-8.クロシス
ロックグレイブは、ダリルシェイドから北西にあった。
クレーターをつくるほどではない細かい外殻が落ち、折り重なり、荒涼とした岩場を作り出したことからその名がついている。
天候は崩れてきていた。黒い岩場に、暗い空の色が荒涼さに拍車をかける。
リオンは、あるはずの人影を探しながら奥へと進む。
このまま進むと地理的に崖に行きあたるだろう。
状況が状況なだけに、退路を断つような場所には足を踏み入れたくはなかった。
だがしかし、相手はそれを許さなかった。
果たして、リオンが彼らの姿を見つけたのは崖にほど近い灰色の大地の上だった。
人影を確かめるように足取りをゆっくりと運ぶリオンだが、その足は、彼の顔を判別できる距離まで来ると、止まる。
「……お前」
その目はなぜか、驚きに見開かれた。
「クロシスか……!」
次の瞬間、リオンの顔に激しい攻撃色が浮かぶ。素早く剣の柄に手をかけたのは我知らぬうちに、だ。
しかし、それ以上動くな、とばかりに、刃が ののど元に突きつけられる。
リオンの動きは一瞬にして封じられてしまう。
目の前には青年が一人、 を連れて、立っていた。
たった一人だ。リオンにとっては隙さえつけばなんとかなるであろう人数。
だが、リオンは動かなかった。
にしてみれば、その理由は自分が盾に取られていることに他ならない。
だから何らかの意表を突けさえすればいいのだ。あるいは……
「動くな!」
しかし、制止の声を上げたのはリオンだった。
が何かを仕掛けようとしている。それはわかった。
「賢明な判断だな」
リオンの声に驚いて目を丸くした の後ろで、薄い唇の端が吊り上げられた。
珍しい光景だ、のちのリオンはそう思う。
「 、そいつは心理戦の通用する相手じゃない。動かないでくれ」
リオンの「お願い」。それこそ珍しいと は思うが、状況はそれだけ切迫しているということなのだ。
は心の中にくすぶるものを覚えつつもおとなしく従うことにした。
「久しぶりじゃないか、リオン=マグナス」
「お前がそんな挨拶をするなんてな……どういうことだ」
「さぁ、どういうことだと思う?」
クロシスと呼ばれた青年は、淡々と言葉を紡ぐ。表情はすでに消えている。
「言うとおりブラックダイヤは持ってきた」
リオンは構えをといて、小さな包みから、黒い鉱石を取り出した。
そして、言う。
「先に彼女を離せ」
「この状況でか?」
「この状況だからだ。お前が を殺さない保証がない」
「信用のないことだ」
フッと笑う気配。 は背を押され解放され、リオンの方へ歩を寄せながら振り返り、その姿を確認した。
冷たい笑み。口元は笑っていてもまるではりつけたかのようなものでしかない。
しかし、瞳の光は決して空虚ではなかった。
「僕がおまえだったら、そうするからな」
「そうか」
果たして、相手にだけ向けられるものだったのか。
吐き捨てるようにリオン。
クロシスは笑みを消して、さぁ、と手を差し出した。
「こちらの番だ。ブラックダイヤを渡してもらおうか」
を後ろに立たせてリオンは手の内の不吉な輝きに視線を落とす。
黒曜色の宝石は、その紫闇の瞳を鮮やかなまでに映しこんだ。
それこそ、彼が正面へ顔を上げる姿まで。
次の瞬間ひゅ、と風邪を鳴らす音がして、黒い光が空に放られた。
こいつの狙いはブラックダイヤだけだ。
持ってここから離脱するリスクの高さをリオンは知っている。
そして手放してさえしまえば切り抜ける自信があることも。元より、安全など保障されていないなら、身の安全が第一だ。
ざわり、何かの気配がした。
クロシスの注意は逸れない。再びわずかに笑った気がした。
同時に素早くリオンは の腕を引いて離脱を図る。
肩越しに見えたのは、羽ばたきとともにがけ下から舞い来たモンスターと、悠然と二人を見送るクロシスの姿。
「リオン、オレがおまえでも、同じことをするよ」
モンスターの大きなくちばしから、小さな黒い輝きがクロシスの手のひらに落ちる。
退路を阻んだモンスターを斬り捨て、一瞬足を止めたリオンは舌打ちとともに再び彼に背を向け、 の手を引く。
何度か有翼系のモンスターを撃退したリオンは、ふいに横道へ逸れ、外殻の残骸の隙間に身を滑りこませる。
重なり合うように、残骸の陰で息をひそめるようにしてやりすごす。
「大丈夫か?」
は黙ってうなずく。
クロシスは追走しては来なかった。ブラックダイヤは奪われてしまったが、結果として判断は間違っていなかったのだろう。
喧噪の消えた沈黙にようやくリオンは大きく息をついて、金属の残骸に背を預けた。
瞳を静かに閉じる。けれど思考は目まぐるしく活動を続けている。
(どうして今頃あいつがここに……)
クロシスとは旧知の仲だ。それが良い意味なのかは別として。
昔の記憶がよみがえる。どれも良いものではない。
「リオン……?」
「……!」
「大丈夫?」
いつまでも黙ったまま。見かねた が今度は声をかける。
「あぁ、……大丈夫だ」
リオンは微苦笑をなぜか浮かべて、 にそう返した。
昔の話だ。
「クロシスは僕と同じヒューゴ…いや、ミクトランの「捨て駒」のひとつだった」
ダリルシェイドへ戻るその道すがら。
リオンはぽつりとそう漏らす。
「自分が表舞台における駒であるなら、あれは間違いなく、闇における駒といっていいだろうな」
は黙って聞いている。
「フィンレイ将軍を知っているか?」
それは、七将軍のアシュレイ=ダグの兄にあたる青年で、自らも優秀な将軍だった。
だが、彼はまだ三十にも満たない内に死を迎えてしまった。
は頷いた。
「フィンレイ将軍を暗殺したのはクロシスだ」
「!」
史実上では暗殺者は不明とされている。
だが、それもミクトランの息のかかった所業でしかなかったのだ。
「クロシスは暗殺者(スタッパー)だ。殺すことだけを仕込まれてきた。僕とは違う。いや、僕もそうだったのかもしれないが…」
すると
は眉根を寄せる。
それから、かぶりを振って、リオンの袖口を握ってきた。
違う、と言いたいのだろう。
だが、敵を殺すことをためらわない自分と何が違っていたのか。
ふと、海賊船で
やスタンとあった些事を思い出した。
