ツインコンチェルト 4
結局、その後十五分ほどお茶をして、一時間後にフィン達と合流した
。今は情報交換をしている。
「やっぱりの情報網が一番ね、こっちは収穫なしよ」
「残念ながらオレの方もさっぱりだよ。
は?」
「当人たちに会ってお茶した」
「は?」
素っ頓狂な反応が、二人から同時に返ってくる。今のでどこまで理解したかわからないが、もう一度わかりやすく言った。
「だから、会ったの。ソルとラウルとフリージアに」
「なんだって!?」
「あんたって子は……しかもお茶? お茶!?」
よほど意外だったのかイーヴまで頭を抱えて復唱している。間違っても「おいしかったよ」などと言ってはいけない雰囲気である。
は話を続けた。
「わかったこともあるよ。ラウルはコンシェルジュなんだって」
「それがわかったところでなんだっていうのよ」
「それからウィスっていう人もいるみたいだった。町中で事を荒げたくないみたい。殺すよって言われたけど」
「それは悪意があるって事じゃないのか?」
呆れたようにフィン。
「そうかもね。あとはあの人たちテールディの人じゃないらしい」
「本当か!」
「彼らの言うことが本当、ならね」
ラウルを見る限り嘘ではない気がする。が、すべてが嘘である可能性も否定できない。現時点で断定するのは難しかった。
「やっぱりテールディにももっと直接探りを入れた方がいいみたいだね。……王都オリゾンまで行ってみようか」
これには反論はない。ソルたちの動向も気になるところだが、四対三では分も悪いだろう。とにかく善は急げとすぐに出発することになった。
オリゾンは北東だ。馬を借りて飛ばせば、およそ三日で到着した。
「大きな街だな」
アシュトンの港も人は多かったが、こちらは更にけた違いだ。大通りに出て、歩く。
「あのっ」
その時、声をかけてくる者がいた。
「すみません、レムレス侯爵の館はどちらしょうか」
「え、いやオレたちも今着いたばかりだから……」
「何? 迷子?」
「えぇ、連れとはぐれてしまって……」
迷子という言葉をあっさり認める。年の功は十八、九といったところか。難色を示す顔はまだ少女のあどけなさを残していた。
「あの、申し訳ありませんが一緒にレムレス侯爵の館を探してはいただけないでしょうか」
……フィンの「今着いたばかり」という言葉を聞いていたのだろうか。見ず知らずの人間に結構な無茶ぶりだ。
「困った子ね。どこのお姫さんかしら」
イーヴの言葉に他意はない。が、その他意のなさをきょとんとした顔で、女性はイーヴを見てから
「どうして私が姫とわかったんです?」
と言ってきた。
「姫……って、姫!?」
「人前で姫はやめてください。私、リエットです」
「お姫様がどうしてこんなところに?」
こどもっぽく顔をしかめてみせるがイーヴはお構いなしに彼女を姫と呼ぶ。しかし、それは気にならなかったのかリエットは彼の方を向いて表情を元に戻した。
「お忍びを兼ねて知り合いの侯爵家に寄る予定だったのですけれど、あまりの人ごみで……」
ざる警護、万歳。それともテールディはそれほど平和なのだろうか。リエットが意外におてんばで無自覚で撒いてしまった可能性もあるかもしれない。
はどうでもいい可能性を模索し始めている。
「丁度よかったんじゃない?」
「はい?」
「リエット、ぜひとも聞きたいことがある。もし答えてくれたら一緒にお知り合いの屋敷を探そう」
「いいんですか?」
ぱっと顔を明るくしてリエットは提案を受けてくれるようだ。大通りから平行に走る一本隣の通りに出て、
たちはオープンテラスのある喫茶店におちついた。がたごとと石畳を行く馬車を横目にハーブティを頼む。
「質問をする前に、ひとつお願いがあるんだ」
「はい」
「実はこれは国家間にかかわる重要なことでもある。だから、私たちが『聞いたこと』について詮索はやめてほしい」
「……かまいませんが……国家間にかかわることってどういうことですか?」
それを詮索と言うんだよ。がくりとする三人を尻目にリエットは首をかしげている。
「まぁいいか……あのね、テールディはエクエスの大晶石を狙っていたりしない?」
「ちょっ……直球すぎよ!」
「それ、どういうことです?」
また詮索が入ってしまうが仕方ないだろう。
はできるだけ差し障りないように事情を説明することにする。
「最近、不穏な動きをする輩がいるみたいなんだ。それが誰で、何をしようとしているのか私たちは調べてる。テールディが干渉してる可能性は?」
「そんなこと、あり得ません!」
がたん! とテーブルに手をついて立ちあがる。通りすがりの民衆の目が集まった。
「中立国のエクエスと戦争になるような真似をどうして……っ」
「リエット、落ち着いて……」
彼女は何も知らない。だが、伝手はできた。
はどうすべきかを考える。大人しく座りなおすとリエットは運ばれてきたローズヒップティーに目もくれずに、繰り返した。
「そんなこと、あり得ません。絶対に」
「どうしたものかしらねぇ」
息巻くリエットにイーヴは嘆息し、フィンは驚いているようだった。
「絶対に、か。言い切れる?」
「言い切れます!」
自国に対する誇りだろう。リエットが譲る気配はない。
「じゃあそれ、王様に確認できるかな」
「お父様に……?」
「テールディが干渉していないなら、この国の大晶石も狙われる可能性がある。危険を伝えるくらいはいいでしょう?」
「そういうことでしたら」
危惧すべきは戦争だ。リエットの言うことが正しければ国として残る可能性はアオスブルフのみ。緊張状態にある関係をあおるのは、火に油を注ぐようなものである。その点は迷ったが、警告しておくにこしたこともないだろう。エクエスの王もそうであったが、テールディの王にも敵を決めつけるのは早計であると思い至ってほしい。
「すぐに城に帰りましょう」
「……侯爵家とお連れは?」
「それどころではありません!」
意外と燃えるタイプなのか、リエットは会計もせずに立ちあがってさっさと城の方へ歩いていく。
はテーブルに多めにお金を置くとすぐにそれを追う。行く手には王城の尖塔が貫くように空に向かってそびえていた。
王城へはさすがにフリーパスだった。お連れの方はどなたか、などとも問われたがリエットがその剣幕で有無を言わせず突破していた。
「ちょっと待ってリエット」
そのまま謁見に突入されては何を言われるかわからないので、
はそれを止めた。
「深呼吸して、はい」
素直なのか、言われたままに大きく息を吸い、吐く。
「落ち着いた?」
「え? はい……」
「じゃあとりあえず私にしゃべらせてくれる? きちんとリエットが確認したいことも言うから」
こくりと頷いた。
「どうしたのだ、リエット」
謁見の間に入ると王は、丁度そこに座していた。見知らぬ顔ぶれに訝しむ。赤いじゅうたんにひざをつくとフィンが頭を垂れた。
「私はエクエスのフィン=サクセサーと申します。なんの連絡もせずに御前に現われたことをお許しください」
とイーヴは作法など知らないので一般良識の範囲内で名乗った。
「本日は、城下で偶然姫にお会いしまして、ひとつご確認したいことがあり参上いたしました」
「エクエスからとな、どのような用件だ」
「実は……」
エクエスから来たことは、もしもテールディが黒幕であることを考えて伏せておきたかったが、フィンが名乗ってしまったので仕方ない。リエットの言ったことが間違いないということを祈りながら、
は、注意深く経緯を説明する。
「大晶石に、不穏な影……か。幸い、このオリゾンにはそのような話は聞いたことがないが……」
地の大晶石は、他でもないこのオリゾンの街にある。テールディは大晶石からエルブレスを取り出して、技術力に変えている。日々の生活に密着する大晶石は常に人の目にさらされる場所にあり、巡回兵もいるとのことだった。
王は何かを思い悩んでいるようだ。眉間に深いしわが寄っていた。テールディでは心当たりはないかと肝心なことを尋ねようとした、その時だった。伝令兵がやってきて、何事かを側近に耳打ちしている。側近の顔が、一瞬にして驚愕に変わった。
「王様、その者たちの話、詳しく聞いてしかるべきです」
あわてた様子でそう申し出る。
「何ごとだ」
「たった今、伝令がありました。エクエスの大晶石が破壊されたようです」
「なんだって!?」
場を忘れて声を上げるフィンをとがめるものはいなかった。誰もが先を聞こうと、側近を注視する。
「詳細は不明ですが、大晶石所在地で護衛の任に当たっていた領主は死亡、エクエスは混乱の渦に巻き込まれている模様です」
「領主って、まさか……」
フィンの父親だ。見れば彼は紙のように白い顔をして立ち尽くしていた。他にも護衛の兵士はいたはずだが……いったい何が起きたのであろう。あの巨大な大晶石を人間が簡単に砕けるとも思えない。
「急ぎ、外交官を遣わせ状況を把握せよ。我が国の大晶石に関しても、警戒を怠らぬよう対策を」
「はっ」
それぞれ役目のある文官、騎士たちだろう。何人かがすぐにその場を去っていった。
「大晶石を破壊するなど何者の仕業か……」
「王、まさかアオスブルフ国が……」
「うむ……」
「失礼ながら、陛下それは早計かと」
声を上げたのは
だった。ずっと考えていたことだ。「滅びよ」とはどういう意味なのか。まだ意味は図りかねるが、大晶石の破壊はひとつの可能性を示唆していた。
「大晶石はどの国にとっても重要な資源……そもそもエルブレス戦争もそれらの資源を巡って対立しておられたのだとお察しします。掌握を望むならともかく、自らそれを破壊するなどまずありえないことかと」
そう、アオスブルフやテールディが狙っていたのは星晶石そのものだ。その最たるものである大晶石を砕くなど、気がふれている。それも王は良く理解しているはずだった。
「では、一体何者が……?」
「それはわかりかねます。が、この情報がアオスブルフに伝われば、テールディも疑心にかけられるでしょう。くれぐれも挑発などには乗らないよう……」
「うむ。忠告、聞き入れるとしよう。して、そなたたちはどうするのだ」
とイーヴの視線はフィンをかすめ見た。サクセサーのことを一番気にかけているのは彼のはずだ。けれど、だからこそ自分からは戻ると言えないに違いない。
「エクエスへ戻ります。事の詳細を確認しなければならないでしょう」
「でしたら、私も連れて行ってください」
リエットだった。
「私がお父様の名代としてエクエスへ参ります。もし、大晶石破壊の脅威が我が国にも及ぶのであれば、エクエスと情報の共有を図る必要があると思います」
「……そうか。いずれ、私の言葉はエクエスへ伝えねばならない。では、リエットよ。行ってくれるな」
「はい」
「船を用意しよう。そなたたちもそれで戻るとよい」
「ありがとうございます」
そして、
はリエットを連れて再びエクエスに向かうことになる。
船は、まっすぐにシャインヴィントを目指した。
東からの追風もあって、徒歩よりもずっと早く戻れそうだ。
「なぁ
。良かったのか?」
与えられた船室で、言葉少なだったフィンが呟いた。船旅はのどかだったが、王国船はどこか緊張に包まれている。
「何が?」
「オレはアオスブルフへ行くべきじゃないかと思ってる」
しかし、それは言うべき時に言葉にならなかった。一方で戻って確かめたいと思う気持ちからであろう。容易に想像できる。
「うん、私も迷ったんだけど……忠告するならきちんと現状を把握してからでも遅くないと思う」
いずれ破壊など国のすることではあるまい。
の中ではアオスブルフ国の仕業とも思えず、その可能性は薄くなっていた。
「そうね、とにかくサクセサーへも行ってみましょ」
複雑そうな顔のフィン。船はすべるようにシャインヴィントの港へ寄港した。
リエットは貴賓として招かれ、
たちはサクセサーへ向かう。話を聞くなら現場の方が良いという判断だ。サクセサーに入ると、町はこれといって変化はなかった。だが、領主死亡のニュースでどこか沈んで見えた。
「母さん!」
「あぁ、フィン……帰ってきてくれたのね」
喪に服しているのか黒い服を着たフィンの母親が彼を迎えた。葬儀はもう済ませたとのことだった。タイムラグを考えれば仕方ないだろう。フィンを先頭に、墓を参る。
「……結局……分かり合えないまま逝っちまったな」
花を添えて手を組んだ。しばしの沈黙の後にフィンは顔を上げた。
サクセサー領には後継がいないので、エクエスから文官たちがやってきていた。一人を捕まえて話を聞くと、フィンたちがエクエスを立った数日後に奇襲があったらしい。善戦むなしく、騎士団とサクセサーの兵士はほぼ壊滅状態に陥ったと言う。サクセサーの中にもその場に居合わせた兵士がいると知って
たちは治療院にやってきた。
「フィン……戻ってきたのか」
フィンの顔なじみであったらしい。彼はそれでも嬉しそうに彼を見たがフィンは黙ってかぶりを振る。サクセサーを守るために戻ってきたわけではない。それは彼の「守りたいものがあるから騎士になる」という志に矛盾という影を落とすことになる。
「大晶石の前で何があったんです?」
「……悪魔だ……」
フィンに苦笑で応えていた彼は思い出すのも恐ろしいというように表情を強張らせた。
「銀の髪の悪魔だ……それが、たった一人で俺たちを蹴散らし、血海の中で、大晶石を砕いた」
「銀の髪の悪魔?」
しかも一人だと言う。無言で頷いて青年はその戦いの凄惨さを語った。あっというまにそれは騎士たちを駆逐したと言う。生き延びた者は割合多かったが、顔は誰も覚えていない。それくらい短い間の出来事だった。
「俺が覚えているのはそれくらいだ。すまないな、力になれなくて……」
あまり長い間しゃべらせるわけにはいかず、医院を出ると風はやんでいた。これも大晶石が砕かれた影響だろうか。
「銀の髪の悪魔か……ソルたちとは関係あるのかな」
「そいつがウィスってやつじゃないの? 一人だけだったって言うのが気になるけど。……フィン、どうかした?」
黙り込んでいるフィンをイーヴが振り返る。「いや」と言って彼は軽く固めた拳に視線を落とした。
「オレは誰も守れてないんだな、と思って」
「サクセサーを守りたい?」
「……そんなつもりで騎士になったのに……はは、おかしいな」
結果、サクセサーから離れ、危機に駆けつけることもなかった。仕方がないと理屈ではわかっていても割り切れるものではあるまい。まして父親を亡くしてしまったのだから。
「めぐりあわせってやつかしらね……」
イーヴは空を振り仰ぐ。ミラージュが淡く影を落としていた。
「みなさん! みつけました!!」
「リエット?」
道の向こうから手を振ってこちらに駆けて来る。息を切らせながら彼女は両膝に手をやった。
「私も一緒に連れて行ってください!」
「あぁ、大晶石?」
「えぇ、この目で見ておきたいんです」
リエットも連れて、ブルーフォレストへ向かう。
雨が降ったのだろうか。草の上に戦いの痕はほとんど見られなかった。ただ、そこにあったのは粉々に砕けた結晶だけだ。
「酷いわね……これじゃ使い物にならないわ」
器をなくしたエルブレスはどこへ行ってしまったのだろう。とびちった大晶石のかけらに、あの緑色の光は宿っていない。まるでただのガラスの破片だった。
「これを剣で砕いた? ……信じられない」
「剣で砕いたんですか?」
「うん、目撃者の話では」
リエットは残った結晶の鋭さに口元に手をやり驚いている。
「それで、この後はどうするの?」
イーヴが訊いた。
「アオスブルフかな。まだ真相がわからないし……大晶石が狙われてるなら確認しておく価値はあると思う」
「ねぇ、思ったんだけど」
「?」
「自分の国以外の大晶石を破壊して、優位に立とうっていうのはなしかしら」
「! それは思いつかなかった。高みに上るよりも、他の人間を叩き落そうって心理か……あるかも」
すると、アオスブルフが黒幕と言う可能性も出てくる。身分を明かして下手に王都へ向かうのは危険だろう。
「でも可能性としては低いかな。自国の技術の可能性が開けなくなるし……どっちにしても私はアオスブルフへ行きたいと思う」
「賛成だけど、どうやって?」
アオスブルフは現在、国交をほとんど絶っている。商船はいくらか出入りできるが、潜り込むのは厳しいだろう。だとすれば……
「空からこっそり?」
「ホワイトノアね。王様が貸してくれればいいけど」
「でしたら私が!」
嬉々として手を上げたのはリエットだ。現存する飛行艇はホワイトノア以外はないと言われている。リンドブルムが今まで捕まらなかったのはつまりそういう理由もある。
「リエットが頼めばそりゃ動いてくれるだろうけど……いいの?」
「はい、一緒に行きますから」
いやいや、誰が決めたのか。リエットはすでにアオスブルフへ行く気になっている。
「お父様からも、現状を把握するよう言われています。私には必ず真犯人をあばく役目があります」
それは曲解と言うものだろう。おそらく、そこまで求められていない。
「民の平和を守るのは王族の務めです」
「そこまで言われたら……」
「ちょっと
、本気?」
「いいんじゃない? 本人が来たいって言ってるんだから」
はあまりこだわりがないようだ。
「リエット様、しかしそれでは危険では……」
「いつまで様付けするんです? これから行動を共にする仲間なのですから敬語も不要です」
どこか、リエットは楽しそうだった。
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