-9.不吉の証
完全なる暗殺者であるクロシス。
そんな彼が、騒乱の後、失踪したことは知っていた。ダイクロフトにいたのであれば、間違いなく死んでいたろう。何らかの理由により地上に残っていたには違いない。
しかし…
「僕が知ってる限り、あいつが笑うことなどなかった」
リオンは歩みを止める。
自分の変容を考えれば、クロシスにとってもなんらかの変わるきっかけはあったのかもしれない。
そこに心情が伴っていなくても、「道具」から自立したのだとは思われる。
クロシスの意思を感じてリオンは、考える。が、その行動の意味を追及するのは難しい話だ。
「彼は、モンスターも使えたの?」
「僕もそれが気になっていた。いつも動く時は単独だったはずだ。だとすれば……まだ、絡んでいる人間がいる可能性が高いということだろうな」
頭の痛い話だ。
もしも「彼ら」が狙っているもののなかに、ブラックコーラルがあるとすれば、まだ、関係が断たれたわけではあるまい。また、狙われる可能性がある。
支障がないなら、放棄してしまえばいい。
リオンはそうとすら考え、口を開きかけ、やめた。
アクアヴェイルから帰ってきて、ろくに休息も取らずにこの事態だ。 もつかれているだろう。
横暴なことはされてはいまい。
クロシスの場合、相手が無傷か、そうでなければ死んでいる。
その極端な冷酷さが、敵に回せば脅威だった。
「リオン、あのブラックダイヤは……」
「あとにしろ。とにかくダリルシェイドへ戻るぞ」
再び歩き出す。
彼なりの思いやりである。しかし、旧ヒューゴ邸へ戻ると、やってきたのはシエーネだった。
「リオン! !無事だったか!」
昨日も同じことを言われたわけであるが。
敢えてリオンはそれを無視して、部屋へと続く通路へ向かう。
「なぁ、 。預かってたコーラルだけど」
「あ、やっぱりコーラルだったんだ」
後ろからついてくるシエーネを振り返る 。
リオンは無言で、裏拳を食らわせた。
「いってぇ!!」
人が気を使って触らないようにしているのになんなのだ。
「何すんだ!」
「それはこっちのセリフだ。帰ってきてそうそうデリカシーのないやつだな」
「オレだってこんなもん預けられてちゃ……物騒だと思うと、怖ーんだよ!」
シエーネはジャンクハンターだから、下手をすればモンスターと出くわすことや、毒ガスの吹き出す地形にはまることもあろう。ある意味、勇気と度胸の要る職業だ。
が、それはそれで、彼の中でそれは、相当物騒なものと判断されたらしい。
モンスターより、人さらいの方が怖いのだろうか。
リオンはそんなことを考えずに憤然と腕を組んで、思わずしゃがみこんだシエーネを見下ろした。
はリオンの行動に一瞬目をぱちくりとさせたが、シエーネの傍らに両ひざを折ってやっぱりしゃがみこむ。
「物騒かぁ……確かに『不吉の証』っていうくらいだから物騒だけど」
「「不吉の証?」」
リオンとシエーネの声が重なった。
それでまた、変な間ができてしまう。
「とりあえず、部屋に行こっか」
はそういって先に歩き出した。
部屋へ戻る。
は、床に散らばったままの食糧を見て「あーあ」と声を上げる。
そういえば、片付けずにここを出たのだった。
「よっぽど慌ててたんだな」
そこへシエーネの悪意のない一言。
シエーネに背中を向けたまま、また殴りたくなったがそれをこらえた。
は、床をきれいにしてから、ナイフを手に取って痛んでしまった部分を除いて果物をむく。
シエーネの方が先にソファに腰を掛けて、二人は を待った。
「お茶、何がいい?」
「いいからこっちへ来い」
むき終わった果物だけ皿に盛りつけて もソファに腰を掛けた。
「ブラックコーラルは? シエーネが持ってるの?」
切り出したのは だった。
「あぁ、リオンが戻るまで持ってろって言うからさ……とりあえず、返しておくわ」
シエーネがため息とともに包みをテーブルに差し出す。
がそれを解いて、中身を確かめる。
「で、コーラルだったんだ」
「だからコーラルだって言っただろ」
は解析結果を聞いているのだと思うのだが。
リオンは、一度目を瞑ってため息をつくと先ほどの の言葉を復唱する。
「不吉の証、と言ったな。なんなんだそれは」
はちょっと考えてから……言葉を選んでいるのだろう。首をかしげるようにして、黒い鉱石をつまみあげた。
「ブラックダイヤ、ブラックパール、ブラックコーラルのいくつからか成り立つ封印のカギだよ」
はそう言った。
封印のカギ、というのは間違っていないだろう。
は言葉を選ぶ。
全部で12だったか15だったか。けっこうな数が必要だったはずだ。
それはアクアラビリンスという迷宮へ入るためのカギ。
「でも、正直、本当にカギなのかは私にはわからないんだ。ただの鉱石かもしれないし……」
「それでシエーネに検証を頼んだのか」
「そう。何か分かった?」
振動数と共振。シエーネはリオンに話したことと同じことをもう一度繰り返す。
「うーん、共振してるってことは、ビンゴな可能性高いんだろうなぁ……しかもクロシスはダイヤを御所望だったし」
「クロシスって誰?」
「私をさらった暗殺者」
「暗殺者ー?」
げっそりするようにシエーネ。それでも好奇心が先立つのか、退席する気配はない。
「封印とは、なんのことだ?」
リオンが方向を修正する。
「アクアヴェイルにあると言われる、アクアラビリンスへの封印」
「水迷宮(アクアラビリンス)って……なんかお宝ありそうだな」
「ないことはないと思う」
「マジか!」
途端にシエーネは行きたそうだ。
「生きて帰れないかもしれないけど、行ったらお土産考えとく」
「馬鹿者。行くことを考えるな」
ルーティではあるまいし、命を懸けてまでダンジョン探索をしようとは思わない。
言葉のあやだ。
不吉の証を持っているのも、コレクター魂のようなものだろう。
「でもリオン。これが不吉の証で、集めてる人がいて、今、アクアヴェイルに起こってることを考えると無関係とは思えないよ」
「……」
リオンは沈黙する。
アクアヴェイルを取り巻く嵐と、集積されている不吉の証。
むしろ封印が解かれていることが起因するとしか、考えられない。
はそう考える。
だとすれば……
「もう一度、アクアヴェイルに行こう」
「本気か」
「いずれにしても、ジョニーにもう一度会って、アクアラビリンスの封印も確認する価値があると思う。……と言っても、私イクシフォスラー操縦できないからリオンも巻き込むことになるけど」
「それはかまわないが……」
リオンは何か、言いたそうだった。
なんとなく言わんとしていることはわからないでもないので、敢えて触れない。
「アクアラビリンス、か……」
リオンが視線を落とす先に、
の手を離れたブラックコーラルが不気味な光を放っていた。
