ツインコンチェルト 2
「なんでわかってくれないんだよ!」
「お前こそ、八年も経っていてまだわからんのか!」
怒声が聞こえてくる。それはサクセサー領主の館を訪れてからすぐのことだった。
はすぐにその場から離され、一階の客間に通されたのでその後はどうなったのか知らない。しかし、戻ってきたフィンの顔を見れば父親と物別れに終わったのは火を見るより明らかだった。
「フィン……大丈夫?」
「あぁ、大丈夫だよ。母さんは君の面倒を見てくれるって言ってた。父さんとはうまく話せなかったけど」
そうではないのだが。
はぐらかしているつもりはないのだろう。フィンは何か勘違いしているようで、それでも父親の話題になってしまうと暗く苦笑する。
「そうだ、フィン。良かったら町を案内してよ。フィンだって久しぶりに帰ってきたんだから、見て回りたいでしょう?」
「そうだな。そうしよう」
実際、気晴らしにはちょうど良かった。町を一周し、フィンの顔なじみにも会い、帰ってくる頃にはフィンの顔にもどこか清々した笑顔が戻っていた。
「八年ぶりの故郷はどう?」
「うん、意外と変わってないんだな。ほら、あの風車。子供の頃はユーベルトとよく遊びに行ったものだよ」
フィンはそう丘の上を指差した。
「ユーベルトって弟さん?」
「そうだよ。行ってみるかい?」
日はいつの間にか傾き、夜気が漂い始めている。それでも二人は涼やかな風に誘われるように丘へと上がる。
「やっぱり高いところは気持ちがいいね」
「あぁ、この風……変わってないな」
町を見下ろしてひとしきり懐かしむと気が済んだのかフィンは帰ろう、と言った。帰ればフィンの母親が待っている。ろくに話すまもなく出てきてしまったから、彼の帰りを心待ちにしていたのだろう。父親の姿はなかったが、夕食の席は和やかなものだった。
* * *
翌日。早速風の大晶石を見るために、
とフィンは西のブルーフォレストへ向かった。
「そういえば、サクセサーにはあまり機械はないんだね」
「あぁ。
、他の国に行ったことはあるのか?」
「? テールディには何度かあるけど。どうして?」
「じゃあ地の大晶石はみたことがあるかな」
こくりと頷く。テールディは積極的にエルブレスを利用し、晶術と呼ばれる術を開発している魔法大国でもある。
地の大晶石は街中にあってそれは観光資源にもなっていた。
「テールディやアオスブルフは大晶石からエルブレスを取り出して活用してるけど、このエクエスはできるだけ自然の形で温存することを選んだんだ。そのおかげで、技術面では劣るかもしれないけど、国を護る騎士団は世界一だからね」
どこか誇らしげだった。だから晶石の恩恵を受け、大地は肥沃で戦争を巻き起こすこともない。エクエスは中立国だ。逆に、テールディとアオスブルフはエルブレス資源を巡りたびたび対立している。三年前に起きたエルブレス戦争がもっとも近年で大きな戦いだったらしい。
「それは素敵なことだね」
「だろう?」
「そういえば、昔……有史以前はエルブレスを使いすぎて枯渇した、なんてことがあったんだっけ」
「え、そうなのか!」
「あれ? 違うのかな」
またやってしまった。
は己のあいまいな記憶に少しだけ混乱する。
しばしばあるのだ。こんなふうに当たり前だと思って話をすると全く知られていないことだと言うことが。知られていない、というかあまりにも周囲がそんな反応だと記憶が断片的なことも相まって自分の方がでたらめな知識で話しているのではないかと思ってしまう。
「でも確かに……湧いてくるからには無限、ってわけじゃないんだろうな」
「うーん、星晶石のできるところは、エルブレスの泉みたいなものかな?」
そもそもエルブレスとは何なのかがあまり知られていないのだから考えてみても答えは出てこなかった。
それからどれくらい歩いたろうか。結構な距離を来た気がする。道は平坦だからそれほど疲れはしないが、人に会うこともないので一人ならば不安になったろう。しかし、その道の先で人影を先に見つけたのはフィンだった。
「珍しいな……こんなところに来るのは研究者か、巡回兵かくらいだろうに」
「観光客、かなぁ」
ひとりは桃色の髪をサイドだけ長くのばし、あとは短くまとめた少女、もう一人は……なんと言ったらいいのだろう。スーツではないが、高級ホテルのフロントにいそうな格好をした青年だった。
少女の服装が軽装でなければ一見して、お嬢様と執事、といった雰囲気もある。
こちらが気付くとあちらも気づいたのか身体ごと振り返る。わけもなく足を止めるのもおかしいので、自然、待っている格好の彼らのほうへ歩を寄せる形になった。
「ここから先は、ダメ」
会釈の一つでもする前に、少女が両手を広げ足止めをしてくる。きょとんとしていると隣にいた細身の碧の瞳の青年は、少しだけ様子を見るようにフィンと
を見比べていたが、やがて小さく微笑んだ。
「こんにちは、観光の方ですか?」
やんわりとした口調だった。
「えぇ、風の大晶石を見に」
「それはよくないですね、今はやめておいたほうがいいと思いますが……」
「どうして?」
の問いには答えない。困ったような顔で青年は苦笑した。
「どうしてもです」
「それじゃ困るよ。どうしてだかわからないなら見に行くから」
「!
、離れろ!!」
歩き出そうとすると、襟首をつかまれ後ろに引きずられた。瞬間、鼻先を何かがかすめていった。フィンに引っ張られて間合いを取ると初めてそれが少女の足であることがわかる。彼女は、一歩踏み出す形で身体を低くすると体術でこちらに襲いかかろうとでも言うのか構えていた。否、すでに襲いかかられたのである。
「何をするんだ!」
「わかるでしょう? 危険な目にあいたくなければ、お下がりください」
しかし、青年の言葉はフィンの騎士魂に火をつけてしまったようだった。加えて、この先で何かをしようとしている。それがわかれば放っておくつもりなどないようだった。
フィンも低く腰を落として剣の柄へと手をかけた。
「やるおつもりですか?」
「ラウル、私がやる」
ずいっと少女が前に出た。にらみ合う間があった。
「あなたはどうします?」
「……私は戦闘は得意でもないんだけど……」
むー、と眉を寄せつつも銃を取り出す。とりあえず、ラウルと呼ばれた青年に向けてみた。青年はやはり困った顔をして苦笑する。
その隣ではフィンと少女の戦闘が始まっていた。まだ未発達な身体の体術と剣術。どう見てもリーチが長い分フィンに分があるように思える。が、少女は俊敏だった。フィンの剣をかいくぐると繰り出した手刀は眼前をかすめ、振り下ろされる。辛くもかわしたフィンは次の一撃を繰り出すが少女はひらりとそれをかわした。まるで戦うことが当然と言った身のこなしだ。
「くっ」
「フィン! とりあえず大晶石のところまで行こう!」
「!?
!」
威嚇射撃をしながら
はラウルの横を駆け抜けた。フィンも少女の蹴りをかわすとあわててそれを追う。
「逃げた……」
「追いましょう」
ラウルが言うと少女はこくりと頷きその後を駆け出した。
森の向こうに、巨大な緑色の結晶体が見えてくる。その結晶体は天を突くほどの大きさで、その下までたどり着くのに数分かかった。
息を切らせながらたどり着くと更にそこに居たのは紫藍色の髪の青年だ。髪と同系色の服装に、マント。腰にはサーベルを下げている。
「あれ? 何だ、フリージアは獲物を逃がしたのかい?」
青年は狡猾そうな笑みを浮かべて二人を迎えた。
「新手か……!」
「フィン、大晶石の下まで!」
足を止めかけたフィンを置いて
は少し離れた青年の前を駆ける。大晶石を背にすれば少なくとも挟まれずにすむ。それに勝算があった。
「何? どういうことになってるのさ」
青年はそれを見送って首をかしげた。サーベルを抜く気配はない。相手が三人になれば、それだけで不利になるのは目に見えている。けれど、
は待った。
「お前たち! 一体何を企んでいるんだ!」
フィンが青年に問いかける。青年は薄く笑って「あぁ」と何か得心したようだった。
「何って、簡単さ。滅びてくれないかい? 僕らのために」
「何……?」
青年はその反応がおかしかったのかくつくつと笑い出した。その後ろからラウルとフリージア、という名らしい少女が追いついてくる。
青年は腕を組んで悠然と二人の前に立った。
「だから、僕らのために死んでよ。みんなまとめてさ!」
遂に青年がサーベルを抜いた。
は大晶石に手を置いて精神を集中させる。そして逆の手は立ちはだかる三人に向けて突き出した。光が手のひらに宿り、呼応するように大晶石も光を明滅させたように見えた。
「何のまねかな」
「いけません、ソル様」
「そう、少しでも知識があるならわかるよね。私はここでこの大晶石を使ってありったけの魔力で晶術を使う。どれくらいの威力になるかな?」
晶術とは大なり小なり星晶石と呼ばれる結晶を用い、そこに宿るエルブレスを利用して放つ魔法だ。当然、媒体に宿るエルブレスが強ければ、そして、それを扱う術者の腕が良ければ良いほど晶術は強力になる。彼らにとって
の力が未知数である以上、危険と認知されるに至ったことだろう。
「……ちっ」
舌打ちをして踵を返したのはソルと呼ばれた青年だった。
「まぁいいけどね。ウィスが来るまでまだ時間がある。それまでは譲ろうか」
そして立ち去っていった。ラウルが続き、フリージアがこちらを振り返りながらも去っていく。静けさが訪れた。
「奴ら、何者なんだ……?」
「はぁっ緊張したー」
その姿が見えなくなると
は大晶石に背中を預け空を振り仰ぐ。ここで起きていることなどちっぽけなことのように空はいつもの青だった。
そんな
の様子に振り返ったフィンがちょっと驚いた顔をしてから笑みを浮かべた。
「すごいじゃないか、
。晶術も使えたんだ」
「いや、全然すごくない。使えるのは初級術だし、半分ははったりだから」
「はったり……?」
「大晶術使いならものすごい威力が出せそうだけど、制御がねー。ほら、大きな剣があっても大きな力がないと動かせないのと一緒」
一瞬、目をぱちくりとしてからはぁ、と脱力したようにフィンが息をついて肩を落としている。そんなにうなだれなくても良いではないか。結果としてはったり半分になったが、相手は退いてくれたのだから。
「それより、いいの? なんだか、あの人たち、大晶石に何かしようとしてたみたいだけど」
「あぁ、それに滅びろだとか言ってたな……急いで報告したほうがいいかもしれない」
風の大晶石をろくに見ずにフィンはさっさと元来た道を取って返してしまう。
「報告って、フィンはシャインヴィントに戻るの?」
「そうだな。伝令だけでは伝えきれない事態だ。オレは戻るけど……
はどうする?」
「私も行く」
はその後ろを歩きながら振り返って見上げた。
大晶石はエメラルドのような透明な輝きを宿して、天へ向かってそびえていた。
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