ツインコンチェルト 15
アースタリアの星の意思(イニシオ)は、世界の中央にあった。レギンレイヴと呼ばれるその島には、水の大晶石にも似た同じ嵐の結界があった。だが、威力が桁違いだ。ホワイトノアでも突入は無理かと思われた。しかし、ウィスが甲板に出てウェリタスをかざすと嘘のように嵐は去った。滑るようにホワイトノアはレギンレイヴの上空を滑空する。
森に囲まれたレギンレイヴは静かだった。
静寂の中を八人は駆ける。やがて現れた、古の研究所へ踏み込む。
ここには、大晶石もないのに、まるで地下は水の結晶石の内部と同じだった。長い螺旋のスロープの中央を、エルブレスの光が静かに昇っていく。
それを越えると星晶石の森があった。巨大な結晶の間を抜け、光の奔流の源にたどり着く。エルブレスは渦を巻き、眼下に広がっていた。その中央を通る通路に踏み込み、やがて到達する。
星の意思(イニシオ)だ。
セレスタイトでも見たシステムに良く似ている。だが、似ているということは違うと言うことでもある。明らかに人工的であったセレスタイトの制御エリアに比べるとここはまるで星の胎内だった。
その中央に、アイザックは立っていた。
「アイザック!」
「来たのか……虚ろなる世界の使者たちよ」
「何言ってるんです……?」
「ここへ来てわかった。すべてはまやかしの世界であると。世界は、再構築されるべきだ。私の手によって」
アイザックの手には、紅の大剣が握られていた。インフィニティだろう。剣は鋭い銀光をたたえ、戦いの時を待っているかのようだった。
「知っているんですか! この世界の星の意思(イニシオ)は、すべての世界の根源です。過干渉をすれば、星喰いが復活するかもしれないんですよ!?」
ラウルが叫んだ。
「星喰い、か。古の災厄が世界を浄化してくれる。望むところだ」
「あなた……狂ってるわ」
異世界の征服がいつしか強大な力を得て、全世界の掌握に変わってしまったのだろう。それだけの力をアイザックは得てしまった。確信が言わしめるのだ。世界を変えよ、と。
「なんとでもいうがいい。ウェリタスも、アルディラスももう私には必要ない」
ウィスが剣を抜く。ウェリタスが夜露に濡れたような清涼な光を放った。それを合図に各々武器を手に構える。問答は無用だった。
「星の意思は我にあり!」
インフィニティが高々と掲げられた。シスルのときとは違う。変化はヴァレリーのそれに似ていた。光が吹き上げ、アイザックを中心に闘気のように柱となって立ち上る。今、ここにある星の意思(イニシオ)から直接エルブレスを呼び出しているのだ。システムのコアである星晶石が激しく明滅を繰り返した。
ウィスが床を蹴った。
「あんたみたいなやつを野放しになんて出来ないわね!」
イーヴが毒づきながらも矢を放つ。ウィスの行く手に雨のように降り注ぎ、アイザックを強襲した。
「オレたちも行くぞ!」
「えぇ!」
フィンとラウルが駆け出す。
「行きます! 聖なる御手により、我らが盟友に加護を……セイントガード!」
ウェリタスとインフィニティが激しく斬り結ばれる。
「雑魚は下がっていろ!」
迫ってきた二人に薙がれたインフィニティは、空気を衝撃波と変え強襲したが、リエットの放った晶術がそれをはばむ。同時に斬り込まれアイザックは一歩後退した。そこへ果敢に踏み込むウィス。ウェリタスに秘められた力が刹那、光になってアイザックのまとう闘気の鎧を切り裂いた。
「
、行くわよ」
同時に詠唱を開始する。
アイザックはそれに気づき、インフィニティの切っ先をアーネストに向けた。
「きゃあっ」
切っ先から放たれた星の意思(イニシオ)の欠片はアーネストの肩を打ちぬいた。
「わが祈り、アストレアの灯火となりて汝の傷をいやさん……キュア!」
「この! やってくれたわね!?」
「氷海の王妃の吐息よ、愚かな贄に永久の眠りを! アイスレクイエム!」
一足先に詠唱を終えた
の晶術がアイザックを核にすさまじい氷雪を吹き荒らした。アルディラスで強化された晶術だ。が、なんということかアイザックはインフィニティを眼前に構えた形のままそれを耐えた。
「アーネスト! ばらばらに仕掛けても駄目だよ!」
「わかってるわ。一気に決めましょう」
アイザックの一撃が、ラウルを仕留めた。致死量の血が床に広がる。
すかさずリエットが回復晶術をかけるが遅い。立ち上がらないラウルにウィスは攻撃の手を止め、傍らに膝をつくと素早く手をかざす。光が生まれた。晶術ではない、自らを構成する星晶を与えているのだ。魂と言う名のエルブレスが離れてしまわない内につなぎとめることに成功したらしい。ウィスは再びウェリタスを手に顔を上げる。そこにはフィンを倒したアイザックがインフィニティを振り上げ笑っていた。
「ウィス!」
一足先に気づいた
は詠唱を中断して駆け寄る。振り下ろされるインフィニティを膝を突くことでかろうじてとめることができた。
「アルディラス適格者か……いつまで持つかな?」
「その言葉、そっくり返してやる!」
その後ろから体制を整えたウィスの突きが繰り出される。大きく跳び退り、アイザックは再び斬り込んで来た。
「下がってろ!」
再び抜剣者の剣戟がはじまる。
「くそっ」
なんとかリエットの晶術に助けられたフィンが剣を杖代わりに立ち上がろうとしていたが、思いのほか傷は深かったようだ。彼はもう戦えない。
フィンだけでない、フリージアも傷つき、イーヴもまた利き手ではない手で矢を番えていた。もし、ヴァレリーのように自滅をするかもしれないとしてもこのままではこちらがそれまで持つのかが疑問だ。迷いなく振るわれる星の意思(イニシオ)の力は強大だった。
「
! 戻りなさい!! 詠唱をあわせるわよ!」
ウィスは一人でアイザックを止めることになる。迷ったが
は退いた。
自分もこの状態はそう長くは持ちそうにない。長引けば長引くだけウィスにも負荷がかかっているはずだ。早々に決着をつける必要があった。
「天駆ける星々の輝きよ、我が下に集いて敵を討て…!」
「具現せよ! 我が貫くは純然たる三界の意思!」
「スタープリズム!」
「トリニティブレイズ!」
光と雷が交錯しながらアイザックを捕らえる。
「ぐああぁ!」
ついに悲鳴を上げさせ、光の障壁を消し去るとアイザックを後退させた。
「ウィス!」
呼ぶのは何度目だろう。ウィスはウェリタスを手に懐に飛び込む。ウェリタスはその鎧を貫き、切っ先をアイザックの背に覗かせる。
「う……があああぁぁぁぁぁ!」
恐ろしい叫びを上げアイザックは手を中空に泳がせた。傷口から、いや体がひび割れでもしたように光がアイザックの身体の至る所から吹き上がる。
それでもアイザックは倒れはしなかった。
「星の意思(イニシオ)を……私は……世界……世界そのものなのだ!」
呼応するように星晶石を象るシステムが激しく光を発しだす。
震撼が起こった。
「!?」
「いけない、星の意思(イニシオ)が暴走を始めてるんだわ! ウィス君、とどめをさしなさい!」
ウェリタスを引き抜くと容赦なく再び振りかざす。
「私は……世界っ!」
だがウェリタスはアイザックには届かなかった。アイザックの身体が大きく仰け反ったかと思うと光の核が現れ爆発を起こしたのだ。奔流がウィスを飲み込む。
「くっ!」
星の意思(イニシオ)だ。
は直感する。星の意思(イニシオ)がインフィニティを介してシステムから乖離されてしまった。光の核は暴走する星の意思(イニシオ)そのものの具現化だった。
「ウィス!」
「駄目よ! 巻き込まれたら吸収されるわよ!」
「でもウィスが!」
制御はウェリタスでできるはずだった。
ウィスは諦めていない。巻き荒れるエルブレスの中でウェリタスのまとう碧の光が増した。星の意思(イニシオ)の力を使っているのだ。光の中で光がより一層強くなり、そして、掲げると気合とともにウェリタスを光の核に向かって振り下ろす!
バキンッ
実体のないそれが、割れるような音を立て、消えた。
風が凪ぐ。次の瞬間、すさまじい轟音と爆風を伴って光は四散した。
「終わった……の?」
残ったのは静かな空間だ。
膝を折って、ウェリタスで身体を支えるウィスの髪はいつもの色に戻っている。やがて立ち上がるとウィスはこちらを向いて笑った。
「やりました!」
「どうやらなんとかなったみたいね」
わっと湧きあがってリエットが駆け寄った。目を覚ましたラウルも何があったのかといった顔で辺りを見回す。フリージアとフィンが支えあいながらウィスの元へ歩みを寄せた。
「さすが純正適格者ね! 制御もばっちりだったわ」
「お褒めの言葉、素直に受け取っておくよ」
「でもね、最後のはよくなかったわ。全力投球って言うのはね」
「全力でやらなきゃ今頃みんな死んでたわよ」
なぜかほめた後に駄目出ししたアーネストに呆れたようにイーヴ。アーネストはまだ何か言いたそうにむーと顔をしかめていたが、考えることをやめたのか手をひらひらと振った。
「いいわ。みんな無事だったんだしね」
「はい。そうですね。良かったです」
素直に笑うリエットに誰もが顔をほころばせた。
リエットは静かにフリージアやフィンの傷を癒し、
とウィスは改めて星の意思(イニシオ)システムの前に立った。システムは今は沈黙している。
「さっきの星の意思(イニシオ)って……本来この星にあったものと、人の手で生み出されたもの、どっちのだったのかな?」
「さぁな。アースタリアの星の意思は今は同化してるんだろう? オレは、どちらの星の意思(イニシオ)も止めてしまったことになるんだろうか……」
この世界は、エルブレスを生み出す存在を停止させてしまった。このままでは緩やかに破滅にむかうだろう。だが、それは時が来て、再び稼動させればなんとでもなる問題でもある。
「大丈夫だよ。だって適格者がウィスなんだから」
「意味がわからない」
そういいながらもウィスは小さく笑う。
も笑った。
「それよりもこの世界の人たちがこれからどうしていくか、だよね。いつかまた目覚めるこの星の意思(イニシオ)を、きちんと守っていってくれればいいけど」
「そうだな。そのためにも伝えることはしないとな」
星晶石を見上げる。ただ光は消えてしまったと思われたが、よくみればエルブレスは静かに星晶石にたゆたっていた。
この世界の星の意思は眠っているのだ。ただ、それだけのことだった。
「! なんだ?」
その時だった。身の内に収めていた二振りの剣が、二人の前に現れた。ウェリタスとアルディラスは淡い光を鼓動を打つように放ちながら中空に浮いている。その光が、途端、強くなった。
「これは!」
インフィニティを回収したアーネストがやってくる。
彼女が手を伸ばすがそれは実体がないかのように掴めなかった。
「どういうこと?」
アーネストはかぶりを振る。ただ、剣は何かを訴えているようでもあった。
「おかしい」
胸騒ぎがする。
は、ここからは見えない空を振り仰いだ。
「!」
はじかれたように駆け出した。
慌てて仲間たちもそれを追う。
その時はまだ気づいていなかった。災厄が解き放たれていたことなど。
外に出ると空は暗黒に閉ざされ、風が騒いでいた。
「何? これ……」
見たこともない空の色だった。遠い空は青い。だが、闇はじわじわと侵食するようにレギンレイヴの上空から世界に広がっていた。
「まさか、これが星喰い?」
「そんな、どうして……!」
可能性はなかったわけではない。沈んだ塔でも見てきたことだ。アースタリアに封じられていた星喰いは消えておらず、この世界が本来持つ唯一の星の意思(イニシオ)とともに解き放たれた。
それが現実になってしまっていた。
かつては星喰いが侵食したのは星そのものだった。だが、今、侵食しているのは空……アクアスクリーンだ。
「まずいわ。アクアスクリーンが消えれば二つの世界は境界を失って不安定になる」
「どうなるです?」
「最悪、両方の世界が消えるわ」
「どうすればいいっての!?」
どうすればいいのかは察しがつく。星喰いを浄化するのは、エルブレスだ。エルブレスを照射する。おそらくそんなところだろう。
がアーネストに聞くと返ってきた答えは是だった。
「そうよ。星の意思(イニシオ)から生まれる原素をぶつけるの。でも……」
アーネストの視線はウィスと
、両方に注がれる。それが何を意味するのか、わかっていた。
「やるよ。星の意思(イニシオ)の力が必要なんでしょう?」
「駄目だ。オレがやる」
はかぶりをふった。
「いままで長い間かけても、アースタリアの星の意思(イニシオ)だけじゃ星喰いは浄化できなかった。セレスタイトの星の意思(イニシオ)の力も必要なんだ。セレスタイトにはふたつの星の意思(イニシオ)がある。やるなら、私」
「私、今から残酷なことを言うわ。……おそらく、ひとりじゃ足りない」
ウィスがアーネストを振り返った。両方の世界の星の意思(イニシオ)をもって星喰いを止める。方法はそれしかなかった。
「それに、星喰いを止めたとしてもすでにアクアスクリーンは蝕まれている。このままだと、二つの世界も近い内に分断される可能性があるわ」
「分断って…どうなるです?」
「ふたつの世界は元々ひとつの星だった。今は半次元に存在してるの。そのまま、次元のはざまを世界ごとさまようことになるかもね」
「なんだ、それじゃ問題ないじゃない」
は笑った。
「世界が生きてるなら、人も生きていられるよ。うん、大丈夫だ」
「
……」
「ウィス、お願いできる?」
「あぁ、やろう」
仲間たちが見守る中、星晶の森で
とウィスはそれぞれアルディラスとウェリタスを呼び出した。
剣をかかげる。光があふれ、肥大していく。それはいつしか天を突く柱となり、暗闇の雲を切り裂いた。
「お願いです……」
「どうか」
「世界を……!」
それぞれが吹きすさぶ風の中、祈りをささげる。
神は本当にいるのだろうか。
もしいるのだとしたら……自分も願おう。
どうか、大切な世界と
大切な片割れが、
無事でありますように──
光が静かに広がっていく。
やがてそれはかつて星と呼ばれた二つの世界を覆い、静かに消えていった。
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