-3.トウケイ領
トウケイの地は荒涼としていた。
街であった部分にはクレーターができていたし、その円周に当たる城も瓦礫と化していた。
これでは確かに復興などできるはずもないし、里帰りも酔狂でしかないのかもしれない。
クレーター部分は一目瞭然なので、城の方へと向かう。
ジョニーと
はそれぞれの目で様子を確かめて回った。
(あれ?)
チカリ、と何か光るものが視界の端をかすめ
は足を止めた。
(なんだろう)
瓦解した柱の残骸の傍近く、気になって
は、あとから風に吹かれて降り積もったのだろう土埃をなでるようにしてそれを探す。
残骸と残骸の間の隙間にある「それ」が見つかったのは、この場においては不自然な形であったからであろう。
それは、黒い球体だった。すこし薄汚れてはいたが、研磨されているので美しい真円だ。
指でつまめるほどの大きさのそれをハンカチで拭うと、太陽光を反射して輝く。
ここは宝物庫か何かだったのだろうか。
良く見れば割れた壺や、大きな剣なども瓦礫にうずもれるようにして存在している。
だが、どれも錆びたりしているのでもう輝きはない。
この黒い球は宝石なのであろう。太古から存在する石は何年たってもくぐもることを知らない。
はそのままハンカチに包むと懐へそれを入れようとし──
「動くな」
瓦礫の上に片膝をついたその喉元に冷たい切っ先が突きつけられていた。
実際のところ、
からそれは見えないのでひたりとした金属の感触だけが何が起こっているのかを伝えている。
刃の感触が身体に入り込んだかのように一瞬ひやりとしたものが背筋を走った。
視線の先にある影はいつのまにか二つになっていた。
ひとつは自分、そしてもうひとつは…
「? お前、女か?」
自問するような呟き。それだけの事実が知れるや刃は僅かに退かれた。
どうしてそれが理由で剣を退くのかはわからない。
よほどのフェミニストかそれとも…
「……!」
振り返ることが許され、
は確認したその姿に意外な驚きを抱くことになる。
目の前に立っていたのは一人の男だ。背は圧倒的と言うほどの高さでも無い。
身に着けているのは胸を覆う軽鎧に腰から下げた細い鞘。
その手に握られている抜き身の刀が今しがた首筋に押し当てられていたものなのだろう。
鞘に施された意匠や全身の雰囲気は彼がアクアヴェイルの人間であることを示していた。
しかし、何より…目を惹いたのはその素顔を隠すような獅子を模した兜。
はそれを知っていた。
その反応をどう思ったのだろう。
彼は純然たる驚きを示した彼女を自分の「敵」という認識からはずしたようだ。
「何故こんなところにいる? 見ての通り、ここには…」
「
!!」
「!」
「彼」はジョニーが現れるや素早くニ、三歩退くと切っ先を上げ新たな来訪者に向ける。
白刃が陽の光を受け鋭く煌いた。
アクアヴェイル独特の、鋭利で繊細な光の色だった。
「お前さん……」
「ジョニー=シデンか?」
相も変わらずマンドリンを片手に、それでも血相を変えて駆けつけてくれたジョニーは目の前に立つ男の姿に険しい表情を一転させた。
何かに気付いて問おうとすると逆に名を呼ばれてしまう。
兜の下からは怪訝な視線がジョニーを見据えていた。
「やっぱり……トウケイの──…」
「その名は呼ぶな。トウケイという国はもう、無いのだからな」
「……」
男の声は酷く押さえ込まれたようで、どこか苦渋に満ちていた。
ジョニーもまたいつもの道化の仮面が落ちたような顔で彼の姿を見返している。
立ち上がってジョニーの側に歩を寄せていた
から彼らの表情を全て知ることは出来なくとも二人の間にはアクアヴェイルの人間として関係があることは理解できた。
彼───金獅子の剣士は一呼吸置くと名乗りを上げる。
「我が名はサブノック。今はそれ以上の者でもそれ以下のものでも無い」
結局、トウケイにあった人影と言うのは城跡で会った彼のものだということで収拾がついてしまった。
この未曾有の事態を好転させる収穫はなかったということだ。
それにしても気になることは一つ。
はシデン領に帰り落ち着いたところでジョニーに訊いてみた。
「ジョニー、サブノックって…トウケイに縁(ゆかり)がある人なの?」
「そうさなぁ」
帰りの船で訊けなかったのは、サブノックに会ってからのジョニーも思うところがある様子だったからだ。
彼も深層と表層にでる表情は大きく異なる人間であるから隠そうとするとすぐ隠されてしまう。
今回に限っては
にとって無関係とも言うべき話であろうからはぐらかされても仕方が無いかと思う。
けれどジョニーは少し考えて、尾羽のついた帽子を片手で下ろすと籐で編まれたソファに深々と背を預けた。
浅い溜息をついて天井を振り仰ぐ。
「ティベリウスの甥っ子、って言ったらわかりがいいか?」
「テ、ティベリウスの!!?」
驚愕。
驚いたのは「ティベリウスの甥っ子」が存在していたことにではない。
「サブノックがティベリウスの甥」である事実である。
そう、彼はおそらくカイルたちと旅をした時にハイデルベルグで対峙した「あの」サブノックであると思われる。
確証は無いが、金獅子の兜に自ら名乗ったその名。
「その」サブノックと同じ時代でこういう形で会うとは思っていなかった。
彼の出で立ちを見ればアクアヴェイル出身者であることは容易に推測できた。
だから、もしも
が、未来の刻に出会っていなければ告げられた事実にここまで驚くこともなかったろう。
ジョニーにとってはそれが想像の域を超えた反応であったのかジョニーの方が少々驚いたような顔をする。
「あ、ごめん。続けて」
「あぁ…ティベリウスがどんなヤツかは知ってるだろ?あいつの家系はな、本来だったら王の系譜だった」
「…というと?」
直接は言いたくないのか回りくどいジョニーの言葉に
は頭の中で整理しながら問い返す。
ジョニーの言葉はそのまま答えの確認になった。
「ティベリウスのヤツが王の座をのっとったのさ」
「……」
これはまたアクアヴェイルの複雑な経緯である。
アクアヴェイルは鎖国状態であったのだから他国の人間が知るはずもないことなのだが。
「と、言ってもあいつの親父は穏健派だった。ティベリウスは力で捻じ伏せる野郎だがアクアヴェイルのことを想ってはいた。
──あんまり認めたくない事実だけどな。お前さんらが来るずっと前はあそこまで酷くなかったのも事実なわけだ」
やり方は今でも正しいとは思わない。
とジョニーは表情を歪ませる。エレノアの件については今でも鮮烈な想いの欠片が燻っているようだった。
グレバムにつけこまれて表面化したティベリウスの目論みは、神の眼を味方につけたことで戦争を引き起こそうとしていた。
力の極み、というヤツだ。
ジョニーの話では、独裁もエスカレートする前はそれなりに民衆の支持もあったらしい。
その頃にはシデン、モリュウとも交流がそれなりにはあったと言う。
「そんなわけで、譲り渡した形にはなるかな。もっともその末っ子のあいつは親父さんの決定に納得が行かなくてある日行方をくらましたって噂だった」
「じゃあ兄弟もいたんだね。……今は?」
「その後、全員暗殺された」
「!」
両の膝に肘を落として今度は深い息をつくジョニー。
風が強くなってきたのか窓が小さく揺れていた。
「それもあくまで噂だ。ただ…」
ジョニーは床の絨毯に視線を落として言葉を切った。
ただ、噂に間違いは無いのだろう。
その言葉はジョニーからは出なかった。
変わりに顔を上げて語調を変えた。話の方向を少しだけ変えるつもりらしい。
「アクアヴェイルは三領主が揃って方針を打ち立てる。俺ら末っ子組みはまだ政(まつりごと)なんて雰囲気で感じるくらいの歳だったが覚えている限りその頃からティベリウスは独断で動くようになっていたのは確かだし、シデン・モリュウ両家からすると頭の痛い話だったろうな」
「他領のことになると勝手に手出しもできない、か」
「それもある。証拠がなきゃ下手に手出しできないのも大人社会の不条理さだな。結局、外殻も落ちてトウケイ領もあんなことになっちまって……あいつだけが生き残ったってのも皮肉といえば皮肉だ」
そんな話を聞いても
の知っている彼には結びつきそうも無い。
今はそれ以上聞く気にもならず、
は窓の外を振り仰いだ。
抜けるような青い空。
けれどその先にはアクアヴェイルを囲うようにして立ち込める暗雲が立ちふさがっている。
まるで結界のようだ。
そんなことを考え始めるとジョニーが爪弾いた弦の音が、やがて曲となって流れ始めた。
