運命ノ物語

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天国からのシャル日記
君の贈り物


 すっかり冬の気配が街を染めるその日。

「リオン、24日が何の日か知ってる?」
唐突ながら、 がわざわざ「その日」を聞いてくることの方に坊ちゃんは、若干驚いていた。
「クリスマスだろ?」
「よく知ってたね」
「お前僕を馬鹿にしてるのか……?」
相変わらずだなぁ…何年たってもこのノリなんだろうか。
不安になるべきか、ほっとするべきか、今の僕には見守るほかはない。
そしてそう、確かに坊ちゃんはお祭り事に疎かった。
街が年に一度のイベントに浮かれようが客員剣士様には興味も関係もないことだったんだ。……過去形としての話。
「街を見ればわかるだろ」
レンズ製品の名残だったり、ろうそくを駆使してこの時期、街は灯火に彩られる。
だが、そのイベントが中央通りのユニオンを巻き込んで始まったのは、はっきりいって騒乱の復興後だ。それまではごく一部の地方で「子供がプレゼントをもらう日」程度であったそのイベントが、なぜこれほど街を巻き込んで大きくなるのか……
心当たりはないでもない。
「それがどうしたんだ。食事にでも行きたいのか?」
文明人の興味は食べることに向きがちだ。この時期はレストラン等も頑張っているので、いろいろとにぎやかである。
「ううん、単にゲームをしない? と思って」
「ゲーム?」
とっさに普通のパーティゲームを思い浮かべた坊ちゃん。直後に、想像力が貧困だと自分で思いなおしたような複雑な顔をしている。
確かに の言うそれがそんなものであるはずがないだろう。
そこまでいきついて坊ちゃんの表情は複雑なものから訝しげなものに変わっている。そこまで警戒しなくても。
「プレゼント交換するんだ。で、得点の高いほうが勝利」
「待て。一体何の得点だ」
はしかし、なんとなくしか考えてなかったのだろう。それに反してすばやくメモ帳を手に取ると一瞬だけ考えて、ペンを走らせる。
縦横の罫線を書いて、できた表中に項目を書き込んでいく。
『関心』『見た目』『実用性』『意外性』『ボーナスポイント』……
……ボーナスポイントの当たりに、あまり考えていなかった感がにじみ出ていて微笑ましい。最も坊ちゃんはそれどころではなさそうだけれど。
「こんな感じでいくつか項目を設けていろんな角度からお互いのプレゼントに点数をつける。で、高かったほうが勝ち」
「……つまり相手の趣向や心理を読み取っていかに発想を超えたものを持ってこられるかで競うと言うことか」
「そう、楽しそうじゃない?」
のすごいところは、人からプレゼントがほしいとかじゃなくて、本当にプレゼントもらうことはどーでもよくてゲームするなら本気出す、みたいなところだと思う。
「無駄に楽しそうだが……」
坊ちゃんもそこに気づいたらしくちょっと呆れ気味だ。
そもそも毎年プレゼントを贈りあってるとか今まで一切なかったのに今年は一体どうしたのかと言わんばかりだ。
は一歩先に始めたことが世間的に流行りだすと飽きる方なので、そこら辺に参加していない理由はあったと思われるが、いずれ、憶測だ。
しかし「喜ばせたら勝ち」というだけのルールでない以上、 が相手だと非常に深いゲームと化すだろう。
その事実に気づいた坊ちゃんは瞳を細めるとちょっと考えて
「……リオンだったらいろいろ考えて勝負になるかなと思ったけど、不戦勝かな」
「ふざけるな。負けたら言うことを聞いてもらうからな」
その最中の の一言に見事に釣りあげられてしまった。
ちょっと残念そうに呟いた にそのつもりはなさどうだったけれど。
代わりにぱっと嬉しそうな顔を上げられて、坊ちゃんは内心しまったと思う。
「今年のクリスマスは前の日もお休みなんだよね。プレゼント選びに行く時間はたっぷりあるね」
「お前は『買いに行く』つもりなのか」
「リオンは『採りに行く』つもりなの?」
「……」
早くも心理戦が展開されている。……というほどでもないのだろうけれど。
の場合は今までの経験から言って、プレゼントが既製品とは限らないから坊ちゃんの方がどうしても深読みしてしまう。
坊ちゃん、それがわかってもわからなくてもそれ以上のものをあげればいいんですよ。
策士策に溺れないように、言ってあげたいが残念ながら伝わらない。
「ルールが曖昧過ぎるぞ。ゲームと言うからには採点項目はともかく最低限の決まりを作れ」
「例えば?」
「今言ったのがそうだ。『プレゼントは街中で調達できるものに限ること』とか」
確かに街の外まで足を延ばすようなことがあったら、危ない。アイデアによってはやりかねないのが、また怖い。
「それから、予算も決めろ。お前は予算に糸目をつけないと本物のツリー一本調達しかねんからな」
「それヒューゴさんがやったよね」
さすがにそんな大規模でやる気はなかったのか、逆にそんなことはしないと呆れられている。
「じゃあおやつは300ガルドまで」
バナナはおやつに入るんですか?
「そんなに少なくて一体何が買えると言うんだ。せめて五千つけろ!」
ダリルシェイドのそれなりにいい宿に一泊できますね。
「わかった。じゃ、五千ね。あと『プレゼントを選ぶのに人の助言を聞いてはいけない』。情報収集はあり」
「……いいだろう」
あくまで自分の力で選べということだろう。というか、もはやゲームとは程遠い空気をひしひしと感じるのは何故だろう。あと『プレゼント交換』という言葉から連想できる和やかさからも遠い。
勝負の世界になってしまった。
「プレゼントって選ぶのも楽しいんだよね。相手が何をあげたら喜んでくれるかなーとか、想像しながら選ぶと楽しい」
「そうか」
は遊びの延長のようだけど、坊ちゃんにはこの「プレゼント交換」は一対一の真剣勝負になってしまっているようなのがなんとなく残念だ。
でもまぁ、坊ちゃんが何を選ぶのか……「真剣に」考えるだろうから、僕も楽しみに眺めていたいと思う。



そして数日後。
いろいろ考えたものの、坊ちゃんは雑貨等の買い物にはあまり興味がないのでやはり現物を見るのがいいだろうという結論に落ち着いたようだ。
実際店を見れば、この時期ならではの限定品などもみつけられる。
そうしてあまり店先を見ていなかったので改めていろいろな品が増えたなと思う。
街はすでに浮かれたムードで、僕もなんだか少し楽しい。
さて、坊ちゃんにとってはと言うと……
一口にプレゼントと言っても、そこに採点の条件が付されると途端に難解な問題になった様子。
まず「相手を喜ばせる」には相手の情報が必要だ。
性格はもちろん、好みやマイブームを把握しつつ既に持っているだろうものは除外しなければならない。
かつ、相手を出し抜くための意外性……
もはやプレゼント交換と言うより心理戦だ。
そして、おそらくは の十八番の分野であろう。
だからといって最初から勝つつもりで提案されたわけじゃなく、いかんなくそれらの情報知識を総動員できるゲームを展開できることが、 はきっと楽しいんじゃないかと思う。
だがしかし。
伊達に坊ちゃんだとて と長年一緒にいるわけではない。
むしろ のサプライズには何度かあっているのでそういう意味では坊ちゃんの方が手の内を明かすことがあまりない分、有利だ。
が出てくるパターンを読むことも必要だろう。
まぁともかく、勝負であるけれどこれはゲームでもあり、ゲームであるからには楽しんでほしいと思う。
と、坊ちゃんの視線が宝飾店のショーケースに向いた。

凄くわかります! やっぱり男性としては女性にはそういうの贈りたいですよね!!
ありだと思いますよ!  はないと思っているだろうからすごく意外ポイント高いし!! 何より女性にセンスのいい宝飾品贈る坊ちゃんカッコいい!!

……………………しかし、そんなふうに盛り上がる僕を差し置いてふいと坊ちゃんは視線を別の店に向ける。
そんな淡白じゃなくてもいいじゃないですか。
一瞬くらい考え込んでみてもいいじゃないですか(←不満)。
アクセサリーと花を一緒に贈れ!とばかりにその隣には花屋があって、クリスマスカラーのリースとポインセチアが店先に飾ってあった。
小さなブーケはワンコインだけどかわいらしい。プレゼントの個数は指定されてないから、それ添えたら は喜ぶと思いますよ。
こんな時くらいは「普通」でもいいじゃないですか。
坊ちゃんに限って聖夜ともいうべき夜に、いくら の好みを考えたからと言って雰囲気のないものを贈るとは思えないし、これはキープだろう。
僕もよくよく坊ちゃんにはつきあってきたものだ。
多分、先に思い浮かべたのはバラの花束とかだろうけど、ベタすぎて には無理だと判断したのはわかりやすい。
意外性としてはいいんですけどね……
というか、いかにも女性に贈るようなものはみんな意外性がついてきますね、坊ちゃん。
坊ちゃんはしばらく花屋で足を止めていたけど、何事か考えたあと先へ進んだ。
メインストリートには、今はいろんな店があって甘い香りも流れてくる。
焼き菓子の香りだろうか。
おしゃれなケーキショップがその先にあった。間違ってもこの辺りは八百屋など生活じみた店はない。住み分けができているので住民にとっても使い勝手がいいんだろう。
そして、今日メインになるのはこっちの道だから……
しかし、坊ちゃんはそこも素通りした。
見てはいたけれど、 が菓子で喜ぶかと言うと……たぶん、今回においては配点は低いだろう。
女性は甘いものが好きだ。が、食べるもので喜ぶかと言うと、おそらくそういうことじゃない。
これはあんまり深く考えたわけじゃないんだけど直感的に坊ちゃんは理解している。
食べ物を選ぶならば、付加価値は絶対条件だろう。
例えば、シャンパンならばただのブランドではなくシャンパンタワー的な何かに昇格させる必要がある。
菓子でいうならアート性は絶対必要だろう。むしろ の方がそれを用意して来る可能性も高い。無論、その場合は自分で作るのではなくプロの技を調達するだろう。


……
………

難しいですね。
普段、喜んでもらうのは割と簡単なのに。
は坊ちゃんが選ぶものならば大抵喜ぶだろう。
センスがあるのも前提だけれど、ものよりも込められた気持ちを大事にする人だから。


が、しかし。


今回はあくまで採点性なのだ。
はっきりいって、客観性が評価のポイントなので無情なくらい具体的に採点が下されるであろう。お互いに。

も~坊ちゃん、いいじゃないですか。
いっそ、正装してケーキボックス片手にバラの花束かついでシルバーリングを懐に笑顔で登場したらいいんですよ。
絶対、 はびっくりしますから。

……自分で言っててなんだけど、ある意味ものすごいエンターテイメント……じゃなくてサプライズだよね、それ。
絶対悪くない。むしろ最強。
が笑いが止まらなくなってあっさり投了する姿が目に浮かぶくらいだ。
問題は坊ちゃん自身に自らを活かす発想と、それをやる気が皆無なことだ。
……勿体ない……
僕がそんな風に思っている間に坊ちゃんは店を回っていく。
そもそもが。
の好みは概ね理解している。しかし、それは日々の生活で割と充足している。お茶だとか香りのいいものだとか、感覚や自然に近いものを好む。
逆にあまり物を欲しがる人じゃないので、改めてこういうことがあると「物を贈る」という行為自体が難題なんだと気づく。
それは坊ちゃんにも言えてることなんだけど……

今更ながらに、これってすごいゲームだな、と思った。
同時にスルーする店が多いってことは、それだけ相手が「喜ばないこと」も知っているんだな、と。
…… の方も、様子を見たい気がした。


→つづく


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