もしも童話シリーズ
オズの魔法使い 1
大草原の真ん中に、小さな牧場がありました。
牧場にはみなしごだったドロシーが、やさしいおじさんとおばさんと一緒に住んでいました。
ドロシーには友達はいませんでしたが、黒い子犬のトトがいるので寂しくはありませんでした。
そんなある日。
「おかしな風が出てきたな」
おじさんが言いました。この辺りは竜巻が時々起こり、人や木々や家までも巻き上げていくことがありました。
「ドロシー、早く早く!」
おばさんがそういって地下室へ駆け込みました。
「待って、トトがいないよ。……仕方ないなぁ」
口調とは裏腹にドロシーは急いでトトを探し回ります。
トトはベッドの下で震えて縮こまっていました。
「シャル……」
『あぁっ ー! 僕、生身で台風なんて初めてだよ、怖い!』
「台風じゃなくて竜巻ね。避難は地下がセオリーで、こんなとこにいたら家ごとふっとばされるけど手遅れだから」
すでに家は空に浮いていました。まぁ、冒頭から家ごと木っ端微塵にはならないでしょう。
「オズの魔法使い」の覚えがあいまいなドロシーは仕方なくトトを抱いてベッドにもぐりこんで竜巻が去るのを待ちました。
……。
ドォン!!
すさまじい音ともに家が傾いてどこかに落ちたようです。
ドロシーは窓を開けて、外を見るとそこには美しい緑の芝生が広がり、小川が流れ、美しい鳥のさえずる花々の咲き誇る場所でした。
『うわぁ、きれいだねー』
トトが感動していますが、明らかにここは牧場ではない様子。
家から出ると知らない男の人たちと、おさげを結った女性がひとりやってきて、言いました。
「これはこれは、どこの魔女さまか知りませんが悪い魔女を殺してくださいまして、本当にありがとうございました」
『殺……!?』
「ぶっそうなことを笑顔でいう人たちだね」
ドロシーはそれを聞いて、びっくりです。
「わたし、魔女じゃないし、殺してないし」
「あなたでなければ、そのあなたの家がやっつけてくださったんです。ほら、ご覧なさい。あそこに魔女の足が出ているでしょ」
『ぎゃー!』
まったくもってホラーな光景でした。
「誰か家の下敷きになってますが」
「大丈夫です」
何が。
つっこみたいドロシーが堪えていると女性が言いました。
「あの魔女は長い間マンチキンの国の人たちを奴隷にして苦しめていたのです。それが退治されたのでみんな喜んでいるのです」
「フィリアは一体何の役なの? ていうか、ここ、どこ」
いまいち状況がつかめないドロシーは緑の髪をおさげに結った女性に聞いてみます。
「わたしは、この国の四人の魔女の一人の役ですよ、 さん」
にっこり。
「北の国からマンチキンの人を助けようとやってきたのです。ここは周りを砂漠に囲まれたオズの国です。そして、エメラルドの都には四人の魔女の力を合わせたより強い魔法を使う大王さまがいらっしゃいます」
タイトルコール。オズの魔法使い。
「あぁ…帰りたいならエメラルドの都を目指せっていう……」
『でも魔女っていい魔女と悪い魔女がいるんだねぇ……なんか黒いイメージしかないけど』
トトが感慨深そうに息をつきました。
「はい。ただ私にはこの東の魔女ほどの力がなかったので、どうしようかと思っていたところです。南の魔女もいい魔女ですが、西の魔女も悪女なのでご注意を……」
「ちなみにエメラルドの都までどう行くんだっけ?」
「都はとても遠いです。でも黄色いレンガの道がずっと続いていますからそこを行ってください。それから……」
北の魔女は『オズの魔法使い』と書かれた本を手に取りました。
「ど、どうしましょう!? 私、 さんに祝福のキスをしなければいけないようですが、女性にキスなんて……!」
男性にもできないだろうね、フィリア。
「そのキスには後々何か意味が?」
「えっと……」
ページをめくる北の魔女。けっこう最後の方までめくっている。
「大王の気を引くくらいのようです」
「じゃ、しなくてもいいよ。ほかに何か……」
その時です。そばにいたマンチキンの男性たちが叫びました。
「魔女が消えたぞ!」
見るとお日様の光が当たって家の下敷きになっていた魔女は消え、銀色の靴だけが残っていました。
「この靴は魔法の靴です。 さん、履いて行かれれば何かの役に立ちましょう」
北の魔女はそう言ってドロシーに靴を渡し微笑みました。
「気を付けて行ってらっしゃい」
ドロシーはバスケットに戸棚に会った食料を詰め、あまり趣味ではありませんでしたが銀色の靴をはきました。
ふしぎなことにその靴はドロシーの足にぴったりと合いました。
『さすが魔法の靴だね~』
ドロシーはトトを連れてエメラルドの都に向かって出発です。
黄色いレンガの道はひたすらに続くようですが、マンチカンの人々は口々に悪い魔女を倒したドロシーに礼を述べ、手厚い歓迎をしてくれました。
そして翌日。
またレンガの道を歩いて一休みにトウモロコシ畑の柵に腰かけていると……
「なんだろう、この、イエスパネェ感は……」
長い金髪の男性が十字架に張り付け……もとい、かかしが立っていました。
「ぐごーぐごー」
吊るされたかかしからはのんきにいびきが聞こえてきます。
見てはいけないもののようですが、話が進まないのでドロシーはかかしの頬をてのひらで軽くたたきました。
「スタン、スタン。ちょっと起きて」
……。
『これさぁ…お玉とフライパンないと起きないんじゃないかな』
「いきなりの暴力は気が引けるから、軽くしてみたけどしょうがないからワンパン入れるか……」
ドフッ
「ぐはっ! ……あ、あれ、 !?」
渾身の一撃が決まったところでかかしが目を覚まして棒の先から見下ろしてきました。
「スタン。かかしってカラスやスズメの番をするためにあるんじゃないかな」
「そうなんだよ、ひたすらここで見張ってなくちゃで、オレ飽きちゃって……」
かかしが下りたいというので、ドロシーはかかしを下ろす手伝いをしました。
「 はどこまで行くんだ?」
「エメラルドの都だよ。オズの大王に頼みごとをしに行くんだ」
「へぇ~面白そうだな! オレも行くよ!」
『そういう役回りなんだろうけど、かかしは何のために行くんだっけ?』
「え……」
物語に詳しくないトトが首をかしげるとかかしも首をかしげました。
「その空っぽの頭に脳みそ入れてもらうために行くんだよ」
半眼になりつつ 。
先へ進みます。
慌ててかかしもそれを追いました。
いつのまにか、ドロシーとかかしっは大きな森に来ていました。
木が茂って、夕方になるとうすぐらくなります。
「山小屋とかないかなー。シャル、ちょっと嗅覚使ってみて」
『犬としての出番だね!』
トトがかぎまわって小さな小屋を見つけ……
『この匂いは……!!!』
猛ダッシュ。
「!?」
慌ててついていくと、トトの吠える声が聞こえます。
『坊ちゃん、坊ちゃ~ん!』
「リオンはブリキの人形か……」
大きな木の下で、ブリキでできた男が腕を振り上げたままの姿で立っていました。
トトはさかんに吠え、ブリキの足元をぐるぐる回っています。
「! か。早くなんとかしろ!!」
「何とかって言われても…」
「設定上は一年以上こうしたままなんだぞ。いいから早くあぶらさしをもってこい!」
かかしが慌てて近くに見えた小屋に走りました。
「一年も風雨にされされてたらク〇55も効くかどうか……」
「なんでもいいから動くまで話を進めろ」
かかしがあぶらさしを持ってきて、継ぎ目に油をさしてやりました。
「まったく。生身の人間にあの格好で1時間待機はきついぞ」
『舞台裏話は言わないでください、坊ちゃん』
ブリキのきこり(?)は尋ねました。
「こんなところを抜けて一体、どこへ行くつもりだったんだ?」
「オズの大王に会いにエメラルドの都に行くんだよ」
「オレはわらの頭に脳みそを詰めてもらいたいんだ!」
ナチュラル笑顔ーー……
「そうか」
かかしが言うと、ブリキのきこりもなぜか遠い目をしました。
「お前が脳みそをもらうなら僕は人間に戻してもらう」
『えっ、そういう設定なんですか!?』
「私の知るところではあたたかい心臓がほしいとかなんとかだったような……」
ドロシーはあんちょこを取り出しページをめくると、すぐに「まぁいいや」とつぶやきます。
「心強いしね。一緒に行こう」
『わーい』
そして三人とトトはまた歩き出しました。
ブリキのきこりがいっしょにきてくれたことはすぐに役に立ちました。
レンガの道に木や枝が何本も倒れかかってとおせんぼをしていたのです。
ブリキのきこりは斧(と言う名の剣)をふるって、またたくまに道をきりひらいてくれました。
『さすが坊ちゃん!』
犬なので特に活躍の場のないトトがしっぽをブンブン振っています。
「それで結局、ブリキのきこりが欲しいのは心臓ってことでいいのかな」
かかしが聞いています。
「設定上、もともと人間で悪い魔女に魔法をかけられたんだって。割愛するけど、全身ブリキになった際、ブリキ屋が心臓まで作ってくれなかったという話」
「へ~」
わかったのかわからないのか…謎のまま。
「心臓がないから胸が熱くならないのが寂しいんだって」
『坊ちゃん、胸熱希望ですか!』
「どんな展開だ。おかしな言い方をするな」
ドロシーは心臓も脳みそもありますから、どっちでもいいことです(酷)。
「しかし、どこまでいけばこの森から出られるんだろうね」
しばらく進んでも森は途切れず、少しだけドロシーは心配になってきました。
「エメラルドの都はとても遠くて恐ろしいところも通らないとならないと聞くぞ」
「街道を恐ろしいところに通す意味が分かりません」
ブリキのきこりとドロシーがそう話した時、森の奥から吠える声がして、大きなライオンがぬっと現れました。
つづく