っているはず)。
後は──
「おい、お前ら。船が手配できたぞ」
「あっリオン! いいところに」
  を囲む形の一同が一斉に振り返るとリオンと……途中で合流したのかマリーがいた。
「あれ?  じゃないか」
「……。なんでお前がこんなところにいるんだ」
 勘のいいリオンは、 の姿を見ただけで何か、感じ取ったようだった。その気配は にも伝わる。
 だとすれば話はしやすい。
「だから一緒に行きたいなぁ~と」
 先ほどまでの考え込みようはどこへやら。
  があっけらかんと言うと当然返ってくる答えはNOだった。
「ダメだ」
 即答。
「そんなこといわずにさぁ……」
「何の理由があって? まさか記憶喪失でかわいそうだからなどと言うんじゃないだろうな?」
 ぴしゃりと矢継ぎ早にスタンを制するリオン。想像以上に痛いところをついてくる。
 全く効果の無い後ろ盾に は思わず苦笑をもらした。
「お前たち、自分がこれから何をすべきか理解しろ。僕たちは遊びに行くんじゃないんだぞ」
 くるりと踵を返して、乗船するだろう船へと歩を早める。
 取り付く島もないその背をみながら は彼の足をとめるべく声をかけた。
「リオーン、私、ソーディアンの声が聞けるんだけど?」
「何?」
 これにはリオンのみならずふいをつかれたように全員の視線が へと集まった。
  はひょいと荷箱から腰を上げると振り返ったリオンの元へ歩み寄り
「ついでに、魔の暗礁に何があるのか知ってるよ」
「!」
 スタン達には聞こえない声でささやく。
「お前、僕たちの行く先も知っていたのか?」
「断言できないけど神の眼を追うんでしょ。だとしたらカルバレイスかな~と」
 リオンの顔を見れば「当たり」だった。すると当然、魔の暗礁と呼ばれる海域を通る。
 「何か」危惧して、船を出そうとしない航路船の船員たち。
 そこに何があるのかそれは切実な情報だ。
「魔の暗礁には何がある?」
「教えてもいいけど条件がある」
「……。わかった、好きにしろ」
 条件を提示するまでもなく、彼は小さな溜息とともに の同行を許可した。
 せめてもう少し、歩み寄りのある説得ができたらよかったのだけれど。
 嬉しい反面、自分のやり方に密かに苦笑してスタン達を振り返る。
 なんとも複雑な気分だ。
 それを払拭するように親指をたてて笑顔でOKとサインを送ると心配そうに遠巻きにしていたメンバーも笑顔で寄ってくる。
「良かったね、 !」
「しっかし、あんたどうやってあのリオンを説得したのよ」
既に一人、船に向かっているリオンについて歩き出し、ルーティが感心したような目を向ける。
「秘密。謎は多い方がおもしろいでしょ?」
「そういうものでしょうか……」
 フィリアの声を笑顔でかわして は出向間近の船へと乗り込んだ。

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