-10.夢
アクアラビリンスに興味を抱いたらしいシエーネは、こちらでそれについて調べてくれると言ってくれた。あの勢いであるなら、ストレイライズくらいまで行って調べてくれるかもしれない。
あの手の人は、興味がわいたとたんにものすごいやる気と集中力を発揮してくれるものだ。
なけなしの期待をしながらリオンと は、アクアヴェイルへと向かう。
「……二人とも、どうしたんだ?」
あまりに再来が早すぎて、ジョニーには開口一番そう言われてしまった。
船旅では数週間かかる航路も、イクシフォスラーでは数日と掛からない。
ジョニーにしてみると何か進展があったとは思えない早さだったのだろう。
「忘れ物でもとりに来たのか?」
仕方ないなぁとばかりにジョニー。
そういえば、リオンに土産を買うの、忘れてた。
はそんなことを思い出す。それどころではないだが。
「そんな抜けた真似をするか。ジョニー、話がある。場所を提供してくれ」
ジョニーはなぜか応接室を通り抜けて自分の部屋へ招いた。
侍従者がお茶を持ってきてくれると、自分もソファへ腰かける。
出てきたのは、緑茶。
しかし、いくらアクアヴェイルでもこの屋敷は洋風だ。
和洋混合なところも日本的でオツである。
は両手で持ち手のないカップを持ち上げると冷ましてから口を付ける。
やっと一心地ついた気もした。
「何かわかったのかい?」
「わかったというかちょっとした事件があってな。それで聞きたいことができた」
リオンの視線が に流れる。
は、ことりと茶托にカップを置いて顔を上げる。
「ジョニー、アクアラビリンス、って聞いたことない?」
「アクアラビリンス?」
はて? と首をかしげるジョニー。
「そんな詩になりそうな言葉なら覚えてそうだが……ん? 待てよ。どこかで……」
はるか昔の記憶を引っ張り出そうとしているのか、その様子にリオンと は待った。
「あぁ、そういや昔、何かの本で見たことがある気もするな」
「何の本!?」
「いや、何の本だったか……」
「大事なことなんだ、思い出せ」
さりげなく命令形。
ジョニーは何度も首をひねったが、出てはこなそうだ。
逆に、気づいて、「ん?」となって聞いた。
「それが今回のことと関係あるのか?」
「あぁ、ごめん。順序が逆になっちゃったね」
話を整理する意味でも説明は必要だろう。
意味はないのだが、手で軽くジェスチャーを交えながら は話し出そうとして……
「何から話したらいいかな……」
そして、ふと、思い当たり は先日見つけたブラックコーラルを取り出す。
「ジョニー、これがなんだかわかる?」
「この間のだな。オニキスじゃなかったのか?」
「コーラルだった。実はダリルシェイドに戻ったら、これを……多分、なんだけど狙ってる人がいてね」
多分、と言ったのは実際狙われたのはブラックダイヤの方だったからだ。できるだけ簡略化して はわかりやすいように話を進める。
「で、これも多分なんだけど、これはさっき言ったアクアラビリンスっていう迷宮のカギだと思うんだ。そしてアクアラビリンスは、このアクアヴェイルにある」
「そもそもアクアラビリンスってのはなんなんだ?」
それを言われると、 も困ってしまう。
エクストラダンジョンです。と言って通じるものではあるまい。大体からして実際存在しているとなると、その意味もあるのだろうし。
「その名の通り迷宮、なんだろうね。究極的にはその奥にいるだろうマグナ・ディウエスを封じたものなのか、それとも他に何かあるのかは私もよく知らないけど」
「マグナ・ディウエス?」
黙っていたリオンが復唱する。その名前を出すと話がややこしくなってくるので、封印を確認するまであまり出したくなかったのだが、仕方あるまい。
しかし、事態はいい方向に転んでくれた。
「ちょっと待てよ? それは覚えがある」
「何?」
「まだ小さい頃だけどな。マグナ様とか言って遊んだ覚えがあるわ」
マグナ様。
はそれで吹き出しそうになった。意外なところでその愛称(?)が出てきたものである。
「 、どうした?」
「いや、なんでも……続けてください」
小さく肩を震わせそうになりながら促す。リオンとジョニーの頭上に疑問符が浮かんだが、話は先に続いた。
「それが、内容までは覚えてないんだよなー。すっごい怖い神様、みたいな感じだったと思うけど」
まぁアクアラビリンスにおいて、挑むべきは最強のバトルなので、間違ってはいないだろう。
「なんだ、そのあいまいな記憶は」
「だから小さいころなんだって。あぁそういや、フェイトやサブノックも一緒だったっけ」
「……………………サブノック……だと……?」
そういえばリオンには話す暇もなかった。
ここへきていろんなところで無用な混乱が渦巻いている。
は素早くトウケイでの出来事、というかサブノックについて聞かせるとリオンもそれなりに納得したようだ。複雑そうではある。
「そうだ、思い出した。あれはトウケイに遊びに行ったときのことだ。たぶん、アクアラビリンスの名前もその時に目にしたんだろうな。マグナ様のインパクトが強すぎて忘れてたけど」
だからマグナ様言うな。
「トウケイか……確か、トウケイはアクアヴェイル公国王の領地だからそういうものもあったかもね。でも今は……無理だろうなぁ」
外殻の落下で荒れた領地。風雨にさらされては書籍が残っていたとしてもそれもぼろぼろだろう。
「じゃあフェイトに聞いてみればいいだろ」
「そうだな。行ってみよう」
しかし、フェイトとジョニーは懐かしいマグナ様の話題で盛り上がったものの、他には何も覚えていなかった。
こうなると残っているのは……
「サブノックを探すしかないか……」
「まぁ確かにサブノックなら、トウケイの人だし何か知ってるかも」
「そもそも 、お前が知っているんじゃないのか」
知っているのは、端的な情報だけだ。それも正しいのか、怪しい。
だから断言はしたくないのが正直なところだ。
「私の知っているのは、アクアヴェイルにはアクアラビリンスがあって、その奥底にはマグナ・ディウエスがいるらしい、ってことだけだよ。どれも決め手に欠ける情報だし、私としては確証が欲しい」
「 、その情報はどこで──」
「ジョニー、サブノックの捜索はシデンにお願いしていいんだね?」
話の逸らし方としては不自然だと思う。けれど嘘はつきたくないのでそれが精いっぱいだ。
ジョニーはそれでも大したことではなかったのか
「あぁ、まかしとけ」
そういってウィンクして見せた。
夢を見た。
こどもが、泣いている。
帰りたい。
そういって泣いている。
ただ、それだけの夢──……
はベッドから身を起こしてぼんやりと考え込んだ。
「嫌な夢……」
たぶん、ここ最近、何度も見ている夢なのだ。
漠然と思い出す。
誰だかはわからないが……こどもが、泣いていた。
よりにもよって……
は、我知らずに顔をしかめる。
泣いている子供は、苦手だ。
「いえーい! さわやかな目ざめの一曲を届けに来~た~ぜ~♪」
「ちょ、ジョニー。勘弁して」
弦をかき鳴らしながら登場したジョニー。
リオンの部屋でもこれをやったのだろうか。
寝起きのよくないところにこれは効く。
「んー? どうしたんだ? 顔色、よくないぜ」
とはいえ、ジョニーは観察力がある。
まぁ夢見が悪いことを隠しても仕方あるまい。
は素直にそう打ち明ける。
「泣いてる子供か……
はその子をどうしたいんだ?」
「私に母性を求めても無駄だよ」
はベッドから降りるとひらひらと手を振って部屋を後にする。
別にどうしたいとか、思わない。
ただ、どうして子供なんだろうとは思う。
聞いてくる意味もわからないが、ちょっとした心理テストのような気分だったのだろうか。
ジョニーは、返答がつれないことに残念そうな顔をしている。
「帰りたい、かぁ…」
ジョニーは両の手で頬を支えて、窓から空を見上げる。
「どこへ、帰りたいんだろうな?」
なぜか胸がちくりと痛んだ。
