夢ヲ見ルヨウニ、生キテイコウ―――――

Home

はじめから馴れ合う気など無かった。
 むしろ面倒なことにならなければ、と危惧をしている。
 それは同行を許可した、今でも同じ--------

INTERVAL リオン=マグナス


 はじめは迷惑。
 次に疑惑。
 そして、今は……
 喰えないやつだ、そう思っている。
 剣も晶術も使えないまま、モンスターの徘徊する森に倒れていた彼女。
 記憶喪失と言うが、「自分に関する記憶」以外の物を知りすぎている気がする。
 彼女の言うことに矛盾───は、むしろない。
 彼女が自分に伝えることは「記憶」と言うより「知識」であったから。
 それが、ますます彼の心に警戒心をもたらしていた。
『坊ちゃん、 と話しちゃダメって結構キツイんですけど』
 船室に一人いるリオンにシャルティエが呟いた。
 ダリルシェイドを出航して三日。
  がソーディアンの声を聞くことができると知って以来、リオンはシャルティエに口止めをしている。
 何を口止めするのか?
 それ自体、明確なものではないのだが不要な接触は避けるべきだと判断を下した結果だった。
「お前こそ、そんなにあいつとしゃべりたいのか?」
『う~ん……そういうわけじゃないんですけど……』
 先ほどまで彼らは食堂でなごやかに食事をとっていた。
 その席で、アトワイトやディムロスが彼女と話してもいたけれど発言禁止命令が出ているだけにシャルティエだけが加われず。
 ……。
 まぁ、普通に考えて寂しいことだ。
 シャルティエのそんな短絡的な気持ちはリオンも解っている。
 しかし、リオンにとってはまさしくそれこそが……
 シャルティエの、よく言えば人懐こさ、悪く言えば口の軽さ自体が不安要素なのだと言えばそれまででもある。
『そんなに悪い子には見えないんだけどなぁ……』
 どこか遠くを見て呟いたような気配にリオンは眉を寄せる。
 おめでたいあいつらがどこまで気づいているか知らないが は自分たち……『あの』お人よしのスタン達からすらも距離をとっている。
 会話にしても親しいような顔をしながら肝心なことは言わずにいつのまか輪の中心から外へ、傍観者となっているのだ。
 時に驚くほど冷めた目で遠くをみつめているその顔にリオンは気づいていた。
「何を考えているのかが全く読み取れない」
『記憶喪失だからでしょう?』
「お前は本当にあいつが記憶喪失だと思っているのか?」
『それは……わかりません』
 彼女の持つ微妙な二面性はシャルティエも気づいているようだった。
 わからないから危惧すべきことが増えるのである。
 だが、行きずりの者と腹の底を探っていても仕方が無い。
 そんな関係もダリルシェイドまで送り届ければ終わりかと思っていた。
 しかしこれからも同行する羽目になった今、距離をどう測るべきか決めあぐねている。
 彼女は本質的にどこか自分と似ているところがある。
 表立ってはわからなくとも、注意してみると人を遠ざける態度が端々にうかがえる。
 本来ならば苦手なタイプだ。お互い距離を保ちながらあたらず触らず付き合う程度の。
 その距離自体がどうにも測れないのだ。
「とにかくお前は余計な話しをするな。もう少し様子を見る」
 カタリ、と椅子から立ち上がり外へと出る。
 扉を開けた途端に潮の香りが鼻腔をついた。
* * *
 少し風にあたろうと甲板へと足を向けたリオンはそこにルーティたちの姿があることを知り、踵を返した。
 広い船だが、意外に一人になれる場所は少ない。
 特に居心地の良さそうな場所であれば人がいるのも当然で……そうでない所は大抵、船員たちの仕事場と化している。
 かといって船室に戻る気にはならずそのままリオンは操舵室へと向かった。
「どうかされましたか? リオン様」
「なんでもない。ブリッジデッキを借りる」
 船長に短く告げてそのまま操舵室を斜めに横切る。
 大きな一枚ガラスのむこうに広がる海を一瞥してリオンは一番端にあるドアを開けた。
 瞬間、操舵室の中に新鮮な空気が流れ込む。
 滑るような身のこなしでドアを閉めると風をはらんでマントがひるがえった。
 眼下には目の覚める様な光景。
 青を独り占めにするようなパノラマが広がる。
 船長専用ともいえる展望用のデッキ。
 ここならば、めったに人も来ない上に邪魔なものも視界に入らない。
『確かにここなら最高の場所ですね』
「あぁ」
 そう答えた矢先だった。
「リオン?」
「!」
 気が緩みかけていたところに呼ぶ声。
 とっさに振り返ってみても誰もいない。
 ……が降ってきたその声にリオンの視線は自然と上へと向いた。
「……なぜそんなところにお前がいるんだ」
 操舵室の屋上には全面の青空を背負った の姿が。
 こちらが気づいたことでにこやかに手を振り返してくる。
「見晴らしいいよ~」
『上には上がいるものですね』
 それはシャレなのかスナオな感想なのか考えるまもなくリオンはシャルティエを小さく叱りつけた。
「第一どこから上がったんだ……?」
 呟くのが聞こえたのかリオンから見て右手側を指差す。操舵室を回り込むように伸びる狭い通路を覗き込むと、壁に張り付くように細い金属のはしごがかかっていた。
……登ったのか?
「リオンも来てみれば? 特等席だよ」
「……」
 誰も来ないだろうと思っていた特権の場所までにも期待を裏切って居た先客。
 しかし、それでも『ここ』が他のどこよりもマシであろうことには違いない。
 無視をしようとも思ったが、このまま見下ろされていてもいい気はしないのでリオンは言われるまま作業用のはしごへ手をかけた。
 風に押し上げられるようにそこへたどり着くと途端に三百六十度視界が開ける。
 ほんの少し上にあがっただけなのに、まるで世界が違う。
 広く透明な空間で、何者にも阻まれない風の流れが大きくマントをなびかせた。
 待っていたかのように屈託ない笑いを向けてくる
 それはいつもの彼女のものとは全く違っていて……
「ほらね、別世界でしょ」
 確かに。
 後方を見上げれば青い空にはメインマストがそびえ、白い帆が映えているのが確認できるが、あとは海と空と、風だけだ。
「いつからここに居た?」
 真正面から風を受けてリオンが問うと少し首を傾ける。
「今日は食事が終わってからすぐだよ」
「……『今日は』」
「昨日、ここをみつけて…気に入ったから多分、これからもちょくちょく来るかな」
「わざわざここまで登るとは物好きだな」
「そう? でもここが一番いい場所だよ。それにここなら誰も来ないからね」
 そう言って笑みをたたえたまま船の進む先へと視線を戻す。
 風が短い黒髪を優しく撫で付けた。
 人間の本質は瞳の色に現れるものだ。
 つい先ほどまでその奥にあるものの善悪すらも理解することすらできそうになかった。
 それなのに。
 これほどわかりやすいものがあるのだろうか。
 黙って腰を下ろすと好奇心に占拠された顔のまま が唐突に振り向く。
「そうだ、リオンにお願いがあるんだけど」
「お願い?」
「そう、剣を……教えてくれないかな」
「……」
 おそらく。
 戦闘で自分が足手まといであろう事を彼女は自覚している。
 それはストレイライズで出会ったときから。
 いくら腹の底が読めなかろうが、そのことにはリオンも気づいていた。
 しかし控えめがちに言ったところで にリオンは容赦ない。
「そんなヒマはない。どうしても習いたいならスタンにでも頼むんだな」
「それじゃダメなんだよ」
 眉を寄せて真顔になる。
 一度は顔をそらしたリオンだったが図らずしもその気配に再び話を聞く体勢になった。
「自分が使えることと人に教えることは違うんだから。……スタンにお願いするのはまぁいいとして……訓練中に怪我する自信があるよ」
 遠まわしに、ひどい言い様だ。
 しかし説得力はある。ものすごく。
 痛快さに思わず「はっ」と笑いそうになった。
「そこまでしなくてもいいだろう。お前だけでなくフィリアにも戦力として期待などしていない。むしろあの鈍さの方がお前より足手まといだ」
 しかしフィリアは数日中には力を手に入れる。
 この時、リオンは知る由もない。
「……」
 僅かに考え込む
 珍しく剥き出しのその複雑な表情は彼女の心情が追い詰められていることを示していた。
 しかし、その表情もふぅ、と溜息をつくとともに消えていた。
 ようやく諦めたか。
 伏目がちな長い睫の下の黒い瞳を見てリオンも心の中で嘆息する。
「じゃあリオンが守ってくれるんだね」
「……なんだと?」
「自分の身は自分で守るって言ってるのに、それを否定するんだから責任持って守ってくれるよね?」
 逆手に取られた。
「っ……それは……!」
「ヒマを惜しむと後で仕事が増えたりするんだよねぇ。そんなことにならないように勇気を持ってお願いしたのに……あぁでもリオンは有能だから大丈夫か」
「………………っ! わかった、暇のある時に一日十五分。それだけだ」
「ありがとう! リオン」
 やはりこいつは喰わせものだ──
 手元で必死に笑いをこらえるシャルティエを今日何度目か殴って、そのまま後ろに倒れこむ の無防備さをリオンは渋い顔のままみつめた。
「良かった」
 ほんの少し、憑き物が取れたような顔。
 リオンもつられたように空を見上げる。
 風が波打つように通り過ぎていった。

 後から思うとどこかで怖かったのかもしれない。
 まるで何かを見透かされるようで。
 「知られる」ことへの恐れ。
 だが、彼女は決して必要以上に踏み込んで来ようとはしなかった。
 そして、自分の本当に大事なこともまた、話さない。
 それに気づくのはもう少し先のこと……

↑ PAGE TOP