ツインコンチェルト 12
目が覚めるとそこは医務室だった。以前ウィスが検査を受けていた部屋だろう。ベッドの向こうに、見覚えのある部屋が広がっていた。
「あ、気がつきました!」
それほど時間はたっていないようだった。全員がその部屋にいた。リエットの声を聞いて、ウィスがまっさきにやってくる。
「大丈夫なのか? どこか痛むところはないか?」
「大げさだよ。大丈夫。ちょっと疲れただけみたいだから」
「そうよ~大げさよ。そんな副作用ないこと、あなたが一番知ってるんじゃない」
起き上がる。どこにも異常は感じられない。倦怠感もすでになかった。ウィスはアーネストに指摘されて何か言いたげに顔をしかめたが、先に
に聞かれて反論は叶わなかった。
「ウィスもウェリタスを扱い始めたときはこうだったの?」
「いや、オレは……」
「ウィスの場合はきちんと私たちがついていろいろデータ測定しながらやっていたし、あなたみたいな無理なかったわよ?」
データ測定。余計落ち着かない気もするが。そうか、ウェリタスはここで研究対象だったのだ。ウィスもどれくらいの間かはわからないがここにいたことがあるのだろう。
「そう、無茶なんだ。お前のしたことは。自覚はあるのか?」
「ない」
「……!!」
その手をどうするというのだろう。ウィスは拳を固めたがもちろんそれを
に向けることはなかった。彼の後ろではフィンやイーヴが苦笑している。
「大体、アルディラスは使うなって言っただろ? どうしてそんな無茶をするんだ」
「どうしてそんな使わせようとしないわけ」
「……っ」
質問に質問で返されて、ウィスはなぜか言葉を詰まらせる。アーネストがなぜか意外そうな顔をした。
「ウィス君……ひょっとして、教えてないの?」
「アルディラスは大晶石を砕くことだけに使えばいい。他に用なんてないだろう」
「何? 何を教えてくれないって?」
仲間たちもきょとんとする前で、何度か問答があった。どちらも引かない。しかし、やはり割って入ったのはアーネストだった。
「適格者はリスクも知っていてしかるべきよ。もうこんなことがないようにね」
「それは……」
「でないと、この子、また抜剣するわよ」
「そうだよ。むしろ無尽蔵に使うよ?」
「駄目だ! 絶対に!」
とっさにウィスは言い返したが、今のはてきめんだったようだ。それ以後、気まずい表情で沈黙してしまう。アーネストがため息をついた。
「私が教えてあげるわ。ウェリタスとアルディラスは星の意思(イニシオ)の制御装置だって言ったわよね?」
「うん」
「それぞれが星の意思(イニシオ)と繋がっていて、その力をも扱える……だけどね、それは剣を介して星の意思(イニシオ)と適格者もリンクしてしまうということなのよ」
ウィスは聞いていたくないのか背を向ける。
の視線がそちらに向いたことにもお構いなしに。
「あまり知られてないことだけれど私たちの身体もまた、エルブレスから構成されてる。星の意思(イニシオ)の力は強大だわ。使い手はリンクすることで星の意思(イニシオ)と同化し、やがて、身体を構成するエルブレスは星に還る為に乖離していく」
「……エルブレスが乖離すると、人はどうなるの」
「消えるのよ」
「……!」
リエットが口を覆って驚きを隠せないでいる。だが、自分は驚くほどに冷静だった。自覚に乏しいだけだろうか。自分が消える可能性についてはまるで他人事だ。だが、言われれば心配なのはウィスのことだった。
「そっか」
「そっかってあんた……他に言うことはないの?」
「ウィスが消えたら、嫌だな」
「僕だってお前が消えたら……!」
とっさに口をついて出て、ウィスは再び閉口した。
「ウィスは? ウィスは大丈夫なの?」
「えぇ、そうねぇ……」
アーネストは意味ありげにウィスを見る。だが、次の瞬間にはこともなげに指を振った。
「まだ大丈夫よ。極力使わないようにしてるみたいだしね」
「なら良かった」
「ちっとも良くない。お前の使い方は僕より危険だ。頼むから、もう使わないと約束してくれ」
嘘でも約束をしたほうが良かったのだろうか。後で考えるが
にはわからなかった。
はまっすぐにウィスを見て、答えた。
「それはできない」
「なんだって?」
「この力でみんなが守れるなら、その時が来るなら、また使うよ」
「駄目だ。もう使うな」
「約束は出来ない」
二人のやり取りに心配そうにリエットたちはおろおろとしている。どうしようもなかった。辿るのは平行線だ。
「ウィスだって、使ったじゃない。みんなを守るためでしょう?」
「!」
瞳を見開いたのはフィンだった。「みんなを守るため……」唇が動いた。
「今度またウェリタスを持つことがあったら……危険がせまったら抜剣しないって言えるの?」
「それは……」
「はいはい、そこまでよ。……ウィス君、あなたの負けよ。本人がそう言ってるんだから、諦めなさい」
そういわれてもはいそうですね、と言えるものではないのだろう。ウィスはアーネストに矛先を向き変える。しかしアーネストの答えはわかりやすいものだった。
「いくら約束させても破るのは簡単よ? アルディラスを持っているのは
だもの。だったら、負荷をいかに抑えて使いこなせるかを教え込むほうがいいんじゃないかしら」
「……」
「……それをできるのはあんただけよ」
イーヴがウィスの肩に手を置いた。
「私たちも協力しますっ!」
ウィスだけだといっているのに、何を協力するつもりなのだろう。リエットの発言に矛盾を感じたがありがたく
は聞き入れることにした。
「私も……守る」
「そうね、フリージア。あなたはもうセレスタイトを滅ぼす必要はないわ。今度はみんなを守ってあげなさい」
アーネストは満足そうに後ろから声をかけてきたフリージアの姿を見た。
「わかった。だけど、約束してくれ。使うのは本当に危険な時だけにすると」
「善処するよ」
「そうと決まったらまずは
とアルディラスのデータ測定よ、データ測定! あぁ久しぶりだわ…腕が鳴る」
ちょっとやめておけばよかったかな。と思う瞬間でもある。
「ウィスも同じ道を……?」
「あぁ、通ったな」
遠い目でウィスは答えている。データを見るのは嫌いじゃない。むしろ好きだ。が、アーネストはいろんな意味でハイテンションだった。日ごろ比較的ローテンションの身としてはついていくには無理がある。
数時間のデータ測定とやらを終え、
もさすがに疲労感を覚えるところである。
「ウィス、ちょっといいか?」
お茶を飲みつつ休憩していると、やってきたのはフィンだった。
「なんだ?」
「……実は……いや」
何か言おうとしたがフィンは一言だけ
「すまない!!」
そう言って頭を下げた。
「? ? ?」
なんのことだかわからず、二人して首をひねっているとフィンは顔を上げて真剣な顔でウィスを見た。それから視線を落として呟くように言う。
「お前はいつも何かを守るために剣を抜いてきたのにオレは……嫌な気持ちを抱いてばかりだ」
ウィスと顔を見合わせる
。父親のことだろう。悶々としていてもそれは当然のことだ。ここのところ塞いでいたフィンに、ウィスも
も敢えて触れないようにしてはいたが。
「フィン、オレは……」
「言わないでくれ! いいんだ、もう」
顔を上げると彼は笑みを浮かべた。
「あの時、大晶石の前で守ってもらったんだよな。ずっと礼が言えなくて、すっきりしなかったんだ。ありがとう」
「いや……」
フィンはそれだけ言って照れたように笑い、右手を差し出した。一瞬、呆けたがウィスも笑みを浮かべてそれを握り返す。わだかまりが消えたわけではないだろうが、フィンは自分なりに吹っ切ったのだ。もう大丈夫だろう。
「あら? 男の友情ってやつ? あたしも混ぜてくれない?」
ひょっこりと顔を出したイーヴが茶化すとフィンは苦笑し、ウィスは複雑そうな顔する。別に彼は身体は男! 心は女! という存在ではないのでそんな顔をする必要はないのだが……
「なんです? 私も混ぜてください」
後から来たリエットがそんなことを言ったのでますます場は混乱することになる。
「ウィス君、ちょっと」
「?」
その当人の一人がアーネストに呼ばれて行ってしまった。
「どうかしたの?」
「アーネスト博士がデータ採取させろって言うから断ってきた」
「またか」
ほどなくして帰ってきたウィスに尋ねるとそんな答えが返ってきてフィンが苦笑する。アーネストにしてみればウィスも
も格好の研究の標的だろう。「対象」なんてかわいらしいものではない。気をつけねば。
「ウィス、明日から時間を見て、コントロールの仕方教えてくれる?」
「あぁ、やると決めたからにはしっかり教え込むからな。覚悟しておけよ」
日はすでに落ちている。厚い壁の向こうから森を渡る風の音が入ってくることもなかったが、どことなく研究所に漂う静けさは、夜の気配を伝えていた。
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