ツインコンチェルト 3
大変なことになった。
取り急ぎ、王都の騎士の詰め所へ行き、フィンの上官に報告をすると王に進言することになった。フィンは王の前に出たことがあるのだろうか。緊張の面持ちがそれはないだろうことを語っている。
「今の話はまことか、フィン=サクセサー」
「はっ、間違いはありません。彼らは大晶石に何かしら干渉しようとしていたようでした。それに我々に『滅びよ』と」
エクエスの王は、眉間に深い皺を寄せて何事か考えているようだった。
「まさか、他国の……?」
呟きがもれる。
可能性はあるだろう。エクエス以外はほんの三年前までエルブレスを巡り戦争をしていた国なのだ。今度は矛先がこちらに向いたと考えれば想像はたやすい。が、そんな憶測で国が動くわけには行かなかった。疑心は疑心を呼ぶ。王はそれを心得ているようだ。
「相分かった。いずれ、結論をだすには早急すぎる。だが、大晶石は護らねばなるまい。騎士団を派遣することにしよう。サクセサー領にも協力を得ることになると思うが……」
「御意に」
含みを持って王はフィンを見るが、その返事を聞いて満足そうに顎をなでた。
「……他国には直接探りを入れてみてはどうでしょう」
「何?」
「テールディなら情報網に心当たりがあります。私が参りましょうか?」
は僭越ながら、と付け足して王に意見を伺う。フィンがぎょっとしたような顔をしたが今さらだ。
エクエス王は興味深そうに
を眺めた。
「そなた、記憶喪失だそうだが心当たりとは?」
「心当たりと言うか、伝手がある人物を知っている。と申せばいいのでしょうか……その伝手を使うにあたってお願いがあります」
「聞こう」
「リンドブルムのメンバーを一人、お貸しください」
ざわり。
賊の名前が挙がり、騎士たちが動揺した。賊の伝手を使うなど王国騎士としては考えもつかない。だが、それが最も効果的な手段であるなら王は応じるだろう。
の予想は当たっていた。
「なるほど、空賊の情報網か。確かに国境を越えた先の情報収集は彼らのほうが秀でているであろう」
再び熟考の間が落ちる。騎士や側近たちはただ、王の言葉を待った。そして、沈黙は破られる。
「一人と言ったな。一人でいいのか」
「はい。それ以上動かすことは御身もご心配でしょう。もちろん、素性の知れない私に任せることも心配とお察しいたします。ですので、その他に見張りとして騎士の一人もつけていただければ……王の憂いも減り、私としても安心なのですが」
「なるほど、ではフィンよ」
「はっ」
「その役目、引き受けてくれるか?」
フィンの視線が
を捕らえる。どういう意味でか軽く笑顔を見せる
。
「謹んでお受けいたします」
フィンは深々と頭を下げ、拝命した。
* * *
とはいえ、接収されたホワイトノアがそうそう簡単に動かせるわけではない。イーヴを加えた彼らはまず、テールディに渡ることになった。テールディとエクエスの関係は悪くない。身分証と渡航証さえあれば国境を渡るグレートアーチを通過することも難しくはないだろう。エクエス側のチェックをパスして海峡にかかる大きな橋の石畳を踏みながら、
は潮の香を嗅いだ。
「あのね、私は確かにこの子を保護してって頼んだけど、こんなことに巻き込めとは言ってないわよ」
「仕方ないじゃないか。あいつらの顔を見たのはオレと
だけなんだし」
王都を出てからフィンとイーヴは始終、この調子だ。考えようによっては、巻き込んだのは
の方なのだが。敢えて、黙殺することにする。
「あたしを牢から出してくれたことには感謝するわよ。でもね……ってちょっと
、聞いてるの?」
「聞いてない」
どこ吹く風で
は遠くに見える帆船を眺めた。あれはテールディの港へ向かう船だろうか。行く手は東南だ。
「あんたね……」
「イーヴ、うまくすれば船長たちも放免になるかもよ。頑張らないと」
「……とってつけたのか、始めから計算尽くなのかいまいちわからないけど、ま、頑張るわ」
諦めたようにイーヴはため息をつきながらそう言った。
「それで、アシュトンに行けばなんとかなりそうなのか?」
フィンが聞いてくる。三人はこれからグレートアーチの先にある港町を目指していた。もともとエクエスとも交易が盛んな町なので自然、発展している。なかなか大きな町だ。
もリンドブルムが健在のときは何度も立ち寄ったことがあった。
「なんとかなるかどうかは行ってみないとわからないよ。人が多いから情報は集まりやすいと思うけど……」
グレートアーチを挟んだ町はもう目前だ。旅券を見せるとこちらもなんなく通してくれる。
「フィンは、この町に来るのは初めて?」
「いや、小さなときには何度か来たことがあるけど」
親に連れられて、だろう。以来、来ることはなかったのか記憶を辿るようにフィンは町を見渡している。海へと向かう道を辿る道には市が立って混雑している。それを避けて、高台にある町の中心部へとイーヴは足を運ぶ。
「はい、あんたはここまで」
「?」
「王国騎士に情報網握られたらたまらないわ。ちょっと時間つぶしててよ」
石畳の整った道にさしかかるとイーヴは言うが、フィンは納得できない様子だ。それはそうだろう。まがりなりにも
の護衛とイーヴの目付け役を引き受けておいて、一人だけ蚊帳の外とは酷い話である。
「大丈夫だよ、フィンは。……仮にリンドブルム御用達の情報屋がいたとしても、わざわざ後から報告したりしないよ。それに関しては内緒にしてくれるって、約束できるよね?」
「うっ……」
騎士と言う立場と己の間で揺れ動くフィン。
「できるよね?」
にこやかに念押しすると観念したらしい。こくりと頷いた。いずれにしても国外のことなので、空賊がらみの人間がいたところで捕まえるのは難しいだろう。意味のないことと気づいてくれたろうか。
「あんたがそう言うんじゃ、仕方ないか」
イーヴは両手のひらを天に向けるように広げて肩をすくめた。
そこから更に少し歩いて行く先には、小さな酒場がある。「」と書かれた看板をくぐりリースのついたドアを押すとちりりん、とベルが鳴って来訪者を迎え入れた。
「はぁい、マスター。元気にしてた?」
「イーヴか? 久しぶりだな」
カウンターの奥でグラスを磨いていたのは初老の男だ。口ひげを蓄えた中肉中背の姿は、どこか品のよさも感じられた。
カウンターテーブルにつくとイーヴは片肘をついて、「いつものね」と人差し指を立ててオーダーする。イーヴの動きは、口調とは裏腹に洗練されて見える。
「ぼさっとしてないであんたも座ったら」
促されてフィンも
の隣に座った。
「今日はまた、珍しい面子だな。こっちの坊ちゃんはとてもイーヴの仲間には見えないが……」
「ちょっと訳ありなのよ。それで聞きたいことがあるんだけど」
「おいおい、いきなりか。随分急いでいるんだな」
昼食には少し早いが、
も軽く食べておこうとスープを頼む。フィンはまだ昼前で人気のない店内を見回した。
「マスターは元盗賊でね。情報収集が趣味なんだ。ここの情報料は、食事の注文」
安いものだ。
は先に出されたパンをとりあえず横に置いてフィンに教える。倣ってフィンもホットサンドと飲み物を注文していた。
「テールディがどこかの大晶石を狙っているって話はない?」
「大晶石を? これはまた物騒なネタだな。エクエスで何かあったのか」
「まだないわ。でもありそうだから困るのよ」
「お前さんが?」
眉を寄せたイーヴは言われて気づいたようだ。
「私は困ってないんだけどね?」
「いや、困るでしょ。きな臭くなったらおちおち空賊もやってられないだろうし」
その隙を突いて、リンドブルムの面子を脱出させると言うことはできるかもしれないが、今は関係ないので黙っておくことにする。
「それで、何か情報は入ってない?」
「ないな。三年前にエルブレス戦争が停戦してからこっち、それなりに平穏なものさ。ただな……」
一番後に頼んだフィンのホットサンドが一番先に出てきた。フィンは話に集中していて手をつけようとはしない。次に出てきたのは
のスープで
はそれを黙って口に運んだ。
「アオスブルフには近づかないほうがいいぜ。どうもアドリア海の辺りがきな臭いって話だ」
アドリア海は先の戦争で戦地になった場所だ。三年前にはそれぞれの大陸の二つの港を拠点に、アオスブルフの海軍とテールディの騎士団が海上でぶつかりあったらしい。らしい、というのは
が記憶を失う前の話だったから人から伝え聞いた話でしか知らないからだ。アオスブルフへ行くこともないし様子はよく知らなかった。
最後にイーヴの頼んだキムチパスタが出てきた。
「少し食べる?」
「いらない」
は丁重にお断りをして黙々と食事を続けた。
* * *
「収穫なし、か」
小腹を満たしてそれでも情報は満たせずフィンはため息とともに空を見上げた。
「そうでもないよ。情報がないってことはテールディは無関係かもしれないってことだし」
「そうね。情報が届いてないだけかもしれないから困るんだけど……とりあえず、人海戦術かしら」
人海戦術というには人手が足りないが、仕方ないだろう。三人はそれぞれ分かれて情報収集をすることにした。
イーヴは港へ、フィンは橋のほうへと引き返していったので
は更に高台にある広場へと向かう。広場への道は店が立ち並んでいた。こちらは市とは違い、花屋やパン屋など、町並みがしっかりして見える。その町並みの、宿……だろう。決して安宿ではなさそうな建物の前に、いた。
誰が? ……ブルーフォレストで会った彼らである。フリージアと呼ばれていた少女がテラスの木製の椅子に座って、フィンと対峙した時の動きが嘘のようにぼーっとしている。その横ではラウルがティーカップを並べていた。
「……あなた」
さすがに驚いて足を止めていると気づいたのはフリージアの方だ。ラウルが気づいたときには少女は席を離れると拳を固め、戦闘体制に入っていた。
「フリージア、おやめなさい」
しかしラウルに制止され、異常なほどおとなしくそれに従いまた元の席へ戻るとすとんと座る。敵意は消えていた。
「ラウル……って言ったっけ?」
「はい、こんにちは。……えーと」
呼びあぐねているらしい。
は名乗ることにした。
「
」
「
様、お茶はいかがです?」
コポポ、と暖かな湯気を立てた紅茶をカップに注ぐ。どうぞ、と差し出され
は首をかしげた。
「あなたたちは、何なの? テールディの人?」
温かい紅茶を前にフリージアはやはりぼーっとしている。何も考えていない感じだ。
「いいえ、僕はコンシェルジュですが」
「コンシェルジュ……って何?」
率直にぶつけてみると率直に返答があった。
「みなさんのあらゆる要望に応える事をモットーとしているお仕事です」
「それはお茶を入れたりすることなのかな」
「えぇ、他にもご要望があればパイを焼いたり、家事もこなしますが」
「……このパイはあなたが?」
テーブルの上に乗っている茶菓子を指し示して、
は問うた。
「いえ、ここではさすがに焼く設備がありませんので……」
「あれ? 君、ここで何してるのさ」
唐突に背後に現れる。それは、ソルだった。紙袋を抱えたソルはそのままつかつかと
の横を通り過ぎ、フリージアの正面に座る。ラウルはすぐに紅茶を一つ注ぎ足した。
「今、お茶に呼ばれたところです」
「ふーん、じゃあ座れば?」
なんなのだろう。この人たちは。
自分のことは棚に上げて疑問を抱く
。
フリージアがようやく動いたかと思えば黙々とパイを食べている。
ソルもほどよい大きさにカットされたそれをつまんで口に運んだ。
「あなたもどうぞ」
「いただきます」
前日の遺恨はどこへやら。
もラウルが立っている正面の椅子に腰をかけるとパイを口に運ぶ。甘い。ラズベリーパイだった。
「聞いてもいいですか?」
「いいよ」
答えたのはソルだ。
は紅茶を一口飲んだ。
「あなたがたは大晶石の前で何をしようとしてたんです?」
「内緒」
「皆さんどこの人ですか」
「秘密」
「……ラズベリーパイがお好きなんですか」
「かなりね」
これは駄目だ。何も教えてくれそうもない。まぁ教えられたことが本当とも限らないので、黙秘しているだけタチは悪くないかもしれない、などと考える。
もう一口パイを口にした。甘いものは別腹とはよく行ったものだ。食後なのに、意外と入る。
「そういえば、もう一人誰か来るとか言ってませんでしたっけ」
「あぁウィス? 彼は怖いよ、今はでかけてるけど……食べたらさっさと仲間のところに帰るんだね、でないと」
ソルは円形のウッドテーブルに頬杖をついて満面に笑みを浮かべ、ほほ笑んだ。
「殺すよ?」
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