ツインコンチェルト 10
フリージアはホワイトノアの一室に寝かせている。損傷が激しく、動かすのは危険ということだった。かといって施設のあるアースタリアに戻るわけにも行かず、とにかくそうしておくしかなかった。
そして次に向かうのはテールディだ。
「きっとお父様ならわかってくれます」
エクエスからの使者ももう到着しているだろう。リエットも表情を明るくして王都オリゾンへ足を運ぶ。リエットもいることから楽観視はしていた。だが、それが誤りだということをすぐに思い知ることになる。城へ着くや、待ち構えていたのは騎士団だった。
「どうしたのです?」
「王女、こちらへ」
騎士に囲まれ、ただならぬ気配にリエットの表情が曇る。だが、彼女は半ば強引に引き離されてしまった。
「何をするのです!」
リエットが騎士たちの向こうから手を差し伸べるが遅い。
たちはたちまち拘束されてしまった。
それから現在……彼らは、牢の中にいる。
「人ってどこまで行っても利己的でバカね……」
アーネストが言っている声は冷たい牢に反響して聞こえた。
どうやらこの国にしてみれば、国を支える大晶石を破壊する謀反人のようなものらしかった。リエットはどうしているだろう。自由であればまっさきに来そうなものだが、そうしないということは、できない状況なのだろう。
「ちょっとウィス、ウェリタスでどうにかならないの?」
「やめておきなさい、割に合わないわ」
イーヴの提案にアーネストが即答している。できないこともないのだろう。だが、
の目から見ても牢を破壊して逃げるのは最後の手段のように思えていた。
フィンは片膝を抱えて、牢の壁に背を預け、黙ったままだ。だが、やがておもむろにウィスを呼んだ。
「ウィス」
「?」
「教えてくれ。どうしてウィスはこの世界を滅ぼそうとした? ……ブルーフォレストでオレの親父を……サクセサー領主を殺したのはお前なのか」
「否定はしない。……本当に、すまなかった」
短く答えるだけのウィス。
「謝るなよ! それで俺にどうしろって言うんだ!!」
いっそ、言い訳でもしてくれればフィンは楽だったろう。ただ、頭を下ろし、詫びたウィスにフィンは初めて怒りをぶつけた。
「……すまない」
辛そうな顔でウィスは再び言う。フィンはそれきり消沈したようにまた黙り込んでしまった。気まずい空気が流れた。
ウィスがソルたちに加担した理由。それは適格者であったこと。それから自分が関わっているのかもしれない。
は思う。自分が生きていると知ったときから彼は反旗を翻したのだから。
どれほど時間がたったろう。もう夜のはずだ。地下は常に暗く、確かめる手段はなかったが夕食が出てきたのでそんな時間だとは想像がついた。アーネストとイーヴ以外は、手をつけることもなくそれぞれが物思いにふけっていた。
と、炎の明かりに影が揺れた。顔を上げると足音もなく現れたのはラウルであった。
「あんた、どうしてここに……!」
「静かに。お聞きしたいことがあって参りました」
ソルなどが一緒の気配はない。一人のようだ。
ラウルは唇に人差し指をあてがい、声音を低くささやいた。
が鉄格子に近づく。待っていたように、ラウルは聞いてきた。
「本当に二つの世界を救う方法があるんですか?」
唐突だった。
「ラルド様にお聞きしました。あなた方はアクアフォールを止めようとしているようだと」
「そうよ~? そのために今動いてるんじゃない」
答えたのはアーネストだった。彼女は、知識を話す時に限定される流れる水のごとき口調で、その方法を説明しようとしたがラウルはそれを望んでいないらしい。止めると、ポケットから何かを取り出した。
「見張りの方には少し眠っていただいてます。すぐにここから脱出を」
鍵だった。素早く牢を空けると先頭に立って足早に歩き出す。見張りの詰め所には無造作に兵士が倒れていた。彼がやったに違いなかった。
「どうして助けてくれるの?」
が尋ねる。
「僕は、ひとつの世界は滅びるしかないと聞いていました。他に選ぶ道はないのだと。しかし、どちらの世界も助かるなら……それがいいじゃないですか?」
最もだった。誤解していたようだが、彼もウィスと同じく世界を滅ぼすことに疑問を持っている人間だったらしい。いい意味でも悪い意味でも、どちらの世界の人間もそう変わりはないのだと痛感する。
「こちらから外に出られます。巡回兵士だけはお気をつけて」
「あなたはどうするの?」
「リエット様が必要でしょう? 連れて参りますから輝石の前で落ち合いましょう」
そういうと彼は音もなく更に階上へと駆けていった。
「一人で大丈夫かな」
「ラウルは一人の方が動きやすいんだ。任せておこう」
ウィスがそれとは反対方向へ歩き出す。どんな手段をとったのか、見張りなどの姿は消えていた。言われたとおり兵士の陰に気をつけて裏門から城外へ出る。最後の大晶石は東の広場だ。薄い月明かりの中、足早に一行は広場を目指した。
「ラウルってどういう人なの?」
「オレもよくは知らないけど……昔は戦闘技術をたたき込まれていたようだな。今はコンシェルジュなんて言っているが……」
「コンシェルジュか……ホワイトノアに一人いたらいいわねぇ」
夜の街は、独特の静けさに包まれている。人通りはないわけではなかったが誰にも見咎められることなく広場にたどり着く。不逞の輩を捕らえたせいか警備はちらほらと数えるほどになっている。リエットとラウルを待ち、
はアルディラスに呼びかける。
「リエット、本当にいい?」
「はい!」
駄目と言われても困るのだが、確認する。場合によっては彼女はしばらく国には帰れなくなるだろう。エクエスに行けば保護してもらえるだろうが、テールディの誤解が解けるまで時間はかかりそうだ。
「よし、行こう」
警備兵を片付けにかかる。ラウルの技術とリエットの晶術はてきめんだった。死者を出すことなく広場を制圧すると
はアルディラスを抜いた。
光が爆ぜる。火の大晶石と同じように地の大晶石もまた、その輝きを失い、砕け散った。
「これで、アクアフォールは防げるはずよ」
「良かった……もう、争う必要はないんですね」
胸をなでおろすラウル。この間まで敵対していたとは思えない穏やかさだ。
「エクエスへ戻ろう。ここにいるのは感心できないよ。リエットも」
「はい」
夜の闇に紛れ、一行はオリゾンを脱出した。ホワイトノアに乗り込み一路、シャインヴィントを目指す。シャインヴィントへ着くころには日は高く上っていた。その足で、城へ向かうと彼らを待っていたのはエクエス王だった。
「そなたたち、無事で何よりだ」
「ありがとうございます。昨夜、テールディの大晶石を破壊し、アクアフォールを阻止することには成功できたようです」
「うむ。テールディについては申し訳なかった。使者を送ったが、理解が得られなかったようだ」
「この度の不手際、申し訳ありません」
謝罪するリエットに、そなたのせいではないと温かい言葉をかけ、王は瞳を細めた。
「朗報もあるのだ。アオスブルフが使者をよこしてな。どうやら誤解が解けたらしい」
「ユーベルトがうまくやってくれたみたいだね」
がこそりとフィンに言うとフィンは少しだけ嬉しそうな顔をした。
「アオスブルフも此度の件については再調査を開始し、新たな資源の開拓に努めるとのこと。それをもって辛抱強く説得すればテールディも問題なかろう。これから先のことは任せてゆっくり休んでほしい。もっともミラージュの国についての問題は残っておるのだが……」
「でしたら問題はありません」
にっこりと微笑んで答えたのはラウルだった。意外な発言に、仲間たちの視線も集まった。
「アースタリア……ミラージュの王は、世界の安定を望んでおります。アクアフォールが阻止されたのであれば、こちらに兵を送ることもないでしょう」
「そなた、ミラージュの人間か?」
「はい、ラウルと申します。ここにいらっしゃるアーネスト博士からふたつの世界を救済する方法があると聞き及び、王は真偽のほどを確かめるようにと私に仰せになりました」
「そうか。では伝えよ。互いの世界が健勝であるよう願っていると」
「御意に」
そうして謁見は終わり、あてがわれた部屋で休むことにする。これで、ひとまず安心だろう。国交のことは国に任せるのが良い。
は入れたての紅茶に息を吹きかけ十分に冷ましてから一口、口に運んだ。
「そういえばラウルはラルドさんがどうとか言ってたよね。ラルドって誰?」
「ラルドは王立研究所にいたでしょう? ソルと一緒にいたあの熊みたいな大男さんのことよ」
「博士、またそんな言い方を……」
ラウルが苦笑しながら教えてくれる。ラルドは王国近衛兵の一人らしい。彼も世界の平安を望む一人でアーネストの言葉をラウルや王に伝えた張本人であるらしかった。
「ふーん、バハムート・ラグーンにもちゃんと話せそうな人がいるんだ」
「で、あんたたち、この後どうすんの?」
イーヴが言うとなぜか沈黙の視線が彼に集まった。誰が聞かれているのかわからなかったらしい。
「私は研究所に戻るわ。フリージアも直してあげなくちゃならないし」
「そうだな。王が世界平和に是というなら戻っても安全だろう。オレもお役ご免かな」
アーネストとウィスはすぐにでもアースタリアに帰るようだった。
「
、あんたはどうするの?」
「向こうの王様に報告するんだよね。私も行きたい。……ちゃんと最後まで見届けないとなんだかすっきりしないし」
「だったら私も同じです」
リエットが手を上げた。
「いいんじゃない? みんな当事者なんだし行ってみたら」
今度は軽い旅行気分でいける。なんとなく楽しみだ。
「それが終わったらアースタリアも見て回りたいな。ウィス、案内して?」
「あぁ、もちろん」
「あら、あんた向こうの世界に
をお持ち帰りする気なの?」
元々あちらの人間なのだから、それが筋なのだろう。ウィスはその言葉に少し機嫌を傾けたようだった。それを見てイーヴは少し意地の悪い笑みを浮かべている。
その夜はシャインヴィントに泊まり、翌朝。再び、オルディネの塔へと向かう。アースタリアでは星晶研究所にアーネストとフリージアを残し、シグルスへと入った。
「この間はよく見ている暇なかったけど、きれいな町だね」
「この国は海辺に出ると礁湖も多くてな。それが広大で美しく、バハムート・ラグーンと呼ばれる所以だよ」
「そういえば、こっちの世界には国は一つしかないの?」
あぁ、とウィスは顔を上げる。その先には王城の尖塔がそびえていた。
「もともと放棄されるはずの世界だったからだろう。東の大陸は国もなくてほとんど暗黒大陸状態だよ」
城にたどり着くと、ラウルが万事手続きを済ませてくれた。現在執り行われている王の謁見が終わるのを待って、謁見室に入る。居並ぶ騎士たち。その中には、研究所で出会ったラルドの姿もあった。
「ラウル、ご苦労であった」
「はっ!」
「そしてウィス=アルブム。一度は離反し、だが結果を導いたそなたの英断、世界を代表して感謝するぞ」
「もったいなきお言葉です」
ウィスは王がどういった人物か知っているのだろう。どうやら彼の態度を見れば信頼には足る人物なのかもしれない。深々と頭を垂れるその様に、王は満足そうだった。
「して、そなたたちがセレスタイトの民か。此度は足労をかけ痛み入る。詳細を聞かせてほしいところだが、まずはそなたたちの功労を称えたいと思う。今夜、歓迎の宴を開くとしよう。今はゆるりと過ごして欲しい」
えぇー!
は内心叫んだ。そんなことは聞いていない。歓迎してくれるのはありがたいが、大々的な場は苦手だ。あとは正装とか礼儀とか……厄介なことばかりだ。そんな複雑な心境が顔に出ていたのか、隣で膝を突くウィスがこちらを見て笑った。
「私、嫌だよ。宴とか、興味ない」
謁見が終わり、開口一番に出たのはそんな言葉だった。
「記憶がなくても相変わらずだな」
困っているのは
だけだ。イーヴは意外に肝が据わっているし、フィンは騎士、リエットは姫だ。そういう場には慣れていることだろう。
「まぁ楽しませてもらいましょうよ。あんた、ドレス借りる?」
「死んでも嫌だ」
くつくつとイーヴにまで笑われる始末である。そこへラウルが現れた。
「どうなさったんですか?」
「なんでもない」
「?」
「ラウルこそ、どうしたの?」
聞くと彼は二人の従者を部屋に招きいれた。一人は紅いビロードの敷かれたケースを手にしている。ちょうど剣が一本入りそうな大きさだ。ウィスは何を意味しているのか理解したのか、椅子から立ち上がりラウルの前に出た。
「ウェリタスをお預かりするよう言い遣ってまいりました。あなたにとってもその方がいいでしょう」
「あぁ、そうだな」
ウィスはウェリタスを呼び出し、自らケースに収める。これで彼は適格者としてお役ご免になったというわけだ。その顔はどこかほっとして見えた。
「アルディラスはあなたがたが持っていて良いそうです。元々セレスタイトの制御装置でもありますからあちらの王国に委ねるのが良いかと」
「うん、そうするよ」
ウィスはなぜだか、少し心配そうな顔をしたが何か自分なりに納得しているようであった。
「宴は七時からですよ。リエット様と
様にはドレスも用意しますので」
「しなくていい。文官の正装貸して」
「そんなことおっしゃらずに」
「いらないといったらいらない」
「ダメですよ、女の子はかわいらしくしていないと」
「余計なお世話です」
ラウルは手ごわかった。その後もなぜだか無駄に説得が続いたが
は折れずに結局、文官の正装を勝ち取った。リエットはドレスをまとって参戦だ。そういう格好をするとやはり「お姫様」という感じがした。フィンはいつも白い服なのでこう言っては何だがあまり変わり映えがない。イーヴも普段からしゃれているので意外と違和感はなかった。ウィスは騎士のような正装をして、現れた。
「今更だけど、ウィスって騎士なの?」
「ほんとに今更だな……まぁ想像に任せるよ」
それぞれが思い思いに会場で、羽を伸ばしている。ウィスと
は並んでテラスへ出ていたが、その時、何か割れるような音を聞いた気がした。
「?」
音は会場からではない。外からだ。
見回すと小さな陰が中庭を横切っていった。左手の棟から喧騒が聞こえてくる。
「何かあったのかな」
嫌な予感がする。ウィスは手すりから身を乗り出し、そちらを見ていたが踵を返して駆け出した。
「ウィス!」
戸惑いながらも
はウィスを追う。ウィスは廊下をまっすぐに走っていく。階段を一つ下り、姿を見失ったが、喧騒がその場所を教えていた。
ばたばたと走っていく兵士とすれ違う。それを辿っていくとウィスがある部屋の前で立ち尽くしていた。
「ウィス?」
「
」
どうしたのかと聞きかけて
は部屋の惨状を見た。正面の窓ガラスは大きく無残に割れ、部屋には兵士が数名血にまみれて倒れていた。この部屋の見張りであったのだろう。部屋の中央にはビロードの敷かれた空のケースがある。
「……ウェリタスが奪われた」
それは先ほどウェリタスが収められたはずのものだった──
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