ツインコンチェルト 11
風雲急は告げられる。
ウェリタスが奪われたことは新たな何らかの火種であることは明白だった。
「ウェリタスは、ウィス以外でも使える人がいるの?」
「研究中だ。もしかしたら可能かもしれない。不可能かもしれない」
研究がなされていたのは星晶研究所だという。それを確かめるべく
たちは再び星晶研究所を訪れることになった。
「アーネストに会おう」
ウィスが再び彼女に会うことを選んだのには理由があるのだろう。自分たちにとっても他に知り合いはいないので、なんとなく安心だ。
アーネストの研究室に行くと、そこに彼女の姿はなかった。だが、それをみてウィスはすぐに踵を返して別の場所へと向かう。
「ウィス、アーネストがどこにいるのか知ってるの?」
「おそらくヒューマノイド研究棟だろう」
そうか、フリージアのことがあったのだ。渡り廊下を通り別の棟に入ると案の定だった。その部屋は、かなりの広さを持っていて奥にはウェリタスが入っていたのと似ている円筒状の水槽があった。人一人が入れそうな大きさだ。
「あら、あなたたち。来てたの」
振り返ったアーネストの前には医療用のようなベッドがあって、そこにフリージアは横たわっていた。損傷は直っているようだ。が、目を覚ます気配はない。
「ちょうど良かったわね~。フリージアの調整が終わったところよ」
白衣のポケットに両手を突っ込んでこちらにやってくる。
「ついでに朗報もあるのよ~」
言ったが、こちらの用件が先だった。
「アーネスト博士、その前にききたいことがあります」
「なぁに? 真剣な顔しちゃって」
「ウェリタスの研究もしていたでしょう? ウェリタスはオレ以外に使える人間がいるんですか」
顔をしかめてアーネストはそれから顎に指を絡めた。
「私が研究に加わっていた時点では、可能性の問題だけどまだいなかったわね~。でも、途中からフリージアの方が急ぎだって言うからそっちに専念しちゃって……何かあったの?」
「ウェリタスが盗まれたのよ」
あまり驚かないアーネスト。そもそも全員で押しかけてきてまじめな顔してそんなことを聞いた時点で予想は出来ていたのかもしれない。
「またウェリタスの研究に戻ろうかな~って思ってたところなのよ。じゃあ確かめに行ってみましょうか」
今度はアーネストについて移動を始める。渡り廊下を戻って中央の棟に戻るとそこから更に奥に向けて歩く。この研究所は四方に棟が分かれているようだ。また似たような回廊を通って無機的な壁の研究棟にたどりつく。壁には大きく「D」と描かれていた。
「ちょっと待っててね」
研究室には誰もいなかった。ここはウェリタスからデータを採取するための部屋なのだろう。王立研究所でアルディラスが保管されていたのと同じ装置がある。アーネストは何もつながれていないコードの端につながる端末を起動させ、データをあさり始めた。
「あら? おかしいわね」
「どうかしたんですか?」
「データが持ち出された形跡があるのよ。ここのデータってば機密事項のはずなんだけど」
「!」
ばっ、と端末に集まる一同。画面を見ても何がわかるというわけではないが覗き込む。
「ちょっと……まずいんじゃない?」
「んー、とりあえず残ったデータを見る限りではやっぱり可も不可もなくって感じかしら」
「タイミングが良すぎるわね。城内だってそんなに簡単に入れる場所じゃないでしょうし、その上データまで盗まれるなんて……」
だから単なる盗人の仕業とは思えないのだ。ウェリタスを振るう者が現れるかもしれない。一体何の目的があってのことなのだろう。危惧すべきことばかりが増していく。
「一体誰が、何の目的で」
「ひょっとしたら……」
アーネストが何か思い当たったようだ。
「戻りましょ」
しかし、それは口に出さずヒューマノイド研究棟に戻っていく。
「そういえばアーネスト、さっき朗報って言ってたよね。何?」
「あぁ、それね。実は観測の結果、本来の星の意思(イニシオ)が、機能し始めたらしいのよ」
「本来の、ですか?」
確か、今の世界を支えるエルブレスは人工的な星の意思(イニシオ)からもたらされているという話だった。元来あった星の意思(イニシオ)は眠ったままだと言っていたはずだ。
「そうよー星の意思(イニシオ)が復活するってことは世界が復活するってこと。喜ばしいことだわ」
「今までの世界が不完全だ、って意識がなかったからいまいち実感できないね」
人工の星の意思(イニシオ)に支えられてきた世界。それが終わろうとしているのだろうか。いずれにしても星は自らの力で、本当の意味で息を吹き返そうとしているらしかった。
「そういえば、どうして本来の星の意思(イニシオ)が眠ってしまったかは聞いてなかったね」
「そうだった?」
「エルブレスの枯渇……と言うのではないのですか?」
リエットが指摘する。確かにアーネストはそんなことを言っていた気がする。だが、ニュアンスとしては他にも何かありそうだったことを記憶している。
が付け加えるまでもなくアーネストは説明をしてくれた。
「それもあるけど……隕石が衝突したのよ。今も東側の大陸に行けばクレーターが見られるはずよ。空からの飛来者は未知の物質を撒き散らし、エルブレスは汚染された……それが星喰いと呼ばれる存在になって世界は滅亡の危機に瀕したのよ」
「その後、星喰いはどうなったの?」
「いろんな説があるけど、有力なのは自然消滅かしら。星の意思(イニシオ)から新たに発生する高純度のエルブレスは星喰いを浄化する作用もあって……要するに星が頑張ったのね。だけど、肝心の星の意思(イニシオ)も星喰いを取り込んだことで機能しなくなった。そんなところだった気がするわ」
そして、世界も不安定になり救済措置としてセレスタイトと人工の星の意思(イニシオ)が作られた。そこへ繋がるのだろう。セレスタイトの生い立ちについては納得だ。
そんな話をしている内に、ヒューマノイド研究所に戻ってきた。
「フリージア、そろそろ起きられるかしら~」
つんつんとつついてみるアーネスト。それだけでフリージアはふっと瞳を開けた。
「私……」
「気分はどう?」
アーネストを見上げ、身体を起こすとこっくりと頷く。「悪くない」という意味らしい。
「聞きたいことがあるのよ。あなた、騎士団長がどうとか言ってたでしょ。アイザックは何をあなたに命令したの?」
「アイザック隊長……ウィスとアルディラスの使い手を捕まえて来いって」
「何の話?」
が聞いた。アーネストは、先の火の大晶石の前での戦いで送り込まれたのがソルだけであったことを訝しんでいたらしい。確かに王立研究所で会ったラルドがその直後、王に進言したとなれば時系列がおかしなことになる。
はフリージアに向き直り、アーネストとフリージアの会話の続きを待った。
「何のために? それは聞いた?」
「わからない……でも、アースタリアのためにミラージュのエルブレスが必要だ、って言ってた」
「セレスタイトのエルブレスが……?」
文字通り世界征服でもたくらんでいるのだろうか。ともあれ、王の命令とは別の系統であるようだ。まだセレスタイトに手を伸ばそうとでも言うのだろうか。
「嫌な感じね……シスルが出てきたことも気になるわ。一度、城に戻って探ってみたほうがいいかも」
「シスルってアオスブルフの大晶石の前でウィスに抜剣させた……?」
「そうよ。シスルはフリージアと同じ対、星の意思(イニシオ)用の戦闘用ヒューマノイド。最悪セレスタイトの星の意思(イニシオ)を破壊することができるかもしれないわ」
「星の意思(イニシオ)を破壊って……そんなことしてどうするんだ!」
フィンが声を荒げる。
「忘れたの?」
アーネストが答えた。
「もともと私たちはセレスタイトを滅亡させるために動いていたのよ。それができる手段を持っていて当然、というわけ。でもそれは最悪の話で、多分今は意味のないことだわ」
「それを確かめるためにも一度城に戻ってみないと」
「博士」
背を向け話すアーネストにフリージアがふいに呼びかけた。
「私たちのしていること……悪いことなの?」
フリージアは相変わらず無表情のまま、聞いた。アーネストが言っていた「素直」というより無垢なのだろう。自分をウェリタスで貫き、倒したウィスに対して彼女は嫌悪を抱く様子すらない。
「王様も苦渋の判断だったんでしょうから、悪いとか悪くないとかいう問題でもなかったと思うわ。でも、今に限って言うなら悪いわね」
「……」
「あなたも一緒に行く?」
来てくれるなら心強い味方になるだろう。フリージアは少しだけ迷っていたようだったが、もう一度顔を上げるとこくりと頷いた。
フリージアを連れて研究所を出る。と、森を背に待っていたのはソルと王国兵だった。
「ウィス、お役目ご苦労様。これで晴れて自由の身ってわけだ」
馴れ馴れしく話しかけてきたソルにウィスは剣の柄に手をかけることを躊躇しない。今しも剣を引き抜く体制で険しい顔をソルへと向けた。
「なんだい? もう敵対する理由なんてないだろう」
「お前、何を企んでいる!」
「ご挨拶だね。今日は、君の妹に用があって来たのさ」
「私?」
肩をすくめてから流れた視線の先は
にある。
は警戒しながらも、ソルを見返す。
「アルディラスを返してくれないかな。我が王国は所望していてね」
「!」
「わかりやすい嘘ね。つい昨日、王様はいらないって言ったばっかりよ」
「あれ? バレちゃった?」
イーヴが素早く矢を番えて放つ。ソルはひらりとそれをかわしざま指笛を吹く。兵士はこちらに突撃し、更に現れたのはいつもの魔獣とシスルだった。
「逃がさないわよ~ フォトン・ブレイズ!」
「そっちこそ、逃げないでよ!?」
笑いながらシスルはすさまじい速度で光子の破裂を避けるとアーネストに接近した。フリージアがその攻撃を真っ向受け止める。互いに譲らぬ攻防が始まった。
ウィス、そしてフィンは兵士を
やリエットに近づけないよう立ち回るが踏みとどまるには数が多い。ソルは余裕の表情だ。長引けば不利だろう。
は早々に決着をつける手段を模索する。答えは簡単だった。
はアルディラスを呼び出した。
「!?」
「へぇ、君はどんな戦いぶりを見せてくれるのかな」
腕を組んだままソルは見守る。
だとてただ剣を持っていたわけではない。剣術としては付け焼刃だが、アルディラスの扱いは自分にしかできないことだ。剣は望めば力を与えてくれた。そう、どれほどにでも、だ。気分が高揚する。ウィスもそんな気分でウェリタスを振るうのだろうか。
は兵士の群れに斬り込んだ。
一人、二人。鋭利な刃は触れただけで簡単に敵をなぎ倒していく。自分を取り巻くすべての速度が遅く感じられた。
「凄い! 凄いね! 剣を扱えない人間でもこの威力なんて!!」
「
、やめろ!!」
ウィスの制止も聞かずに中央を突破するとソルに切りかかる。ソルは手練れだ。だが、司令塔をつぶせば兵たちも引かざるを得ないだろう。果敢に
は打ち合った。その動きは自分の想像の範疇すらも超えていた。だが、やはり剣技では倒せない。
は悟ると素早くバックステップで距離をとり、詠唱を開始した。
「! シスル!」
さすがに危険だと思ったのかソルはシスルを呼んだ。フリージアの相手をやめるとシスルは後ろから詠唱を妨害してくる。その動きをウィスが止める。
「邪魔しないでよ!」
しかし、素早くシスルがくりだした蹴りをくらってウィスは吹っ飛び背中を木にしこたま打ちつける。
その隙に詠唱を完成させるべく
は叫ぶ。
「悠久を吹き行く風よ、我が手に集いて裂刃と化せ……サイクロン!」
風がやんだ。が、それは嵐の前触れに過ぎない。刹那の沈黙を超えるとすさまじい風の渦が巻き起こった。至る所で悲鳴が起き、兵士たちは立っていることもままならずに巻き上げられ、吹き飛ばされていく。森が大きく揺れた。
「くそっここまで使いこなせるなんて……今は無理か」
ガードの晶術を発動させながらソルはひとりごち、シスルとともに嵐に紛れて消えたようだ。晶術が収まるとそこには仲間以外の誰も立っているものはいなかった。
「……やった……」
アルディラスが
の手から消える。途端に疲労感が
を襲った。力を解放しすぎたのか。ぐらりと視界が揺らいだ。いや、実際揺らいだのは自分の身体だったのだ。気づいたときには
は地面に倒れ込んでいた。
「
!」
聞こえたのは自分に駆け寄る足音。それが最後だった。
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