-12.神を鎮めるもの
ジョニーとサブノックを連れ、リオンとは残った不吉の証の場所を確認する。
地図を囲む間に、今後どうすべきか方針も決まった。
それを決定づけたのは、シエーネの調査の成果だった。
シエーネはその時、ストレイライズにいた。
「まぁ、リオンさん、さん、おひさしぶりです」
彼らを迎えてくれたのは、フィリアだった。
場所は、神殿の資料室。
シエーネはどうやらフィリアという伝手を使って、ここに入り込んだらしい。
「フィリア、元気そうだね」
「はい。あの……アクアヴェイルのことについては、神殿にも伝わってきています。リオンさんたちは、その件でいらっしゃったのでしょう?」
「そうだよ、シエーネ。何かわかった?」
がここへ来ようと言ったのは、アクアヴェイルの歴史に起因する。
アクアヴェイルは元来、セインガルドから分離独立した公国である。
つまり元は、セインガルドに帰属していたのだ。
その時代の記録はここにあるだろうと踏んでのこと。
また、現在の史実以前とされる千年より前の記録も、ここに集約されていると思ったからだ。
それは、間違ってはいなかったらしい。
「マグナ・ディウエスは『偉大なる冥界の神』って意味があるらしいぞ」
サブノックが言ったことを、彼もまた言う。
「それは聞いた」
「じゃあ『七度生まれたその時に世界は冥府に沈…」
「それも聞いた」
「マグナ・ディウエスに勝てるのは『ピュア・ブライト』を持つものだってのは……!」
どうだぁ!とばかりにシエーネ。
「それは初情報だな」
リオンの冷淡な反応に、それでもシエーネからはガッツポーズが返ってきた。
「ピュア・ブライトってのはなんだい?」
ジョニーが横からフィリアの持っている本をのぞきこむようにして聞く。
その本にそれが書かれているわけでもないが、フィリアは微笑むと応えた。
「古から語り継がれる剣ですわ。その無垢なる輝きは真なる闇においても失われず、これを切り裂くだろう……伝承ではそう言われています」
「その剣なら、セインガルドの宝剣だったはずだが」
意外なことに、リオンは知っていたらしい。
もっとも、セインガルドの統治時代に、マグナ・ディウエスと戦う者がいたのなら、確かに王国の秘宝として伝わっていてもおかしくはないだろう。
「え、じゃあ今は瓦礫の中?」
「いや、奇跡的に回収されて今は復興拠点の地下にあったはず」
なんという灯台下暗し。
そういえば、「ジューダス」のいた地下にはそんなふうに武器などを格納している場所があった気がする。は滅多に行かない地下室を思い起こしてみる。
「使えるのか?」
もしもの時のことを考えて、サブノックが聞くが、リオンの表情は固かった。
「僕も見たことがあるが、使える代物じゃない。刃も曇っていたし、本当にあれが宝剣かと疑ったものだ」
「それでしたら」
フィリアがぽむ、と本を閉じて笑顔になった。
「ベルセリウムで直してみたらどうでしょう?」
「「ベルセリウム?」」
いくつかの声が重なった。
「生体金属だっけ? 飛行竜にも使われてる……」
ちなみに発見者はハロルドだと言われている。
だから彼女のファミリーネーム……ベルセリオスにちなんでベルセリウムと名付けられたという話だ。
「えぇ、ピュアブライトもまた、ベルセリウムで作られていたと聞きます。ベルセリウムさえ手に入れられればあるいは……」
「しかし、そんな代物を扱える鍛冶屋がいるのか」
サブノックの問い。
それに関しては問題ないだろう。
はハイデルベルグへ向かうことを提案する。
「ウィンターズって店があってそこの職人さんが扱えたはずだよ」
「なぁ、話しておいてなんだけど、お前ら、マグナ・ディウエスと戦うつもりなのか?」
「……」
途端に落ちる沈黙。
それは避けたい事態だ。封印がもう一度できるのであればそうしてしまうのがいいが……
「サブノック、一度使った不吉の証って回収できるの?」
「無理だ。おそらくな」
こうしている今も、シデンの地下では不吉な光が闇に小さく輝いていることだろう。
なんとなく、一同、腹をくくらなければならない時に来ているのかもしれない。
そんな予感に駆られながら、はフィリアに聞いた。
「フィリア、わかるかな。どうして嵐の壁ができてるか、とか」
「正直なところは、わかりません。けれど、アクアラビリンスのさらに奥にあるという世界が関与しているのかもしれません」
「奥にある世界?」
「えぇ、アクアラビリンスはその世界への通路のようなものなのだと……あるいは、本来扉を隔ててあるはずの異なった世界とこちらがつながりかけているため、結合部であるアクアヴェイルに影響が出ているのではないかと思います」
世界が冥府に沈むという言葉といい異界の存在といい、いずれ、このままでは世界は融解する、とみていいかもしれない。
だとすればそれを止める手立ては……
「封印すべきは、マグナ・ディウエスじゃなくてその扉なのか……?」
誰かが言った。
「マグナ・ディウエスって交渉とかできるのかな」
そもそも論である。
「無理だろう」
「どうしてそう言い切れるの」
「神と交渉する気か、お前は」
それで済むならそれがいいと思うのだが。
リオン的には無理らしい。
「そもそも、マグナ・ディウエスから勝利をもたらしたのは何だ?」
「それはピュアブライトで……あっ」
そして気づく。
ピュアブライトでマグナ・ディウエスを鎮めたあと、世界は平定した経緯があるのには間違いない。ということはつまり……
「戦って、鎮めないと駄目ってことかねぇ…」
やれやれ、とジョニーが帽子に手をやった。
「そのためにはどうするんだ?」
シエーネが逆に問う。口元は笑んでいるが、じっとりと嫌な汗をかきそうな空気だ。
「先方の目的にもよるな。もし、世界が危機にさらされるなら、こちらから先に封印を解いて、もういちど、封じるしかないだろう」
サブノックはもうだいぶ前から決めていたようだった。
そのために、不吉の証を集める。
アクアヴェイルを取り巻く状況を鑑みるに、もう、大分手遅れなのだ。
これ以上、遅れを取るわけにはいかない。
「結局、そうなるのかぁ……」
も大きく息をついて天井を振り仰いだ。視線の先に映るのは、白い目地の付いた天井だけだ。
「何かお力になれるよう、もう少し、調べてみますわ」
「ありがとう、フィリア」
「わたくしにできるのは、これくらいですから」
微笑む。彼女は強くなったが、戦う力はもう持っていない。なるべくなら巻き込みたくはなかったが、今は心強くもある。シエーネも引き続き、協力すると言ってくれた。
「じゃあ私たちは、ベルセリウムの回収かな」
「そのベルセリウムがどこにあるのか、知っているのか?」
「うーん、多分ね」
は壁に貼られた世界地図を見た。
「スパイラルケイブに」
それはファンダリアにある雪に閉ざされ、その存在すら忘れ去られているだろう地下峡谷の名前だった。
