あの、世界へ────
-1.訪れた平和
「……」
「どうした?」
リビングのソファでぼんやりしている
にリオンが聞く。
「最近、夢見が悪くて」
どこか覇気のない表情で、遠くを見やるように
。
うららかな日差しを感じ始めた雪解けの季節。
海辺にあるダリルシェイドの冬は、決して厳しくはない。むしろ温暖な気候と言えるだろう。
だが、まだ窓を開けるには肌寒い日々もある。
そんな、狭間の季節だった。
「夢見が悪い?」
元より、鈍感なまでにぐっすりと眠るタイプではないが、どうも十分な眠りが得られていないような
の様子にリオンは復唱した。
「うん、夢はよく覚えてないんだけど……なんかすっきりしないんだよね」
「疲れてるんじゃないか」
神の眼の騒乱から2年と少し。
外殻が落ち、壊滅したかに見えたセインガルドの街々は、いずれも復興の道を選んでいた。
それはここ、ダリルシェイドも例外ではない。
否、むしろダリルシェイドが率先してその道を選んだからこそ、その姿を見たジュノス、ハーメンツ、アルメイダもそれに続いたと言えるだろう。
部屋から庭を隔てて見える街並みは、完全とは言えないまでも、今は平穏を取り戻している。
ここにたどり着くまでに、困難はあった。
寸暇を惜しみ会議に明け暮れる日もあったし、モンスターの討伐に出ることもあった。
それもだいぶ落ち着いてきた頃合いだ。
だからこそ、疲れも顕著に出るころでもあるのかもしれない。
リオンが言うと、
は「大丈夫」と笑みを返した。
リオンと
は今、旧ヒューゴ邸の一角で暮らしている。
奇跡的に外殻の直撃を免れたヒューゴ邸は、騒乱以後、復興拠点として開放され、今は多くの人間が集う場所となっていた。
といっても広い屋敷であるから、執務の場は入り口から近い会議室などに集約されている。
元々長期滞在用の客間として使われていた一階の東にあるこの部屋は、そういったエリアからは離れていて、静かなものだ。
二人はここから邸内にあるそれぞれのセクションへ出かける。
だんだん調子が上がってくるのか、その日、仕事に出、帰ってくるころには
はいつも通りの様子だった。
それどころか、機嫌はいいようだ。
「ただいま」
帰ってくるなり開口一番、珍しく先に戻っていたリオンに話しかける。
「リオン、今日はアクアヴェイルの話が出たよ」
共有のリビングにあるコートハンガーに脱いだ上着をかけながら振り返る。
「外交で誰か行って欲しいんだって」
「それで白羽の矢が立ったのか?」
この機嫌のよさはつまりはそういうことだろう。
他の誰かの話なら、こんな顔はすまい。
「リオンか私か…いずれにしても面識があるからね」
皮肉なことにあの騒乱のおかげで世界は手を取り合うこととなった。
騒乱が終わりダリルシェイドとアクアヴェイルもまた、長い対立の頸木から放たれた。
しかし、全ての確執が消えるには時間がかかる。
一般人の行き来や商業の交流は元々そういった部分での偏見が浅い分受け入れに抵抗がなくとも「国」としてはそうはいかない。
新体制の幹部の中には旧王国の幹部もいるので慎重にならざるを得ないのだろう。
復興に奔走していたこれまでは明確なルールを作る余地などなかったが平和になったらなったで問題も出てくるわけで。
セインガルドもそろそろ正式な調印をしたいという次第である。
もっともリオンと
にとっては、旧モリュウ領主フェイトともシデン領主アルツール公ニ男の放蕩息子とも知り合いなのでいまさらと言う感じである。
なので二人が行けば談笑しながら夕食がてらの調印くらいはできるかもしれない。
今まで敵対していた人間が行って変に緊張感を漂わすよりも賢明な人選ではある。
「で、まだ正式に話は来ないんだけどリオンと話しておいて欲しいって。どうする?」
どうするといわれても。
アクアヴェイルまでの移動手段は不定期の商業用航路という形で確立されている。
今のところ飛行竜もセインガルドのものではあるが物資を運ぶのが主であり数名のためだけに動かすのは見栄を除外すれば合理的ではないだろう。
リオンや
もそんな派手なことをしたいわけもなく、行くとすれば、航路を使うことになる。
すると、アクアヴェイルに赴き、調印には何日かかるのか。
口元に手をあてがい、やや考え込むリオン。
目の前には、降って湧いた話になんだか活き活きしている
の姿がある。
「…一緒に行く?」
考え込んだところを見て冗談めかしたように
が聞いてきた。
そうできたらそれがいい。おそらく
の希望である。
それでリオンの答えも出てしまう。
「いや、先2週間まで予定が埋まっているからな」
自分が行くと言えば彼女は着いて来るであろう。それはそれで構わないのだが、肝心の自分に予定が入っているのではそれも難しそうだ。
アクアヴェイルまでの往復にかかるのは帆船で数週間。その時間を考えると自分の現状もかんがみて
に任せる方が無難である。
その合理的な答えに予想通り、
はちょっと残念そうな顔をした。
半分は旅行気分だ。
まぁここのところダリルシェイドに缶詰でさすがに疲れもみえはじめていたからリフレッシュさせるつもりで環境を変えさせるのも悪くは無い。
「行ってこい。土産はアクアヴェイルの特産品なら何でもいいぞ」
それはつまり、適当に楽しんで来いと言うこと。
ひとつ任務を出してやれば、どうやら憂いなく行く気になったようだった。
