-6.帰着
空を超えて、ダリルシェイドへと戻る。
嵐の壁さえ突破できれば変わらない日常が待っていた。
リオンは憶すことなく復興拠点の庭先にイクシフォスラーを降ろしたので迎える人々……というべきか、見物人は多かった。
評議会の人間、学者、事務員、その姿を目にした人々は様々であったろう。
だが、人垣の中からまず声をかけてきてくれたのはシエーネだった。
「リオン! !無事だったのか」
「無事で悪いのか?」
「うーん、憎たらしい口ぶりも相変わらずだ」
全く意に介さずシエーネ。
揃って廊下を歩く。
「あ、シエーネにあとで見て欲しいものがあるんだ」
「オレに?」
「うん、蛇の道は蛇……。って言っても、分野が違うからわからないかなぁ」
ひとりごちる にシエーネは首をひねる。
「僕は報告に行くからお前は先に部屋へ戻ってろ」
「私も行くよ。アクアヴェイルで何してたってわけじゃないし、私の方が現状に詳しい」
一応気遣ってくれたのだろうが、そう言われればリオンも断りはしなかった。
小さくため息はつかれたが。
「オレ、評議会のおっさんども苦手だからパスな」
シエーネは短期間であるがリトラーによく「しつけ」られていたため、学者とジャンクハンターの顔を切り替える術を持っている。
それでも生来、丁寧語は肌に合わないのか、そうやって公の場は避けているものだ。
「じゃあ、あとでね」
と言っても、語るべき緊急招集には時間がかかるだろう。
それまでに何度か同じ話を違う人間に繰り返して、最後にようやく調印した文書を提出し、その日は終わった。
意外に忙しい一日になってしまった。
結局、 が部屋に戻れたのはあたりが暗くなってからだった。
「久しぶりの自分の部屋だー今日はゆっくり休めるかな」
リオンも着替えのためにいったん自室へ戻り、 も久々に自分の部屋の扉を開ける。
が……
思わず、 はドアノブに手をかけたまま動きを止めた。
そのまま取って返して、リオンの部屋の扉をたたく。
着替え中なのか、それでも扉を開けたリオンは、新しいシャツに腕を通しているところだった。
「どうした?」
その顔を見て、ボタンを留めながらリオンが尋ねる。
の顔には、困った色が浮かんでいた。
「部屋が荒らされてるみたいなんだけど……リオンの方は大丈夫?」
「なんだと!?」
を押しのけてリオンが部屋を移った。やはり の部屋のドアのところで足を止める。
もリオンに続いて、その背に声をかけた。
「ね?」
「これは、どういうことなんだ……何か盗られたものは?」
「まだ見てなんだけど……リオンの方は大丈夫だったみたいだね」
それで初めて部屋に踏み入れる。
窓は閉まったままだ。リオンが知らないならどうやって入ったのだろう。
荒らされていると言っても、もともと片付いた部屋なので探し物はしやすかったらしく引き出しが下から順に空いてるだとか、ベッドも少し乱れているとかその程度だ。
それでも、気味が悪い。
「水月もエメラルドリングも持ってるし、金目のものは置いてないし取られるものに心当たりはないけど……」
一通り確認して は、ふともう一度引き出しをあけた。
そこからファイルを取り出してみる。これも何事もなかったらしい。すぐに元に戻した。
「それは?」
「堕ちた都市の分布図」
「なぜそんなものを持っている」
「趣味」
とはいえ、意味深だろう。人によっては。
リオンは呆れたようだったが、これでもないとすれば何が目的だったのか。
「ただの物取りの犯行じゃないよね。私の部屋だけ狙われるってことは……。何か気持ち悪い」
はそう、眉を寄せる。
部屋はすぐに元通りになったが、果たして今晩ここで休んでいいものか。
リオンも同じことを考えていたのか、提案をした。
「別の部屋で休むか?」
「そうしたいけど……」
どこにいてもなんとなく不安は不安だ。
せっかく帰ってこられたのに、自分の部屋でろくに眠れそうもないとは。
「宿に行こうかな。一応、警らの人に報告して……あ、でもリオンも嫌だよね。調べてもらうまでは……」
「僕は大丈夫だ。それとも今日は部屋を交換するか?」
「私がリオンの部屋で寝るってこと?」
「あぁ、万一があると困るからな。近くにいた方がいいだろう」
じゃあいっしょに寝る?という冗談は言っている場合ではない気がする。
は少し考えてから、リオンがそれでいいなら、とお願いすることにする。
「まだ時間があるから、警備室に報告してくる。それからゆっくりすることにするよ」
そういって は落ち着く間もなく部屋を出ていく。
それから彼女が帰ってきたのは1時間をとうに過ぎたころだった。
「遅い」
「ごめん、シエーネに会って話しこんじゃったよ」
余計な話で気晴らしができたのか、むしろ清々しい顔で
。
大分前に自分で入れた紅茶はもうすっかり冷めていた。
がそれに気づいて、自分とリオンに紅茶を入れなおす。
「なんか、話してきたらどうでもよくなってきたよ。自分の部屋でも大丈夫そう」
「やめておけ」
リオンの方が慎重になって、結局その晩は互いの部屋で休むことにする。
翌朝。
リオンはいつも通り仕事。
は休日だ。
「良く眠れたか?」
リオンより少し遅れて起きてきた
に、聞く。
「ん~……眠れたことは眠れたんだけど……また変な夢見た」
そういってから
は、表情を少し和らげる。
「と言っても、まぁ辻褄の合ういい夢なんてほとんど見ないんだけどね」
そして、夢くらいご都合主義で見たいという。
は割と神経質な面があるからそれは無理な注文だろう。
とりあえず、夢うんぬんよりも良く眠れる環境をつくる方が先ではないだろうか。
は、キッチンに行ってあたりを見回している。
「リオン、朝食は?」
「食堂で食べる。何もないだろう」
「うん、見事なまでに」
ストレイライズへ行って戻ったその足で、すぐにでかけたので、食糧の買い置きなどあるはずもなかった。ミルクなどおいておいても腐ってしまったろう。飲み物くらいはリオンも欲しかったところであるが。
「今日は、買い出しに行こうかな」
は今日の予定を決めたようだった。窓の外を見れば、春の日差しが射し込み始めている。アクアヴェイルを取り巻く状況がうそのような朝だ。
リオンは、先に部屋を出る。朝食をとってそのまま仕事だ。アクアヴェイルの件に関しては何度も興味本位で聞かれて、書類に手を付ける暇がなかなかなかったが、まぁ緩急をつけるという意味では悪くないだろう。今日は、黙々と書類を見る気にはなれない。
昼食を終えて、一休みするために一度部屋へ戻ることにする。
部屋のカギは開いていた。
だが、リビングに
の姿はない。
自室にいるのだろうか。視線を移しかけ、リオンはソファの向こうに落ちた紙袋を見た。
無造作に落ちた袋からは、果物や食料が乱雑に転がり出ている。
「
……?」
昨日の今日だ。リオンは嫌な予感に駆られて、
の部屋のドアを跳ねるように開けた。
部屋には誰もいない。
ただ、正面の壁にナイフで縫いとめられるメモが不自然なまでに目を引いた。
メモにはこう書かれていた。
『ブラックダイヤを持って、ロックグレイブへ来い』と──……
