ツインコンチェルト 8
「乖離はまだ顕著ではないわね。幸いなことに」
「ここを出てから、まだ片手で数えるほどしか使っていない。大丈夫でしょう」
「でも、予兆としては十分ね。気をつけなさいよ」
「ウィス、終わったー?」
ガチャリ。
ドアが開いて
は医務室へ足を踏み入れた。何人かの研究者や医者に囲まれてウィスは丸椅子に腰掛けていた。上半身は裸だ。お互いなんとも思わないのか
もウィスも互いに視線を合わせても慌てたそぶりは見せない。
「ちょうど終わったところだよ。どうかしたか?」
「結構時間かかってるからどうしたのかなって」
「あぁ、体重測定から内部診断までフルコースでやられたからな……」
うんざりと思い出した様子でウィスは上着を着込んでいる。
「まだまだ甘いわね~フルコースなんてやったら一日じゃ終わらないわよ~」
「何をそんなにするって言うんだ」
「それはあんなことやこんなことも……ふふっ」
閉口しながら立ち上がる。そのまま後ろに二、三歩退いて彼はアーネストと距離をとった。
「アーネストって診察も出来るんだ。すごいね」
「医者のまねごとは出来ないわよ~? データを解析するのは得意だけどね」
あぁ検査と言う名のデータ採取だったのか。
は理解した。
「一応礼は言っておく。
、行こう」
はウィスに着いて医務室を出た。アーネストも
に着いて医務室を出た。
「……なんで着いて来るんだ?」
長い廊下を歩きながら、ウィスが前を向いたままそう言うまでに結構な時間が経っていた。
「おもしろそうだから私も行くわ~」
「そんな理由で着いてこさせると思いますか?」
「わかったわ。じゃあ、私と言う研究の集大成を証明するために着いて行くことにするわ」
「言い方を変えても……」
「いいんじゃない?」
「!?」
それほど意外だったろうか。ようやくウィスが振り返る。その視線の先にいるのはアーネストではなくもちろん
である。
「アーネストの知識は役に立つよ。ただ、危ない目にあった時が心配だけど」
「大丈夫よ~星晶研究者のたしなみとして、術が使えるから」
「いいよね、ウィス?」
「……まぁ、
がそういうなら」
「あら? 意外とあなた弱いのね~新発見だわ」
「うるさい」
すたすたとウィスは歩いていく。その先には応接室があってフィンたちが待っていた。
「あ、アーネストも一緒に行くんですか?」
「えぇ」
「心強いような、不安なような……」
フィンがうっかり本音を漏らしている。
アーネストは「ちょっと待っててね!」というと身を翻し、十分ほどして戻ってきた。白衣の代わりに緑色の上着を着込んで大きな晶石のはめこまれた杖を持っている。たしなみというには大層な品だった。あれならば、大きな晶術も使えるのではなかろうか。
「目指すはシグルスよ~。あ、浮遊クルーザー使いましょ」
そういってアーネストは研究所の横手にあったシャッターを開けた。そこにはエイのような形をした乗り物がある。
「こっちの世界はこういう乗り物が多いの?」
「あなた、確かアースタリアの人間よね~? 何でそんなこと聞くのよ」
「
は記憶喪失なのよ。三年前にアースタリアからあたしたちの世界に来たときからね」
「あらあらあら」
アーネストは興味津々だ。かまうな、と釘を刺してウィスが間に割って入る。
「で、質問の答えは?」
「多くもないわ~。少なくもないけど」
「ホワイトノアのような大型の艇は国が所有しているよ」
乗り込むと浮遊クルーザーは滑るように森の中を進んでいく。水の上を渡れても高度は上げられないらしい。小さな湖や湾を渡って更に林を抜けると風景が開ける。
「あんまり目立つとまずいから、ここから徒歩で行きましょ」
しばらく草原を進むと、浮遊クルーザーは森に隠して徒歩でシグルスへ向かうことにした。草原の向こうには、尖塔が見える。王城だろうか。
「アーネスト、アルディラスはどこにあるか知ってる?」
「王立研究所よ。まぁ、私がいれば顔パスだけど~」
「意外と役立つわね、あんた」
「意外ととは何かしら、もう」
機嫌を損ねたようにアーネストは腕を組んで胸をそり返した。
「ウィスはどうする?」
「いざと言う時は役立つと思う。一緒に行こう」
いざと言う時が来ないことを願う。ウィスは顔を隠すためにローブをまとい、フードを目深にかぶっている。逆に目立つのではないかと言う格好だ。が、王都はさすがに人も多くお互いのことなどあまり気にしてもいないようだった。
ふんふんと鼻歌を歌いながら先を行くアーネストについて歩く。王立研究所は幸いなことに城の敷地外にあった。
「こんにちは」
「アーネスト博士ですか。お久しぶりです」
言ったとおり顔パスだった。
「後ろの方々は?」
「新しい助手よ~。人手が増えて何よりだわ~」
それらしいことを言いながらすたすたと奥へ進んでいく。
「アルディラスは?」
「一番奥の研究室よ~。まだ解明されてない部分もあってね」
ということは、倉庫に保管、などということはないだろう。アーネストは行く手をさえぎる扉のロックをなんなくはずしていたが、ある扉の前で歩を止めた。
「さて、どうしたい?」
くるりと振り向く。動きに合わせて背中で結ばれたリボンが大きく弧を描いた。
「正攻法で行くか、それともアグレッシブ?」
「違いがわからないんだけど」
「限りなく手順を踏んで、研究室に行ってみるか。それとも実力行使で行くかってことよ~」
リエットがきょとんと首をかしげている。
「危険がないなら正攻法がいいのでは?」
「時間はロスするわよ? その分、追求されるリスクも高くなるわね」
実力行使をすれば、手っ取り早く済むが、それもまたリスク、ということだろう。
「私的には実力行使をお勧めするわ~」
「理由は」
ウィスが聞いた。なんとなく返事はわかる気がするが……
「まだるっこしいのが嫌いだからよ、うふふ」
「アルディラスを奪取したら、全力で逃げる。そうなるのかな?」
「そういうこと」
悩んだが、時間のロスは痛い。フィンができるのなら、と実力行使を推した。
「アルディラスの部屋までは私もパスを知ってるわ。でもアルディラスをつないでいるであろう機器を解除するパスコードをハッキングする必要があるの。だから誰か来たら時間稼ぎよろしくね」
再びくるりと向きを変えると扉が二重にスライドした。なんだか空気が冷たくなっている気がする。人気もなかった。このまま誰も来なければいいが……
「ここがアルディラスの保管所よ」
シュン、と軽い音を立てて扉が開く。そこにあったのは一振りの剣であった。透き通る刃を持ったその剣は円筒状のガラスケースに満たされた淡い緑色の液体の中に収められている。いくつもコードがつながっていてそれはガラスケースから外に伸びた機器につながっていた。
「さぁ、はじめるわよ」
アーネストが機械を起動させるとあちこちで走る光が淡く明滅を始めた。
「アルディラスって剣だったのか」
フィンが見上げている。ごぽり、と呼吸でもするように水泡がケースの中に生じた。
「天才の腕を持ってすれば十分ってとこかしら~」
しかし運命は皮肉だ。もっとも会いたくない人間が現れることとなる。
「博士、みつけた」
「!」
フリージアだった。ソルもいる。それからその隣には見たことのない大男が立っていた。それからずらりと兵士も連れていた。
「探したよ、ウィス。まさかこっちに戻ってきてるなんてね」
「くそっ」
この狭い空間で大立ち回りは無理だろう。少なくともイーヴの弓は使えない。文字通り追い詰められた状態になってしまった。
「ちょっと待ちなさい」
タン、とキーを叩いてアーネストが振り返る。一旦作業を中止するとアーネストは
やウィス達の前に出た。
「セレスタイトを滅亡させなくても、スクリーンを維持することはできるかもしれないわ。帰って王様に伝えなさいな」
「何……?」
反応したのは大男だ。話を聞こうとしたようだったがそれを邪魔したのはソルだった。
「駄目だよ。僕らの今日の任務は、ウィスの身柄確保。ついでにアルディラスを持ちだそうとする不逞の輩にもお灸をすえないとね。フリージア」
無言でフリージアが構える。ウィスも剣の柄に手をかけた。
「仕方ないわね~。あと二分待ってくれない?」
何を思ったのかアーネストは再び機械に向かった。ものすごい速さで画面がスクロールして行く。それをみつめながら手元を見ないでアーネストは手を動かし始めた。
「アーネスト博士をお止めしろ」
兵士たちが一斉にアーネストの方へ向かう。
はとっさに銃を抜き、放った。イーヴも部屋の一番端に下がり矢を番える。
戦闘が始まった。
「よーし、いいわよ!」
いかんせん人数で負けているのでこれ以上、引き延ばすのは危険だったろう。そう言われて視線だけで振り返るとずるりとアルディラスにつながれていたコードがはずれた。ごぽごぽと音を立てて浸していた液体がひいていく。アルディラスを奪え、ということだろう。
は銃を向けたが、ケースは壊れなかった。
「オレがやる」
ウィスに考えがあるのか、踵を翻すとまっすぐにケースへ向かって駆けた。それをフリージアが追う。
「はぁっ!」
その鋭い蹴りが直前で背後から迫り、ウィスは間一髪身をかわした。途端。
彼女の蹴りはすさまじい勢いでケースを破壊した。銃で壊れなかったケースを壊すとは信じられない強度である。しかし、手間は省けた。
「させない!」
ウィスが伸ばした手に再び蹴りが襲う。
「眠りの雲よ、咎人にやすらかなる吐息を……スリープ!」
リエットが詠唱を終えると、兵士たちを取り巻く空気が歪んだ気がした。実際目に見えたわけではない。そう感じただけだ。だが、確かに威力はあるらしく、ばたばたと兵士たちはその場に倒れた。
「あーあ、これだから下っ端は」
ソルは耐性を持っているようだった。隣で通路を塞いでいる男もだ。動いている敵はフリージアだけになって、フィンは突破口を開こうとソルに斬りかかる。サーベルを抜いてソルはそれを受け流した。
はフリージアの隙をついてアルディラスに手を伸ばす。しかし。
「!?」
触れたかと思われた瞬間、剣は鋭い光を放った。目を覆う一同。アルディラスは消えた。掴みそこなった
の手は空を泳ぐ。
「アルディラスが……」
「! 逃げるのよ」
アーネストが大男に、晶術を炸裂させた。ふいをつかれて後退した男の横をまっさきに駆け抜ける。
「させないよ」
切り結ぶフィンが出遅れたが、ウィスが駆け様、加勢して隙を作り、
も銃でサポートする。フリージアだけが追ってきたが、研究所の入口でアーネストが振り返ると両手を広げて立ちふさがった。
「フリージア、やめなさい!」
「博士……でも、命令が」
「その命令には従う必要はないわ。世界を滅亡させる必要は、今はないの」
「必要が、ない?」
フリージアは無表情だが、戦闘態勢を解いて首をかしげた。その後ろにソルの姿が見える。時間はあまりない。
「そうよ。あとは自分で考えなさい」
悟ってアーネストは踵を返した。フリージアは立ちつくして、遠ざかる
たちの姿を見送っていた。
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