ツインコンチェルト 14
ホワイトノアが異世界間を航行できるようになったのは、つまりアースタリアにおいても行動範囲が広がるということになる。
おまけに沈んだ塔の位置は王国が押さえていたので、そこまで辿りつくのに労力はかからなかった。
沈んだ塔は、文字通りラグーンから少し沖、海中に没していた。塔の上階だけが青い海から覗いている。
少し傾いたままの塔の屋上にホワイトノアを着け、塔に降り立った。
「平衡感覚狂いそう」
「これでモンスターがいるとか。なんか戦いづらそうだよな」
歩きながら階下への道を見つける。入り口にはスイッチがあって、押してみると塔の中に明かりが灯った。非常灯だろう。それにしても、動力が生きているとは驚きだ。最も、星の意思(イニシオ)を作り上げたほどの科学力だからこれくらいのことは朝飯前なのかもしれないが。
慎重に進む。入り口付近のモンスターは度重なる派遣に駆逐されていたのか数は多くない。だが、塔を進むに従って、その数は増していた。
「野生のモンスターじゃないわね。これ、見張りだわ」
ついには迎撃システムのおでましでアーネストは断定する。
「ついでに言うと、この塔。はじめから半分沈ませて作られたのね」
「どうしてです?」
「もう大分降りてきたけど、浸水してないエリアが多いもの。地下みたいなものかしら」
窓の外を見れば、現在の位置はほぼ水面だ。これから下は水面下と言うことになる。
「迎撃システムが生きてた……ってことは、ここから先は未踏の地ってわけね」
「わくわくするねぇ」
「ぞくぞくするわ」
「あんたたちって……」
ウィスはあきらめているのか、前を向いたまま溜息をついた。襲いかかってきたモンスターを斬り捨て、ふと、隣にある開いたままのドアに目をやる。そのまま彼はその部屋に入って行った。
「ウィス?」
ウィスは埃のかかったモニターの前に立って、端末を起動させる。ジジッと音がしてモニターには黒い線が走ったが、見られないこともないようだ。覗きこんでいたアーネストが場所を交代してあれこれいじってみる。
「……この塔の見取り図かしらね」
そこには五階ごとに区切られた地図が展開されていた。
「メインシステムのある部屋はここかしら」
それは最下層だった。アーネストの予想は当たっていたようだ。もしこの塔が「塔」として地上に建って機能していたならば一階に重要機密は持ってくるまい。この塔は半ば水没したデザインがそもそもなのだ。
「他の部屋も見て行きたいところだけど……やっぱり目指すべきはそこだよね。最短ルートは洗いだせる?」
「もちろんよ。でも直通ってわけにはいかないから……ハッキングしながら行く必要がありそうね」
「ついでに警備システムを停止させるシステムの場所も探してよ。先に止めた方がいいと思う」
「はいはい」
とアーネストはてきぱきと指示を交わし合っている。セレスタイト組はよくわからずにぽかんとしてそれを眺めていた。
「はい。検索完了!」
しかし、地図があるわけではない。フィンが首をひねって聞くと「ここに入ってるのよ」とアーネストはにこやかに自分の頭を指示す。さすが天才の名は伊達ではないようだ。
アーネストに先導され、ひたすらに階下を目指す。一時間ほど経った頃だろうか。とある部屋の前で迎撃システムに出くわし、アーネストは首をかしげた。
「おかしいわねぇ。これ、止めたわよね」
「うん。……他のシステムも再起動してるかも。どうする? 戻る?」
「迎撃システムってあといくつくらいあんの?」
「さっき止めた分はとりあえずあと二つよ。……戻るより潰す方が早そうねぇ」
時間と手間とを天秤にかけ、そのまま進むことにする。
いくつか目の昇降機を降り、ようやく最下層へ辿り着くとそこは広い部屋だった。何かの研究室だったのだろうか。しかし、今まで見てきた様相と違い、コードも床を這ってはいなかったし、端末なども置かれていなかった。あるのは中央にメインシステムと思しき機体だけだ。
ウィスは真っ直ぐに進んで、躊躇なくそれに触れた。ヴン、と機械の起動する音がして巨大な光のスクリーンが現われる。
「これは……映写装置のようね。特に入力する項目はないみたい」
まるで水の幕のような巨大な半透明のスクリーンが電磁を帯びて淡く光ったかと思うと、映像が投影された。静まり返った暗い空間に、男の声が響く。
『この記録を、遥か未来の世界へ遺す』
それはこの星の、いや、この世界の成り立ちだった。
遥か昔、世界はひとつの惑星だった。
度重なる戦争、資源の枯渇、そして飛来した隕石による星喰いの発生。
それらから逃れるために、人々は新たな世界を創り出した。
新しく作られた世界の星の意思(イニシオ)と、上書きされた旧世界の星の意思(イニシオ)の存在。星の意思(イニシオ)の制御装置であるウェリタスとアルディラス。
オリジナルの世界……アースタリアの「はじまりの星の意思(イニシオ)」に相当する現在の星の意思(イニシオ)を通して、同位体であるもう一方の星の意思(イニシオ)にも干渉できること。
記録と言う名の物語は着々と進んでいく。
『星喰いは、従来の星の意思(イニシオ)に寄生した。だが、星の意思(イニシオ)から生まれる純正のエルブレスはそれらを浄化する作用があるらしい。我々も手を尽くし、世界中に残った星晶石と引き換えに、星喰いを星の意思(イニシオ)とともに眠りにつかせることに成功した』
だが、しかし、いつになったら星喰いが消えるのかは、当時の人間にも予測できなかった。アースタリアは星喰いと言う名の爆弾を抱えている。声は封印されるべきであろうと続いた。
しかし、愛すべき世界を見捨てることができはしない、とも。
『もしも、いつしか世界がひとつになることがあるならば。この記録を見る者がいるならば、これだけは気をつけてほしい』
それは、もし星喰いが消去されていない場合のこと。
『星喰いの寄生する星の意思(イニシオ)がその制御を失った時、星喰いは、星の意思(イニシオ)をくらい復活する。アースタリアの星の意思(イニシオ)が、もし暴走することがあるならば迷いなくウェリタスで破壊してほしい。例え世界の一つが滅ぶことになろうとも』
映像とともに声は消えた。
残る沈黙。
「……星喰いか……まだ、消えてないのかしらね?」
「消えてることを願うしかないね。でもこれでわかった。やっぱりアースタリアの星の意思(イニシオ)からはセレスタイトへ干渉が可能なんだ」
「どうやって?」
「ウェリタスを使うんでしょうね。本来なら」
それは適格者でしかできないことだ。誰でも使うことが出来ないのは、悪用を防ぐためであったのあろう。だが、長い時をかけ、人間はその枷を自らはずしてしまった。ウェリタスは、アイザックの手にある。
「
!」
突然だった。獣の咆哮とともに黒い影が駆けこんだ。ウィスに突き飛ばされて間一髪獣の襲撃を免れた。
「こいつは……」
背中の毛を逆立てて威嚇する黒い獣を前に、警戒するようにウィスは剣を抜き、辺りを見回した。
「やっと追い付いたよ。君たち、ちょっとせっかちすぎだね」
「!」
抜き身のサーベルを手にしたソルが背後から現れる。ウェリタスを手にしたシスルも一緒だった。走る緊張。
「先手必勝よ」
アーネストの晶術が空間を覆うように炸裂した。その煙をかいくぐりソルが一番手前にいたフィンに斬りかかる。フリージアが横から蹴りを入れると一歩退いて短く指笛を吹いた。魔獣がもう一頭、どこからともなく現われイーヴが矢を番えるより早く襲いかかるが、ウィスがそれを斬り払った。
「あまねく水よ、全ての者に白い息吹を。プリズムブレス!」
が詠唱を終えると、氷の結晶がすさまじい勢いで放たれた。予告なくシスルが抜剣する。
「甘いよ!」
だが、ヴァレリーより力はセーブされていた。逆を言えば、制御ができるということだ。それは長引けば危険であることを意味する。
「ウィス!」
がウィスを呼ぶ。ウィスはひとつ頷くとシスル同様アルディラスを抜いた
とともにシスルと対峙した。
「言っておくけど僕は武器の扱いは慣れてるからね。死ぬ覚悟があるなら、来なよ」
シスルが床を蹴った。剣の相手では
には分が悪い。ウィスが前に出て剣を受け流した。それをサポートする形で
も斬り込む。元より死ぬ気などない。隙さえ作れればそれでいい。その意図を汲んだのか、イーヴとアーネストが妨害にかかった。
「僕の相手もしてくれない?」
「僕がお相手しますよ、ソル様」
フリージアの攻撃をかわしながら言ったソルにラウルがナイフをつきつける。アーネストの晶術が再び発動し、シスルの足を止めた。フィンが隙をついて剣を突き出す。
「あはは、生ぬるいよ!」
一閃。かわしざま振るったウェリタスは衝撃波を放ち、フィンとウィスを壁際まで吹き飛ばす。
「覚悟しな」
難を逃れた
をシスルの連撃が襲った。
「っ!」
「いけません! 彼の地の加護を……フィールドバリアー!」
リエットが叫ぶが、ウェリタスには通用しない。切っ先が届いたかと思われたその時、ウィスの手がシスルの手首を掴んだ。
「!」
「返してもらうぞ」
ウェリタスは適格者を選ぶ。シスルがそれに叶うはずがなく、そのまま抜剣状態に入ったウィスはシスルを力技で薙ぎ払った。
「くっ」
「あれ、とんだ失態だね」
「うるさいっ」
ウィスの反撃が始まる。
はそれを見て、後衛に下がった。再び詠唱を開始する。ウェリタスの加護がなければ晶術も通用するだろう。アーネストもそれを狙って大詠唱に入っている。そして、まもなくその時は来た。
「蒼き海よ、汝が代行者をここに召喚す、タイダルウェーブ!」
「其は耐えなき息吹、来なさい、古の炎! エンシェントフレア!」
幻のように大波が押し寄せる。だがそれは仲間たちを透過し、ソルとシスルを巻き込んだ。そこへアーネストの晶術が、炎を爆裂させた。
「ぐわああああーーーー!」
炎と氷の晶術は空気に悲鳴を上げさせ、大量の蒸気が立ち込める。その中に、断末魔が聞こえた。
晶術の余波が消える。そこには変わり果てた姿をさらすソルが倒れ伏している。信じられないことにシスルは耐え切った。立ち尽くして、倒れはしない。
「うあああぁぁぁぁぁ!!」
だがしかし、何かの糸が切れてしまったように拳を振り上げ、突っ込んでくる。ウィスが床を蹴った。
誰もがただ見守る中、ウェリタスは碧の燐光を宿し、シスルの胸を貫いた。
「こ……れが、ウェリタスの……ちか、ら……」
シスルの体が倒れこむ。ドサリ。と重い音を立てて、少年の身体は床に伏せた。
「ははっ、でもね……」
シスルが呟く。消え入りそうな声は、黙する一同の耳に届いていた。
「遅いよ……インフィニティは、生まれた……世界は……」
言葉は最後まで紡がれなかった。シスルは笑みを浮かべたままそれきり動かなくなった。
「インフィニティですって……!?」
アーネストが、沈黙を破る。ウィスはシスルを見下ろしていた視線を上げて振り返った。
「彼らは、そんなものまで作ったって言うの……?」
「アーネスト、インフィニティって?」
「三本目の星の意思(イニシオ)制御システムよ。ウェリタスを元に製作されていたのだけれど……計画は凍結されていたはずよ」
「ちょっと、それってやばいんじゃないの?」
ウェリタスを元に、ということは星の意思(イニシオ)から力を引き出せる。少なくとも、アースタリアの星の意思(イニシオ)には干渉できるだろう。使いようによっては、世界に対して危険な牙になりうる。それはウェリタスとアルディラスを振るうウィスと
が、誰より良く理解していた。
いや、もしヴァレリーのような使い方をされたら……星の意思(イニシオ)は暴走するかもしれない。最悪の事態を誰もが思い描いた。
「止めよう」
ウィスはウェリタスをその身に収め、言った。
「アースタリアの星の意思(イニシオ)へ行くんだ。アイザックはおそらくそこに居る」
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